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天陽大乱  作者: 一夢庵豊玉
第四章 北の狼 南の龍 そして・・・
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2

 オルフの持つ三又の切っ先が付いた槍が日の光を反射している。

その奥に短弓を構えるウジキが見えた。

ウジキの騎射は凄まじく、常人が一射する間に三射は射ることが出来る。

前方で馬上から撃ち落とされた兵が馬から転げ落ちるのが見えた。

オルフとウジキの突撃は素早く、ほとんど抵抗らしい抵抗を受けずに相手にぶつかった。

歩兵を蹴散らすオルフとウジキの隊は、まさに飢狼の様に敵に襲い掛かった。

接近戦となると、ウジキは短弓を剣に持ち替える。

この剣がまた凄まじかった。

いくつかの閃光が走ったと思うと、目の前にいた兵が次々倒れていく。

オルフも負けじと周囲にいる歩兵どもを薙ぎ払った。

勝てる。

昔父に聞いた通り、天陽の兵など脆弱極まりなかった。

ふと、ぶつかっていたはずの敵の圧力が消えた。

目の前の戦いに集中していたせいか、敵がやや後退したのに気付くのにしばらくの時を要したのだ。

退いていく歩兵。

ようやく歩兵の姿しか見えないと気が付いた時、左右から凄まじい圧力が加わったことにオルフは気付いた。消えていた騎兵が、大回りして左右からぶつかってきたのだ。

「全員守備に徹しろ、ここまでは想定通りだ」

守備に徹しているとはいえ、敵の騎馬隊はこちらの倍以上。

しかも完全に包囲されている。

いつまでも守り切れるわけではない事は解っている。

「そろそろ来ますかね」

ウジキが容器にオルフに馬を寄せてきて言った。

「ああ、山が動くぞ」

その時である。

凄まじい怒号が聞こえてきた。

まるで何かが破裂した様な音と、人とは思えぬ声。

敵騎馬隊に不安が広がるのをオルフははっきりと感じていた。

まるで山が少しずつ近づいてくるような感覚で、ゴンゼが突っ込んできていた。

騎馬隊は包囲を維持できず、ゴンゼへと向き直ろうとしているが、急には上手くいかない。

ゴンゼは矛を振るいながら、大気を振るわせるように吠えている。

大抵の者ならば、この声を聴いただけで震えあがってしまう。

オルフとウジキは隊をまとめ、後退した歩兵に再度突撃をかけた。

二人の突撃力は凄まじく、そのまま敵歩兵を突き抜けていた。

大きく回って反転し、今度は後からぶつかると、敵は潰走を始めていた。

目の前に敵騎馬隊が見えるが、誰も動いていなかった。

中央に何か玉のような者を掲げている棒が見える。

敵将校の首を高々と掲げたゴンゼだった。

これで戦闘は終わった。

敵の半数以上は討ち取り、こちらは被害らしい被害も無かった。

「勝ったのはいいですが、この返り血だけは好きになれないな」

顔をぬぐいながら、ウジキが笑っている。

それでいて衣類には一切返り血や傷が無いのだ。

一体どんな戦い方をしているのか。

「二人とも、皆の元に戻るぞ」

ゴンゼが言うと、オルフとウジキの二人はそれに従った。

ちょっとしたぶつかり合いだったが、とてつもない自信がオルフの気持ちを高揚させていた。

我等は強い。

例え天陽相手でも負ける事等考えられなかった。


 それぞれの部族へと戻った翌日、全員が目的地である南の地へと到着していた。

オルフは馬の手入れをした。

部下達は皆それぞれの馬の手入れをしている。

ゲゲルの民にとって、馬は友であり、武器であり、手足であった。

何しろ乳離れと共にゲゲルの子供は馬に乗せられるのだ。

馬に乗れなくなった男は、最早戦士ではなくなる。

よって戦う事はなくなり、女子供とガルの中で暮らす。

オルフは部族の中でももっとも立派な馬に乗っていた。

馬体の大きさや速度だけでなく、頭の良さも父である族長の馬より上をいっていた。

ゲゲルの男達は時に話しかけ、時に歌を聞かせながら馬の世話をする。

これがゲゲルの部族の夕刻の風景だった。

馬の世話が終わると、それぞれにガルを組み立て始める。

それほど時をかけることなく、一時的な村が出来上がるのだ。

オルフは少し考えがあり、ガルを作り終えるとすぐにゴンゼの村へと向かった。

先日の戦いで感じた事があるのだった。

 ゴンゼは族長だけあって、オルフの倍もあるガルの中で休んでいた。

「入るぞ」

無作法ではあるが、ゴンゼを尋ねる時はオルフはいつもこう声をかけて入っていた。

ゴンゼの部族の者達も、オルフやウジキには丁寧に接してくれた。

「おうオルフ、もう片付いたのか」

ゴンゼは上半身裸で身体を拭っていた。

筋骨隆々とはゴンゼの為にある言葉なのではないかと思うほど、ゴンゼの身体は逞しかった。

「せっかくだ、これから飯にするので一緒に食っていけ」

「そうか、では御馳走になろう」

ゴンゼが声をかけると、奥から女が出てきた。

もったりとした土臭い感じの女だが、給仕の係なのだろうか。

「まだ言ってなかったが、俺の嫁だ」

「何」

一瞬オルフは息が止まりかけた。

「ウジキの部族の娘なのだが、族長になる前に妻にした」

こういう所もゴンゼらしいと言えばゴンゼらしい。

外見などどうでもいいのだ。

そんな小さい事等気にしない大きなところがゴンゼにはあった。

「それは、めでたいな」

しどろもどろになりながら、オルフは精一杯の言葉を返した。

少なくとも俺ならこの女を妻にしない。

湧き上がるそんな考えを必死に押し殺して絞り出すように口にした言葉だった。

「オルフも一緒に飯を食うそうだ。準備してやってくれ」

耳を澄まさなければ聞こえない程の小さな声で、女は返事をして奥へと消えた。

「昨日の戦い、いくつか気になったことがあって来たのだ」

ゴンゼは卓につき、酒をあおり始めた。

オルフは酒があまり好きではなく、ちびちびと付き合っている。

「昨日のような五百規模の小隊ならば、俺達に負けは無い」

「だろうな、昨日も快勝だった」

「だが、本国の兵隊が万単位で遠征して来れば、俺達でも敵わないかもしれない」

オルフは卓の上一点を見つめている。

「どうしたオルフ、お前らしくもない。随分と弱気じゃないか」

ゴンゼは酒好きだが酔うのは早かった。

ごつごつとした大きな顔が、早くも赤くなり始めている。

暗い顔をしたゴンゼの妻と、ゲンザが料理を持ってきた。

ゲンザは戦っても強いが、料理や縫物などが好きだった。

昔からよくオルフも衣類を縫ってもらったものだった。

「だが確かに、万単位で攻めてこられると厳しいだろうな」

「ああ、俺達には街も無ければ城壁も無い。防御の仕様がないのだ」

横にゲンザも座った。

ゴンゼは腕組みをして難しい顔をしている。

「ではゲゲルに城壁でも作るつもりかオルフは」

「城壁なんて物は俺達には不要だ。元々どこかに定住しているわけではないのだからだ」

「でしょうな」

ゲンザも口を挟み始めた。

「ではどうするつもりなのだ。お前の事だから、何か策をたててからここへ来ているのだろう」

ゴンゼは茹でた羊肉にかぶりついた。

顎の大きなゴンゼは骨まで音を点てて噛み砕いている。

オルフも食べてはみたが、あまり美味いとは思えなかった。

おの女らしく、何かくすんだすっきりしない味に感じられた。

「軍を作りたいのだ」

「軍を」

ゴンゼとゲンザは意外な顔をした。

当然だろう。

ゲゲルの長い歴史の中で、軍などというものを作ったことは一度も無かったはずだ。

それぞれの部族単位で個別に戦ってきた。

仲の良い部族でその場その場での連携等はあっただろうが、天陽の様に数百数千、場合によっては数万規模の軍を編成した事等無かった。

「天陽の奴等の様な戦を俺達にやれというのか」

ゴンゼは少し嫌そうな顔をしている。

ゲゲルの男ならばおそらく大半はこういう受け止め方をするだろう。

部族単位で戦うゲゲルでは、武功をたてた部族が一番分け前も多く、武勇も誇れる。

それは遊牧の良い場所取りでも優先された。

かつていくつもの戦いで良い働きをしたゴンゼやオルフの部族はかなり良い場所を優先的に決められる権利を得ているのだ。

「そんな事を言っても、簡単に作れるとは思いませんが」

「無論俺も簡単だとは思っていない。だがこのゲゲルの防衛にしても、天陽を攻めるのしても、もっとまとまった力が必要だと思う」

ゴンゼは唸っている。

考え事をする時のゴンゼの癖だった。

「確かにオルフの言う事は一理ある。やってみようと思うがゲンザ、どうかな」

「まずはゴンゼ様のお声がけが必要でしょうな」

しばしの沈黙。

それを破る様にガルの布が引き上げられた。

「私はいいと思うな、オルフさんの案」

いつも通り陽気な顔をしてウジキが現れた。

「何だ来ていたのか、ならば盗み聞き等せずに一緒に飯を食え。おい、もう一人前追加だ」

ゲンザはすぐさま立ち上がり奥へと小走りに駆けて行った。

「いいとは言ってもウジキ、ちゃんと考えて言ってるのか」

「考えるのはオルフさんの仕事でしょう。それを元にゴンゼさんが指揮を執り、敵を蹴散らすのが私の仕事ですよ」

ゴンゼとオルフは思わず笑ってしまっていた。

単純すぎる答えだが、おそらくそんなもんなのだろう。

そのくらい単純な方が他の者も理解しやすいのかもしれない。

「まずは我々の部族から数十名ずつ選んで調練を始めようと思う」

「そうか、まず俺の部族からは百名程は集められると思うが」

族長であるゴンゼが声をかければそのくらいは集まるだろう。

「俺は父にも相談してみるが、おそらく三十から四十という所かな」

父が簡単に了解してくれるとは思えないが、根気強く話し合えば最後には根負けして折れてくれるだろう。

昔からオルフが説得して論破できなかった時等無いのだ。

「私も義兄上と相談してみますが、まぁ多くて三十といったところかな」

ウジキの義兄は姉婿ではあるが、出はゴンゼの部族の男だ。

確かゴンゼの父、前族長の親類の男だったはずだ。

そしてオルフの母はウジキの父の従妹だった。

つまり彼等は全て親類という事になる。

やや複雑だが、ゲゲルの中でこれほど強く結びついた部族も珍しかった。

「多くても百七十か、軍というより小隊というやつだな」

確かに最初の数としては少なすぎる。

だがオルフはそれほど心配してはいなかった。

最初は少なくても、結果を残せば、つまり戦場で功を上げればという事だが、周りの部族も参加し始めるかもしれない。

「軍ともなると上に立つ者が必要ですな」

ウジキの料理を持って、ゲンザが戻ってきた。

「当然ゴンゼだろうな、異論の余地は無いだろう」

細々した話は後程決めるとして、最低限の命令系統は必要だった。

「隊長はゴンゼ、副隊長は俺がやろう。そして集まった者をまずは二隊に分けてウジキとゲンザに指揮をとってもらう」

「いいですが、オルフさんは部隊を率いないのですか」

オルフは軽く鼻で笑った。

「今の所はだ。いずれ大きくなれば俺は俺の親衛隊でも組織してやるさ」

「オルフさんの親衛隊、やらされる者に私は同情するな」

ウジキは大げさに首をすくめた。

「ウジキさんはよろしいでしょうが、私は指揮などと大それた事を出来る自信はあまりないのですが」

ゲンザは不安そうだった。

「人が足らんのだ。がんばってもらうしかない」

オルフは鋭い視線をゲンザに投げかけた。

ゲンザはゴンゼの部族の中でも腕が立つ方だった。

しかし、根が優しい性格のためか、あまり戦いに参加したがらなかった。

戦場にでるよりはガルの中で家事や雑用をしている時が楽しいと以前から言っていた。

ゲゲルの男としてはかなり変わっている。

しかし、ゴンゼなどは幼い時はこんな優しいゲンザから剣を教わった。

ゴンゼはかなり大きくなるまで一度として勝てなかったらしい。

オルフも一度手合わせをした事があったが、負けないまでも使う剣は鋭く重かった。

正直勿体ない。

「皆明日から動き始めてみよう。今日はゆっくり食っていってくれ」

そう言うと、ゴンゼは再び豪快に食べ始めた。

美味い美味いと言ってはいるが、味などわかっているのかどうか疑問だった。

それを証拠にゲンザはちびちびと酒だけを飲んでいるし、ウジキは飯にも酒にも手を付けていなかった。

オルフは付き合いで少しずつ口に運んだが、豪快に食おうが消極的に食おうが、美味くない飯が美味くはならなかった。


 族長のガルらしく、父のガルには入り口の布に白い狼の毛皮が掛かっていた。

ガルの大きさも一回り大きい。

白い狼はゲゲルの神の使いと言われており、神をその身に宿すために狩りを行えば一人前と言われていた。

最近は数が減ってきているため、狩りを成功するものは少なくなってきていた。

オルフもまだ出会ったことは無かった。

「オルフです、入ります」

父はガルの中央の豪華な椅子に座っていた。

身体が大きく、威圧感があった。

「オルフか、ちょうど貴様に教えたいことがあったのだ」

「なんでしょう」

「お前部族間から戦士を募り、軍を作ろうとしているそうだな」

もう父の耳にまで入っていたのか。

やや意外だったが、話が早いかもしれない。

「実は昨日、ガゲルの村が二つ焼かれ、住民は皆殺しになったそうだ」

「なんと」

「反乱を起こした報いだというのが俺の予想だが、おそらくそんな理由だろう」

「反乱ですか」

おそらく先日の戦いで打ち漏らした兵達が襲ったのだろう。

責任はオルフにもあるのだ。

「軍を作ってみろオルフ。貴様のやりたい様にやらせてやろう」

父の顔は笑っていた。

「天陽の奴等のやりたい様に、ゲゲルの地を汚させてはならん。ここは我等の地だ」

渡りに船だった。

これで軍を編成できる。

「出来るだけの協力はするが、あまり俺が大っぴらに前に出るわけにもいかん。お前に一任することが多くなるだろうが、そのくらいの器量はあるだろう」

「お言葉、ありがたく」

一度跪き、再び立ち上がった後、オルフは外へ出た。

自分の世界が限りなく広がっていくように思えて、オルフは大きく両腕を上げた。

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