26
「読みながら歩くのはお勧めしないが」
「ぶつかりそうになったら教えてください」
「……さっき読んだと思うが」
「途中までです」
アディリシアは先へと進む道すがら日記を読みながら歩いている。公也はそれを咎めるがアディリシアは我関せず、何かあれば注意しろとまで言う。先ほども日記は呼んでいた。街の起こりに関する話、この地の魔法使い、街を作った魔法使いの記述、その内容、知識、そういった部分のことは知ったがそれはあくまで途中まで。その後の情報はまだそこまで仕入れていない。
「面白い記述ではありますよ。人間を魔法道具にするという可能性について」
「…………それは倫理的に流石になあ」
公也も割とあれなところはあるが、人を実験材料にするようなことは基本的にない。一切ないとは言わないが、少なくとも本気で禁忌になるようなことはしない……いや、人食いみたいなことは<暴食>でしているから何とも言えないが。
「人間の骨を魔法道具に利用する……確かに一般倫理では受け入れられませんね」
「恐らく話的に人形の方に使うようだろう? むしろ人形とかだと人の骨とかそういうものは逆に使いやすいのかもしれないが……絶対忌避感はあるぞ?」
「確かに嫌な気分にはなるかもしれませんね。結局同じ人の物だから、でしょう。もともと魔法道具は魔物の死体を利用しているわけで」
「自分たちと同じだったものだから嫌だ……あるいは、素材として認識することで人として認識できなくなる、されなくなるのが嫌だということもあるか」
人を魔法道具の素材として利用する……その話だけを聞くと嫌な気分になると思われるが、魔力を持った生物の素材を利用するという話だけであれば魔物を利用するのと大きな違いはないだろう。それが同じ種族、身近な相手だから嫌なだけだ。それこそマッドサイエンティストのような存在なら人の利用は珍しくない。ネクロマンシーの類は積極的に人を殺して利用する。生きているものを利用したりそれを殺して利用することに比べれば、まだ死んだ死体を利用するだけなら前述の存在よりは酷くはない。多少非道であるし、死者の尊厳を冒涜しているなどと言われれば否定できることはないとしても、まだただの死体を利用するだけなら最悪よりはまし、と言ったところである。
そしてそういった人の素材を利用するようになると人によっては人間そのものを素材としてしか認識できなくなる、みたいなことにもなり得るだろう。そうなってしまうと危ないためしないほうがいいという考えはあるだろう。
「人を利用する発想はないわけではありませんが普通ではないですね」
「……まあ、何でも利用するという考えで使ったか、もしくは人を生き返らせたかったのかもな」
「人形でしょう?」
「どういう形であれ、だ。その人の体を使いその人と同じに扱う、その人がいるように思うってのはあるんじゃないか?」
「私にはそういうのわかりません」
この街の人間はどんどん減っていく。村を起こし生活していた彼らは生きていくだけでも大変で精神の摩耗も大きく、心を擦り減らしていった。人が減り人寂しくなり、魔法道具の人形を作って人の代替とした。しかしそれだけで満足できず……失った、死んでしまった人の代わりをも作るに至った。そのための死んだ人そのものを素材とする方法。魔法道具を作るうえで素材が足りないとか、素材が有用であるかではなく、死んだ人を想うがゆえの行動である。
「しかし、魔法道具の中に人骨か」
「あまり気にしても仕方が………………」
「どうした?」
「………………すごくとんでもない記述が……」
「具体的に」
日
既にこの地に残っているのは我だけとなっている。もはやこの
地に来て何年たったことだろう。かつて十五人もこの地にいた
時が懐かしい。
仲間は死んだ。ケガや病気もあれば自殺もある。こんな誰もい
ない誰も来ない地でずっと心を病まず住める方がおかしいだろ
う。もしかしたら我が作った人形たちも彼らの心の病みに影響
している可能性はある。もしくはそれがあったからこそ長く持
った可能性はあるが。
街はこの人形がなければ今までまともに維持することもできな
かったことを考えると作らなかった場合はまともに街が残って
おらず我も生き残っていない可能性の方が高い。決して無意味
ではない。しかし我が作った人形の中には仲間の死体を利用し
たものもある。それが彼らの心にどのような影響をもたらした
か。それを考えるとやはり良くはなかっただろう。
人形も今や街を維持する程度の数しかない。いや、これらはこ
れ以上作る意味がないからその程度しか置いていない。我一人
となったこの街はいずれ我が死に人のいない街となる。その時
街を維持する人形たちがずっと残り続けるようにしないといけ
ない。整備の必要もあるし魔物の排除の必要もある。人形たち
以外の魔法道具の整備も必要で、素材は核押しておかなければ
いけない。人形は自身および同じ人形たちの整備ができるもの
を。また魔物たちを倒し素材を集めるものを。街の状態を維持
し続けることができるものを。ずっとこの街を残すために。
この街は我らが生きた証。この地に進み、この地を開拓し、こ
の地に刻んだ我らが生涯。残すべきもの、記録すべきもの。我
らの故郷では我らの存在は果たしてどう伝わってるだろう。覚
えられているだろうか。あるいは記録から抹消されているだろ
うか。それは今この場にいる我にはわからない。
最後に我がこの地に残す最後の魔法道具をこれから作る。
わざわざこんな記録に記載すべきものでもないが、誰も知るこ
とのない者になってしまうのは少し寂しいものがある。いつの
日か、未管理地域が開拓され我らが街に人が届いた時、この記
録も見つかることだろう。その時この記録を読み、我らの残し
たものについて知ることになるだろう。
我が作る物はこの街の魔力を維持するための物。我が魔法やこ
の地の魔力、それらを用いてこの街は維持されている。既に魔
石を使わぬ構造をし、この地の魔力を用いて使えるようにはし
ているがいつの日か魔力は足りなくなるかもしれない。それ以
前に魔法道具を多く使う関係上すべての魔法道具の使用を維持
するだけの魔力は足りていない。それらの魔力を確保するため
の魔法道具だ。
なぜわざわざ我がこの記録にこのような記述をするのか。それ
はその魔法道具に我が仕組む仕組みが特異だからだ。もしかし
たらこの記述を読んだものはその仕組みを真似するかもしれな
い。もしできるならそれでいいだろう。できるものならば。人
を生贄に魔法道具を作ることができるならば。
「……人を生贄に魔法道具を作る?」
「聞いたことのない話です」
流石にこの記述が本当か、それはわからない……しかし、この記述を読めば、わざわざこの日記にその記述を行っている彼のことを考えれば、何を誰を生贄にするか……それは想定できる。彼自身が生贄になる、だからこその記述なのだろう。




