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「おっ? なんだなんだ? 何しようとしてたのかなー? あーったく糞が。俺はよー、こういうの嫌いなんだ……よっ!」
「くっ!? ぐっ、これは」
黒い剣閃が走る。黒い刃、影の刃、闇の刃。魔法、あるいは特殊な武器であるか……最も高い可能性として技の一種、少なくともそれに当たっていい結果になるだろうとは思えない一撃。流石に盗賊の頭もある程度距離があり、いきなり入ってきた相手に対して警戒していたこともあって回避はできる。
「あぶねえ……っと、おい!」
「きゃっ!?」
王族の娘、そんな女の子の腕をつかみ自分の前に彼女を出す。盾として使う、当初の予定通り……といえば予定通り、そんな行動である。とはいえ、いきなりこの場で使うような事態になるとは考えてはいなかっただろう。現状盗賊の頭である彼がこの場から逃げるには押し入ってきた相手の入ってきた入り口から出るしかない。こんな状況で彼女を盾として使ったところでそこまで優勢とは言えない。そもそも簡単に脱出できるかどうかが怪しいところだ。もちろん盾にしている彼女を相手が攻撃できない、大人しく逃がすしかないということもある。そういう善人であればあり得ないとも言えない。先ほどの発言からすればこういうことは嫌い、という時点で彼女のことを慮る気持ちは一切ないとは言えないだろう。ただ、単純に自身の嗜好や主義の問題でしかないという可能性もある。決して楽観し安全だと言えるほどではない。
「こいつの命が惜しけりゃ大人しくしてろ!」
「……おいおい? 他人だぜ? 俺がそいつがどうなるか気にするとでも思ってんのか?」
「わからんがな。だが、そもそもお前らは何のためにここまで乗り込んできている? 俺たちがなんであるかわかっている、だからこそここまで来てるんだろ。こいつを取り戻すためによ」
「そういうわけでもねーんだが……ちっ、まあ間違ってもいねーけどよお?」
ここにいるのが盗賊である、というのはわかっている。厳密には彼らは元々そうであること、ここにいることを知っていたわけではなく、たまたま何かに襲われただろう馬車を見つけ、その馬車の痕跡を調べそれが人為的なものであるということ、またその馬車を襲った相手やそこにあった物資、人員の行き先、それもおおよそわかったこともあり……人として、冒険者として、当たり前のように盗賊退治に赴いたというわけである。
当然捕まっているだろう人物を助けるのは目的の一部に含まれる。ただ、その安否は絶対に保証されるものでもない。冒険者であるからこそいざという時は自分の命を、仲間を優先するものである。しかしそうなっていない現状ではどうにも行動に移り辛い。
「おい、さっさとしろ」
「……ちっ。仕方ねえ……なっ!」
「うおおおおっ!?」
「きゃああっ!?」
黒い刃が走る。斬りつけられた痛み……いや、底に走ったのは痛みではなく。何かを失うような感覚、途切れるような感覚。一瞬だけ、盗賊の頭と王族の娘の思考が止まり、それぞれが反射的に動く。盗賊の頭は下がるように、それによって手を離された王族の娘は今までにない感覚に倒れこむように。この時点で彼女と盗賊の頭の間に距離ができる。また倒れこむようになったせいで彼女の体は地面に近い状況になる。つまり盗賊の頭の上半身方面を狙うにあたり彼女が邪魔になることはない。
「おらっ! 死ねえっ!」
到底正義の味方側が出すような言葉遣いではないが、冒険者など基本荒くれ者、場合によってはチンピラみたいなもの、そうでなくともある程度強気でいないと場合によっては立場が悪くなることもある、威厳や威圧、実力を示すような行動や言動、そういったものもあるため強気な発現は珍しくもない。ただ、やはり少し発言的にはどうかと思わなくもないが。
振るわれる刃は闇を纏い、盗賊の頭へと延びる。その刃は盗賊の頭へと届き……盗賊の頭を大きく切り裂いた。先ほどの斬撃は相手に直接的な傷を与えることはなかったが今回は大分本当の意味での刃、斬撃となる物であったようだ。闇という実体のないもの、それを技として振るい武器とする、そんなものであるためその技の性質はある程度変えられる。闇としての性質の延長とするか、それとも剣に纏わせ刃としていることから斬撃、剣としての性質を強く表すか。しかしその程度の物でしかないため本質的にはあまりそういった部分の変更の意味は薄い。ただ、今回みたいに人質ごと攻撃するというやり方みたいに巻き込んでも傷つけずに相手を攻撃できるという点では決して悪いことばかりではないだろう。
「ぐああっ!!」
何にしても、闇の斬撃により盗賊の頭が切り裂かれて倒れこむ。死んでいるかどうかはわからないが死んでもおかしくはないし死ななくてもすぐに同じように活動するのは無理だ。治ればともかく治す手段が盗賊にあるわけもない。
「よーし、よしっと。とりあえずこれで……ま、攫われたらしい誰かさんは助けられたわけか。他にはいねーのか?」
「………………」
じっと王族の娘である彼女は入ってきた冒険者を見ている。その目には憧憬がある。
「おーい? 大丈夫か?」
「……あ、う、うん、あ、はい。大丈夫です」
「他に誰かここに閉じ込められているとかそういうのはねーのか? 一応ここを壊滅させるついでに助けるつもりなんだけど」
「……ちょっとわからないです。私ずっとここにいたので」
「あー、まあそうか……」
彼女が周りの状況を把握しているわけがない……そもそも閉じ込められているらしいというのは何となくわかっていたので彼女の言葉でそうすぐに判断できてしまう。
「あの」
「ん? なに?」
「さっきの、凄くかっこよかったです!」
「え?」
「どうやってやったんですか? あの黒いの!」
「えっ……えっと……」
いきなりそんなことを訊ねられても困る、というのが彼の感想だろう。そもそもさっきのそれは技、冒険者に限らずいろんな人物が使える可能性はあるが、そもそも使えるかもわからないし使えるようになるにもかなりの苦労を要するもの。まあそれを説明しても理解してくれるかはわからないが説明自体はできないわけではない。ただ、現状それを説明する状況にあるかといえば……まずは先に現状を改善すること、盗賊退治を終わらせほかの仲間と合流するのが先決である。
「あー、それは話してもいいけど後でな。今は俺の仲間と合流するのと、ここの盗賊とか全部ぶっ倒してからだ。それでいいか?」
「はい! 教えてくれるならそれでいいよ!」
「……じゃ、ついてきて。えっと? あんた誰?」
「あ……私はリリエル・オルティア・ブロッセウムです。あなたは?」
「俺はセイメイ……まあ、ただの冒険者だ」
互いに自己紹介をするリリエルとセイメイ……セージたちの旅の途中にたまたま見つけた事件、そこに関与した結果の盗賊退治とその成果としての王族の娘の救出……修行の旅の途中に何をしているものか、と思わなくもないものだが、たまたまそういうことが起きてしまったというだけの話である。とはいえそこに特殊な運命的なあれこれがないとは言い切れないのは、彼らの関わる人物がいろいろあれで様々な事件に携わっているためだろう。




