2 告白された悪役令嬢
「前世の記憶、か…」
話してしまった。
全部だ。悪役令嬢とか、いじめをして断罪されるとか、ここは全部乙女ゲーム『愛は花降る夜に』の世界ととても似てて私はそのストーリーを知ってるとか、そんな非現実極まりない話を。
いきなりそんな話をされて、真鍋くんはどう思っただろう。私はびくびくしながら彼の次の言葉を待った。
「東条くんに近づく愛沢さんに嫉妬していじめをして、そして断罪される、か」
「ええ…」
「……ねえ園崎さん、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「な、なに?」
嫌われてないといい。そんなことをする人間だったなんてと、距離を置かれたりしませんように。引かれるのはまあ、しょうがないとしても。そんな祈るような気持ちで窺っていると、笑みをひっこめた彼はまっすぐにこちらを見据えていた。いつになく硬い表情が不安をあおる。
「園崎さんは…東条くんが好きなの?」
「好きじゃないわ」
反射で答えていた。別に好きじゃない。勿論嫌いじゃないけれど、これでも彼とは名家の出身同士、学園の初等部の頃からずっと同じ学び舎に通い、子供の頃から何度もある家同士のパーティーで顔を合わせることが多くて、半ば幼馴染みと言っていい間柄かもしれないし、東条自体も決して悪い人物ではない。端正な容姿は勿論、真面目な性格で多少正義感が強くて強引なところがあるけれど、反面面倒見がよくて男女問わず慕われている。だから、人として、同級生としての好意はあるけれど、恋愛としてのそれがあるかと聞かれれば答えはノー一択だ。
「じゃあ別に東条くんが愛沢さんと両思いになって付き合ったとしても、なんとも思わない?」
「思わないわ。東条様のファンクラブが大変そうだとは思うけれど」
東条蓮にはゲームらしくファンクラブが存在している。今は東条がうまくかじ取りをしているから周りでキャーキャー言うだけですんでいるけれど、彼女が出来たとなれば過激な行動に出る者もいるかもしれない。そこは東条が抑え込みをがんばれとしか言えないが。ちなみにゲームの園崎蝶子は東条蓮ファンクラブには入っていなかったが、会員に東条が恋人を作るなら、園崎の蝶子様レベルでないとふさわしくないと祭り上げられていた。ぼっちな蝶子はいじめの協力もファンクラブにさせていたのだ。ぼっちのくせに変なカリスマはあったらしい。今もファンクラブからの私の扱いは変わらないのだけれど、私の方に特別な感情がないのでなるべく距離を開けようとしている。友達は欲しいけど、もれなく断罪フラグの立ちそうな人は遠慮したい。
私の答えを聞いた真鍋くんは満足そうにうんうん頷いた。今の質問はなんだったんだろう。反対に私は首をかしげた。
「ゲームの通り東条くんと婚約したくなくて、愛沢さんにもできれば関わりたくないんだね」
「ええ」
「だったら僕に、いい考えがあるよ」
引っ込めていた笑みをもう一度引っ張り出してきた真鍋くんは、さらに笑みを深くしてさらりと、何でもないことのように言った。
「僕と婚約すればいいよ」
「え?」
ぱちぱちと瞬きをして、それでもやっぱり理解できなくて、もう数秒時間をかけてから、目を見開いた。
「…む、無理よ」
出した声は上ずって、動揺をこれでもかと相手に伝える。
「お、お父さまが許さないわ。家の為に良い家柄の家に嫁がせるって小さいころから言われて育ったの。真鍋くんは、とってもいい人だけど、でもその、おうちは普通のおうちでしょう、園崎の利益にならない人とのけ、…結婚は、お父さまが許さないわ…!」
「そうだね。僕の父さんは一応重役とはいえ普通の会社員だし、真鍋の家じゃ園崎さんのお父さんのお眼鏡にはとてもかなわないだろうね」
「そ、そうよ。そうなの…」
真鍋くんの家は、高等部からとはいえそれなりの学費が必要なこの学園に通えるだけあって、庶民の中でもお金持ちな部類だ。でもやっぱり庶民は庶民。選民意識と上昇志向の強い父が許す相手とは思えない。
だから、きっとさっきの申し出は真鍋くんの優しさなのだ。慰めようと明るく茶化してくれたのだ。そう思った私は彼にお礼を言おうと口を開いて――でも、次の言葉で開きかけた口は固まることになる。
「でも、鷹林の家ならそのお眼鏡にもかなうよね。
まだ誰にも言ってない話なんだけど、僕高校を卒業したら、鷹林の叔父さんの養子になることになってるんだ」
「……お、叔父さん?」
「鷹林の会社の社長さん。ちなみに元会長さんは僕のおじいちゃんなんだ」
何でもないことのように話された内容に半ば呆然とする私に真鍋くんが語ってくれたのは、こういうことだ。ランタナが好きだという真鍋くんのお母さんは、もともと鷹林家のご令嬢で、現社長の姉に当たる。彼の叔父さんは大恋愛の末結婚したけれど、幼いころに罹った大病のせいで子供が出来にくくなってしまった。そのため先に結婚していた姉の子供が18になったら、養子にして跡継ぎにするというのが真鍋くんのお母さんが真鍋家に嫁ぐ条件だったらしい。そういえば子供の頃、鷹林のご令嬢がまさか庶民に嫁いだなんて、と大人たちがひそひそ噂していたような気がする。最近では全然聞かなくなったから忘れていたけれど。それでその、養子になるという姉の子供が、真鍋明くんだったらしい。
「鷹林は随分大きなおうちみたいだし、そこの跡取りなら園崎家とも釣り合いが取れるんじゃないかな。――あ、でも養子だと駄目だったりする?」
「え、う、ううん、だめじゃないと、思うけど……」
駄目どころか、諸手を振って喜びそうだ。やれ行けそれ行けと送り出されそうな予感がする。
ここで私は、真鍋くんが私がした非現実極まりない話を信じてくれていることに気づいた。疑ったり引いたりしている様子もない。それどころか誰にも明かしてなかった秘密まで明かして。私は知らず「は…っ」と息を吐いていた。
「信じてくれるの…?
前世の記憶なんて、ゲームなんて、随分非現実な話なのに…」
「――信じるよ。だって、一生懸命、好きな子が話してくれたことだもん」
「…! す、すきな、こ……!?」
声が裏返った。肩も一緒に飛び上がった私も見て、真鍋くんはきょとんとした。
「あれ、伝わらなかった? 婚約しようなんて、むしろプロポーズしたつもりだったんだけど」
「ぷ、ぷろ…」
ぽりぽりと頬を掻いた真鍋くんは、私の動揺なんてお構いなしだ。真っ赤になって言葉を話せなくなった私を放っておいて、腕を組むと「うーん」と頭上の木を睨んだ。…前から思っていたけれど、真鍋くんは実は随分マイペースだ。優しくて相手の調子にゆっくり合わせてくれるかと思いきや、全然そんなことない。にこにこ笑っていることが多いから、逆に何を考えているのか、分からないことが結構多かったりする。
ひとしきり木を見上げていた彼は、考えが纏まったのか私の方に顔を戻したかと思えば、随分真面目な表情をしていた。
「――園崎蝶子さん。ずっと前から好きでした。僕と、付き合ってください」
「…………っ!!」
「……今度は伝わった?」
伝わったなんて、どころじゃなくて。私はさらに赤くなった頬を両手で押さえて蹲った。だめ、だめ、恥ずかしい、だめ。何が駄目なのか自分でも分からないけど、だめ。こんな顔見せられない。
告白なんて、初めてされた。蝶子としては勿論、『彼女』の人生でもそんな経験なかった。園崎という大きな家の令嬢に生まれたからには、そりゃいいよってくる男性が皆無だったわけではないけど、そんな打算だけの誘いは数に入らないしこんなに動揺したりなんてしない。こんなに、真っ直ぐに、本当に好かれてるんだって分かるような、ちゃんとした告白なんて初めてなのだ。なんで、いつから? ずっと前って、いつから? そんな素振り一切なかった……いや、いつも話しかけてくれてたのは、それでだったのだろうか。
胸のドキドキが鳴りやまない。そうだ、ちゃんと返事しなきゃ。真鍋くんのことは、好きよ。でもそれは優しい人だからであって、あって?
「……ねえ園崎さんは、僕のこと嫌い?」
「嫌いじゃないわ!」
「――じゃあ、好き?」
「――…………わ、からないわ」
嫌いでは絶対ない。真鍋くんは優しい人で、いつも話しかけてくれる有難い人で、どちらかというと、好き、だけど、それが恋愛としてはどうなのかと聞かれると、ちょっと良く分からない。
「ご、ごめんなさい、真鍋くんをそういう対象に見たことなくて…だからあの、わからなくて……」
「じゃあ、今の段階で、僕に望みはありそう?」
少し考えて私はこくんと頷いた。
「……………あると、思うわ」
今の段階で、多分真鍋くんへの好意は、他の人に比べて抜きんでていると思う。これからそういう対象として彼を見ていけば、おそらく、多分、そういう好きになっても不思議ではないかも、しれなくないような気がしないでもないような……あ、私結構思ってる以上に真鍋くんのこと好きなのかも。なんて思ったらすごく恥ずかしくなった。まって私恋愛偏差値低いの、誰か助けて…!
真っ赤な顔はまだ上げられなくて、でも薄目で彼を窺うと、輝くような笑顔を浮かべて胸を撫でおろしていた。
「よかった。なら今はそれで充分。とりあえず今は、『愛花』だっけ、そっちを考えなきゃね」
「あ、う、うん」
いきなりの告白で忘れてた。大事なことなのに。
「とりあえず何とかしないといけないのは、東条くんとの婚約と、東条くんを好きだから愛沢さんに嫉妬してるって噂をどうにかしなきゃだよね」
「そうね」
「ならやっぱり僕と婚約しよう。そうすれば東条家からの打診も、園崎さんのお父さんも抑えられる」
あ、やっぱりそっちに話は戻るんだ。
「――っていっても勿論、形だけでいいよ。僕が鷹林家の養子になることはまだ表向きは伏せてないといけないから、学校では単にお付き合いしてるふりをすることになるけど、そっちもふりだけで、園崎さんが嫌がることはしないって誓うよ。
……まあ、好きになってもらえる様に、本気で頑張るけどね」
そう言って真鍋くんは、言葉を紡げない私をやっぱり放っておいて、いたずらっ子みたいな顔で微笑んだ。
こんな男子高校生いないだろうなと思いながら書きました。
お読みいただきありがとうございました。
三話以降は超不定期更新になります。