表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暴食者は異世界を貪る  作者: 蒼和考雪
五十章 呪いの地
1598/1638

閑話 名無しの怪物と自称吸血鬼


「ふうむ……ここにもモスマンたちはおらぬか。まあ、わかっておったがな! わーはっはっはっはっ!」


 山奥の森の中、一人の老人……いや、老人にしては少々年老いているようには見えない精悍な肉体をした人物が周囲を見回しながら大きな声をあげている。老人と言えば老人に見えなくもないが、それは雰囲気的なものや口調的なもの、そして髪の色が白髪だからなどそういったものである。所作自体も若者というよりは結構な年齢に至った人物のようにも見えなくはないが、決してそれに老いが見えるほど弱弱しいものではなかった。

 モスマン、呪いにより発生した魔物、この世界にとって毒にしかならない害悪の獣を探す彼はそれらの敵対者である。アンデールにいる冒険者モミジ、魔物になった元人間、ある存在の眷属としてモスマン掃討に力を尽くす彼女と同じ立場……いや、彼女と同じというよりは彼女よりも上の立場にある。それもそうである。彼こそモミジを魔物として己の眷属とした存在である。


「しかし、モスマンどもめ。どこに本拠地がある? 彼奴等を生み出す大本はどこだ……それを消し去らなければ死ぬこともできんではないか。我輩もいつまでも生きているのに飽く。彼奴等の掃討は我が宿命である。たまたま出会った者を眷属にしたが彼女らに負担を押し付けるわけにもいかん。我輩が何とかせねばいかんというのに……うむ、最近はとんと見てないな。やっぱりあれか、下手に海を渡るものではないか。いやあ、しかしあの巨大ウミヘビに追いかけられた時は驚いたものだ。何せ海の上を走っていたらいきなりどっぱーんだ! いやあ、流石の我輩もあれには驚いちゃったよ、おしっこ漏らしそう。あ、いやいや。漏らしそうであったわ……いや、漏らさない漏らさない。まあ、八つ裂きにしてやったがな……誰もおらんのに我輩は何を話しちゃってるんだろう」


 独り言の多い変人である。しかし、彼の発言に関しては……頭がおかしい内容になるが事実である。


「おや? そこにいるは……おい、大丈夫か? 何やら倒れているようだが」

「…………ほっといて」

「放っておけと? 倒れている女人を放っておくのは我輩の吸血鬼の誇りに傷がつく! 腹でも減ってるのか? それともお腹が痛い? トイレ行きたいなら運んでもいいけど」

「違うぅっ! もー! 放っておいてよ!」


 頭がおかしい変人、自称吸血鬼。吸血鬼のくせに海を走って渡ってくるとんでもない人物。そもそも吸血鬼が人助けをするものかと疑問である。貴族的観点で誇り云々だと考えても倒れている女性を助けることがそれに繋がるのかは少々疑問が湧く。


「名前をとって人を殺すのにも……何が楽しいのか、何の意味があるのかわからなくなったの。もう放っておいて。このまま死んでいきたいんだ……」

「名前をとる?」

「名無しの怪物、名取りの怪物って呼ばれることもあったかな。誰かの名前をとって、それでそいつの生きてきたものから経験、知識、強さ、いろんなものを得る。でもそいつはそれで名前を無くして消えちゃうし、そんなことして得た名前も私の名前じゃない。私って何? 何なの? 何のために生きてるの? そんなふうに考えて、もう何もかもヤになったから。ならもうこのまま死んじゃえばいいや、って」

「なかなか変な奴じゃなあ」

「変って言わないでよね……」


 名無しの怪物……名前がないゆえに、他存在から名を奪い自分の物とする名取りの怪物。そんな女性だったが、他社から名前を奪い自分の物とする人生に飽いた……いや、飽いたというよりは空しくなったという方が正しいだろう。他社から名前を奪い、様々な力を得る、いろんな知識を持ち、いろんなことができるようになる。だがそれは結局自分で培ったものではなく、他人から奪って得た名前は結局のところ自分の名前ではないのだ。自分は何なのか、そうふと考え、悩み…………何もない自分に気づいてしまった。自分自身に何もなく、他者から奪い借り物の生を自らの物とする。そんな何も生み出さない生に何の意味があるのか。何もない、何も意味はない、そう彼女は結論を出してしまった。ゆえに己が生に未来はないとあきらめたのである。


「死ぬつもりか?」

「別に生きていても意味はないし」

「そう言うな。人……ではないか、まあ人だろうと人でなかろうと、生きている限りできることはあろう。名無しの怪物だったか? 名を奪い自らの物とする、そのような生をする者であったとしても何も生み出さぬわけでもないしい何もできぬわけでもない。生きている限り、何かできることはある。そもそもお前がそんなふうに自分の得た物に価値を見出さず死ぬのであれば今まで得た全てが無駄になる。奪われた物からすれば憤慨ものではないか。お前はその生に価値を見出し、生きなければならぬ。これまで奪ったすべてに報い誇るために」

「言うじゃん……でもねー。やることもないし、名前がないから名前を奪うだけで……そこに何の意味があるの」

「やることがない、か。やりたいことでも探せばいいのではないか?」

「無責任。死ね」

「死ねって酷い! そんなこと他人に任せるものじゃないじゃん。自分でやりたいこと探すの普通よ?」


 名無しの怪物に自称吸血鬼は希望を見出すように勧める。そもそも自殺するわけでもなく、ただ死ぬまで自分を放置しようとしていること自体本当にただ諦めただけ、死に体というわけでもなく自身、生に意味を見いだせず至った在り方。普通ならそのまま死ぬことなどなかなか難しいだろうが、本当に諦めていればできるし彼女は怪物。できてもおかしくはない。だがそんな様子を見かけた以上、自称吸血鬼はそれを止める。ただ、止めるだけには意味がない。生きるには何らかの理由、目的がいる。ただ生きるだけ、死にたくないという理由でもそれはちゃんと生きる理由である。何かを目的とするのもまた理由である。そういったものがなければどうやって生きるのか。


「そうだな……ふむ、名無しか。名無しの怪物か。名がないとは不便なものだ」

「仮で良ければタヌマとかマスオカとかあるけど」

「自身の名ではないのだろう? お前の名前がない、自分の名前がない……名とは自身を表すものだ。それがないとは寂しきものよ。ならば! 我輩がお前に名を与えよう!」

「え?」

「我が名はヴァンデール・ドラクロワ! 偉大なる吸血鬼、この世界に生を受けた天種なり! 名無しで名取りの怪物よ! 我輩! ヴァンデール! ドラクロワが! お前に名を与えようではないか!」


 そういった瞬間、名無しの怪物は光り出した。


「えっ? あ、ちょっ、これって」

「うん? なんだ?」


 そして自称吸血鬼、ヴァンデール・ドラクロワもまた光り出す。その光は名無しの怪物の方へと向かっていく。


「名前! 名前言っちゃったら駄目! いや、意図的に奪うつもりじゃなきゃ奪わないから本当は大丈夫なのに! なんで! なんで私は名前取っちゃってるの!?」


 彼女は名無しの怪物であり名取りの怪物。他者から名前を奪う力を持つ。しかし、それは相手の名前を知らなければできない。ヴァンデール・ドラクロワは自ら名乗ったため、奪える条件は整った。しかし彼女も無節操に無差別に奪うわけではない。相手の名前を奪うにしてもそれは彼女の意思で、である。だがここで一つヴァンデールが提示した一つの特殊な条件が引っ掛かった。名前を与えるというものである。その言葉、意思が影響し、名取りの怪物に自分の名前を与えるという形になってしまった。ゆえに彼女はヴァンデールから名前を奪うことになってしまったのだ。


「あ、ああ……そんな……わたしは……ヴァンデール? え、待って!? これ私の名前!? マジで!? って、そうじゃない! 大丈夫!? 名前、取っちゃったから……消えちゃうよ!」

「んんー……そんな感じしなくね?」

「えっ」

「ふむ。我輩は……うむ、なんだ? 我輩の名前がない? 何とも奇妙なものだ! そうか、お前が感じていたのはこの奇妙さか! 自らの名前がないとはこういうことか! 我輩自分を定義する大事な要素である名、個を示すそれが失くなっているではないか! うむ! すっごーく奇妙な感じだ!」

「なんで!? 今まで全員名前奪ったら消えちゃってたのに!?」

「それはそいつらが弱すぎたからじゃね? 我輩めっちゃ強いからな」

「ええーっ!?」


 名前を奪われた存在はその存在を不安定不確定なものとし、そのまま世界から消滅してしまう。名前とはその存在を確立する最大級の要素、個を示すとても大きなものである。それが失われたら存在が消えるのは仕方のない話……しかしヴァンデール・ドラクロワはそうではなかった。いや、その名前は既に名無しの怪物であった彼女のもの、彼女こそがヴァンデール・ドラクロワであるため彼をそう称するのは違うだろう。とりあえず今は自称吸血鬼と呼称するべきだろうか。しかし彼が強いから消えなかった……というのは少し変な話だが、あり得ないわけでもない。強いというのは存在の強さ、存在の明確さ、固さにつながる。なのでおかしな話ではないが……流石にちょっと妙である。まあその前に自分で話していた海渡りに関しても、まず普通ではない。強い弱い以前に存在として異質であるように思えてくる。少なくとも吸血鬼ではない。眷属にしているモミジが吸血鬼系統ではないし。


「しかし、名前がないのは不便なものだ……今はお前がヴァンデール・ドラクロワなのだろう?」

「う、うん。私が……私が! ヴァンデール! ドラクロワ! 凄い! 自分の名前があるって素敵ー!」

「それ、もともと我輩の名前なんだけど?」

「でも返せるわけじゃないし……えっと、あなたは……うーん?」

「名前がないのやっぱ不便だわ。そうだ、ヴァンデール・ドラクロワ三世とでも名乗ろうではないか!」

「え……それでいいの? っていうかなんで三世なわけ?」

「なんとなく。二世は何となく嫌だし」

「でも名前が同じってのも……不便っぽい」

「そうだな。ヴァンデール、お前と名前が同じになるのは三世がつこうが不便だな。では我輩はアンデール・ドラクロワと名乗ろうではないか! 頭にヴがない、ヴァカではない素晴らしい名前だな! わーはっはっはっはっ」

「…………それ、私がバカって言ってるように聞こえる!」

「別にそういうわけじゃないよ? ノリとテンションで」

「は、腹立つわねー! でも、ヴァンデールって名前になったのは良いけど……あまり名前的には可愛くない」

「そりゃ我輩の名前だったし。威厳もある立派な男の名前だから当然じゃね?」

「うーん……ヴァン、ヴァンデ、デール……ヴァル? だめだ、あんまりかわいいっぽい名前がない……」

「ならクロワ、ならどうだ?」

「うーん……微妙。ま、いろいろ考えてみとく。とりあえずヴァンデールでいいよ」

「そうか。ではヴァンデールよ。お前はもう、これで死にたいとか生きることをあきらめたりはしないか?」

「…………名前、貰っちゃったしね。あなた、アンデール? アンデールの生も、見てきたことも、目的も、知ってしまってる。流石に強さは及ばない……え、なんで及ばないの? ってかなに、あなたとんでもない化け物じゃん!? えっと、まあいっか。あなたの生の目的であるモスマン、それの退治を私もするわ」

「それは我輩の」

「私の生きる意味は、あなたから名前を奪ってしまったことに報いること。あなたに名前を与えられた恩を返すこと。そこから私は生きる意味、この先何をするか考えることにする。今は、あなたの目的と同じ未来でいい」

「ううむ……まあ、やる気が出たんならそれでいっか。なら我輩はこれでもう旅立つとしよう」

「うん。それじゃあね、アンデール・ドラクロワ」

「うむ。息災であれ。ヴァンデール・ドラクロワ」


 大いなる自称吸血鬼の名前を受け取り奪った名無しの怪物、ヴァンデール・ドラクロワ……そして名無しの怪物に自らの名前を与えてしまった超次元の存在、アンデール・ドラクロワはそれぞれが別の道を歩み出す。彼と彼女は同じ存在であるがゆえに、目的は同じとなる。すなわちモスマンの掃討……彼らの持っている目的、役割であり、それを成すことだ。ヴァンデール・ドラクロワはそれを終えてから先を見る。アンデール・ドラクロワはそれを終えてから終わりを見据える。死のうとしていたところに生を与えられたものは未来を見据えるようになったが……死に向かおうとしたものを生かした者は、最終的に死を見ている。何時か終わるにしても、その終わり方、終わりへの向かい方は果たしていいものだろうか。それが変わることはあるだろうか。それは今は分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ