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「ネクロマンシー? 誰のことだ? 私はただの魔法使いだが……」
「今更誤魔化そうとしたところで意味がないだろう? お前の言っていたことは全部聞いているし、そもそもあの悪霊の群体を操っていたのを分かっているからここまで追ってきたんだ。そうやって逃げようとしたところで無意味だぞ」
「ちっ。糞みたいな冒険者め……いや、冒険者か? 魔法使いか? まあ私の知ったところではないがな」
ネクロマンシーの男は自分が公也の追ってきた存在でないと示そうとしたが、公也にその行為は無意味だ。公也はあの悪霊の群体のつなぎとなっていた少女の霊体を食らい、その記憶、知識を持つ。彼女を操っていたネクロマンシーと通じていた繋がりも彼女を食らった瞬間の一瞬でわずかながら公也も感覚的に感じている。それ以上に少女の感じていた繋がりの記憶、その先にいるネクロマンシーの存在の認知、そもそも己をアンデッドへと変えたネクロマンシーと少女は出会っている。殺され、自分をアンデッドに変えられ、その結果あの悪霊の群体のつなぎとされた。その時の記憶を彼女は簡単に忘れるはずもない。
その少女の記憶にあるネクロマンシーの姿は目の前の男の姿そのもの、全くほとんど変わっていない。少し変わったところはあるかもしれないがそれは時間的なもの、環境的な物、動いた結果などそういった結果変わったにすぎず、見た目はほぼ変わっていない。つまり本人そのもの、ごまかしは効かない。
「さて、大人しく捕まって全部吐いてくれるならありがたいんだが?」
「ふむ。しかしだな、お前はネクロマンシーがどういう扱いを受けるか知っているか?」
「ああ」
「この外道めがあっ! ネクロマンシーの行く末を知って捕まれなどとよく言えるわっ! 外道には死あるのみ! ゆけ我が霊共よっ!!」
「……っと!? 自分は死んだ人間をアンデッドにして使っておきながら人のことを外道だなんてよく言えるなっ!?」
突然の激昂、そしてその内容の齟齬……厳密には、ネクロマンシーとして悪行を尽くしているくせに人のことを外道と言い、しかもそういった直後に自分が殺し支配し操っている霊体を公也に差し向けていること、それに対して公也は思わず何を言っているんだこいつと思考が停止した。それぐらいにネクロマンシーの言っていることは意味が解らない……意味は分かるがどういう考え方をすればそんなことが言えるのか、と思わざるを得ないような頭のおかしいセリフだったのである。まあ、頭がおかしい人間だからこそネクロマンシーという魔法使いの中でも道を外れた物として扱われ禁止されている死者に対する魔法を使い研究し扱っているのだろう。一歩踏み出しかねない研究者は多くいるが、それでも踏み出すことはほぼしない道だ。
ちなみにネクロマンシーは基本的に殺して構わない扱いであり、捕まっても基本的には死刑、それも知っていることを拷問で聞きだしたりすることも珍しくはないし、魔法による犠牲者たちへの供養を兼ねてか死者に対しての仕打ちよりもひどい仕打ちをして殺す、と言うことがまかり通る存在である。あるいはそういった相手であるようにしていろいろな社会不満を一人の人間へとぶつけて解消するようにしているのかもしれないが、実際ネクロマンシーのやっていることはほぼすべてが悪行の限りであるのでそういった扱いを受けても仕方がないという話である。今回のような悪霊の群体と言う形で公に出なければ多くの場合はネクロマンシーはネクロマンシーであるとわからないことの方が多いのだから。そういう点では隠れて霊体のアンデッドを使っている魔法使いがいる可能性もないとは言い切れないのだが。
「聖なる光、断ち切る斬撃となりて!」
「くっ、我が霊を消し去るか! 私が苦労して手に入れた者たちを!」
「人殺しで、だろ? そもそも攻撃してきたのはそっちじゃないか」
アンデッドを作るには死者がいなければならない。基本的に死体のアンデッドに関して作る手段は死体があればいい。そういう点では墓荒らしなどや山の中など生物が争い合うような場所を探せば見つかりやすいので比較的作りやすい。別に人間にこだわる必要もないが、人間にこだわるなら人間の死体がいるのでそういったこだわりがあるなら苦労する、と言う面倒な所はあるがこちらはかなり楽だ。
しかし、霊体の方はどうしても比較的直近で死んだ存在がいる。目の前で死んだような存在から、霊体を抜き出しその霊体をアンデッドとして使役する……霊体のアンデッドはそうなるだろう。あるいは既に霊体のアンデッドとして存在するアンデッドを使役するのも一つの手だが、そもそも独立して存在するアンデッドを探すのは難しい。自然に消えることも多く、またそういった死んだ人間がいるのは普通人里でありアンデッドの存在は許容されがたい。発生してもすぐに対応されていることが多いだろう。一部の村落などではまた少し違ってくるかもしれないが、それでも探して使役すること自体結構な面倒くささがある。
ならば霊体のアンデッドはどうやって手に入れるのかと言うと、基本的には殺して手に入れるというのが一番楽なのである。生者を殺し恨みを持たせることでアンデッドとして生まれやすくするというのもあるし、自分で殺すことで霊体の損失がなくなるのも大きい。また殺すこと自体は魔法使いならば結構簡単に証拠も残さず多くを対象にすることも用意。死体もまたアンデッドにしてもいいしいろいろな意味で自分で殺すことにはお得なことが大きい。もちろんこの方法だと殺人の罪を背負うことになるが、そもそもそんなものを気にするのならばネクロマンシーになどならない。実に外道である。
「行け! 私はお前たちが相手をしている間に逃げる! ふははははは!」
「土の檻よ彼の者の行く手を遮れ! ストーンフェンス!」
「ぐあっ! くっ、なんだこの……柵だと!? ふん、こちらに魔法を使っているということはアンデッド共にやられているだろう。ふっ、この生意気な冒険者を我が手ごまにできるのならば……なっ!? 剣だと!? なぜ剣で霊体のアンデッド戦える!?」
「お前、俺たちが悪霊の群体と戦っていたのを見てなかったのか?」
「………………そうか! 魔法を付与していたんだったな!」
この場において公也は魔法の付与を使ってはいない。未だ継続しているものである。これに関しては魔法を手元からほとんど離していないのが大きいだろう。公也の魔力が供給される限りは魔法は維持される。これは空間魔法による作成した亜空間が維持されるのと同じだ。もっとも通常ならば永続的な亜空間の維持は不可能だが公也のような他に類を見ない魔力を持っているのであれば比較的あり得ないとは言えない。それに対して剣に付与した魔法を維持するくらいの燃料の魔力ぐらいならば比較的供給はそれほど多くはない。
まあ、そんなことはネクロマンシーには知ったことではないし、どうでもいい話……いや、むしろ厄介と言ってもいいだろう。霊体のアンデッドに対し剣一本で対応される。魔法は自分に対して使ってくる。戦いづらく倒しにくく実に面倒な相手、と言ったところだ。
「くっ、まさか霊共が……まて! 降参だ! 投降する!」
「……わかった。捕縛はさせてもらうぞ?」
「しかたない……」
ネクロマンシーは勝ち目なし、と投降する。しかし、そこには悲壮さはないし、なにか少し怪しい雰囲気がある。まだ、ネクロマンシーは何かをすることをあきらめてはいない……そんな雰囲気を感じる投降だった。
※自分は棚に置く、というのはよくある。主人公は自分が外道と呼ばれてもそれほど気にしないし別にそれ自体は自分でも納得していると思われるが。
※ネクロマンシーの扱いはほぼ因果応報。
※魔法を手元から離さない限り維持は難しくない。魔力の消費を気にしなければ。魔法を維持するわけだし常に魔力消費するのは当然。とはいえ維持だけならそこまで消費も大きくはない……はず。




