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「あれ?」
「公也様。山登りはもう終わりましたか?」
「かなりの時間こちらに来ませんでしたが……休める場所でも見つけましたか?」
「えっと、リルフィ様、フィリアさん、外……」
「ああ、いや……もうアンデールに戻ってきてる」
「え?」
「……本当ですね。見慣れた光景です」
公也がアリルフィーラたちを入れている空間に行く。これまでの流れ通り公也が行くということは安全な場所を見つけた、三人を外に出すタイミングになるはずである。しかしシーヴェはすぐに気付いたが、すでに外はアンデール。公也たち、アディリシアとウィルハルトを含めた四人はアンデールへと帰還の魔法にて帰還した。あの城は色々な防御機構を備え侵入者に対する攻撃能力が高い。しかしそれはあくまで物理的なもの、そこに存在する魔法道具の類を用いたものであり魔法的な防御、攻撃の手段が備わっているわけではない。つまり魔法による空間転移を阻害するような仕組みは存在しない。こればかりは物理的にはどうしようもなくそういった魔法を阻害するような仕組み、手段がなければ不可能である。というか空間魔法を阻害するような魔法は同じ空間魔法かそもそも魔法そのものに干渉するようなものでなくては難しく、あるいは魔法陣などを用いて外界との完全な隔離を行うなどしなければ難しいものである。あの城ではそういうものは行われていない。
なのであっさりと帰還の魔法で戻ってきた。やるべきことをやったためこれ以上いる必要がない……というか、もともと外に出た後は戻るつもりだったのだし城から出ずに戻っても大差はない。外に出るのも防衛機構が働いていたため手間だったからむしろやり方としては決して悪くない。ただ、彼女たちからすれば今までいた別の大陸からいきなり自分たちのいた大陸に戻って痛めどうしても驚く感じではあった。シーヴェが気付いたのは獣人ゆえの人間とは違う感覚による知覚によるものである。
「戻ってこれたみたいですね……ウィルハルトさんも、アディリシアさんもいます……けど」
「もう一人、誰かいますね」
「誰でしょう。いえ、そもそもまた誰か新しく連れてきたのですか?」
そして外に出て仲間であるウィルハルト、アディリシアもいることを確認する三人。ただ、どう考えでも今まで見たことのない少女が一人いることに気づく。しかも格好は向こうで彼女が器に入った時の格好のまま……裸に下着もなく、体を大まかに全体を隠すようなローブというか大きな布をかぶったような感じみたいな、服ではない格好である。少々このような少女を連れてきている公也のことを不審に思っても仕方がないような状況である。
「えっと………………そういえば名前を聞いてなかったな」
「……誰とも知れぬ相手を連れてきたのですか?」
「何者かは知っているが……そもそも敵対していた相手だったしなあ。聞く機会もなかったし、特に名前を呼ぶようなことも、その為人を知る機会もなかったし……」
なぜそのような人物を連れてきているのか、とフィリアは思う。もっともアリルフィーラやシーヴェは特に気にする様子もない。なんというか問題にするようなことでもない……これくらいのことは公也が色々する中でそこまで大きな問題ではないと彼女たちは思ってしまっている。人間として結構色々な問題を引き起こす問題児、それが公也である。いや、問題ばかりでもないのだが。
「名前? そうね、あったけど……今の私にはいらないかしら。新しいものにしましょう。あの国ももうないのなら、新しい私になったのなら。クシェントラとでも呼んでもらえる?」
「わかった、クシェントラ」
とりあえず彼女は自分のことをクシェントラという名前にしたようだ。かつての彼女、誰かに呼ばれていて名前、そんなものは彼女にとっては過去の事。そもそもそういった相手がいないからこその己の力で国を滅ぼし獣で制圧するようなことをしていたとも言えるだろう。
「それで……敵対していた? このような少女とですか?」
「今は少女なだけで……いや、詳しいことは話してもちょっと理解しきれないだろうし、あまり気にしないでくれ」
「気にしないでと言われても困りますが……」
「まあまあ。ふふ、いいじゃないですか」
「……アリルフィーラ様」
とりあえず気にしないで受け入れようという主張のアリルフィーラ。公也が連れてきた以上は面倒は公也が見るというか、責任を取ることになる立場というか。そもそもクシェントラに関してアリルフィーラは心配していない。本能的察知か、気配を見てか。彼女的になんとなく酷いコトンにはならないだろうと感じている。もっとも彼女の持つ公也への敵対意識や反感はアリルフィーラもわかっているが。
「戻ってきたのですし、今はみんなのところに行きましょう。ここで話していても仕方ありません。アディリシアやウィルハルト、それにクシェントラの部屋の用意もあります。クシェントラの場合は服などの身の回りの物も必要でしょう? 話していても何もできませんよ」
「……そうですね」
帰還の魔法で戻ってきたは良いが、この場で話ばかりしていても仕方がない。とりあえず戻ってきたことを報告するべきである。まあアンデルク城は城魔、中に公也が現れたことは把握しているだろう。メルシーネやヴィローサも公也の存在を感知している可能性は高い。ある程度は戻ってきた事実が知られていると思っていいかもしれない。ともかくさっさと公也が戻ってくるのを待っていただろう多くの人々に会うべきだろう。
「随分楽しんできたようね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
普段はこういった場合公也の擁護に回ることの多いアリルフィーラですら、黙り込むほどの恐怖……いや、畏怖だろうか。特殊なカリスマ、威圧を持つようなアリルフィーラですら圧倒されるような圧、それをハルティーアが発していた。彼女はとても起こっている。かなりの苦労、遠藤ごとを押し付けられた上にいつまでもいつまでも帰ってこないで別の大陸で観光というか旅行というかそんな感じのことをしていた公也にとてつもなく怒っている。いつも苦労を掛けられるため慣れたものだが、だからと言って苦労を掛けられ続けるのも彼女としては不満だ。いや、それ以前に自分が苦労しているときに遊び惚けられているのだから怒っても仕方ないだろう。
「戻ってきたのなら、ちゃんと仕事はしてもらうわ。当然よね?」
「あ、ああ……」
「そう。それならメルと一緒にさっさとキミヤたちが消えた場所……いえ、その時に乗せてもらった馬車の国の方に出向いて話をしてきなさい? 馬車、馬もあるんでしょう? 返してきなさい。あと向こうも平謝りというか、巻き込んだことをひたすら謝罪していたからこれ以上の謝罪はいらないというのもちゃんと対応してね? これまではずーっとずーっと私が対応して、向こうもかなり心苦しく思っていたし大変だったのよ? そもそもあなた国王でしょう? それが自分の国の対応で消えてしまったらすごく困るのよ? わかる? 向こうも困るし私も困るの。この国も大変なのよ。ただでさえキミヤは仕事はしてくれるけど何かあった時私に任せ手伝ってくれないし」
愚痴が延々と続く。彼女も彼女で結構溜まっている様子である。まあ、仕方ないが。




