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「つまりはテレナを助け出せば問題はない……ということか」
「私と彼女の安全面……向こうが手を出してくることがないという点ではそうでしょうね」
テレナを連れ去った存在、魔法使い。その手のからテレナを取り返しアンデールへと連れてくることができればとりあえず今回の問題は解決である。魔女としてもテレナさえ無事……に住んでいるかはわからないが戻ってくるのであればアフターケアでも何でもしてどうにか対応するから問題はない、届かない海の向こうの大陸ゆえに安全であるということで今後何か起きるようなこともまずないだろうというのは確かである。
しかし魔女は相手のことを知っているがゆえにどうしてもそれだけで済ませてはいけないと考えている。いや、そもそもテレナを連れて言った存在はどうにかしなければもしかしたらアンデールにちょっかいをかけてくる可能性がある、という考えもないわけではない。夢見花ほどの汎用性を持つかは不明だが魔女の使っていた結構レベルの高い魔法をあっさり奪った件や地脈に関しても何となく把握している様子であったこと、魔女の魔法を跳ね返すレベルの魔法構築力にそれだけの魔法を使える魔力、色々な要素を考えれば海を越える魔法、あるいは地脈を通じた転移くらいはできる可能性がある。流石にテレナがアンデールにいるとまでは分からない……とも断言はできない。不安がないとは言い切れない感じだろう。
「でもできれば相手方はどうにかしてほしいわ」
「……それはなぜ?」
「彼の能力……魔法使いとしての才も問題だけど、あれが住んでいる魔法使いの国の思想もおそらく問題なの。本音を言うなら国を叩き潰して改善してほしいというところなんだけど……それができないにしてもあれだけは何とか倒してほしいわ」
「……あなたの魔法を防いだという魔法使い?」
「ええ。私よりも上の魔法の能力を持った魔法使い。あれが上にいる限り不安でしかない」
魔女の戦った人物、その存在が魔女が最もこの先魔法使いの国に対して不安を感じる要素……その人物の持つ思想、あるいはその人物をそのようにした思想、テレナの親もそうだったが魔法使いを至上とする魔法使い主義の国の方針、考え方。魔法使いという者が人間よりも上位に存在するというその状況。決していいとは言えない。そういう思想、国の内情は別にあってもおかしくはないが、あまりに過剰なのは問題だ。まあ結局はその国の問題と言えるものでしかないのであるが、それを外に押し付ける、他者に強いるのは面倒に過ぎる。魔女と戦った人物は魔女もそうであるという思い込みかあるいは押し付けかは不明だが、その思考の下に誘いをかけてきた。そしてそちらとは別にテレナの扱いに関してもろくでもないことを言っていた。だがそれ以上に、テレナ以外のことに関しての扱いの方がよほど問題となってくる。
「魔法使いでない存在はただのゴミクズ、魔法使いに使われるべきである……魔法使いとしての能力が高い者が至上である、魔法使い以外に価値はない。簡潔に言えばそんな内容のことを彼は言っていた。テレナのことは家の問題と考えられるのだけど、その家でもあの男と同じような思想があった様子ね。魔法使いでなければ、魔法使いとして能力が高くなければ……そんな考えが蔓延した国は危険よ。自国だけで済めばいいのだけど」
「……こちらで言えばオークの国みたいな強さをすべてと考える国みたいなものか。そちらでは魔法使いの様だが」
「まあ、そんな感じなのかしら? その国のことは知らないけど」
「一応こちらでの彼らは外にその思想を持ち込んだりはしない……が、そっちのはそうではないか」
「私がそうであるという前提で話をしてきたわね。テレナを手放すつもりがなかったというのもあるけど……従わないのであれば殺す、みたいな感じでもあった。同じ思想の下纏まらない魔法使いは排除の対象の危険がある。あちらは随分大変な状況になるわ」
「海の向こうの話だから関係ない…………と言えれば楽なんだがな」
この問題に関しては公也たちのいる大陸における問題ではない。長い危険な海を越えた先のこと。正直言えば関係のない話だ。だが相手が相手、その実力を考えると放置できるかどうかはわからない。
「……そちらの頼みを引き受け助け出すのは良いが、放置できないが国を相手にするのは問題がある」
「まあそうよね。でもテレナを助け出す際、そのテレナを自分の物にした相手だけは殺しておかなければ危険すぎる。あれだけの魔法使いを放置しておくのは危ない……確実にこちらにちょっかいを出してくるわ」
「それだけの実力と能力を持っているのは確かに危険。思想の問題もあれば確実に敵対関係になる。最悪この国と、あるいはこの大陸と戦いになる可能性もあり得る」
「そこまでは……流石にないとは思うけど、放置はできないか。しかし直接関係のない相手お殺すというのも安易に決められるものでもないけどな」
「公也はそういうこと気にしないタイプだと思ってた」
「……まあ、確かに気にしないほうではあるが。関係ないというのもあるが、その人物も……自分たちのルールに則ったうえでの行動だろう? 魔女と敵対して戦ってしまったのも彼らのルールに則ったうえでそうする必要があったから、じゃないのか? そのあたりも厳密なことはわからないが……」
「間違ってはいないけど、ならあなたは彼らのルールの方が正しいというのかしら?」
「いや。個人的には望ましい好ましい者じゃないとは思う。だが……結局のところ、そちらの助手を奪ったのはそちらと彼らの事情での戦いとその結果だ。頼まれて取り返すという点は協力関係にあるしこちらも知り合いだから別にいいんだが……奪った人物をどうにかするのはやりすぎかもしれないとは思う」
「………………そう。ええ、別にそう考えること自体を否定するつもりはないわ。そうね……確かに相手のことを詳しく知らないで私からの情報しかない状態で語っても仕方がない部分もあるわね」
公也としては割とどうでもいい話……というか、気にすることでもない存在、相手。魔女に言われたまま、テレナを攫って行った相手を殺すことに関しては微妙に納得がいっていない感じである。まあもともとその人物に関しては魔女から一方的にしか話を聞いていない。決して嘘をついていると思っているわけではないが、かといって言われたまま何も知らず殺してしまうのは問題であるとも考えている。そもそもテレナを奪ったのももともとは相手方の所有物……まあ、一応はテレナの家からの嫁入りという形になるわけであり、それは結局のところ家庭の事情でもある。そして争いになったのもテレナを返すつもりのない魔女とテレナを連れ帰るつもりの相手方の意見が一致せず衝突したからである。そういう形であるとすれば、相手を殺すのは少々やり口としては過激ではないか、課題ではないかと思わなくもないかもしれない。
もっとも相手方の思考、思想を考えると何もせず相手が自分の所有物だと考えているテレナを攫って行くのは少し危うい。相手からすれば失ってしまい、そうか仕方がない諦めよう、などと考えることはないはずだ。わざわざ魔女の下に去っていった、逃げて行ったテレナを連れ戻しに来たくらいだ。また攫われても取り返しに来る可能性は高い。その思想、能力だけではなくそうしてくることも考えれば始末しなけば危険があると考えても別に変ではないだろう。
まあ、結局はそういったことも推定、推測、絶対にそうなるという事実ではない。公也たちは相対していない以上相手のことは知らない。百聞は一見に如かず、どれだけ言い聞かせたところで実際に見てみなければ本質的なものは分からない。それぞれの思想、考え方により相手の情報が捻じ曲げられる可能性もあり得るのだから。
「とりあえずテレナの連れ戻しだけはお願いするわ。国の改善やあれを始末することに関しては……実際に向こうを見てから決めて。見れば、聞けば、知れば、恐らくは大人しく済ませられるとは思えないでしょうから」
「……そこまで言うか」
「そこまで言うのよ。それだけ危険な相手なのだから。実感はないのでしょうけど」
とりあえず現状するべきことはテレナを取り返すこと。魔女の頼みの最低限やるべき目標はそれである。




