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「さて。誰かよさそうな国の人間はいるかしら?」
リシェイラはこの国に来た他国の人間、その容姿や性質を見極めている。傾国の魔と呼ばれるタイプの魔物である彼女は相手の持っている性質……自分がその相手を上手く誘惑、魅了し精神的な支配をできるか、国において王の立場で強い性質、他者を従え言うことを聞かせることができるか、国の上の立場はどこまでいくことができる才質を持つか。そういったその者の質を見極める能力を持つ。これはひどく感覚的なものであるため他者に説明しても絶対わからないもので……最も簡単に言えば単なる勘、いわゆる女の勘と呼ばれるようなとても第六感的なものである。しかしその勘が外れることは基本的にはない。
一応彼女は自分の存在が気取られないよう隠れて様子見している。基本的には呼んだ王族が来るだけだが、当然その護衛や従者もおりその中には時折勘の鋭い者もいる。場合によっては王族の側付きとしてそういった人物が紛れ込むこともあり、彼女のような魔物を探知する可能性がないわけではない。まあ傾国の魔の特殊能力故に魔物であると感知されることはよほどのことがない限りはない。しかし探るような目線、ねっとりと獲物を狙うような気配、そしてその心魂の邪悪さゆえの性悪な雰囲気など、彼女自体に対する敵対的な反応がないとも限らない。ゆえにそういった部分を気取られずに隠れて見繕っている。
「……あら? 見間違いかしら」
そういってリシェイラはもう一度来ている客を見る。ある国の王……ではなく、その同伴者の四人、その中の一人……いや、もう一人も含めた二人、微妙に彼女にとって怪しい人物がいる。一人は特異な威を持つ人物。それ自体は現時点では大したものではないが、リシェイラの感覚からすれば彼女は特殊な強者に映る。もっとも一応実力的な部分ではさほど脅威ではないと彼女は感じている。
しかしもう一人、そちらはリシェイラにとっては恐ろしいまでの脅威だった。それこそ彼女が見間違いかと思いたくなるほどに。
「………………本物みたいね。どういうことかしら。あんな怪物が人間に紛れ込んでいるなんて……」
もう一人はリシェイラなど目でもない恐ろしいまでの力を有した存在。それと共にいるもう一人もそこそこ怖いところはあるが、それはまだほかにも見かけるレベルではある。しかしそのもう一人は恐ろしいまでの脅威……誰も敵わないような異次元超次元、超越な存在。それが人間たちの中に人間らしい形と立場で紛れ込んでいるのがおかしい、という話だ。王族ではない。あくまで王族の同伴者という立場……護衛とはまた少し違うその王族が連れてきた人物という形で訪れている。
「幸いなことにこちらのことはばれていない……ええ、ばれていれば既に騒動が起きているはず。王族を含めた登城者の相手は魔物が変じたものも混ざっている。それにあれが気付かない……あんな怪物でも私の偽装は見抜けないみたいね。人間に対しては基本的に有効だからあんな怪物みたいな存在でも一応人間なのかしら。それにしてもなぜなんな怪物が紛れ込んだのか……あの国に関して情報収集をしないと。今この場でするのは大変だけど、聞き込みを……そうね、王やその近辺の関係者を使うしかないでしょう。まさかこんなタイミングであんなものが紛れ込むなんて……」
今のところリシェイラやその仲間である魔物たちの存在はばれていない。魔物たちはなにもリシェイラのような上位者の近くにいて人間に扮し紛れ込んでいる者ばかりではなく、部屋で待機させ大人しくさせているとか兵などに紛れ込ませている者もいる。一応は城の外の街の方にいさせているものもいる。今回の登城者、呼んだ人物たちへの相手をさせているものの中にもいる。もしそういった偽装した魔物を探知できる存在がいた場合、騒動が起きていてもおかしくはない……もちろん来た人間が気付いても隠している可能性はある。しかしそういったものもリシェイラは何となくわかる……偽装を見抜かれた事実を彼女は把握できる。傾国の魔の持つ特殊能力のなんと便利で有能なことか。
「怪物か。お前ほどでは」
「私以上よ。そもそも私は確かに人間にとっては大いなる脅威ではあるかもしれないけど、決して私自身が強いわけではないの。私が人間を上手く誘惑し国を滅びに導けるからこその評価でしかない。本当に怪物である相手には私は到底敵わない。あなたも私と戦えば私の方が不利なのはわかるでしょう」
「そうならないように立ち回り、仮にそうなるようであれば配下を使って動くだろう。そういったところにお前は鋭い。だからこそ厄介だ」
リシェイラは彼女単体では大した強さにはならない。その魅了や誘惑の能力は厄介ではあるが、あらゆる相手あらゆる場面で通用するものではなくある程度その能力が通用する状況を作らなければいけない。それゆえに肉弾戦となると彼女はかなり分が悪い。一応リシェイラは魔物であり、人としての姿は半ば擬態……人型の魔物であるためそこまで擬態とも言えばいが、魔物としての彼女は魔物らしく相応に強くはある。だがそれは冒険者で言えばCランク相当と言える強さであり、もちろん強くはあるがそれより上は別に珍しくもないと言えるくらいの強さである。王族の護衛の騎士ともなればCランク相当はそこまで珍しくなく、Bランク相当もいないこともないくらいである。流石にAランクはあり得ないのでそうみられることはないが、リシェイラ程度ではBランク相手はまず無理でCランクでも辛いかもしれない。
しかしそもそも彼女がそうなるような場面を作るようなことがない。傾国の魔としての特殊能力的な面もあるが、彼女自身奸計や悪だくみなどの才質が高く、相手の敵意や裏での動きに関する感覚、把握能力も高い。それゆえに彼女は倒しにくく捕まえることも難しい。魔物としてなかなか厄介な相手である。そのうえ彼女の能力で周りを動かすこともでき、結果として彼女を倒そうとして国を滅ぼす力添えをしてしまうこともあるだろう。
だからこそそんな彼女が怪物という人物に関してはなかなか恐ろしいものがある。国を滅ぼす化け物以上の化け物ということになるのだから。
「しかし。それでもお前はそういうのだな」
「見ればわかるわ。あなたは近づかないほうがいいでしょうけど」
「雑魚に比べれば勘のいいものは俺には気づく。仕方あるまい。だがどうする?」
「そうね……ある程度情報を調べ、そこから対処を考えるわ。最悪お帰り願うのもいいでしょう」
「怪物に手を出さずにおくか。まあそれもいいだろう」
触れればやばいとわかっているのならば触れないのも一つの手である。しかしそれもそれでどうなのかと思うところはあるし、触れずとも向こうから攻撃してくる可能性はないわけではない。気づかれる危険がある時点で面倒なもので、さらに言えば今後何か問題が起きる可能性もある。それがあるという時点でできれば何とかしておきたいものだ。まあ現時点ではリシェイラがどう動くべきか判断できていないこともあり、特にどうするかというのは決められない。まずは情報取集から。彼女のようなタイプは入念に準備をしてから動くものである。




