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「う…………」
「……ダメそうなら見ないほうがいい。そういえばここの状況に関しては整理も説明もしていなかったな……流石にこれだけの死体はきついか」
馬車の下まで来たアリルフィーラと公也。アリルフィーラはその場の惨状を見て気分悪そうにしていた。側に仕えていた騎士や従者などの死体、ミリアーヌと呼んでいた女性が死んだ時も結構なショックだったがこの場に多くの死体が転がっている光景もまたショックである。相手側の死体もやはり精神的な影響は大きい。そもそも皇族であるアリルフィーラにとっては死体など見慣れたものではないのだから。
「いえ……………………うう」
「……とりあえず周囲の状況を片付ける。襲ってきた集団は服装でわかるが……一応残している中に側にいた人間で足りない人物がいれば後で聞くから」
「……ありがとうございます」
魔法を使って……という風にして公也は死体の一部の残骸、血などの惨状の中でも酷い部分を暴食によって処理する。下手に魔法を使って綺麗にするよりも的確に処理できるし魔力を消費しない。こういうやり方は戦場などの一部の手段を魔法で行う場合にしかできないのでそう簡単にできるものではない。ともかくまず酷い状態にある痕跡を綺麗にし、襲ってきた犯罪一味の人員であるだろう死体を回収し、残ったアリルフィーラに仕えていた人間の死体もある程度綺麗にし……公也はそれぞれを寝かして並べていく。流石に傷はどうしようもないし、欠損も見て取れる。それに身近な人間の死体を見るのは中々精神的にもつらいだろう。しかしアリルフィーラでなくては彼らが本当に彼女の傍にいた人間かどうかわからないので確かめてもらう必要性があるだろう。
「とりあえず全員分を集めた。あの侍女の遺体は保管してあるからないが……全員か?」
「ちょ、ちょっと待って下さいね………………………………はい、全員、います…………」
「そうか」
どうやらアリルフィーラの傍にいた人間が全員襲撃によって殺されてしまったらしい。アリルフィーラも一人でももしかしたら生き残っているかもしれない……という気持ちはあった。だが全員死んでしまった。精神的な衝撃はやはりかなり大きいものだろう。
「…………うっ、ひっく……………………」
「………………」
助かり、無事に元の場所に戻り、自分の傍にいた者の死を実感する……それまでの殺されるかもしれない恐怖、さまざまな感情がごちゃまぜになり、アリルフィーラは涙を流す。悲しい、辛い、苦しい、そういった思いを抱きいま彼女にできることはそれくらいだ。皇女という存在であっても特別な力があるわけではなく、彼女だけで何かをできると言うわけでもない。ただ傍らにいた物の死を悲しむことしかできない。その程度の存在でしかないと彼女は感じた。
「………………」
「………………」
「もう、大丈夫か?」
「……………………はい」
「色々と大変そうだな所悪いが、この後どうする?」
「……どうする、とは?」
「馬車も壊れて馬もいない、傍にいた人間は全員死んでいる。相手方も全滅させたとはいえ、帰ることも難しい」
「あ………………」
公也に助けられたとはいえアリルフィーラの現状はかなり厳しい状態にある。傍にいた彼女の世話をする者も、傍にいた彼女を守る力を持つ者も、彼女が住んでいた所に移動するための馬車もそれを動かす存在も、何もかもがない。いま彼女が持っているのは彼女の体と服、そしてちょっとだけ身につけているものくらい。一応彼女の立場が彼女の身を護るが果たしてそれでどれだけの者が彼女のために動けるだろう。ましてや今ここにいるのは公也、キアラートの人間である冒険者ただ一人だ。
「…………どうすればいいでしょうか」
「いや、皇女なんだろう? 普通に家の方に戻ればいいだろう」
「…………………………………………」
公也の言うことは正しい。アリルフィーラは皇国の皇族という最重要に近い立場の存在である。大人しく本来向かうべき場所に、帰るべき場所に帰る。それが一番正しい行いだろう。しかし、行動としては正しくともこの先の未来を考えるとそれは果たして正しいのか。今回彼女を襲った人間は恐らく盗賊などではない。彼女はまだその判断を明確にはできないが………………ただ彼女を殺すためだけの人間がそういるはずがない。彼女の恨みがある、皇国の皇族に恨みがある、ただ混乱を巻き起こしたいだけなどそういった理由で彼女を殺す可能性は考えられなくもない。しかし、それでも流石に彼女が乗っている馬車を襲うと言うのは考えづらい。いま彼女がいる場所は他の目撃者がいない場所。混乱を巻き起こしたいのであれば目撃者の多い場所で殺したほうがいいし、恨みを示すにもそちらのほうが示しやすいだろう。この誰もいない場所で殺しにかかるのは殺した事実をわかりづらくするため……そのうえで彼女が殺されたと言う事実を相手方が求めていた。諸々の事情からアリルフィーラも流石に普通の相手が自分を殺しに来たのではないと言う事実がわかる。それに今回はアリルフィーラに巻き込まれ周りの人間が死んだ。もし今回だけでなく次があるのならば? また多くの人間が死ぬ。それはアリルフィーラとしてはあまり望みたくない事実。自分を守るために他に被害を与えるのは望ましくない。
「街にまでなら運んでもいい」
「………………少し待って下さい」
アリルフィーラは考える。自分はどうしたらいいだろう。そう考える。皇女として……ではなく、アリルフィーラとして。
「……………………キミヤ、様」
「別に様はつけなくていいが……決まったか?」
そうして考えた結果、アリルフィーラの出した結論は公也にとっては想定外、その場に他に誰かいたとしてもそれは想定できない内容の決断だった。
「キミヤ様の戻られる場所に、私も連れて行ってくれませんか?」
「……………………なんだって?」
「私は命を狙われました。また同じことが起こるかもしれない。そうなった場合周りに被害が及びます。私が殺されるのは構いませんが、他の者に被害が及ぶのは嫌です。ですから私は皇女として城に戻らず、あなたのいる場所についていき匿ってもらいたいと思います。市井の民の一人となって、隠れて過ごしたいです」
「………………………………」
その発言に思わず手を頭にやって抑える公也。流石に皇女からいきなり市井に下るとの発言が飛び出てくるとは思わなかった。そもそもそんなことが簡単に許されるはずもない。いや、今回彼女は襲われた場所事行方不明という形になるのでもしかしたら死んだのかもしれないと思わせることはできるかもしれない。だが果たしてそれが普通こんな少女、皇女として育った少女から出る者だろうか。その前の殺されるのは構わないと言うのも流石に少々異常に思えてくる。
しかし公也としてはアリルフィーラがどういう判断を下すかに関しては関与しない。問題はそれが公也に関わってくる点である。少なくともいま彼女が頼ることのできる相手は公也だけだからそれは仕方のない話なのかもしれないが、いきなり見ず知らずの出会ったばかりの誰とも知れない相手にそこまでの発言を出すだろうか。そして公也としても面倒事である。自分の所に匿うことになるのだから。ゆえに公也は彼女の発言にすぐに答えることはできなかった。正直関わらずに近くに見える適当な街にでもほっぽり出したほうがよほど気が楽だと考えている。
だが、なんとなくそうする気にはなれなかった。ゆえに微かに迷っていて、今すぐに判断することができなかった。
※生き残りがいれば……と思う面もあるが裏切り者も警戒。もっともその心配はなかったようである。そもそも主人公は相手側の知識を得ているのだからそういう心配をする必要はないか。
※皇女様、皇女やめるってよ。
※面倒くさい状況になった主人公。そもそも相手に判断をゆだねるのが悪い。




