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暴食者は異世界を貪る  作者: 蒼和考雪
四十二章 終末の獣
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32




「おいおい……世界の終わりか?」




――これは。なにが。




 森の中、集まった魔物たちが騒ぎ始める。上を見上げれば、そこには空が落ちる光景。




「……魔法と言えど、出鱈目すぎるでしょう」




 公也の発動した魔法により、暗黒の森の一角に空が落ちてくる。これはその真下にいる彼らには当たり前のように見えるものであり、またこの一角を見える位置にいれば誰でも見える。天、空が落ちるというあまりにも巨大で途轍もない光景はそれなりに遠方にいても見えることだろう。この世界が丸いのであればある程度以上の距離からは見えないかもしれないが……それでも天という高所にある空が落ちてくるということであればよほど遠くであってもみることはできると思われる。その光景を理解はしきれないだろうが。

 しかし真下にいれば、傍からその光景を見るよりもよほど絶望的なものに映るだろう。まずそれが世界の終わりだと考える、あるいはそれを何か理解できない、理解すれば一目散に逃げを打つ、その行動は様々なだ。ただ、それが何であるか、誰の手によるものであるか。それを理解していれば対応はできる。




「空が落ちてくるね、キイ様」

「そうだな」

「凄いけど……どうするの?」


 逃げ場はない。空の落ちてくる範囲は暗黒の森の一角とはいえ、その範囲は結構な広さである。もしかしたら足に自信のある魔物であれば運が良ければ逃げられるだろう。しかし落ちきるまでの間はそこまで長くなく、人の全力で逃げることはまずできない。それだけ広く、また落ちる速度も速い。公也など一部の魔法使いであれば空を移動することや転移などで逃げることはできるかもしれない。

 では防御する、という手立てもあるかもしれないが……果たして落ちてきた空を防げる防御手段があるかどうか、と言ったところだろう。そもそも落ちてくる空に質量はあるのか、物理的な効果はあるのか。それすらもわからない。


「本当にどうするつもりですか?」

「ルーウィック」

「あれはあなたの手によるものでしょう? 逃げることは恐らくできそうにない……防げるのですか?」

「防ぐのは無理だろうな。恐らくだが……」

「……死なばもろとも、あるいは死んででもあれを倒すということですか? それは流石に遠慮願いたいことでしたが」


 最悪の場合自分たちが死んででも裁きの魔物を止める……その覚悟はルーウィックもガルジェイスも持っていただろう。その仲間たちもないわけではない。ただ、無駄に死にたくはない、そういう気持ちが強い。果たして公也の魔法で相手を殺すため自分たちごとというのは正しい行いだろうか。そこまでする必要があるだろうか。そういわざるを得ないものだ。

 ただ、公也の発動した魔法自体は防げないだろう、と思われるものであるが、公也はその攻撃を避けることができないとは言っていない。


「別に巻き込まれて死ぬつもりはない。少し待っていてくれ」

「……対策があるんですか」






 森の一角に空が落ちてきた。それはそこにあるすべてを巻き込んだ。

 空落としの魔法は減少として起こしたものであり現実に存在するものであるが、それは物質としての質量攻撃ではない。では何かといえば、概念攻撃というのが正しいものだろう。概念攻撃というのが何かは明確に語るのが難しいが、この場において空落としがもたらす効果を説明する。

 空、というのは概念的には途轍もなく大きなものである。天と地の二元に分かれ世界に存在するもの。地の上に無数に散らばる様々な命に対し、天という地に対するものとして地と同等に等しい規模の概念として存在している。その一角を切り取った物であるとはいえ、地に無数に散らばる極小の点である多くの命に対して圧倒的な大きさを誇るものであり、それによって圧殺すれば確実に潰される物だろう。つまりは空落としで落とされた空はそれ自体が概念的に大きなものであり、人間、獣、森の木々、魔物、そういった者と比べ概念的に大きい、概念的に強いものである。厳密には存在しているだけで別にそれ自体が害を及ぼすものではないが、今回は魔法として空を落とすことによって攻撃的な形として成立している。そうであるがゆえに空という大きな概念がその他の有象無象の小さな概念を潰す形になる。


「……恐ろしいもんだ。森が消えてる」

「森どころの話ではないですよ。境目がはっきりしすぎています……草花も、まばらにあっただろう小さな石も、何もかもない真っ平な地面ですね」

「なんつー魔法使いだ……」

「魔法使いでもここまでのものはないんじゃない?」


 焼け野原……別に焼けてはいないし野原ではない、何もないまっさらな更地、小石の一片もわずかに先誇る草花、雑草の一つすら存在せず、木々が破壊された残滓すら残っていない完全にあらゆるすべてを消し飛ばした恐ろしいまでの空落としの魔法。微かに地面の盛り上がり……平という表現を使ってはいるが厳密に完全な平らにしたわけではなく、地上の形自体は残っている。


「……あれだけは残ったか」

「げっ。まだ生きているのか……」

「死に体なのですね。しかし、これだけの規模を吹き飛ばし何もかも消し飛ばす魔法によく耐えたのです……それだけあれは概念的に大きな存在だということなのですかね」


 そんな恐ろしいまでの魔法だが、更地の中唯一残るものがある。当然それは裁きの魔物。裁きの魔物自体は元々特殊で強大、その持ち得る特殊能力を考えればこの世界においてかなり特別な存在だったと言える……かもしれない。そんな特殊な存在であるがゆえに概念的にはかなり大きなものであり、辛うじて空落としで完全に消し飛ばされずに済んだ。しかし空落としが概念的な攻撃である、ということを考えればその概念、存在に大きな損傷が刻まれ……回復能力は大きく失われ、肉体的にはもうボロボロで動くこともままならない、本当に辛うじて生きていると言わざるを得ない状態である。

 概念的に大きな存在であれば死なないという可能性を考えれば公也も生き残る可能性はある。夢見花やメルシーネでは様々な防御手段を駆使しても厳しく、<不屈>の特殊能力故に死なないでいられるリーンすらもその特殊能力ごと概念的に吹き飛ばされ復帰できなかっただろうというのが今回の魔法攻撃である。

 そんな強大な攻撃を回避する手段はないわけではなかった。今公也たちがどこにいたか、というと……地下である。




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