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罪を毒とし、周りにいる公也やその仲間、他の冒険者も含めた全員から集めて裁きの魔物からの影響を取り除いたヴィローサ。これで全員が戦線復帰できるとは言え、根本的に問題を解決できるわけではない。罪に関してはどうにもなり能力の影響を受けずにすむが、相手を倒すだけの力を公也たちは持っていない。いや、今のところ断言できるほどではない。メルシーネは竜の力を持っているしブレスの威力は高い。倒しきれなかったとはいえガルジェイスの技は強く、何度扱えるかはわからないものの悪くはない。公也の魔法は使い方次第では如何様にもできる。ぶっちゃけかつて黒い仔山羊に使った空間圧縮の魔法を使えば一発で倒しきれるのではないか、という感じでもある。それすら耐える、ということは……流石にないのではないかと思われる。まあ、そういった威力の魔法をすぐに使わない所が悪癖としてあるのでどうなるかわからないのだが。
――罪を集めている。そうであるならば汝が最も罪深い。
「あら? 私が集めているのは毒でしかないのに」
他者から罪を集める……それはつまりヴィローサに罪が集まっているということ。ヴィローサの様子、他社の様子、現在の状況……ヴィローサに何かが集められるようになっていること、その様子を魔物も確認しておりそこからの推測である。まあ、間違ってはいない。罪を毒としてヴィローサが集めているということである。ならば、と魔物はヴィローサに対し己の力を行使する。
しかしヴィローサには全く通用していない。そもそもの前提として、ヴィローサは最初から相手の能力による影響を受けていない。罪を集めている現状も全く……ヴィローサの周りに集まっているから、というわけではないだろう。ではなぜか。
――なぜ。なぜ汝は罪を……
「ふん。言ったじゃないの。罪って何? 私にとっては……"毒"だって」
罪は毒である。罪を毒とみなし、自らに集める…………というのは正しくもあり間違いでもある。最初から影響を受けていないのもこの理屈からだが、ヴィローサにとって罪とは毒……罪ではない、毒なのである。要は罪を毒としてしまっている……比喩、表現上の物ではない。罪という概念、精神的作用、そういったものを毒という物質、概念に変換しているのである。公也に対して過去の行いによる罪悪感、その元となる要素を毒として取り出し取り込んだ、その時もまた同じで毒として取り出した。その毒の要素がヴィローサの力の一端になっているが、今回のこれはそれとはまた違うだろう。ただ、やっていること自体はおなじ、罪を毒に変換して取り出した……罪のままでは取り出せないからこそ毒に変換せざるを得ない。そして罪から毒に変換されたそれは罪ではなくなっているのである。
罪は毒とみなせるヴィローサであるが、裁きの魔物は毒を罪としてみなすことはできない。かつて罪であった毒は罪ではなく毒でしかなく、その毒を対象に裁きの魔物の力を使うことはできない。
――汝に罪はない。この場にいる者、人間たちに罪はない。
この場にいるすべての者に罪はなくなった。あくまで一時的なものであるとはいえ、裁きの魔物の能力の効果の影響を受けなくなった……裁きの魔物の絶対ともいえる最強の力が通用しなくなったのである。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!」
それを理解した瞬間、裁きの魔物は森中に響くような叫びを、まるで怒りを伴ったように見えるかのような叫び声をあげる。いや、それは確かに怒りの叫びだったのだろう。裁きの魔物は己の力を持って役割を認めていた。人間を裁く、罪を裁き許しを与え新たな生を。それこそが己が役割とし、やるべきこととしてやり続けた。封印された後、復活してからも……だがここで自分の存在意義ともいえる役割を奪う、その行動を不可能にした存在が現れた。その存在を魔物は許せない、認められない、そういうことのようだ。
魔物の強さはその特殊能力にある。決して魔物自体が弱いわけではないが、圧倒的に強いというわけではない。ただ、やはり魔物事態の性質が悪くない……大きく強い、巨体であるという事実、それだけでも十分戦え、またその回復能力の高さが戦闘続行能力の高さを示す。倒しきれないにしても、戦えるだけで十分、そしてヴィローサは戦闘能力と言う点では強くはないのである。
「うるさいな……だけど、これで動けるようになったんならなんとかするしかねえ」
「そうですね……この魔物相手に私や仲間では決定打は出せませんが」
「どうやってこんな奴を封印したんだか。まともに戦えないだろ」
「あなたみたいな技持ちが何人もいた、ということでは?」
かつてこの魔物は殺せはしなかったが一度倒されその間に封印された。その当時どうやって倒したかが疑問点である。そもそもその特殊能力もあって極めて厄介、まともに戦うこと自体ができない。回復能力の高さもあるし普通に戦える相手ではない。
実の所魔物の特殊能力に弱点……と言えるものかはわからないが、そういったところがないわけではない。こればかりは多くの特殊能力持ちに言えることだが、特殊能力は無限の射程範囲を持つわけではない。公也の場合かなり遠距離まで届くことのできる極めて強力な力だったりするが、それでも認識できる範囲までという制限がつく。ヴィローサの毒に関する特殊能力もある程度遠距離まで届くようにはなったがそれでもそこまで遠方に届くことはない。裁きの魔物も同じであり、ある程度の距離まで届くがそこまで極端な距離に届くことはない。少なくとも後衛、公也達のように近づいた人物たちだけではなく離れて待機していた中もにも届くが、例えば森の外にいる人物には届いていない。そういう点ではある程度見える認識できる範囲、把握できる距離、感覚的にわかる範囲くらい……なのかもしれない。
その特殊能力に射程範囲が制定されているのであれば、後は遠距離から攻撃すればいいと判断すればいいだけだ。実のところ最適解はこの場にはいないがサフラ、ということになる。もちろん彼女の技は一撃必殺の高威力だが彼女の魔力量を活動限界を超えて使うため一回しか使えない問題があったりするので連射はできない。一撃で殺しきれない可能性は高く、そうなれば回復されるため倒しきることはできないだろう。まあ、当時の冒険者には彼女レベルの技を使える人物がもっとたくさんいて、その冒険者たちが何発も打ち込んで削り切った、という感じだろう。あるいはサフラほどではなくともガルジェイスくらいの技持ちである程度の距離から攻撃をして削った可能性もある。ただ、そういった特殊能力の影響や範囲を探るのに犠牲が大きく、また特殊能力によって発生した魔物たちの対応にも犠牲が出たということもあったのだろう。そのためかなり大きな犠牲を払ったという形なのだと思われる。
そういう点で今回はたまたまヴィローサがいたからこそ、その特殊能力のあまりの特異さがあったからこそ、まともに対応できる。それこそ近距離で戦える唯一の特異的な機会であると言えるだろう。もっとも、だからまともに戦えるかと言われればまず無理だ、という話になる。根本的な肉体の強固さと回復能力ゆえに普通に戦えるだけでは近距離戦でも遠距離戦でも対して役には立たない。ある程度以上に相手にダメージを与えられる人物でなければいけない。
そして他の面々が戦闘に参加できるかどうか、という点において……ダメージを与えられないというだけではない別の問題も発生している。裁きの魔物が怒りの叫びをあげたのはただ魔物が怒り心頭だったから、というだけではない。裁きの魔物が生み出した魔物たちはある程度裁きの魔物の影響を受ける。裁きの魔物がいる暗黒の森から離れずとどまっていたように、その意思や影響を受け周辺で待っていた。そして裁きの魔物の意思次第では彼らはその意思に則った行動をする。
「……森が騒がしくなってきたようですね」
「おいおい……結構ここに来るまで倒したが、まさか」
「あの魔物が生み出したものが来る……ということですね。先ほどの咆哮で誘われましたか?」
「招集でもかけたってか? 面倒臭い話だな」
「放っておくわけにもいきません。あの魔物と戦えるのはガルジェイス、あなたと……キミヤ、彼と、他にも何人か、個人で強力な戦闘能力を持ってい人物に限るでしょう。私は他の魔物の始末に回ります。個で強い相手は私はあまり得意ではないので」
「おお、わかった。俺の仲間の方も気にかけといてくれ。指示は任せる」
「……好きにさせれば?」
「それでいい」
裁きの魔物自身と戦うのは公也とその仲間たち……公也、リーン、メルシーネ、戦闘に直接参加はしないがヴィローサの四人。そしてガルジェイス……その仲間とルーウィックたちは裁きの魔物に決定的なダメージを与えられるだけの戦闘能力を有しない。多少削る程度はできるにしてもそれではほぼ意味がないと言わざるを得ない。そしてこの場に来るだろう裁きの魔物が生み出した魔物たちの相手もしなければいけない。であれば裁きの魔物を相手にできない者たちがその魔物たちを相手取るのが適切な選択だろう。




