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「この街は結構おかしいな」
「それはわかります」
「……何かおかしいでしょうか?」
「あんまりわからないですけど……」
「……違和感はあります。なんとなくですが」
未管理地域の奥に存在する街、そこの宿屋に泊まっている公也たち。そこでこの街のおかしな感じ、雰囲気、違和感、気配……それについて話している。しかし明確にそれを感じているのは公也とウィルハルトであり、フィリアは若干の違和感は感じているがアリルフィーラとシーヴェはその限りではない。こればかりは個々の能力の問題がある。街の気配や雰囲気を把握できる気配察知の能力が高くないとダメなのだろう、多分。あるいは街などでの生活経験の問題か。アリルフィーラは多少外に出ることがあるとはいえ、城内生活がほとんどだしシーヴェはそれに付き従う、その前も村内でしかほとんどいなかったため街の雰囲気がわからない。あちこち行った公也やこの大陸の街で生活しているウィルハルトは分かりやすい……この二人の場合はそもそもの能力の高さもあるだろうが。
「まず気配、雰囲気……人の感じだな」
「あ、確かになんか人がいないようには感じますね」
「そういうのはわからないですけど……」
「宿の従業員が確認できていません。受付など必要最低限の人員はおいている感じですが……」
「人自体もそうですが……なんというか綺麗すぎる、というのがありますね」
「綺麗すぎる……?」
「綺麗なのはいいことではないかと思いますが……そうですね、何というか何もついていないような……」
「生活感がない、という方が正しいかな」
「ああ、それは確かに。人が活動しているにしては……人が物を使ったような感じがあまりないですね」
公也たちが感じているのは人の気配、生活感の無さである。人の数もなんとなく少ないというか、宿を経営しているのにそこの人員はどこにいるのか、あまり人がいるようには見えないとか、謎な部分がある。特に生活感の無さは特筆すべき点で……様々なものが置かれているのになぜかそれらが綺麗、人が一度も使ったことがないかのような綺麗さである。別に埃が溜まっていたりとか、錆が浮いているとかそういうものではなく、ちゃんと綺麗にはなっている……しかし、何か綺麗にしているにしてもピカピカの新品同様にしているという感じでもなく、現在の状態を完璧に維持するかのように綺麗にされている。
「それに宿も変だと思う」
「宿は……人が少ないとか生活感の無さは変ですが」
「いや、宿があること自体がおかしいだろう? この場所のことを考える宿の意味がない……閑古鳥が鳴く感じじゃないか?」
「……確かにこの街の住人が止まりに来るにしてもその頻度を考えると意味はない。そもそも経営が成り立つものではないか」
「お金でやり取りをしているとは思いませんが……そういえばこちらに対して彼らは請求をしてきませんでしたね。宿の役割を考えるとお金、お金という形ではなくとも代価の請求はあるはずです」
「後で支払いを要求される可能性はありませんか?」
「それはないとは言えないかもしれないが、やっぱり何か妙な感じはある。旅人相手に後で支払いを、というのは……普通は先払いじゃないか?」
「旅人だろうと誰であろうと基本は先払いです。この地域ではそうではない、とかはあるのかもしれませんが……」
「少なくともこの大陸の宿は先払いばかりですね。私のような立場なら経費になり後で請求ということもあり得ますが……」
「やっぱり変か」
未管理地域は後払い、みたいな特有の支払い状況であれば話は分からないが、基本的に宿は先払い。そもそも歓迎するみたいなことを言われていたためもしかしたら支払いしなくてもいい、みたいなこともあり得るかもしれない。まあそのあたりの希望的観測はどうでもいい話である。
「一番変なのは全部ですよ」
「……一番なのに全部なのか」
「今まで特に話をしていない様子だが、突然どうした。魔法道具を弄っているのではなかったか?」
いきなりアディリシアが話しかけてくる。みんなが話している間も魔法道具を弄っていた彼女は話には参加していなかったが話自体は聞いていたようである。
「全部とは?」
「全部です。この宿もこの宿にあるいろいろなものも。街も全部変です」
「……確かに妙な感じはあるが」
「だって全部魔法道具なんですよ。あ、全部って言っても本当にまるっきり全部ってわけじゃないですけど」
「魔法道具?」
「……全部とは、建物などが?」
「建物も結構魔法道具が使われているし、この宿の多くの設備や物も魔法道具です。凄い量ですね」
アディリシアが妙に感じているのは街に存在する魔法道具の量に関してである。一般的に魔法道具は武器や防具、日常の仕事用品として作られる。魔石も魔法道具を作る技術も、魔法道具や魔石を作る人員も能力的限界や数的限界が存在する。限定した分野、範囲でなければ魔法道具を使い続けることができない、魔石が用意できなくなってしまうわけである。しかしそれはこの街では適用されておらず、街そのものが魔法道具と言えるくらいに魔法道具が使われている。普通なら考えられないくらいである。
もちろん街全部を魔法道具にすることは不可能ではない……しかし、今度はその魔法道具の使用の維持が不可能となる。この街の規模であっても人の数を考えれば魔石の作成が追い付かない……いや、そもそも街全体に魔法道具を使用している時点でかなりの人数が魔石づくりをしても追いつかないだろう。公也でも維持できるかはちょっとわからない。多少の規模、数なら何とでもなるが、街全体に魔法道具が使われるレベルとなると……果たしてどうか。
しかし実現できないわけではないし、そもそも魔法道具を常に使用しなければいけないわけでもない。建物などに組み込んだ防御の魔法道具としての機能や攻撃の機能はそれを発動する段階にならなければ魔石の消費は著しいものではないだろう。とはいえ、待機状態を維持するのにも消費はあるだろうという点で厳しくはある。だがそもそも昨日はあっても魔石を組み込まず発動もしない状態にできる。そういう状態である可能性はある。
「魔石も使ってない感じですし」
「……魔石を?」
「それはありえないだろう。魔法道具である以上は魔石を使っているはずだ」
「でも多分使ってない気がしますよ。確認してみればわかるんじゃないですか? この部屋にも魔法道具……そこの照明とかそうですし」
「ちょっと確認……してみていいのかな?」
「宿の物なので手を出すのはどうでしょう」
「破壊するわけじゃないし見てみるだけならありじゃないですか?」
「……そうだな。ちょっとそのあたり詳しくわからないからアディリシア、確認頼む」
「了解でーす」
そう言ってアディリシアは魔法道具を弄りまわす。もし魔石が使われていないならば画期的発明……どころかこの大陸の魔法道具関連の技術に革命を起こし得るとんでもない代物である。アディリシアはそういう方向に意識が回らないが、凄く興味がある様子で……分解しかねないくらいに弄りまわしていた。




