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裁きの魔物を倒し今回の件は完全に終了……とは厳密には言えない。禁域に冒険者が侵入し裁きの魔物を起こした結果色々な生み出された魔物たちの活発化が根本的な原因としてあり、その大元を倒せば一応大問題の解決にはなる。しかしその大問題が生み出した小さな問題たち、裁きの魔物が生み出した魔物たちの問題はまだ存在している。
裁きの魔物が生み出した魔物たちは暗黒の森に棲んでいる。今回公也が空落としで裁きの魔物が集めた魔物たちの多くを始末した。しかし集まった魔物の中に何とか逃げおおせた魔物もいるし、あの叫びで集まることのなかった魔物も存在する。それらの魔物は今も暗黒の森にいる。一角、結構な大範囲は吹き飛んだがまだそれなりに森は残っている。それらの魔物はそこにいる……ものもいれば、今回の空落としでどこまでも逃げた魔物もいるかもしれないし、裁きの魔物が倒された結果その束縛の影響から脱した魔物もいるだろう。裁きの魔物が生み出した魔物たちは裁きの魔物との関係性、生み出したものと生み出されたものの関係である程度繋がりがあり、その結果暗黒の森にとどまることとなっていた。裁きの魔物が眠っている間はどうしても離れることはできず、起きることで自分たちも積極的にいろいろ活動できるようになった、それでもどこまでも行けるわけではなかった……しかし裁きの魔物が死に、完全に自由となった。その魔物の性格次第だが何をするかもわからない、どこに行くかもわからない状況である。まあその魔物たちの始末をつけろとまでは言われないだろう。まだこちらは高ランク冒険者なら勝てなくもない魔物が多いだろうから。
裁きの魔物に関しては首を持ち帰り残った体はその場で処分することとなった。生物の肉体の強固さは生きているときと死んでいる時では割と違い、生きているときは謎にとんでもなく強固だったりするが死んだあとはそれまでが嘘だったかのように損壊、破壊することができる。魔法によって肉体を燃やし、完全に原型をとどめないようにしてバラバラにした。別にうらみがあるからというわけではなく、謎に再生能力が高かったりしたのでその危険性ゆえにどうあがいても復活できないようにするためだ。下手なアンデッド、不死よりもよほど念入りに後始末しなければいけないと思われた様子である。
「空が落ちてきたときは天変地異が起きたかと思いました……話を聞いても信じられませんが、魔物の手によるものと言われても信じられないところはあったかもしれません。ですがキミヤ様の手によるものというのであれば……まだ信じられる……いえ、流石に本当に信じられるほどであるとは言えませんが……」
「俺もあれは流石に人の手によるものだと言われても信じるのは難しいと思う」
「そうですね。私も簡単に信じられるとは思えません」
「……まあ、あれは俺でも簡単にできるようなことじゃない。魔法でもあれを行うにはとんでもない魔力を必要とする」
魔力だけの問題ではなく概念、知識に関する問題もある。もし公也が杞憂という言葉とその語源を知り得ないのであれば、その言葉とその言葉に対する人々の認識、そういった者を利用しなかったのであれば使えなかっただろう。公也だけであらゆる魔法による現象を引き起こすのは不可能である。まあそういった事情に関しては他者は知り得ることもないだろう。公也も厳密にはそこまで細かい事実は理解できない部分もある。
とはいえ、どういう形であれ公也なら……と思われる部分はある。公也はAランクだが冒険者ギルド側はそのAランクが時にSランクに上げられるAランクであると知っている。通常のAランクでも大変な事態に参加し問題を解決するものであるがSランクはそれ以上……本当に世界の終わりに立ち向かうような実力者に与えられるもの。世界でも公也以外に何人いるのか、という話である。いや、公也ほどの強さが何人もいたらそれはそれでどうかとも思うが。
「しかし、これが……禁域に指定されるほどの魔物だったのですか」
「正直これをどうにかすることができるやつがいるかと思うやつだったな」
「ガルジェイスの技で傷をつけられる程度、その傷もあっさり回復した。私たちも私の仲間も、ガルジェイスの仲間もまともに立ち向かえるわけではなく……キミヤがいなければ私たちはあそこで倒れていたでしょう。いえ、あの様子からすれば……あの魔物にあそこにいた魔物のように変えられていた可能性はあるかもしれません」
「人を魔物に変える……倒すことができるか怪しい……Aランクでも倒せない魔物となると本当に危険でした」
「数をそろえても難しかっただろう。本当に倒せてよかったよ……」
公也でも倒せるかわからなかった相手、そもそも相手の使った特殊能力があまりにも異常なものであったがゆえに死なない公也やリーンみたいな存在でもどうなるかわからない危険があった。その点で言えば公也の使った空落としよりも凶悪な特殊能力だったと言える。さらに言えば人を魔物に変える点で相手の危険性……人が立ち向かえば立ち向かうほど周りの魔物が増える。暗黒の森にいる魔物はそれ自体が高ランク冒険者でなければ倒せない魔物も多い。そんな魔物が裁きの魔物のところまで行った人の数だけ増える、となると危険すぎる。さらに言えば立ち向かった冒険者の強さに関係なくそうすることができるというのも危険だ。あっさり高ランク冒険者が消えて強い魔物が増えることになるのだから。今回においては本当にヴィローサがいなければどうなったか、という感じである。
もっともヴィローサに関してはガルジェイスもルーウィックも特に話題には出さない。冒険者ギルドも彼女に関してはどこまで把握しているかというところであり、ある意味ではその危険性は今回の裁きの魔物以上。その特殊能力の特異さもあまりにも異常と言えるようなものである。しかし二人はそれについて語ることはしない。ヴィローサのことに関しては公也に任せる方がいいだろうという考えになるし、仮にヴィローサのことについて詳しく報告した場合公也がどう出るかもわからない。公也もヴィローサの特異性、その能力に関しての危険度合いは理解していて報告はしていない。そこまでは知らないにしてもあまりにその存在について言いふらすのは公也を敵に回す可能性があると二人は考えた。冒険者ギルドよりも公也を敵に回す方が危険、そういう考えである。まあ別に今回のことに関する詳しい話、ヴィローサのことに関して詳しく報告しないことが冒険者ギルドを敵に回す行為に繋がるわけではない。人に隠し事があるのは当然、高ランク冒険者であれば隠し玉の一つや二つはある。
「でも禁域に指定されるような魔物が倒されたんだが、ここは禁域の指定が解除されるのか?」
「それは私もわかりません。ですがまだすぐに解除される、ということにはならないでしょう。暗黒の森に存在する魔物たちもいますし、禁域の原因がこの魔物であったと断言することができるわけでもありません。そのあたりは調査と報告次第、これからの暗黒の森の状況次第になってくるでしょう……正常化してくれるのではありがたいことなのですが、今後も問題が頻発するだろう点を考えると面倒な話にはなるでしょう」
「私やガルジェイスは多少調査に協力する機会も増えるでしょうね。私たちほどのランクが出るようなことになるかはわかりませんが」
「キミヤは?」
「キミヤは今回来てもらっただけでも十分でしょう。最大の問題は一応倒したという目算である以上はアンデールというあまりにも遠方から何度も来てもらうほどではありません。もちろんその実力は高く、いざという時にどうにでもなる点はいてくれた方がありがたいという話になりますが……」
公也は今回アンデールにまで届いた高ランクへの招集で来ただけ、他のAランクが来なかったように距離があったり仕事があったりで来ないほうが本来は多い。ガルジェイスやルーウィックは近場だったからこそだ。公也はその移動の手早さともともと仕事も余所のことが任されるようなタイプだったからというのがある。そして今後のことに関してはわざわざ公也を呼んで対処するほどのことでもないだろう。そこまで切羽詰まった問題ではない……とはいえ、危険はいろいろあるだろう。Bランクほどでは犠牲者が出ることもあるだろう危険は色々ある。しかし、それはそれでこちらの冒険者の仕事、問題である。他の仕事もある公也を、かなり遠方の冒険者を頼るのは筋違いとなるだろう。
と、そういった話もありつつ、公也の今回の仕事は終わった。下手をすれば世界を終わらせる、人の世を終わらせる危険もあった魔物であるが……それも倒され今後も問題なく人の世は運営される。もっとも、この程度の存在、世界を終わらせる可能性を持った魔物やその他様々な存在は一切いないわけではない。それに遭遇するかどうかはわからないが、それらがどこにでも存在し得ることには変わりない。それはそれでまた別の話になるが。




