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「まさか本当にワイバーン部隊の拠点を突き止めてそこを奪うなんてね……」
「それ以上にそれがアンデルク山の頂上付近にある城だなんて……しかも城魔だって? 流石にこれは誰だって驚くだろうね……トルメリリンもよくこの城を使いこちらに攻め込む気になったもんだ」
現在アンデルク城にキアラートの魔法使いであるロムニルとリーリェが来ている。本来ならば軍が城を接収することになるのだが今回の場合城が城魔であるということ、トルメリリンとの間においてその城の扱いについて様々な問題があること、相手方の拠点として再利用されると困る、奪ったのが冒険者である、城魔の意思によって主とされているのが奪った冒険者である公也だということなど、様々な問題があった。そのためその対応としてその冒険者を雇った立場であるロムニルとリーリェがアンデルク城までくることになったわけである。
ただ、そういった理由もないわけではないが最大の要因は移動の問題。アンデルク山の頂上まで登るにはかなりの苦労を伴う。仮に魔法使い部隊を伴って登ったとしてもその途中で力尽きるか戻らざるを得ないくらいに消耗する可能性が高い。そもそも食料を確保し持っていくこと自体かなり大変だろう。魔物や獣の相手をするだけで消耗は通常の行軍とは比較にならない。そのうえ山の空気の薄いところまで登っていくのだからその苦労はとても大きなものとなる。だが一応その問題の解消はできる。それがワイバーンに乗っての移動である。
しかしワイバーンに乗っての移動もやはり難易度は高い。そもそもワイバーンに乗ると言う行為自体がキアラートでは行われていない。ワイバーン部隊のようなワイバーン乗りを作ろうとする動きはキアラートでもあるものの、そもそもワイバーンの確保自体が難しい。またワイバーンを確保するにもただ捕まえればそれでいいというわけでもない。ワイバーンは竜、亜竜とはいえその力は強く、生物種として上位側にある存在だ。それが易々と人間に従うようなことはない。ただ捕まえるだけではワイバーンに乗ると言うことは難しい。ワイバーンを従えるには生物的な格の違い、実力の差を見せつけるか、特殊能力を使うなどいろいろとある。
つまりはキアラートでは難しいと言うことになるゆえにワイバーンというものが身近におらず、それに乗ると言う行為が彼らは慣れておらず難しい。公也という存在によって従えられてはいるがそれでもまだ不安がある。ちなみに公也がワイバーンに乗れているのは単純に実力の差、存在の格の差をわからせているため。具体的にどうやるのかは直感的に判断しているので不明である。ともかくワイバーンは従えているがそれに乗る度胸のある人間がいない、また公也自身に対する信頼の問題もあるだろう。それゆえに乗ろうとする人間がいなかった。しかし実際にアンデルク城を見に行く必要はあるし、公也と話をする人間も必要である。それを誰にするか……ということで雇っていたロムニルとリーリェの二人組、という答えになる。公也と仲が良く、キアラート所属の魔法使い、軍属でこそないが今回の戦いにおいてリーリェはいろいろと作戦案を出したり実際に作戦そのものに出撃している。実績もあるので申し分ない……という上の都合である。ちなみに今回のキアラートの軍の指揮官となった一番上の人物は実質的にはほとんど大きな実績は得られていない。一応戦果はあったし悪い結果にはなっていない。指揮自体はちゃんとしていたので一応の実績はあるが、それでも今回の戦果のすべてが指揮官の評価になっているわけではない。リーリェや公也の評価となって彼の評価になっていない部分が多い。軍属でない二人を評価するのは軍としてはいろいろと業腹な所ではあるがそれを正当に評価しなければ軍の評判が悪くなるだろう。もっとも大衆に大々的に報告されるわけでもないのであまり大きな問題はないが。
「それにしても……話し合いの方はどうなってる?」
「この城を簡単には渡せない、でもどうするかということになってるわ」
「まあ、ここから攻め込まれたからね。山の上ということで扱いにも困るし」
「ふむ……」
「…………私としてはマスターがここに住んでほしい。普通の人間は私のような魔物を気にするだろうから」
「そうね……私としても城魔の意思、だったかしら? それが無害であると言われても……不安は残るわね」
「むしろトルメリリンはよくここを拠点として使っていたものだと思うけどね」
いくら城魔が魔物としては特殊でかなり安全性が高いと言ってもそこまで簡単に城魔に住むことを選択できるわけではない。そういう意味ではトルメリリンの兵士たちはかなり度胸があったと言える。まあ彼らは元々ワイバーンと接し日常的に使っていたのもあるだろう。ワイバーンに比べれば城魔など恐怖するような対象ではない。ただの城でしかないと言ってもいいくらいだ。城魔の意思に関してはその存在が殆どの兵士は知らないため気にされることはなかった。
「それにしても、可愛い女の子ね」
「そうだな」
「それを言うこと聞かせられる……悪いことに使わないでしょうね?」
「しないしない」
「ならいいけど」
「いや、それよりも現状の問題がね? 仮にキミヤ君、この城の所有を認められない場合どうするつもりだい?」
「キアラートの言い分を聞かない。あるいはトルメリリンに身売りする。敵対するならロムニルやリーリェでも容赦はしないと先に言っておくぞ」
「………………」
「………………」
嘘偽りのない言葉、表情もまるで変えていない。無感情、無表情、意図的に己の感情を見せずに話している感じだ。色々と思うところはあるのだろう。だからこそそれを見せずにそうなった場合どうするかについてのみを話している。公也にとってはロムニルとリーリェはなんだかんだで仲のいい友人である。それと敵対するのは心苦しくあるが……自身はペティエットの主でありこの城の主、それを守ることも主の役割であり手に入れたそれを易々と手放すようなこともしない。
「本気で言ってるのね。まあ、そういうことならそういう旨で出来る限りあなたがこの城を有していられるようにするけど」
「いいのか?」
「この城に関してはこちらも扱いには困るの。トルメリリンに返すわけにもいかず、キアラートが持っているのも難しい。維持が大変だし、人を置くのも難しい。ワイバーンを扱わないと来れないような場所に城があってもだれも来れないわ」
「とはいえ、城一つを奪ったのは事実。相手が返せ、と行ってきたら返さないと言うのも難しい。賠償で要求するにも今回は賠償はなしだからね。でも返すと向こうがキアラートを攻めるための拠点と使われる。色々な意味で扱いが難しい」
「また面倒だな」
「でも、どうするかに関しては……仮にキアラートが所有することになるのであれば、推測はできるわ」
「ほう。それはどんな?」
「それは秘密。恐らくはキミヤ君とかかわりのある事柄になるでしょうけど……ああ、城魔の主だからどっちにしても関わることに変わりはないのだろうけど」
意味深なことを告げるリーリェ。今回の戦争でもそうだが魔法使いとして研究者をやっているよりももっと別の方面の仕事が向いているのではないかと思うくらいに多方向に思考を向けそちらでの物事を考えられている。その知識の量、研究者としてあらゆる面に手を付けているからこそその思考能力、知性的な対応ができるのかもしれない。同じ研究者であるロムニルとは全然違うと言っていいだろう。ロムニルの場合研究に才能を全振りしているからだろうか。
「それよりさ。僕としては話に聞いた例の魔法の方が気になるんだけど」
「あ、それ私も気になるわ。この城魔を明るくした魔法とその光を外に漏らさない魔法でしょう? ぜひとも教えてもらいたいところね」
「……二人ともやはり魔法使いで研究者だな。そうだな……ペティ、あの部屋に行く。あそこはまだ光が入ってこない場所だよな?」
「…………特に弄っていないからそう」
「じゃあ二人ともこっち。今の所ペティが暮らしている部屋は窓がなく空間的に密閉されている感じだから昼でも暗い。あの部屋なら今使っても魔法の効果を見せられると思う」
「なんでこの子をそんなところに住まわせているのよ?」
「本人の希望だ。元々自分のいた部屋でずっと過ごしていたから普段使いはそこがいい、らしい」
ペティエットの住む部屋は城魔の意思が存在しているべき部屋だ。外に出られるようになったとはいえ、普段住む部屋はやはりそこがいい……自分自身が慣れ親しんでいると言うのもある。普通ならば暗い過去からの脱却のため部屋を変える者かと思われるのだが、ペティエットは逆でそこにいることが自分には重要だと言う考えなのだろう。そのあたりはペティエットも魔物である、城魔という魔物の意思であるからこそ、なのかもしれない。
※一番城の扱いで困ることは移動手段がほぼないこと。あちらと違いワイバーンのないこちらは山を登るしかないがその場合結構な戦力を必要とする。主人公たちみたいにあっさり登る方がおかしい。移動の問題は輸送の問題、住むことにすら難があるということでもある。
※主人公は身内に甘い。まあ自分の所有物という感覚でもあるのでそれが奪われることに対し抵抗があるのも理由か。暴食は食らうもの、取り込むもの。内に取り込んだものは離さない。




