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「………………はあ」
後宮のような場所。ユーナイト・ランティスはこの国最強の魔法使いであり魔法使い至上主義を徹底する上で最も重大な核となる存在である。彼は厳密にはこの国の王とは言えないがすべての魔法使いの頂点に立ち、全ての国の人間よりも上位の立場にある。実質王のような存在と思ってもいい。そんな相手であるがゆえに多くの下の立場にある者が彼に対してご機嫌取りをしたり、あるいは繋がりを作りたい強固にしたいなどの考えを持って貢物として様々なものを送るようになっている。その中には金銭だけではなく人、女性なども存在しており、テレナもそんな贈られた女性たちが集まっている場所に現在いる状況になっていた。
こんな場所に無理やり嫁入りさせられたようなもの、実質嫁入りどころか奴隷として売られたようなもの……それでも劣るとはいえ魔法使いであるし家柄は良くその血筋も優秀なものであり、その家族……マーキエルの家とのつながりも考えればユーナイトもあまり無碍に扱ったりはしないだろう点では他の女性よりはまだマシなのかもしれない。しかしテレナにとっては魔女が殺されもうどうしようもない状況にあるという感じだ。魔女は実際には死んでいないがテレナはその事実を知らない。あの状況で魔女が生き残っているなどテレナだけではなくユーナイトですら想定はしていないだろう。そういう意味では大分魔女が生き残ったのは特殊な事柄である。まあ現状はその話は関係なく、テレナがこんなところにいることに憂鬱、もう何もかもどうでもいいと思うような状況でため息をついている感じである。
「なんだい。そんな元気ない様子でため息なんてついちゃってさ」
「……誰ですか?」
「私かい? 私は……アリーゼ。ま、こんなところにいることからわかるだろうけど、ここの主であるユーナイトとかいう魔法使いに売られた女だよ」
「……そうですか」
「あんたも売られた口かい? まあここにいる女共は皆似たようなものだけどさ」
「…………まあそんなところです」
家族に嫁に出されるという形で実質売られたようなものだ。もっともテレナと違いアリーゼの場合は本当に売られている。この国における魔法使いの横暴は魔法使いでない者を奴隷とするような、奴隷そのものでなくとも奴隷のように扱い好き勝手するということは珍しくない。人を連れ去りこき使う、好きにする、そんなことは珍しくないし人の商売を横取りし魔法使いでない者を蹴落とす、みたいなこともある。全ては魔法使いのため、魔法使いが何もかも好き勝手しているのがこの国の現状である。
「あんまり落ち込むなよ? 今のところ私たちは特に何かされるようなこともないからね」
「…………そうですか」
「本当か疑ってるのかい? よくわかんないけどね、あの男ここに一度も来てないんだよ。おかげで私たちの世話というか管理というか、そんなことをしている奴らも大分戸惑っているらしいね。ああ、私を売ったやつとかも結構困惑しているらしい。結構噂というか話は入ってくるんだけどね、なぜかは知らないけどここにいる女に今手出しをするつもりはないらしい。今のところ私も清い体だよ……もっとも、私だけだけどね。母や姉はどうなったか……」
「…………」
結構アリーゼの家庭事情は重い話があるらしい。まあ彼女が無理やり魔法使いの物とされそこからユーナイトに売られたような状況になっている。無理やり魔法使いの物とされたのが彼女だけではない。その家族もそうだ。彼女の母親父親姉、そんな家族もどう扱われていることか。流石に母には手を出されてはいないと彼女も思っているが姉はどうか、父はどうなっているのか。彼女自身まだ知ることができていたのは女性家族だけだった。父親がどうなったのか、彼女はそれを知る前に、何も知ることができずにユーナイトのところに売られている。売った魔法使いがどうしているかは多少知ることができてもその下にいる可能性がある家族のことは知りようがない。
「ふん。まだ生きているだけましじゃない?」
「……ディーエ」
「私の家なんかずっと続けていた仕事を……商売を潰されたわ。そのことで抗議を入れた父は殺され、母は魔法使いの魔法にいいように甚振られた。腕を失い、火傷を負わされて……そんな状態で放り出されて、私を連れ去ってこんなところに送り付けた。父も死んで母も大怪我、兄や妹も生きてはいるでしょうけど商売も潰されてこの先どうやって生きて行けばいいのやら。まだ魔法使いの奴隷になっている方がマシかもね? はっ、私は魔法使いの奴隷なんて御免だけど。魔法使いなんて絶対に認めない、許さない」
「…………」
テレナにしては耳に痛い話である。扱いが悪かったとはいえ、テレナは魔法使いの家の生まれ。例え他より劣る、魔法使いの中では劣ると言われる存在だとしても魔法使いであることに変わりはなく、その恩恵は受けていた、受けられていた。そもそもマーキエルの家で過ごせている時点で下手な魔法使いでない人物よりはましな生活を送っていただろう。そしてこの場所でも彼女の立場は恐らく他の女性たちより上だ。もちろん魔法使いでユーナイトに贈られた女性は他にもいる可能性は高い。テレナは会っていないがいてもおかしくはない。まあそれはテレナのように贈りもの扱いではなく正式な結婚相手、嫁として出されている可能性は高いためこの場に来るとは限らないが。
「あんまり気にしないでいいよ。この場にいる女は皆似たり寄ったりだからね」
「…………」
「だから元気だしな。いいことあるよ……これは秘密なんだけどね、魔法使いをどうにかしようって動きもあるらしいんだ。そいつらが本当にいるのかも知らないけど、期待しよう?」
「…………」
「……はあ。ま、いずれ元気を出そうか。どうせここに私たちはいるしかないんだしさ。また話に来るよ」
そう言ってアリーゼはテレナの元を去っていく。他にもこの場所に女性は多く存在する。それだけユーナイトという存在に対して恩を売りたい、繋がりを持ちたい、そんな動きがある。アリーゼはそんな女性たちを元気づけ、悲観的にならないようにと頑張っているようである。




