1.なんか人類滅亡してた
俺の世界は今最高に幸せだ。
六人の嫁と十人の愛人、妹が一人と姉が三人。そしてこの世に男は俺ひとり。俺は庭の果ての見えない大きな大きな家に住んでいて、前述の女の他に二百人のメイドに囲まれて暮らしている。名前も顔も覚えちゃいないが、人種も性格もよりどりみどりであることは間違いない。色白も褐色も、ぱっちり二重もクールな一重も、スレンダー美人もダイナマイト美女も、お色気お姉さんも清楚な美少女も、ツンデレもデレデレも思うがままさ! 全ては俺の思惑通り!
「ご主人様、朝ごはんの準備ができましたよっ」
最愛の嫁、メイコが枕元にやって来る。ああ今日も爽やかで甘くて可愛くていい声だ。だがまだだ、まだ寝た振りだ。
「ご主人様ー? トウマ様ー?」
ちなみにトウマは俺の名前だ。……うん、まだ寝た振り。
「どうしよ、起こさなきゃなのに……」
枕元でメイコがわたわたと動揺しているのがわかる。見えていないのにありありと想像ができて、必死に笑わないよう耐える。
「……起きないと、キスしちゃいますよ?」
それは脅し文句のつもりなのか。だが残念だったなメイコ。この世には、好きな女とのキスを嫌がるような男は存在しないのだよ。世間知らずのお前は知らないのかな。
「ん……」
閉じたまぶたの裏が暗くなっていく。だんだんとメイコが近づいて、あの柔らかい感触が訪れようとしている。あと二秒か、一秒か。
あー、ホントにVRってやつは最高だせ!
「トウマ様、起きてください」
……ん? メイコ? キスはやめたのか? まさか寝た振りがバレてしまったか。残念だが仕方ない、ここは目を覚ましてそのままメイコをベッドに引き込む作戦で行こう、そうしよう。
目を開けるとやはりそこにはメイコがいる。だが、なんだろう、こころなしか表情が固い。まあいい、このまま押し倒してやる。
起き上がって両腕を広げ、思い切りメイコを抱きしめた。はずの俺の腕はいつの間にか自分の肩を抱いていて、バランスを崩した俺の体は真正面からベットを転がり落ちた。ん? いや、ベッドではないようだ。なんだ、あれは……カプセル? というか今、俺、メイコをすり抜けたよな?
「トウマ様、お目覚めですね」
声の方を見上げると、メイコが俺を見下ろしていた。うわ、なにこれ新鮮……じゃなくて。
「どこだよ、ここは?」
俺は仮想現実の中の自分のベッドで眠りについたはずなのに、ここは俺の知らない部屋だ。嫌な予感が頭を駆け巡る。
「ここは現実世界です」
「やっぱりィーー!!」
なぜだ。どうしてだ。俺は残りの一生を仮想現実世界で暮らす予定だったはずだ。VRライフを全力でエンジョイしていた俺をどうして叩き起こしてくれちゃったのだこいつは!?
「ていうか誰なんだお前!」
「私ですか。名前はメイコと言います」
「嘘つけぇ! メイコはお前みたいに可愛くねー女じゃねーんだよ!」
メイコを名乗る可愛くない女は仏頂面をしている。確かに顔の造形は似ているが、いや、違う。違うったら違う。断じてメイコであるわけがない。俺の可愛いメイコを返せよ! 幸せなVRライフを返せよ! ていうか俺が現実世界で最後に眠ったのは、普通に生前の(今も生きてるわけだから変な表現だが)俺の汚くて狭い部屋だったはずだ。そこからVR施設の研究員が運び出してこのカプセルに入れてくれて、俺の仮想現実生活が始まったんだと思うが……どのくらいの期間眠ってたんだろうか? 手を握ったり開いたりしてみる。
「……俺、どのくらい眠ってたんだ」
「七百三十九日と十一時間二十五分です」
「あ、そんなに? それで二年以上も安定して幸せに眠ってた俺を無理やり叩き起こしたお前の目的はなんだ? 嫌がらせ?」
「いえ。実は、トウマ様以外の人類が滅亡してしまいまして」
「へえ、人類がめつぼ……、……」
ちょっと待て。
今コイツなんて言った?
「はい、七日前に太陽系外惑星の連合軍が、資源と土地を求めて地球に攻撃を開始した結果、その日のうちにこの地球の人類が滅びました」
ッちょっと待て~~~い! なんだよそれ、SFか!? SFにしてはストーリーが安っぽすぎるぞ!? なんだよ太陽系外惑星の連合軍って、つまるところ宇宙人の軍隊か!? そもそも地球外生命体がいるなんてのも初耳だぞ!
彼女の映し出す映像には確かに、未知の宇宙船がレーザービームのようなもので人類を焼き払う様子が記録されている。街は大部分が壊され、原形を留めてはいない。まさしく世紀末。いや、あの……よくできたCGであってくれ、頼むから。
「これ、なんで俺は無事なんだ」
「他のVR被験者の方々はみなさん途中で覚醒して逃げたところを焼き払われたのです。しかし、トウマ様だけは眠りが深く、仮死状態のままだったため彼らの生命探知のレーダーをスルーできたようです」
「あ、そう……」
って、ん? それが事実なら俺、今かなりヤバい状況じゃないか? 仮死状態だったから生命探知のレーダーをスルーできた。つまり? 仮死状態じゃない今は?
「そういうわけでトウマ様、早急に装備を整えてください。敵が来ます。ここに現代の科学の最先端……といっても人類が滅んだ以上あとは朽ちていくだけの技術ですが、戦うための武器と防具があります」
「いや、そんなもんがあるならなんで人類滅亡したんだよ」
「装備する間もなく滅亡してしまったんです」
「どんな状況だよ……」
言いながら、彼女の指し示す道具たちを見る。とりあえず、身体能力強化系のボディスーツのようなものが見える。あれは必須のやつだろう。着よう。
「服の上から着てもいいのか?」
「いいえ、それでは効果を発揮できません。服はすべて脱いでください」
ちぇっ、今は時間がないっていうのに、不便だ。だけど焦ったってしょうがない、冷静にいこう。服とはいっても入院患者が病院で着るような簡素なものだったが、脱ぎ捨てた。すると視界の端で彼女が勢いよく顔をそむけたので、逆に俺のほうがちょっとびっくりした。俺のメイコはいつも着替えを手伝ってくれていたから、ついその調子で脱ぎ捨ててしまった。驚かせたならちょっと悪いことしたかな、と思いつつ、いやでもこのくらいの迷惑は許されるだろうと思う。
なんせ俺は、この貧弱な肩に、人類最後の生き残りなんていう運命を強制的に背負わされてしまったわけだから。
ボディスーツに足を、腰を、肩を滑り込ませる。指先まで覆われてきゅっとファスナーを顎の下まで上げると、なんだが身が引き締まる思いがした。
「ドッキリじゃ、ないのか」
「残念ながら、事実です」
「夢でも、ないのか」
「残念ながら、現実です」
「……」
眠りについたときに二十三歳だった俺は、二十五歳になっていた。二歳違うだけで一気に年を取った気がするが、現実世界の酸いも甘いも知らないで経過した二年なんて、あってないようなものだった。
父さんは? 母さんは? 弟は? 数少ない友人は? 近所のおばあさんは? 学生時代お世話になった先生は? ネットで知り合ったあいつらは? ……人類が滅亡したという簡潔な言葉は、彼ら全員との永遠の別れを意味していた。
「トウマ様」
メイコに似た彼女が俺を呼ぶ。今は感傷に浸っている場合ではない。
レーザーガンと思しき黒い物体を手に取った。
「ああ、行こう」
いざ、生き残らねば。話はそれからだ。