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アリルフィーラは諸々の事情で神儀一刀と呼ばれる剣の流派、その技を使うことができる。ただ、彼女はその剣の流派の技を使えると言っても彼女自身の剣の腕はお粗末なもの。身体能力も高くなく、決してまともに戦えるものではない……はずである。だがその垣根を超えるのが技、なのだが……それでも技はその性質以上の力を発揮できない。どれほど技が強力でも扱う者が弱ければそこまで強くはならない。
しかしアリルフィーラは己の性質と合わせて技を使える。そもそも他の剣の流派はわからないが神儀一刀は教えられた技が主となるものというよりはその性質、その本質的な力、方向性が重要なもの。神儀一刀の技は同じに見えてそれぞれが使う技はそれぞれが作りあげたもの、生み出したもの。つまりは神儀一刀の技は基本的にはその個人のオリジナルの物となるのである。そしてその性質は本人に合わせたもの。奥義などは顕著だが、他社の技を知らず自ら技を生み出すアリルフィーラの場合、通常の技にもそれが現れる。
アリルフィーラは公也の関係者の統率者、リーダー的な立ち位置にある。これは彼女がもっとも公也に愛されているという立場……ではなく、彼女と公也とのかかわりによる彼女に付与された性質である。公也は神の力を得て疑似的な神に近い立場を持ち、それゆえに神との関わりを持つ人物ということで関係者は加護や契約や盟約といった特殊な関係を持つことがある。特に伴侶、交わりを持つ相手であればその性質は強く、想いが相互にあればさらにその強さを示し、その本人の持つ力の高さに繋がる。アリルフィーラはその最大であり、伴侶、花嫁として極めて強い立ち位置にある。それは他の関係者……特に想いや交わりによる繋がりを持つ相手との関係性が強く、その頂点にありまとめる者、リーダーとしての立場……ということになる。それにより彼女に危機があれば関係者はそれを知ることができる、というか知らされてしまうということになる。
まあその話は関わりはあるが本筋ではない。そういう立場にある彼女はそういった関係者との繋がり、縁が強い。それが彼女の神儀一刀の技に現れる、表すことができるということだ。今回彼女が振るったのは守りの竜の爪……すなわちメルシーネの爪による一撃。さらに言えばあくまでイメージ的なものであり実際のメルシーネの一撃と同じものでもない。象徴的なもの、彼女であればこんなことができる、竜の力ならばこんな感じだろうというイメージが強く表れるものである。その一撃が兵士を吹き飛ばした一撃……ただ短刀を振るだけでそれだけの一撃を引き起こせる彼女はある意味では下手な暗殺者よりも暗殺者じみており、下手な冒険者よりも強いと言える。まあ戦闘能力がない、身体能力に限らず戦闘勘や戦い方、戦いの組み立て方、そういった戦う強さが彼女にないためそれだけの力を持っていても活用はしきれない。まともな戦いになれば彼女はまず勝てないだろう。ただ、今回みたいに誰かが戦っている場に横槍を入れることや遠距離からであれば一方的な攻撃が可能である。
「アリルフィーラ様、申し訳ありません……!」
「いえ、フィリアは私を守ってくださったでしょう? 問題はありませんよ」
「違います! 守れなかったことではなく、アリルフィーラ様の手を煩わせたこと……戦わせたことです」
フィリアはアリルフィーラの従者、主に仕え主のために動く存在。そして護衛も兼ねた主を守る者でもある。それはただ命を守るというだけではなく、その手を煩わせない汚させない、戦闘に参加させないという意味合いも含む。今回フィリアとシーヴェだけでは抑えることができず、さらに言えばフィリアは不利気味であったためアリルフィーラはそのフィリアを守るために力を振るったと言える。それは何というか立場的に逆だ。だからこそフィリアにとっては切腹も辞さないと言いたくなるような気持になっているのである。
「そんなこと気にしないでください。私が労するよりもフィリアの方が重要ですよ?」
「しかし……」
「この程度です。それに彼は死んでいません」
「……それは、そうですが」
死んでなければいい、というわけではないが殺した場合と殺さなかった場合では心情的には全然違ってくるだろう。そういう点では死んでないのは悪くない。ただ、そもそも手を煩わせたことも問題だし殺さずとも相手を攻撃した傷つけたというのが問題でもある。
また今回の場合場所が場所、相手が相手。この国の王城で国の兵士が相手というのも問題だ。従者がどうにかしたならばともかく、アリルフィーラが直接手を出しているのは少し問題が大きくなりかねない。
「でも、流石に少し問題になりかねませんね」
「……それはそうですね。しかし、先に手を出してきたのは向こうです」
「そうですが、それを証明してくれる人がいるかどうか……」
「お互いの立場がありますから……面倒ではありますね。ですが流石に話し合いでどうにかなるでしょう」
「だといいのですが……」
いくらこの国の王族が相手とはいえ、そもそもアリルフィーラたちはこの国の宴の客人、招かれた当人ではないとはいえその招かれた人物の同伴者としての立ち位置。アリルフィーラたちのことを問題視し責めるのであれば同伴者として招いた国とその王族にも影響はあるし、逆にこの国の王がアリルフィーラを呼びだし、拒否したことで兵士が襲ってきた事実に対して招かれた側もそれを問題視して責めることができるだろう。
まあ、そこはどうなるか結局のところは分からない。ただ、いきなり殺されるということはないだろうし流石にそこまで行ってしまえばそうなる前に公也が動くことは間違いない。問題はない……と思われるが、それでもやっぱりそういうことになること自体が問題ではないかと思うものである。
「あのー!」
「え?」
「あ……」
「二人で話してないでこっちも助けてくださーい!!」
アリルフィーラとフィリアは二人で熱心に色々と話していたが、アリルフィーラが吹き飛ばしたのは一人の兵士だけである。その兵士もいつまでも気絶しているとも限らないわけであるし、そのまま話しているわけにもいかなかった。そして今もまだ一人の兵士を受け持っているシーヴェは防戦一方、攻撃できないためずっとそのままの状況を維持するしかない。二人が加勢に入らなければこのまま戦い続けるままである。さっさとどうにかした方がいいだろう。




