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「ん?」
「あれ? どうしたの?」
「あー……なんだろう。ちょっと懐かしい感じがした気がする」
「んー?」
「何かあった?」
「あ、おにい。なんかモミジが懐かしい感じがするってー」
「懐かしい感じ……?」
アンデール、アンデルク城で三人が集まっている。サフラ、モミジ、セージ。現在セイメイとリリエルは二人で訓練中。そんな状況でモミジが何かを感じたようである。懐かしい感じ、そう彼女が称する何か。
「んー……わかんない。凄い昔の何かだったような……あー!」
「わっ」
「……何か思い出した?」
「あの人だ! あの人の感じだ!」
「あの人?」
「あー……えっと………………私を魔物にした人」
「へえ?」
「おおっ……どんな人だっけ?」
「話したことはないかもね。えーっと、凄い…………変な人?」
「変……?」
「うん、凄い変」
強いとか弱いとかそういうものではなく変。まあモミジのことを考えれば彼女を魔物化した存在が弱いわけもない。そもそもモミジももう何十年も生きているわけであり、その彼女が生きている前から生きている……そしてモミジは本人と会っており当人が老人らしい見た目なのを知っている。魔物であり何十何百年……厳密にはどれほど生きているかは知らないが、少なくともあらゆる意味で見た目相応ではないだろうと推測がつく。まあそういったいろいろ話はともかく、モミジからして彼女を魔物化した存在はかなり変、なのである。ただ、だからと言ってただ変なだけという評価でもなく。
「おもしろそう。ちょっと会ってみたい」
「……懐かしい感じがしたってことは近くにいたりとかする?」
「そうかも。でもどこにいるかは……」
「ちょっと探しに行こうか。僕も興味はあるし」
「うーん……まあたぶん近くにいるんじゃないかな」
その近くの基準は果たしてどのくらいか。とりあえず三人はアンデルク城の外に出てその人物を……人かは怪しいその何者かを探しに行く。
「うむ! どこに行けばいいのかわからん。そもそもここはどこだ!」
一人、白髪を持った、しかし元気そうな老人に見えなくもない人物が町の中で叫ぶ。アンデールの町、アンデルク城の城下町、そこで叫んでいる……周りからちょっと変な目で見られている。割と変な人間がアンデールには多いためそこまで変には見られていないが。
「すまないが、ここがどこかご存じないかな?」
「え? えっと、ここはアンデールですけど」
「ほう? うむ?」
「何か……えっと、冒険者の方です……いえ、そうじゃなさそうだけど」
「ふうむ……あの城はどういうところかな? 我輩とんとこの辺りのことに疎くてなあ」
「え……アンデルク城ですけど」
「アンデルク城。ふむ。聞いたことのない……いや、それもそうか。我輩もこの地に戻ってきたのはかなり久々だったからなあ。うむ、教えてくれて感謝する」
「あ、はい……」
ふらふらと老人に見えなくもない男性が城の方へと歩いて行く。足取りはしっかりしているのに当人の奇矯さゆえにそう思われている。
「あ」
「うむ?」
「お爺ちゃん!」
「えっ!?」
「……お爺ちゃん?」
そしてモミジとモミジを魔物にした人物が出会う。
「我輩をお爺ちゃんと呼ぶ君は誰だったかなあ……」
「ちょっと! 忘れたのー!?」
「我輩をお爺ちゃんと呼ぶ眷属はいたかなあ……」
「覚えてるんじゃん!?」
どうやらお爺ちゃんと呼ばれたくはないらしい。
「えっと……ヴァンデール・ドラクロワだっけ?」
彼の名前はヴァンデール・ドラクロワ。少なくともモミジが知っている限りではそうであるらしい。
「うむ……そうえいば我輩そういう名前だったな」
「え? なに? 名前変えたの?」
「その通り! 我輩の今の名前はアンデール・ドラクロワ! 呼ぶのであればアンデールと呼ぶが良い」
「…………」
「…………」
「…………」
モミジ、そしてモミジと一緒に来ていたサフラとセージは黙り込む。ヴァンデール・ドラクロワは現在自分の名前はアンデール・ドラクロワと名乗っているらしい。それ自体は根本的に悪いことではないが、この国ではそれは少々混乱することになるし対外的にも問題はありそうである。名と姓の違いはあるとはいえ、国と同じ名前は流石に影響がありそうな問題である。もっともアンデール・ドラクロワは本来人と相容れぬ存在であるため、仮に名前に問題があったところでその名前を誰かが知ることがほとんどない。そういう点では大きな影響はない。
ただ、モミジたちみたいな彼に関わる存在にとっては少し厄介な問題である。彼女らにとっては国名と同じで正直やり辛いと言わざるを得ない。
「それはちょっと」
「え!? なんで!?」
「なんでも何も……その名前、この国の名前と一緒なんだけど」
「ふむ…………つまりこの国は我輩の国……!」
「絶対違うから!」
「うん……流石にその言い分はちょっとアレすぎるね」
「あはは、偉そう」
他人の国を勝手に自分の国と言い張るのは流石にどうなのだろう。まあ彼も調子に乗った発言をしているが大体はノリで適当ぶっこいているだけである。
「えっと、まあそこは後で話すとして。お爺ちゃんなんでここに来たの?」
「お爺ちゃんと呼ばないでくれるかな!? 我輩まだそんな年齢なつもりないんだけど!?」
「頭が白いじゃん。見た目的にもなんか年取ってるみたいな感じに見えるし」
「お髭も白いよね」
「これ全部地毛よ!? 髪が白いなら髭も白いんじゃないかな!?」
「それはどうなんだろう……?」
「多分白い……のかなあ?」
「でも結局年を取って白くなったとも見れるけどね」
「我輩まだまだ若いよ!?」
お爺ちゃん呼ばわりのモミジ。まあアンデールとは呼びづらいし、彼女の場合立場的に眷属で下の側。呼び捨てはどちらにしても難しい。お爺ちゃんと呼ぶのも見た目と親しみを理由にしての物で決して悪意のあるものではない。まあ呼び方としては正直どうなのかと思うところではあるかもしれない。
さて、そんなことより彼がこの国に来た理由は何なのか。根本的に彼は人ではない。流浪の存在であり、またモミジと同じ要素も持つ。いや、これに関してはモミジが彼の眷属であるが故に持つものである。
「まあいい。後で訂正させるとしよう。我輩がこの国に来た理由だったな」
「うん」
「我輩の目的、その成就に繋がるものがこの国にあるという占い結果が出たのだ」
「…………占い?」
「そう、占いだ。我輩の占いは我輩にとって必要な物を見つけることのできるもの。まあ我輩の占いでも奴らに関して直接探るのは無理なのだがな」
「……モスマン」
「うむ! 奴らの始末をつける、そのための道筋を我輩は見つけられ……るかもしれん」
アンデール・ドラクロワがこの国に来た理由はモスマン関連の情報が得られるかも、と言う話である。とはいえ、それが占いと言われると流石に疑問符が出てくる。どう考えても占いで物事を決めるのはあまり考えられるものではない。溺れる者は藁にも縋るとも言うが、彼は別にそこまででもない。そもそも占いは物事を決める指針にはなっても確定事項ではないだろう。しかし、こんな世界においてそういった特殊な力、本当にミラを見ることができるような何かがあってもおかしくはない。実際に物探しができる"夜明け"の魔女の存在もある。アンデール・ドラクロワがかなり特殊な存在であると見ればあり得なくもないだろう。まあ、現時点では判断できない。アンデール・ドラクロワの行動によってそれが本当かどうかわかるかもしれない。




