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「グルアッ!」
「グルルッ!」
「グルウッ!」
「………………ワイバーンに囲まれると大丈夫なのはわかってもちょっと怖いな。いや、さすがに周囲にワイバーンが群がってると流石にちょっと怖い」
公也は現在ワイバーンに囲まれている。乗っている騎竜であるワイバーンが他のワイバーンと話をしているため襲われていないがそのままだったならば襲ってきた可能性はある。もっとも公也はワイバーン相手に負けるほど弱くはなく、多少の怪我ではびくともしない。仮に炎にまかれても死ぬことはない。そして目に見えている相手ならば容易に暴食で喰らうことができる。相手にならない。
それ以前に公也も本気を見せればワイバーンも怯む。ワイバーンなど目ではないほど公也は強力な存在なのだから普段常識的な範囲に抑えているその気配を出せば多少は相手も手を出してこないはず。まあ数が数なので多少怯えたとしてもそう簡単に気合負けせず襲ってきた可能性はあり得るだろう。だがそれでもまだ相手に躊躇を抱かせた分控えめにはなるはず。
まあ今乗っているワイバーンが相手をして抑えているのでそこまで大きな問題にはならないとは思うが。
「しかし、このままって言うわけにも……」
「グルルッ」
「グルウ?」
「グルアッ」
「グルッ、グルルッ!」
「……どうやら話が通じたみたいだな。そもそも何を話していたのかは不明なんだが……」
公也が乗っているワイバーンとの会話は終わったようで周りを囲んでいたワイバーンたちはその場から退散していく。ワイバーンたちにとっては同じワイバーンを従えている相手でありそう簡単に手を出しづらいし乗っているワイバーンの存在もある。人間に従えられているとはいえ同種の存在、同じ地に生まれた同胞。流石に無用な争いは避けたいところであるし下手に戦えば自分たちの側にも被害が及ぶ。ゆえに避けた。対話で済めばそれでいい。もちろん公也はワイバーンの谷に被害を及ぼすような行動をするつもりだった場合彼らも公也とワイバーンに襲い掛かったと思われるが公也も単純に観光に近い目的で来ている。ワイバーンを倒せればそれはそれで素材や肉などが得られるが一応騎竜として従えているワイバーンの手前、好き勝手魔物だからとワイバーンを襲うのはよくない。
そもそもワイバーンの谷は一応はトルメリリンに属する地である。そこに住む生態系、ワイバーンの存在に無用に被害を及ぼすのはある種トルメリリンに対する敵対行為だ。一応キアラートとトルメリリンは仲が悪いとはいえ国家間の争いを助長したいわけではない。少し前に大きな争い、国境付近での争いがあったばかりでその時の被害の補填に両者ともに忙しい中ワイバーンの谷に被害を及ぼし関係を悪化させたくはない。公也はキアラートの外では厳密な意味では貴族扱いされない存在であるがしかしそれをトルメリリンが納得して受け入れるかどうかは別である。
まあ、そういった込み言った事情もあるが公也にはあまり関係ない。単純に戦う必要がないのならば無駄に殺しをしない、仕事で狩る必要がないのであればあまりそうする気がないというだけで現状は大人しいと言う感じである。その辺り騎竜として使っているワイバーンの争いを避ける努力を頑張ったのも理由にはあるだろう。
「とりあえず、この付近を見て回るか」
「おーい!」
「……人? ワイバーンばかりいるのに人間がいると言うのも奇妙な……」
ワイバーンの谷の観光のためあちこちに行ってみたい、と思っているところに声をかけられる。ここはワイバーンの谷、ワイバーンが飛び交う危険地帯。そんなところにまともに来れる人間は高ランクの冒険者、または隠蔽能力の高い人間や強力な魔法使いなど、つまりは能力の高い存在である。しかしそういった存在もわざわざこんなところにまでくる必要性はないはずである。いや、全くないとは言わない。ワイバーンの谷はワイバーンが住み着きその関係で竜種の傍で育つような植物が育ちやすい。またワイバーンが獲物を狩り食料とするため脅威となる生物が少なく植物も結構繁殖している。それゆえに希少植物なども幾らかみられるだろう。そういった物を採りに来るという理由で谷を訪れる者もいるだろう。
だが声の主はその限りではない。公也が声をした方向を見るとそこにはそこそこ壮年であると思われる男性はいた。冒険者というにはそこまで身体能力があるようには見えず、魔法使いにしては魔法を使うような装備をしていない。かといって隠蔽能力の高い存在とは気配を感じる限りでは思えない。つまりなぜここにいるのか、どうやってここにいられるのかわからない存在である。怪しすぎる。
「誰だ?」
「ああ、すまない。私はオーガン。このワイバーンの谷でワイバーンを愛でているただの男だよ」
「………………そうか」
その言葉に気が抜ける公也。ワイバーンを愛でる……通常冒険者ならば狩るべき獲物、そうでない一般人なら勝ち目のない恐ろしい脅威、そう考える存在である。しかし愛でる、というのは普通ではない。感性的にありえない。まあ趣味は人それぞれ、竜好きな人間がいてもおかしな話ではない。しかし竜が好きなのは理解を示すことができるとしてもそれがなぜここにいるのか、という点においては謎だ。
「君はワイバーンに乗っているね。そのワイバーンは何処で手に入れた物かな? さきほど囲まれていたけどどういう理由で? そもそも君は何者だ? 私が知っている限りトルメリリンでは見た覚えがない。怪しい。怪しすぎる。なぜこんなところに来たのか?」
「……俺は公也・アンデール。一応はキアラートの貴族という扱いになっている人間だ。このワイバーンは少し前の戦いで城と一緒に確保したワイバーンで今は俺の所有物という扱いになっている。ここには単にワイバーンの向かいたい方角ということで来ただけだ。俺がいたからなのか理由は知らないがワイバーンに囲まれたがこのワイバーンが交渉して退散していったようだ」
「……………………ふむ。ああ、そういえば……そうか、先日のトルメリリンとキアラートの戦いの…………君がその時活躍した冒険者、今は貴族になったと言われる人物なのか。それでワイバーンに乗っていたと……」
公也に関しての情報は既にトルメリリンでも知られている……というよりトルメリリンはよりその情報を知るべき立場にいるからこそ知っていると言うべきか。少なくともこのワイバーンの谷に来るような変人ですら知っているようである。
「そういうことだ。別に問題はないだろう?」
「ああ、確かに。ワイバーンの扱いには気を使ってもらいたいところではあるが、特に問題のある様子ではないみたいだし」
「……問題があったらいけないと?」
「竜を愛する者として! 竜が不当な扱いを受けているのならば改善するに決まっているだろう! たとえ相手が貴族だろうと強力な冒険者だろうと! 竜により良い生活を送ってもらうために!」
「…………………………」
どうやら彼は竜好きが行き過ぎた人間らしい。
「君は特に問題ない様子で安心だ。これからも彼をよくしてやってくれ」
「ああ、まあ問題ない程度にはな」
流石に公也も相手をするのには戸惑うくらいの勢いがあった。それゆえに素直に言い分には従う。まあ別にそこまで悪いことでもない。公也としては別にワイバーンを不当に扱うつもりはないのだから。そうしてオーガンと呼ばれる男性との遭遇がありながらもワイバーンの谷を少し見てまわりまた別の所へと向かった。流石にいろいろな意味でオーガンがいる場所はやりづらいと思ったのもある。公也でも無駄に争うようなことはしない。それゆえにこういう勢いで己の信条で向かってくる相手はやりづらい。
そんなふうにあっさりと去ってしまったため、公也はワイバーンの谷において存在していた微かな異変を察知することはできなかった。それに関してはまた後で大きな事変として公也が関わることになるのである。
※相手を簡単に殲滅できるとしても周りを竜種に囲まれればさすがに怖い。
※私の作品に出る名前ありキャラは今後も出番があるという証明。最後に書かれていることも含めてワイバーンの谷にはまた来るのである。
※主人公の話が広まっているのはキアラート国内、トルメリリン国内が殆ど。他国にも多少の伝達はされているが基本的に国内のみ。とくにボロクソにやられたトルメリリン側は噂もかなり広まっている。キアラートでは貴族間や冒険者間であまり一般には広まっていない。時間と共にそれなりには広まるがそこまで有名になるということもない……と思う。
※最後の内容に関しては次章に繋がる。




