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天陽大乱  作者: 一夢庵豊玉
第五章 鬼来る
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1

 敵は三十人程の山賊だった。

陣形も何もあったものではなく、それぞれがばらばらに剣や槍を振り回しながら突っ込んでくる。

「一度受け止めよ。それから押し返すのだ」

張儀は冷静に指示を飛ばした。

前衛の兵達が盾を構える。

山賊達はぶつかると意外に固い守りだと実感したらしく、一度退いて体制を整えようとした。

「今だ、突撃」

後ろに下がり始めている敵を討つのはたやすかった。

それほど時もかけず、次々と山賊達が倒れていく。

こちらにはかすり傷を負ったくらいしか被害は無かった。

「使えそうな武具を回収して、砦へ戻るぞ」

食料は何とかなったが、武具に関しては何ともならなかった。

野山に剣や槍が自生しているわけなどないのだ。

敵の武具でも使えそうなものは必ず回収し、補修して使っていた。

時には数頭の馬等も手に入るのがありがたかった。

戦闘に耐えうる馬は少なかったが、駄馬でも農耕には使えるのだ。

「王忠様、ありがとうございます」

村長がわざわざ挨拶に来ていた。

「我等は当然の事をしているだけです。それほど畏まらないでください」

「いえいえ、王忠様があの砦に駐屯されてから、ここいらの治安は目に見えて良くなりました」

村長はそう言って深々と頭を下げたが、張儀は一つの考えが頭をよぎっていた。

どんなに取り締まろうと、山賊達がいなくなることは無いのだ。

少し離れた村がまた襲われる。

そしてそれを張儀達が討伐すると、また別の村が襲われた。

堂々巡りなのだ。

国自体が乱れている。

根本的な何かを解決しない限り、彼等農民に安息の日は来ないのだ。

村長が手配をし、荷車に食料が積まれてきた。

「こんなものしかありませんが、どうぞお納めください」

村長がまた頭をさげている。

「ありがたくいただきます。今後何かありましたら砦まで知らせを下さい」

すぐ脇に義の旗がはためいている。

張儀はゆっくりと村を後にし、砦への帰路に就いた。

砦に移ってから数か月後、天都で皇太子殿下が皇帝へと即位したという知らせが入った。

即位式は盛大に執り行われ、羅流将軍も参加したらしい。

伍衛などはこれで我々の嫌疑が晴れると喜んでいたが、以降特に変化をもたらす知らせは届かなかった。

そもそも張儀が生きてここにいるという事すら知られてはいないはずだった。

将軍副官の楽布殿からの知らせがたまに入っては来るものの、基本的には賊徒や山賊が出没したので対処してほしいといった内容がほとんどだった。

自分はいつまでここにいるのか。

最近はそればかり考えるようになっていた。

賊徒の征伐には意欲的に取り組み、義勇軍としての自分にも満足いく毎日を過ごしてはいた。

しかし、どこかすっきりとしない毎日が続いているのだ。


 砦に戻ると、しばらくは平穏な日々が続いた。

調練をし、自身の武技を磨き、軍学を納め、夜遅くに眠るという日々だ。

野党や賊徒の出没の知らせもここ数日は無かった。

「この付近も大分平和になってまいりましたな若」

伍衛は満足げにそう言いながら張儀の部屋へと入ってきた。

「何かあったのか伍衛」

「また我等義勇軍に参加したいという村人が来ておりましてな」

「そうか、そちらは伍衛と祖信に任せる」

前は一人二人と参加したいと申し出る者がいたが、最近は村単位で十名程で押し寄せる者達が多かった。

農民の長男を外し、更に調練に耐えられそうな者を選別していくと、半分以下しか残らない事が続いていた。

「我等義勇軍の名も最近は付近の村々に知れ渡ってきましたからな」

伍衛はずっと満足げだった。

「伍衛、我々はこのままで良いのだろうか」

ふと、自分の中にくすぶり続けている疑問が口から出てきてしまっていた。

「若は一刻も早く嫌疑を晴らし、天都へと戻って皇帝陛下にお仕えしたいのでしょうな」

言ってからしまったとは思ったがもう遅かった。

一度口から出た言葉は、放たれた矢と同じでもう二度と元には戻せないのだ。

「しかし、物事には時期というものがあります。焦りは禁物にございます」

分かり切ってはいる事だったが、伍衛から言われると少し心が安らぐのを感じた。

「今とて皇帝陛下の為に義勇軍で前線で戦っておるのです。むしろ天都におってはこんな事をする機会は少なかったでしょう。だから、今はこれで良いと考えねば」

考えようだった。

「今は自分が出来る精一杯の事をするしかないか。では現在の私はそう悪くないかもしれんな」

「その通りですぞ若」

二人で笑い合っていた。

笑ったのも何か久しぶりの様な気がする。

そんな二人の笑い声は、力任せに開かれた扉の音で消されてしまった。


 楽布殿からの使いの者が立っていた。

大分急いできたらしく、息が切れている。

「楽布殿よりの知らせです。天都より、謀反人の討伐のための部隊が発進したとのこと」

張儀は思わず立ち上がっていた。

「部隊数は千人。指揮官は冷貴とかいう軍人だそうです」

冷貴。

天都から脱出する時に張儀達の前に立ち塞がった軍人だった。

「部隊数千人とは。我等の五倍以上ではないか」

伍衛が驚いていた。

「冷貴は真っ直ぐこちらに向かっているとの情報が入り、楽布様の命にてお知らせに上がりました」

「そうでしたか。ありがとう存ずると楽布殿にお伝えいただきたい」

張儀は知らせてくれた者に丁重に礼を言った。

さてどうするか。

五倍以上の相手に対し、野戦を仕掛けるのは得策ではなかった。

相手は軍学の師範が褒めるほどの冷貴なのだ。

野党のような簡単な相手ではなかった。

そもそも冷貴の軍は本当に自分の事を狙って進軍しているのかも疑わしかった。

名も変え、容貌もかなり変わった張儀にかつての面影は少ない。

正体が露見しているとは考えにくいのだ。

しかし、こちらに真っ直ぐ向かってきているというのが気になった。

ある程度の確信を得て動いているとしか思えない。

天都の軍を動かすのはそれほど簡単ではない事を張儀はよく知っていた。

正体が露見したと考えると、準備が必要である。


「砦に籠りながら少しずつ相手の戦力を削いでいくしかないでしょうな」

祖信も加わり、軍議の形をとった。

こちらの砦を包囲させ、少しずつ相手の戦力を削いでいく。

相手がこちらの三倍ほどにまで数を減らせれば、まだ勝機はあるはずだった。

「しかし、籠城とは援軍を頼みにする時に使う方法。我等に援軍などおりませんぞ」

祖信が難しい顔をしていた。

「どちらにしろ野戦では一瞬で揉みつぶされるほどの戦力差。砦に籠る以外に策は無いだろう」

伍衛はやや鼻息が荒くなっている。

「もしくは、この砦を捨てるかだな」

張儀は自分でも不思議なほど冷静に頭が働いていた。

砦は自分達の領地ではなく、羅流将軍に借り受けたものだった。

野党相手にならまだしも、天都の正規軍に奪われたところで特に問題はなかったはずだった。

「しかし、砦を捨てて我等に行く場所などあるのでしょうか」

祖信はどこまでも不安そうだった。

「ではやはり砦を盾としながら時折相手に打撃を与えつつ戦力を削るのが最善か」

打撃を与えるには何が必要か。

そして籠城するにしても準備は必要である。

落とすための石の確保、食料に水。

砦周辺にしかける罠。

「時間はあまりないと見た方がよいな。二人とも的確に指示し、無駄なく動け」

伍衛と祖信が出ていくと、張儀は付近の地図に目を落とした。

幸い砦は城と呼べるほど頑強に、壮大に出来ていた。

防壁も傷んでいる所は補修してきたし、上から矢を放てるようにはなっている。

相手も遠征でいつまでも兵糧が持つとも思えなかった。

「二月、耐えられれば勝機が見えるかもしれん」

張儀は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 張儀が部屋から出ると、すでに砦内は慌ただしかった。

伍衛と祖信が次々と指示を出し、兵達が一目散に作業に取り掛かっている。

周辺から手ごろな岩を城壁の上へと運んでいる。

弓矢もあるだけ城壁へと上げられていた。

武器は不足していたが、それでも矢は何かと時間を見つけては兵達に作らせていた成果だった。

周辺に張り巡らした罠は獣用に作った物に少し手を加えた程度の物だった。

多少の足止めには役立つだろうが、大打撃を与えられるような代物ではないのは理解していた。

食料は普通に消費しても一月半はもつだけの物を確保してあった。

上手に食べて行けば二月以上はもつだろう。

最後は水の心配だったが、砦内には何か所かの湧水が出る場所がある。

こちらも心配は無さそうだった。

「念のために砦内の何か所かに桶で水を用意しておくのだ。火矢を使われた時に消火につかえるからな」

張儀は近くを走っていた兵に伝えた。

斥候を出して警戒していたが、今の所何の知らせも届いていなかった。

「伍衛、城壁に煮炊き出来るよう釜をいくつか持っていこうと思うんだが」

「若、これから戦という時に城壁の上で食事とは、肝が太うございますな」

伍衛はやや呆れていた。

「何を言っている。城壁を登ってくる敵に煮え湯を浴びせてやろうというのだ」

なるほどといった風に伍衛は手を打った。

普段口うるさく細かい事を言うわりに、伍衛には時々こうした抜けた所があった。

「篝火用の油も忘れるなよ伍衛」

張儀はそういうと砦で一番高い物見塔へと登った。

この砦で張儀が最も気に入っている場所だった。

時間があると、張儀はいつもここへ来ていた。

見晴らしがよく、まるで空を飛んでいるような気分になる。

しかし、今の張儀にはそんな悠長な事を考えている余裕は無かった。

西へ目を凝らす。

進軍してくる冷貴の軍は見えなかった。

見えるのは砦周辺の林等に忙しく罠を仕掛けている部下達だった。


 砦内では数人が集まり、槍に使えるような木の棒先端を削っていた。

先端を鋭く尖らせている。

別の数人は鉄を溶かしていた。

張儀の部隊に鍛冶屋はいなかった。

矢じり等の簡単なものは作れるが、剣や槍はどうしても不足した。

賊徒を退治した時等は必ず敵の武器を砦に持ち帰っていた。

それでも予備を蓄えられるほどの余裕はなかった。

賊徒と戦えばいやでも武具は損耗する。

さすがに丸腰の者はいなかったが、それでもやはり武器は不足していた。

削った棒の先端に溶かした鉄を塗る。

焦げ臭い匂いがした後、ゆっくりと鉄は固まり始める。

これを持って戦う事は出来ないだろうが、投擲用の手槍の代わりにはなるだろう。

今現在出来る精一杯の武器だった。

「やはり武器は不足しておりますな」

渋い顔をしながら祖信がやってきた。

「分かりきった事を言わなくてもいい。すべてが恵まれた状態で出来る戦等なかなか無いだろう」

兵達も出来うる限りの努力をしているのだ。

「しかし、これで戦になるでしょうか」

伍衛も腕組みをして難しい顔をしていた。

「正攻法では無理だな敵は。こちらの五倍以上だ。戦にすらならん」

「でしょうな」

「しかし、我等は別に野戦で挑みかかるわけではないのだ。色々と手を尽くして、出来る限りやってみようではないか」

二人の表情が少し明るくなるのが解った。

「若は良い指揮官になってきておりますなぁ」

伍衛が嬉しそうに笑っている。

「いや、俺等まだまだだ。目標とする羅流将軍の足元にも及ばない」

「それはそうでしょう。しかし若は困難な道を一歩一歩確かに前進しております。我等としては嬉しくもあり、頼もしくもありますな」

祖信も好々爺の様な顔をして笑っていた。

「まずは目の前にある困難な壁を打ち破るとしよう。相手はあの冷貴だ。それほどたやすい相手でもないだろう」

「しかも数は千。正面からぶつかってはあっという間に囲まれてなぶり殺しでしょうな」

「だから砦を盾にして戦うのだ。籠るのではなく盾として利用したい」

祖信が頭を掻き始めた。

「そのためにしてきた準備がいくつかあるのだ。まぁそれが当たったとしても容易くは勝てないだろうが、相手の数を減らす事は出来るぞ」

「半分に減らすことが出来ればそこからは勝負になりますな」

「その通りだ。そのために今日まで日々厳しい訓練を積んできたのだからな。奴等より賊徒相手の実戦経験も豊富だ」

軍にとって最高の調練は実戦だった。

一年訓練のみで過ごした兵と、一月実戦の中で揉まれた兵とでは実力に大きな差が出来ているのだった。

判断力や粘り強さ、何より目つきからして違うのだ。

そして自分の部隊は一月に数回ずつ、賊徒相手に実戦を経験していた。

正式な軍相手ではないにしても、かなりの経験を詰めているはずである。

「なんとか、なるかもしれませんな」

再び難しい顔になった伍衛が呟いた。

「かもではなく、我等の力でなんとかするのだ伍衛。こんな所で捕まるために生き延びたわけではないぞ」

二人が深く頷いた。

戦の気配が、もうそこまで近づいているのを感じていた。

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