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暴食者は異世界を貪る  作者: 蒼和考雪
四十三章 遺産
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「ミディナリシェはなぜここに?」

「ミディナリシェ、長くて言いにくいでしょ?」

「…………長いというよりは音的に若干?」

「ミディでいいです。嫌ならナリシェとかでも」

「……じゃあミディで」

「うふふ。愛称で呼ばれるのなんて初めてだわ」


 質問に答えずミディナリシェは公也に名前の呼び方に対して言ってくる。愛称と言っても短くしただけ、一部分だけで呼ぶ程度の物だが彼女はその程度の対応、扱い……愛称で呼ぶ、ということも今までされてはいない。そもそもいる場所がこんな城の端、暗く灯りもない場所だ……なぜそんな場所に王女がいるのか謎である。


「ミディ。なぜここに? ここは人があまり来ないみたいだし、大分暗い。窓の類もないようだし……」

「そうなの? 私目が見えないの。だからどこか、何があるかと言われてもわからないわ。暗いというのならたぶん私がもともと見えないから灯りが必要ないからじゃないかしら」

「……目が見えない」

「ええ。あ、でも人が来たのとか誰がいるのかとかはわかるのよ? 凄いでしょう」

「…………そうだな」


 ミディナリシェはどうやら盲目であるらしい。身体的欠損、本来あるべきの五感の一つの損失。この世界においてはとんでもない大きなハンデだろう。ましてや王族ともなれば感覚とはいえ欠損は大きな醜聞……特に視力ともなればそのハンデはわかりやすい。ゆえに外に出さず閉じ込められる……そういうこともあるだろう。しかし同時にその子供が膨大な魔力を有していたとなれば……それは相応に利用価値がある。場合によっては幼いうちに殺されていた可能性もあるがその一点で生き延びる結果となった、そういうこと……なのだろう、恐らく。


「……ミディは現状を理解しているか?」

「現状?」

「この城の状況、国の状況、自分の状況」

「わからないわ。目が見えないでしょう? 何が起きているかもわからないし、そもそも外に出れないの。別に歩けないわけじゃないけど、危ないから。わかるし見えるって言ってもあまり信じてはくれないし。それに危ない人がいるかもって言ってたから出してもらえないの。だから私はここで大人しくしているのよ」


 目が見えないがゆえに物は見えず、知る機会もない……外に出さないのは目が見えないという事実もあるが彼女の魔力を利用するためでもあるかもしれない。そのあたりの事情は不明だが、ともかく彼女がものを知らないのは事実なのだろう。目が見えない彼女にどうやって知識を与えるのか。物は一応形を見ることは魔力でできるかもしれない。世界に満ちる魔力、人の魔力、そういった魔力の感覚の差、違い、そういったものである程度は移動することはできるだろう。しかし人の顔を理解するわけでもなく、何が危険かを把握できるわけでもない。包丁の形をした玩具と包丁は彼女にとっては同じに見えるだろう。そういう点でも感覚的に空間把握と物の形を判別できるだけで安全に活動できるわけではないと言える。もっとも本人はそういう部分も理解はしてないだろう。ただ出るな、部屋にいろと言われて大人しくしている……ずっそそのまま、部屋にいるだけ、親に従うだけ。それだけでしかない。


「昔はちょっとお話をしてもらったことはあるわ。面白い昔のお話、冒険者とか魔物とかそういうものが出てくるの。でも今じゃお父様もお母様もお兄様もお姉さまも碌に来ないし、そういったお話をしてくれる人も来ないわ。お食事を出してくれるとか、私を洗って綺麗にしてくれるとか、服やベッドを綺麗にするとかそういう人たちしか来てくれないの。退屈だったのだけど……キミヤが来てくれて嬉しいわ。初めての……かしら? 初めてのお客様ね!」

「………………」


 公也の目的はこの地、アスモネジルにおいて魔法使い至上主義が強く掲げられる要因の調査……あとは破壊工作など。正直言えば、公也は今目の前にいるミディナリシェを殺すだけで目的を達成……いや、厳密には公也自身のやるべきことでもないが、エルデンブルグとアスモネジルの争いになり得る要因の排除ができるだろう。しかし公也もそれで済むからと安易に殺しに走ることはない……というか何も知らない女の子を、無知で純粋で天真爛漫、悪い人物でもない相手を躊躇なく殺すなど、普通は無理だろう。まあ公也は遠慮なくできる場面もあるが、今回はそういうわけでもない。一応魔法陣を破壊することで多少の時間稼ぎはできなくもないが、一度できたことだからもう一度できるという点であまり意味はないだろう。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「なに?」

「……ここにいたいか?」

「どういうことかしら?」

「外に出ることもなく、ただ外から持ち込まれる食事や人による着替え、そういった生活を続けるのか……続けたいのか、そう聞いている」

「わからないわ。だって外に出ることもないし、何をすればいいかもわからないもの。目も見えないから何があるのかもわからないし」

「……知らない、のはわかるが。だけど知らないと知ろうとしないは違うぞ」


 ミディナリシェは何も知らない……外に出たことがないし、外から人が来ることもない。目が見えないがゆえにミディナリシェも大人しくしており、結果として彼女はほとんど何も知らない状況にある。しかしそれは決して知ることができないというわけではない。無謀だろうと知ろうと思えば知ることができる。目が見えずとも外に出ようとすればでることができる。特に彼女は目が見えずとも魔力で色々と把握ができる。そもそも彼女のような膨大な魔力の恩恵がなくとも、目が見えずに普通に……とまではいかないが問題なく生活できるものもいるのだから。彼女のそれはある意味では甘えと言える。まあ、彼女は成長する機会を奪われているに等しく、彼女のみに説教時見たことを言っても仕方がないという話になるだろうが。


「そんなこと言われても困るわ」

「外に出るつもりはないか?」

「私は目が見えないし、外のことも知らない。お金もないし、一応王女だもの。お父様が許してくれないでしょう?」

「……自分で、自分の意思で、外を望むつもりはないか? お父様とかお母様とか、周りのことを考えず、本当に……自分のやりたいことを、外に出て自由を得たい、そんな意思はないか?」

「………………憧れはあるの。お話で聞いた、いろいろな人の姿とか、活躍とか。自分で……人と一緒に話したり、遊んでみたり。やりたいって思うことはある。でも……私は何もできないから」

「意思はあるのか?」

「……うん」

「なら俺が連れて行こう。それがミディの選ぶ道なら、手助けしてもいい」


 籠の中の鳥は果たして幸せだろうか。それは鳥の意思次第だろう。籠に閉じ込められ、羽ばたくことも自由に生きることもできない鳥はされど餌を与えられ外の危険におびえることなく安寧に過ごせる。それを幸せと感じるのならば、そうなのだろう。しかし、自由に生きることを望むなら、外に羽ばたくことを願うなら。外に出すことこそ、籠の中の鳥にとっては幸せの道となるのだろう。公也はその籠の中の鳥に、手を差し伸べる。この国がどうの、というものではなく、寂しそうにしている小鳥を助けるために。




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