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ヴィローサと公也の顛末に関して、それについて知る者はアンデルク城にはいなかったがこの場においてその物語を見守る者にとっては、その夜のこともを含めて彼らがどうなったのかは気になるところだろう。人として物語の終わり、成就の形は誰だって興味がある。どうなったのかはヴィローサの一言によって簡単に分かった。
「死ぬかと思ったわ……」
死ぬかと思った。どういう意味合いか。そのままの意味合いである。公也とヴィローサは人間と妖精。二人は同じサイズではない。ヴィローサは公也を止まり木にするような小さい存在だ。あたりまえなことになるがそのサイズの妖精と人間が交わえば死んでもおかしくはない。具体的に妖精次第、人間次第ではあるが人間で考ええれば丸太を突っ込まれるようなものと考えればその恐ろしさがわかるだろう。まだ妖精が生物的な特殊性を持ち人間よりは比較的タフであり人の性質を持つがゆえに受け入れる可能性を持ちそもそも生物的な雄雌の交接を必要としない。妖精は通常の生殖手段によって増えるものではない。人の形を持って得た性による生殖手段を必要としないものである。何のためにそれが用意され使われるのか……ある種人に使われるために存在していると言っていいだろう。
もっとも人に使われればヴィローサの言った通り、死ぬかと思ったというくらいの心情になる。というより物理的に本当に死ぬこともあり得るだろう。先ほども語った通り丸太を差し込むようなもの。まともに交わえばそのまま丸太を何度も突きこまれるようなもの。人間で言っても死んでもおかしくはない。妖精だからこそまだ生きていられる。妖精以外でも魔物の類ならばある程度は耐えられるものと思われるが、人間で考えればまず無理なものだろう。妖精でもそれが相当な回数を交われれば死ぬ。そういう意味合いではそっちの目的で購入される妖精は消耗品として扱われるのである。愛玩で飼われるよりもはるかに寿命が短い。
とはいえ、ヴィローサと公也のそれはまだ通常のそれよりは比較的に良い物だろう。公也にはヴィローサに対する気遣いがある。それにその手の欲求は公也は薄いものでありヴィローサが誘わない限りは公也が積極的な行動に出るようなこともない。仮にヴィローサが毎日求めたところで公也の方がヴィローサのことを気にして受け入れない。ヴィローサが死なないよう、消耗しきらないように回復するまで余裕を持ってくれることだろう。
ともかくそういった形になった。二人は男女の交わりを持ったのである。しかし恋人になったかと言えばそれも少し違う。公也の性格、性質、在り方、ヴィローサの性格、性質、在り方、その点からどうしても恋人という一般的な男女の関係にはなり得ない。ただ、情を交わし永遠を誓い、お互いがお互いの想いを受け止める。今までとは違いヴィローサという存在を許受する。そうなっただけである。ヴィローサにとっては公也にとっての自分という存在の立場が確定したのでそれだけで十分というものであった。
「はあ、キイ様を満足させられないのは私としては最大の不満だわ……私が妖精である以上、限界はあるのは仕方のないことだろうけど。それでも、やっぱりもう少しキイ様のために何かできないかな、とは思うのだけど………………」
ヴィローサは自分の部屋で独り言を呟く。その言葉は誰が聞いているものでもない。その部屋にはヴィローサ以外に誰もいない。独り言は単なる独り言でしかないだろう。
「ねえ? あなたはどう思う?」
そう、誰もいない部屋でヴィローサが問いかけるまでは。
"さあな。私の知ったところではない。男女の情など……私の記憶には終ぞ知り得ない事象だ"
「あら。それは寂しいことね」
それはヴィローサしか知り得ない、ヴィローサにしか認識しえない存在。ヴィローサの内にのみ存在する彼女に取り込まれた存在。ヴィローサはその存在と会話を行っている。それは何か。それはいつそこにいたのか。それに関して言えば、ヴィローサが彼女を自分のうちに取り込んだのは昨夜であり、その存在に関しては公也に出会った時から微かに把握していた存在であった。
「それにしても、私ちょっと妙なことができるようになったのよ。ほら」
そういってヴィローサは自分の足元に毒を発生させる。目に見えてそれは毒とわかる毒々しいものであり、波のような形で発生し生み出され実体を伴っていた。それは言うなれば毒の塊、毒液の集合体。それはうぞうと動きヴィローサの意思に従い形を成し操作されている。
"特殊能力の類か。私が専門的に調べているのは魔法だから詳しくはないが"
「そう?」
"お前にとってそれは役に立てばそれでいいのだろう? なぜ手に入れたのかは関係ない"
「いいえ、いいえ。これがキイ様に与えられたものであれば、私は恩に報いなければいけません」
"そうか"
「そうよ。あなたとは違うの。あなたのようなキイ様を蝕んでいた毒とはね」
"私の知ったところではない。そもそも私の知るところでは私は彼に食われた側なのだが"
ヴィローサと会話をしているものは公也のうちに残っていた存在。それはかつて、一番最初に公也に食われた存在だった。食い残しではない。そもそも公也に食い残すと言うものは存在しない。最初に食らった、かつて彼女を食らったその時、その全てを公也は取り込んだのだから。だが、それは同時にその存在が有するすべてをも受け入れると言うこと。暴食の能力にて喰らい消化し自分のものにすることは少々特殊でそのすべてを自分の内に残す。ゆえにその意思が残るのも変な話ではない。
だが、通常それはあり得ない。いや、そもそも公也の能力が通常のそれではないのだが。ともかく公也のそれではそういうことは本来起こり得ることではない。内部に取り込まれたものが取り込んだ側に害をなすことはない、ありえない、出来ない。だが少々例外的なことに、公也はその行いに対する若干の悔いを思ってしまった。その結果公也の心に残ったしこり、それが毒という形となって公也の心の一部を蝕んだ。言うなれば心残りと言ってもいい。それをヴィローサは感知していた。彼女は毒の妖精、あらゆるすべての毒を生み出し操り支配できるゆえに。心の、精神をむしばむ毒素すら彼女はその範疇に入れていたと言うことである。
それを公也との交わりの中で自分に取り込んだ。ヴィローサがそうしたのはそれを行うのも一つの目的である。自分の内に流し込むと言う行いに乗せ、想う相手の心を蝕む毒を流れに乗せ取り込むために。そうしてそれは成され、公也の中に残されていたそれの意思はそれが回収した……記憶しなおした一部の知識と共にヴィローサへと流れ込んで今の状況となっている。またヴィローサが得た特殊能力もその時から使えるようになった。彼女を取り込んだためか、あるいは公也からその一部を奪い取ったためか、はたまた公也とそうすることで何らかの影響がヴィローサにもたらされたためか。そこは誰にもわからない……公也自身にも、ヴィローサにもわからないだろう。ただ、公也は暴食の力を得て神の眷属、あるいは神そのものと言ってもいい存在である。それと交わることの影響は極めて大きい物、と考えることはできるとこの場で語って置く。
「私にとってあなたの事情は関係ない。あなたがキイ様にとって害である、それ以外の意味はないわ」
"そうか"
「…………でも今はあなたは私の中にある。大人しくしてくれる?」
"かまわない。私はもう何もできない存在だ。彼を蝕んでいた、というのも別に本意ではない……私は彼のことを嫌っているわけではないからな"
「どういうこと?」
"私が毒となっていたのは彼が私のことを気に病んだからだろう。そこに私の意思は関係ない。私は魔法を追い求める者だった。極めるため、全てを学び考え発展させていき……最期は彼に食われることになった。だがそれは決して私にとって悪い結果ではない。私は魔法を追い求める者、極めるために全てを学び考え発展させてきた。それを彼は継いでいる。彼もまた、魔法を追い求める者だ。私のため込んだ知識、私の得た経験、そういった物を利用して、私の代わりに魔法の究極を追い求めている。弟子とは言えないかもしれないが、私から言えばそのような物と言ってもいいくらいの立場の存在だろう。彼が魔法の究極に到達できれば私は彼を通じその知を得られる。私はそれだけでいいのだよ、もう。記憶も肉体も何もかもを失くし、心残りと執念で成立していたようなものだからな。それを見届けることができればそれでいい。お前の中にいることも許容しよう"
「……今すぐ消してもいいのだけど?」
"魔法に関する知識は私の中にある。お前が理解できないそれを私の方から教えてもいい。話についていき、想い人の成すことを理解したいのだろう? 私がいたほうがいろいろと役立つのではないか?"
「………………ちっ。そうね。でも、私の中に残して置く以上のことはしないしできない。あなたもそこにいることしかできないけど、それでいいのかしら?」
"学ぶことに限りはない。知ることができるのであればそれだけで十分。それで構わない"
「そう、ならよろしく女魔法使いさん…………お名前は?」
"それは捨てたことだ。いや、私が回収しなかった事項になるな。故に私は知らない"
「あ、そう…………」
己の内に取り込んだ、公也の中に残る女性の魔法使いの名残、その意思の残滓、記憶の欠片、精神の一部。其れと話をして、ヴィローサはそれが自分の内に留まることを許容する。それは何かができるわけではない。ただ己の持つ知、発想を共有するくらいのことしかできない。だが彼女にはそれでいい。彼女の代わりに魔法の究極、深淵を求める公也がいるゆえに。その傍にヴィローサがいる限り彼女はその果てを見届けることが出きる。寿命にもとらわれず、肉の器の枷にもとらわれず。ヴィローサが公也の傍にいる限り、いずれは見果たせる。そしてヴィローサもそんな彼女を利用することを決めた。
ヴィローサが行ったこと、その結末はそんな些細なことでしかなかった。神の資質を有する存在と結ばれ、繋がりを持ち、想い想われる形となった。それは一種の契約、ある種の加護を与えられた形。どちらかが死ぬまでそのつながりは消えず、永劫に残り続けるもの。それが生まれた最初の時。
※妖精の大きさって具体的には書いてないが、まず子供よりも大きさとしては小さい。前提として体の出来が違うから何とも言えないが。
※たった一話だけしか出番のなかった彼女のことを覚えているだろうか。今回再登場したけど今後特別出番があるわけでもない。ただヴィローサの中には常にいる。
※全身、存在そのものを食らった場合その存在の意思も食らうことが可能。頭部だけを食らう、では対象にはならない。全身全てを食らえば一応の対象にはなる。ただしそれに対しての認識、精神部分に占める記憶が大きくなければ底に埋もれ外に出ることはない。
※ヴィローサの魔法の知識に関しての補助頭脳的な役割を彼女が担うらしい。




