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「……言っていることはよくわからないが、ともかく契約するつもり……なんだな?」
「そう」
「こちらとしては別に構わない。そこまでしなくても……とは思うが」
「私が勝つため。そのため力が欲しい」
「……まあ、そう言うなら別に」
そこまでして、とも思うが真っ当に勝つというのならそれは公也にとってもいいことだ。<暴食>を使えばユーナイトに勝てるとはいえ、その力はあまり使いたくも見せたくもない。だから夢見花に力を貸すのは構わない。
「しかし契約……っていうのはそこまで簡単にできるものか?」
「できる。契約してもいいのなら、すぐに」
「ああ……っ!?」
そうして行われたのは夢見花から公也に対しての唐突な口づけである。
「……夢見花?」
「これが一番手っ取り早い。通常のやり方、魔法を用いての手段も色々とはあるけど、一気にすべてをするめるのは体液交換を含めた身を捧げる儀式、心を委ねる儀式が簡単。どちらかといえば主従に近い形になるけど立場的にはそこまで変わらない。心情や感情的問題は私の場合そもそも他に意識を向けることがない。私の興味は<天>と<底>、<月>に関わる<神>の方面。公也以上の存在に逢うこともないだろうし、契約という形で結ばれても構わない。安心してほしい。別に特別恋愛感情があるわけではないから」
「……そういう言い方をされると何となく微妙に思うが」
別段公也も夢見花にそういう感情を向けてほしいと思っているわけではないが、いきなり口づけをされたうえでそういわれるとなんとなく複雑な気持ちになる。とはいえ、そもそも夢見花はそういった感情を持つようなタイプでもない……本当に一切恋愛感情を抱かないとは言えないかもしれないが、その持ち得る<月>の力とそれから派生した本人の性格、心魂、そういったものから他者に対する恋愛感情を持つようなことはほぼあり得ない。一番可能性が高いのは<暴食>という邪神の力を持つ公也に対してそういった感情を持つ、というものだが……それでも可能性としては最も高いというだけでその可能性自体はとても低いと言わざるを得ないだろう。
「いや、まあそれはいいが…………っ、おい?」
「言った。魔力が欲しいって。だから魔力を貰う。結構奪うから我慢してほしい」
ごっそり公也から魔力を貰う夢見花。契約という形でしっかりとした結びつきをつくりそこから力を奪う……厳密には提供してもらう、というかたちだが、ともかく割と遠慮なくその力を奪う。公也の持つ力は地脈からの力に比べれば全然だがそれでも通常の魔法使いよりもはるかに多い、というかこの世界における最大魔力量であると言ってもいいだろう。実のところ魔力量が最も高いのは公也かどうかは厳密には不明だ。この世界であれば極めて特殊な魔物がいてもおかしくはない。
ともかく、魔法のために公也からその力を奪う。とはいえ以前公也が使った空間魔法、黒い仔山羊を相手にしたときのそれよりは少ない。もっともそれより多かったらそれはそれで洒落にならないという話だが。
「今から魔法の準備をする。その間、公也はあれの相手をお願い」
「……時間稼ぎでいいのか?」
「もちろん。倒すのは私。ただ魔法をのんびり待ってくれるとも思えないから」
「そうか。わかった」
夢見花が魔法の準備をしている間に公也はユーナイトと戦う……あくまで時間稼ぎ、殺してはいけない。<暴食>の力はもちろん、うっかりミンディアーターで殺したりしても行けない。まあユーナイトはユーナイトで障壁の魔法で多少の攻撃は防ぎ致命傷は回避できるだろう。そういう点では時間稼ぎをしっかり、夢見花の邪魔をさせないようにするのが最優先である。
「待っていてくれたようでこちらとしては感謝する……まあ、感謝するというのも何か違うかもしれないが」
「ふん。誰が何をしようと我には勝てぬ」
ユーナイトは公也と夢見花がいろいろとしている様子を見ていただけ、特に攻撃したりと手を出したりはしなかった。口出しも含め、この場には公也たち以外にもゼーメストやルスト、マギリアがいるがそちらも特に関与するでもなく状況を見守るだけだった。彼らは自分たちでは勝てない、負けたとみて公也たちに任せているためだが、ユーナイトは自らの強さに自信があるからである。それはある種余裕ともいえるものだが……別に言い方をすれば慢心と言ってもいいだろう。それだけの実力があるのは確かだが、彼も夢見花を相手にその魔力を消費させられているはずだ。
「随分と自信があるようだな」
「当然。我を誰だと思っている? この世界最強の魔法使いだ」
「そうか。まあ、魔法使いとしてだけの実力ならそうだろうが……」
公也が一気にユーナイトに近づく。そしてミンディアーターを抜いて斬りかかった。
「受けるか」
「その程度の攻撃……いや、なかなかに強力な。しかしお前は魔法使いだろう。魔法で戦うがいい」
「生憎と、魔法は攻撃手段の一つ。俺自身はどちらかといえば冒険者だよ」
流石にミンディアーターでもユーナイトの障壁は突破できていない。とはいえ、これは公也も本気で挑みかかっていないから。ミンディアーターの持つその力の多くを発揮してすらいない現状、ただの件での斬りかかりとほぼ変わりない。しかしそれでも根本的な力という点で公也はルストやゼーメストよりも上、ルストが技を使っての一撃よりも大きな力を公也は出すことができる。それでも突破できないが、そのあたりは防壁がしっかりとしているから、というところだろう。とはいえ、障壁の消耗に関してはユーナイトが少し心配する程度には消耗した、それほどまでの力を公也が出した事実に少しだけ危険を感じている。
魔法使いが魔法を使って戦うというのはユーナイトからすれば当然のこと、魔法使いとして当たり前と思っているのも確かだが、魔法であれば自分ならどうにでもなると思っているのもあるし公也の魔法使いとしての実力やその能力を測れる。
「ま、俺としてはどちらでもいいが。炎弾、雨のごとく降りかかれ。フレイムレイン」
「水の傘」
「炎弾、豪雨のごとく降りかかれ。フレイムスコール」
「水の層」
「炎弾、層のごとく降り襲え。フレイムフォール」
「水の層よ厚く防げ」
「炎は恒星のごとく、業火の熱量を降らし攻める。フレアメテオール」
「炎を消すは水の力、アクアウォール」
公也の魔法はあっさりとユーナイトに消される。しかし余裕であるはずのユーナイトは公也をにらむ様子である。
「貴様……なんという贅沢な魔法の使い方を」
「贅沢って?」
「魔力を込めて無理やり使っているではないか。決してその魔法の質が悪いとは言わぬが、なかなか使うのに難儀な魔法を……いや、それも構うまい。それ以上に貴様は妙な魔法の使い方を……」
「妙って。ただ炎の魔法を使っているだけだろう」
「規模、威力をただ上げているだけ、しかもその魔力をもってだ。随分な魔法の使い方だ……」
少しだけ怒りの感情を見せるユーナイト。公也の使った魔法は炎の魔法、さらに言えばそれはただ威力を、範囲を、数を、規模を上げただけというもの。しかも詠唱や呪文、魔法構築にあまり手を加えず、ほとんどを魔力の追加という形で無理やり強化したようなものばかり。だからこそユーナイトはぜいたくな使い方だと言っているし、公也の魔法から得られるものがないと不満で怒りを感じているわけである。
「だがやはりその程度であれば…………」
「うん?」
「なんだそれは……!?」
公也を相手にしていたユーナイトだが、その視線は夢見花の方に向き……本当に心の底から、彼は驚いた表情をした。




