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「理由はそこまであるというほどでもないわ。あなたの存在が都合がよかったから、かしら」
「都合がいいですって?」
「この国を滅ぼす、傾ける。それが私にとって都合がよかったから、でしょうね」
「…………滅ぶのが都合がいいですって?」
あまりにもその内容に理解が追い付かず、同じことを繰り返し言うリシェイラ。若干違うとはいえ、本当に繰り返しになる程度にはアリスティルの発言が理解できない。
「私ね、この国を出るつもりだったの。でも私は一応貴族の娘だから面倒くさいのよ。だからこの国が混乱し、どうしようもなくなれば出やすいでしょう? だからあなたがこの国を滅ぼすつもりだということでそれに乗っかることにしたの。完全に滅ぶ前に決定的な終わりに繋がる何かをきっかけにこの国を出る。幸いにそれくらいの余裕は作れるような立場だから問題はないわ。今回はあなたがミスしたこと、キミヤ・アンデールというこの大陸における特殊な存在が訪れ辺にちょっかいを出したから劇的に状況は変化したけど、結局のところあなたのせいでこの国はもうどうしようもないところまで来ている。いくら延命を図っても延命にしかならないもの。結局あなたを早い段階で止めなければ、ここまで来てしまってはどうあがいても滅びは免れない。劇的な滅びではなく、緩慢に死に生まれ変わる形になるでしょうけど。あなたにとっては面白くない結末かしら。血も争いもなくゆっくり弱り死んでいくだけだから」
「………………おかしいわ、あなた」
「そうかしら? 仮に私がどうにかしようとしたところであなたを止めるのは難しかったと思うけど? まあ姉にあなたを殺させれば終わった話ではあったけど、それ以外だとどうだったかしらね。まあ、私が出るには滅んだ方が都合がよかった。その方が動きやすかった。私が滅ぼすのは面倒だから滅ぼしてくれるあなたがいてよかった。いなければ以内で別の手段を使っただろうけど、いてくれたからね。じゃあ滅ぶに任せましょうか、ということよ」
「………………」
「ありがとう。おかげで動きやすいわ。その点においては感謝してる」
「その形で逃げようと? 私も同じようにしようと思ったのかしら?」
「ああ、脚を斬ってもらったこと? それに関してはあなたを逃げられないようにしただけよ。対話するのが目的ではないけれど、あなたに関していろいろと調べるにはやっぱり話す方がいいし、変認ゲラれるようなことになるとそれはまた別の面倒につながるわ。国を嵐滅ぼすような魔物は放っておけないものね。同じようにするなんて毛頭もないわね。ああ、そうか。今の私がこんなふうになってるからそう思ってしまうのね。そうそう、これも対外的にちゃんと見せかけるための物なんだけど。この国の他の家、王家にもそうだけど私は歩けないってことにしていたりするのよ。どうせ貴族の家を継ぐのは騎士である姉の予定だったし、こう他者の同情を誘うような見た目の方が色々と都合がいいでしょう。でもお生憎なことに、私は普通に歩けるのよ。ほらね」
「………………」
車椅子に乗っていたアリスティルだが、彼女は別に足が悪いわけではない。車椅子に乗り運んでもらっているのは歩けないというアピールのため。体の一部が悪いというのは相手に優越感を抱かせたり同情心を誘ったりといろいろな得になる部分がある。それを積極的に利用するのはあまり一般的には良いこととは言えないが……利用できるもの、利用するものは何でも利用するという考えなら決してあり得ない選択肢ではないだろう。国を滅ぼすことすら見届けるくらいだ。その程度できないわけがない。
「さて……ティアエリシィ」
「はい」
「あれを始末して」
「わかりました」
「っ!?」
アリスティルの命令で車椅子を動かしていた者……つまりはリシェイラの配下だった魔物がティアエリシィに殺される。一瞬で魔物が気付いたときには既に結果が出ていた。
「……それはあなたが使っていたんじゃないのかしら?」
「魔物は所詮魔物よ。どこまでいっても人と相容れるものではないわ。ああ、でも……例外はあるのかしら? 噂程度だけど。まあ、あなたが送り込んだような魔物を使うのは流石にどうかと私も思うけど。水から人の姿になれるようなものでもないのでしょうし? 城での騒動は知ってるわ。人が魔物の姿になった……魔物が人の姿から元に戻っただけなのでしょうけど、それとこれも同じでしょう。いずれ魔物の姿に戻るだろう人間の姿をしたア何かを使っていればこちらも危うい。そもそも従えたのも理を提示したからこそよ。何時まで従うかもわからないわ」
「…………ふ、結局人間なんてこんなものね」
「あら。私は自分が善人だなんて欠片も想っていないわ。そうであるなら足が悪いように見せないし、国が滅ぶまで放置もしない。ただ利用するものを利用していただけなのだけど」
「……私もこれ以上必要ないから殺すと?」
「あなたの場合は少し違うわね。この国が滅びに向かう中和剤にならないように、それとあなた自身が奪ってきたものを取り返す……ああ、この場合は私が奪うことになるのかしら。あなたが奪った結果ゆえに失われたという体裁で私が回収し利用する、それだけなのだけど」
「…………っ」
その発現はあまりにも、非道と言っていい内容である。リシェイラはこの国に様々な国を滅びに向かわせるような悪行を行わせた。王、臣、貴族、騎士、兵士……そういった国を運営する根幹的なものに対して民が怒るように、敵視するように仕向け、重税や厳罰を強いて何れ爆発するようにした。リシェイラがそうさせたとはいえ、彼らがしたことに変わらず、元に戻しても遺恨は残る。そしてその責全てをリシェイラに背負わせても納得はいかないだろう。だがまだリシェイラという存在がいれば……多少はそちらに怒りを向けさせ滅びへの流れを多少緩慢なものにできる。その間にできることもあるだろう。しかしいなくなれば、確実にこのまま良くない方向へと進んでいく。もうこの国の現状はそういう状況だ。
そしてここまで逃げてきたリシェイラは再起のため城から金目の物を持ってきている。流石に程度はあるが、それでも結構な金額にはなる。あとはアリスティルが家から持ってきたものを合わせれば多少は外でもやって行けるだけの財産にはなるだろう、そういう考えである。つまりリシェイラが城から盗んでくることを前提に考えているということ、それをリシェイラから奪うつもりだったということである。
「あなたは殺して隠す……燃やすか埋めるが一番かしら? バラバラにしてわからなくするのもいいでしょう。どうせ見た目ですべてを把握するのは無理でしょうしね。あなたの特殊な力がなければあなた自身であなたはどこまであなたと認められるかしら」
「…………好きになさい。人間を愚かな虫けらのようなものと認識し、あなたのような存在やあの怪物みたいな相手がいるなんて思わなかった私が悪かったのでしょう」
「キミヤ・アンデールに関してはあなたの情報収集能力の欠如でしょう。噂でも大概やばさが伝わってくる相手よ? それを信じないのは人の勝手だけれど、その結果不幸になるのは自分のせいね。自分ならどうにかできると迂闊に手を出した結果でもある。所詮特集な力を持つ魔物と言えども、絶対的な存在ではない……それを認識していれば違ったでしょうにね」
そしてそれに続いて小さく彼女は言う。
「私もそうであることを忘れてはいけないでしょうね」
自らが相手より上だと驕らず、油断しない。でなければ自分もリシェイラのようになるだろう。彼女はそうも思っている。
「ティアエリシィ」
「はい」
そして姉にリシェイラを殺させる。アリスティルはまともに動けるとはいえ、騎士に比べれば全然非力である。なんだかんだ貴族の娘でしかない。どれだけ悪い思考ができ、策謀を練ることができてもただの人でしかない。強くはないのである。




