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警戒烏の鳴き声は相手の危険を示す。公也はそれを散々理解していたため、三人の人間に対して明確な警戒……とはいっても、今の公也では正直何かができるというわけでもない。魔法は使えるが、いきなりそれを見せつけるというわけにはいかない。ゆえに、すっと後ろに下がり、少し体を構える程度の警戒しか見せられない。わかりやすく剣やら槍やらでもあればそれを構えて明確に警戒している様子を見せられるのだが。
「お? なんだ?」
「……警戒烏を飼ってやがったか。ちっ。じゃあ不意打ちはできないか」
「警戒烏って飼えたか?」
「知らねーよ」
警戒を見せた公也に対し、三人はすっと武器を構えて明らかな敵意を示す。どう考えても公也を襲い害するつもりであるようだ。
「……なんだ。盗賊の類だったわけか。まあ、最初からいろいろと怪しかったが」
「ああん? なんだよ。冒険者に見えてなかったのか?」
冒険者……と言われれば否定はできない。しかし、冒険者としても少し彼らは微妙に違っていたのではないだろうか。それに冒険者ならばわざわざ公也に積極的に関わろうとする者はいないだろう……いや、どうだろうか? 彼らの中にもいろいろな人種がいる。盗賊紛い、犯罪者紛いの荒くれ者から人助けが好きなお人よし、そんな人間がいれば森の中をうろつく公也のことを気にしてどういう形であれ手を出す者はいるだろう。
「ま、わかっているならいい。おい、その服を置いてきな」
「別に置いてかなくてもいい。殺すだけだからな」
「……………………人の服を剥いで裸にするのが趣味の変態か」
「はあっ!? 違えよっ! お前の着てやがる珍しい服を置いてけってんだ!」
三人の目的は公也の持っている服だ。珍しい服、奪い売れば少しは小金を稼げるだろう……その程度の物だ。その程度のことで、人を殺し物を奪おうとする。この世界に置いて命はそれほど軽い……もしくはお金の価値がそれほど高いというべきか。お金があるとないではそれだけ生きるのの必要な条件が違うともいえる。まあ、家のあるなしがとても大きな差になるし、職の有無も大きな差、魔力の有無はもう人と畜生ほどの差、なのかもしれない。いや、もうそこまでいろいろと例えを出すと意味が解らないが。
ともかく、三人は公也から服を奪おうとしている。服を置いていけば殺されはしない…………なんて甘いことを公也は考えない。
「服を置いていっても殺すんだろう?」
「はっ。当たり前だ。俺たちの存在を知られて生かしておけるわけないだろ」
「……おい、わざわざ言うな」
「今のは嘘だ!」
「それこそ嘘だろ…………」
彼らは盗賊として活動している。そんな存在がいると情報が伝達されれば、彼らを殺しにやってくる者がいるだろう。別に盗賊として訴えられたから、というだけではない。それだけでは動かないことも多い。自衛でもない限りは多少人が傷つけられただけでは動きづらい。しかしそういった盗賊というのはそれなりにお金をため込んでいることが多い。盗賊として人から物を奪い、お金に変える。場合によっては珍しいものを宝として保有していることもある。その存在があるゆえに依頼として出される前にそれらの情報を集め彼らを襲うものもいる。どちらが盗賊かわかったものではないが、この場合悪いのは人を襲い物を奪いお金を得ている側であり、彼らから奪うために彼らを殺すのは悪ではない。悪者を倒してお金を奪うのはまだ合法である。依頼となっていると依頼主に奪われたものを返す必要性があったりするが、個人でやる分にはその必要がない。丸儲けである。あるいは盗賊という存在そのものに敵意を抱いてそういった情報を集め駆逐する存在もいる。まあ、いろいろと活動形態は様々だがそういった活動をしている者がいるので盗賊はあまり自分たちの存在を知られたくない。そういった相手に知られずとも、その地域の管理をしている側に知られれば被害の規模次第では退治に来ることだろう。ゆえに目撃者、被害者を消しその存在を知られないようにするのは当然のことである。
「ちっ……まあいい。どうせ殺すだけだ。しかし、何も持たずにこんな場所にいるとはな」
「服くらいしか売れそうなものがない……こいつを捕まえて売るのはどうだ?」
「金になるかねえ? まあ、奴隷としてならいくらでも使い様があるかもしれねえな」
彼らは実に好きなように言っている。彼らにとって公也という存在はその程度のものなのだろう。彼らにとって、金になるかどうか、自分たちにとって役に立つかどうか。ただ殺し、ただ襲い、ただ奪う、それだけのものなのだろう。
しかし、彼らは自分が言っていることの意味は理解しているだろうか? 何故公也は何も持たずにこの場所にいるのか……正確に言えば、何も持たずにこの場所にいることができているのか? 公也は魔法を使える。公也は暴食と呼ばれる強力な力を持つ。そんな存在である。彼らがどう戦おうと、どう殺そうとしたところで……公也が殺せるはずはない。先ほど公也は戦う構えを……肉体で戦うような構えを見せたが、それはポーズ、そういった姿勢でしかない。そもそも公也は肉弾戦等ができるような技術はない。暴食や魔法で戦うだけだ。
「…………」
「あ? え? うわああああああああああああああああああああああああっ!?」
「おい……ひいいいいいいっ!?」
「足、足がああああああ!?」
一瞬で、彼らの両足が消えていた。暴食の力により、足だけを食らったのである。ついでに腕も食らえば彼らはもうまともに活動することはできない……というより、今も血が食らった部分から出ているためこのままならば失血死する。そうでなくとも足がなくなった彼らは自分たちだけでの移動は極めて難しく、生存は絶望的である。痛みで正常な思考もできず、どうしようもない。
「さて……」
公也は腕も暴食によって奪う。そして、次に彼らの失われた部分……その部分から噴き出る血を焼き、その失血を止める。その過程で二人が気絶、一人は途中で耐えられなかったか死に至った。
「……死体は食らっておくか。盗賊とはいえ、この世界に存在する奴の知恵は役に立つだろう」
容赦なく盗賊から全てを奪う公也。持っている武器や服、防具も奪う。残す必要はない。彼らにはこの先必要のないものだ。それを自分の役に立てた方がよほど有意義だろう……どちらにせよ、生かして置く意味もない。死ぬだけならば持ち主がいなくなるのだから回収するべきである。
ところで、公也は最初は三人とも生かすつもりであった。一人が死んでしまったのでそれを食らったわけだが、生かして置いている残りの二人はどうするつもりなのか? 公也は彼らを殺したくない……などとは露ほどにも思っていない。そもそも倫理観という観点では公也はまともな倫理観を持たない。彼の過ごした世界における倫理観を有しているが、その倫理観があったうえでまともな倫理観ではない。普通ならばしないような、出会ったばかりのまだこの世界では比較的親切な方にある魔法使いの女性を、あっさり殺しているくらいなのだから。
つまり、彼らを殺していないのは何か理由があるということだ。例えば彼らのアジトを知るため、とか……と、普通なら考える。しかし、公也の場合それは暴食により知識として得ることができる。殺した一人を食らいその知識を得て、既にアジトの場所は知っている。ならば聞き出す必要はない……そもそも彼らが話すとも限らない。ならばなぜ生かしているのか?
「この世界の人間は、元の世界の人間と同じかな? そもそも元の世界でも人間の死体は直に見たことはないし、見たところでわからないけど……内臓、骨、筋肉、実際に人間を解剖してみるのは初めてか。殺してから解剖したほうがいいのか、それとも生かしたまま解剖したほうがいいのか……血が出るとか、グロいとかの問題はあるけど、まあ生かしたままでいいか。構造自体は暴食で知識からわかるけど、直で見るのと知識で知るのでは話が違うんだよね」
実際の生きた人間を切り開きその中身を見る……彼は元の世界では法律的にやれないことであり、倫理的には許されることではないそれを、知の求め、欲の渇望、貪欲な己の生き様ゆえにやらなかった。しかし、この世界ではその機会がたまたまできた。殺しても問題ない、人間の屑。それならば、たとえどのようにしたところで文句は出ないだろう。文句があったところで、そもそもその死を完璧に隠蔽できる状況ならばどうとでもなるのだから。
※この世界では盗賊は大抵殺されるので発見されないのが肝要。
※この時期は主人公は割と容赦がない。ある意味新しい環境で落ち着かない精神状態である故か。もっとも後々に落ち着くと言われればそんなこともない。
※人を食らい知識を得るには頭部、脳を暴食で喰らう必要性がある。腕や足など他の部分を食らっても知識を得ることはできない。魂など存在に関わる部分ならば例外的に得られるかもしれないが基本的には頭部でなければならない。




