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「そこまでそこまで! これ以上の戦闘行為は反則と見なす!」
「えっ?」
「……相手が降参しているのに気が付かなかったか?」
「……気が付きませんでした」
リーンとセージの戦闘はほぼセージが一方的に攻撃を受け、結果セージがこれ以上攻撃できなくなる……技が使えなくなってしまった。一応何とか攻撃を防ぐことができているが……それでも防ぎきれないときもある。辛うじて生きている、五体無事でいるが既にセージは傷だらけだ。このまま戦い続ければセージはリーンに殺されてしまうことだろう。ゆえにセージは降参することを告げていた。
しかしリーンは戦闘が楽しくなっていたらしく……強い相手との戦いにハイになっていたようでその声は聞こえておらず、セージの様子すら見えず、技を使われないことにすら気づかず攻撃を続けていた。セージが攻撃をぎりぎりであるとはいえ防げていたのも良くなかっただろう。そのせいでリーンが相手が弱くなった事実に気づくのが遅れた。もっとも防げなかったらそのままズパッと斧にぶった切られていたことを考えると防がなければいけなかったと言える。その場合結局リーンの反則負けとなっていただろうが。
審判的な立ち位置の人物は戦闘に巻き込まれないように戦いの舞台の側にいる。場合によっては戦闘の中止、介入を行う人物だ。しかし本気で戦いに参加し止める、ということはできない。あくまでこれ以上はダメだと呼びかける程度しかできない。運よくリーンが審判の声に気づいたからよかったがハイになっていた彼女が声に気づかなかった可能性はありえなくもない。そういう点でセージもリーンも運が良かったと言える。
審判がわざわざ止めたのはセージが降参しているからもあるし、反則負け……戦っている者の中で死者を出さないようにすることが目的にある。そもそも反則負けで強い人物が闘技会から脱落するのも見ている側としては面白くないだろう。戦う中頂点、一番上を決めるのに強者がいなくなるのはもったいないと言うか。何にしても降参しているのに戦いが終わらないのは問題ということで審判が介入した。おかげでセージは助かり試合終了である。
「……お疲れ様です」
「お疲れ様! 楽しかったー」
今回の闘技会においてリーンは優勝した。出場者次第ではあるがそもそもリーンは単独Bランクに到達する冒険者。その強さは実質Aランクに匹敵すると言ってもいいだろう。まあAランクはAランクで結構な怪物ばかりだが、そこに並んでもおかしくないのがリーンである。基本的に冒険者のランクはチームで獲得するものであり、単独でランクを上げるような冒険者は実質一つ上くらいのランクの強さを有していると言ってもいい。今回の闘技会においては上位のランクはリーンと同等のBランクまでくらいでAランクはなく、借りにいても対等に戦えるくらいの強さの相手だっただろう。そう考えるとリーンが優勝する可能性はそれなりに高いと言える。
まあリーンにとっては優勝することよりも強い相手と戦うことの方が目的なところがあった。彼女は戦闘狂……とまではいかないものの、強い相手との戦いを求め、戦いの中自身の生を実感できるというちょっとあれなところがある。優勝しようとも、どこかから誘いがあろうとも彼女にとってはどうでもいい話、強い相手と戦えたことの方がよほど重要である。
しかしリーンへの誘いに関しては……残念ながら今回はなかった。リーンの出身……冒険者としてどこから闘技会へと来たのかに関してはアンデールからということだった。このアンデールからという者が曲者で公也という存在の下にいる冒険者ということで誘いをかけることで公也の不興を買うのを良しとしなかったからである。もっともそれ以外にもリーンが単独Bランクという微妙な扱いづらさ、また戦闘において戦うことを楽しむ戦闘狂気質なところ、いろいろと彼女の悪い部分が見えてしまっているからというのもあるだろう。彼女の噂の中には冒険者の仲間と仲が悪くなったから一人で活動している、良くない何かがあったみたいな噂などもあったのもあるだろう。まあなんにしても積極的に関わるには微妙な相手だたということである。
そんなリーンは闘技会を終え、仲間であるフラムと合流していた。今回の闘技会には彼女だけしか来ていなかったわけではなくフラムも来ていた。もちろん彼女は闘技会には参加せず観客として見ていただけだが。
「楽しかったんですか」
「うん、楽しかったよ。久しぶりに全力で戦える強い人がいたりしたからね」
「……一度服を脱いでいたのは驚きました。あれ、なんかすごく重かったみたいですね」
「重いよ? 持ってみる?」
「いえ。絶対に私には無理、着られないし持てなさそうなので」
「そう?」
「はい。本気で戦えました?」
「いつも本気だけど……でもやっぱりこれ着ていると遅くなっちゃうから。だから本気というよりは全力なんだよね。それにしても、思いっきり戦えたのは本当によかった。でも途中でどっちも終わっちゃったのは残念かな」
「あのままだと殺してしまっていたと思います。仕方ないですよ」
リーンとしては戦闘が中途半端に終わったことは満足が行っていない部分である。強い相手と戦えたというのはとてもうれしい話、全力を出せる相手と戦えて楽しかった事実はあるが……それが途中で相手を殺してはいけないからと止められてしまったのは納得できない気に入らない部分である。おかげで若干欲求不満だ。なまじ自分と対等に近いレベルで戦える相手がいたからこそ余計に欲求不満である。もしそういう相手がいなければ満足はできなかったが欲求不満にはならなかっただろう。
「……片方は知らないけど、もう片方って」
「うん? どうかした?」
「いえ。あの人、確かアンデールで見ましたよ」
「そうだっけ?」
「はい。同じ冒険者です……ただいつもはお城の方にいるみたいな感じだったかと思います」
「へー……近くにいるんだ。それならいつでも戦えるってことだよね」
「え……それは難しいんじゃ」
「戻ったらもう一回戦ってみよっと」
リーンはアンデールに戻ったらもう一度セージと戦うつもりらしい。今回の戦いで実質的に十分な結果が出た……一時的に対等に戦えたというだけで、それもリーンが重い服を着て遅い状態でまともに戦えたというだけで少なくとも彼女よりも弱いという事実がわかっているのにまだ戦うつもりがあるらしい。仮にセージの強さがどうであれ、彼女としては中途半端な戦いになったのが納得いっていないところがあるらしい。だからもう一度、しっかりと決着がつくまで戦うつもりのようだ。
まあセージがそれを受けてくれるかというとまずありえないと言わざるを得ないだろう。そもそもセージは個の強さではなく群の強さ……仲間がいるからこその強みの方が大きい。ランクに関してもリーンのように単独で上げたものではなく仲間と一緒に上げたもの。本当の意味でのその強さを体験するには個人との闘いでは無理だ。では複数人で戦うことになるかといえば、そもそも対人で戦うのも変な話。闘技会のような舞台では仕方ないがわざわざ必要もないのにそんなことをするはずもないだろう。彼女が頑張ってもセージたちが受けない以上はどうにもならない……はずである。




