月内部世界の宇宙飛行場にて
小麦色のパスタにからまる玉葱の『甘味』と、牛乳とバターの『旨味』が、絶妙だつた。
禿鷲が『カルボナーラ』を音もなく啜つていると、白兎がちらと盗見ているようだつた。
ウェイター・ヒューマノイドが、シルバー・テーブルに、アイス・コーヒーのグラスを置くと、
「馬鹿なの?口のなか、味の統一感ないじゃん!」
と白兎は毒づいた。
「いいだろ!オマエが飲むわけでもないから。」
禿鷲は、白兎の揶揄を予知していたかのように即答し、宇宙船港の窓外を眺めわたした。
幻想大陸の一端である岩石砂漠には、ティラノザウルスやトリケラトプスが闊歩しており、『ひまわり』が舞煌めく月内部世界の青空には、プテラノドンが旋回していた。
かつてT鉱物採掘遠征のために、宇宙船港に出勤する途中で、プテラノドンに襲われた苦々しいエピソードが想起された。
グロースシュタットからムーン・ブリッジの高速道路をクルマで完走し、幻想大陸の海岸道路へと脱出したときだつた。
遠方に、建築美極まる高層モダン・ビルディングが、目的地の『宇宙船港』である。
そこを中軸に、大陸側には、岩石砂漠一帯がひらかれている。脱肉食化された古代恐竜たちの眼光は、透きとおるほど無害であつた。
海岸側には、『ひまわりの花びら』が海面に貼りついて揺蕩い、燦然たる海面は、それが『花びらの煌めき』なのか、または『海面の反射光』であるのか、見分けられない。
禿鷲はクルマを『オートマチック・ドライビング・モード』に設定すると、すぎゆく景色の幽玄にみほれていた。
そんな時である。
嗄れた恐竜の咆哮が、青空に轟いた。空へと仰見れば、一頭のプテラノドンが飛来してくるではないか!
禿鷲は、「黄色嘴が、色彩豊かな海水魚にみえるだろうか?」と好奇心にそそのかされて、じぶんの嘴を『魚が遊泳しているかのように』蠢かせると、プテラノドンは急降下して、助手席の頭部を啄ばみ、飛び去つた。
プテラノドンが襲つてくるときの羽撃く音と、助手席が折取られたときの金属音が、禿鷲の脳裏に再生された。
禿鷲は、口含む『甘旨いカルボナーラ』とともに、その恐怖を飲込んだ。
硝子窓にうつすら映えていた白兎が、水玉したたるコーヒー・グラスに手伸ばしていた。
「おい、オマエのドリンクじゃねぇんだ。呑むなよ!」
と禿鷲が怒ると、悪戯にわらう白兎の背後で、廊下を闊歩してくる白虎と見知らぬ『どうぶつ』をみとめた。
白虎はホワイト・スーツをまとい、また白虎のそばに侍る『犬の種』らしきその『どうぶつ』は、『月の紋章』を胸部にひからせていた。
禿鷲が坐るソファーに対座して、白虎は、人差指で顳顬を『ぽんぽん』と二回触れた。イデアライザーによる体内通信をもとめていた。
禿鷲はネックレスのダイヤに埋めこまれたイデアライザーに、白兎は指輪のダイヤにはめこまれたイデアライザーに、意識をあつめた。
二匹の脳裏に、白虎の声がひびいた。
「できるかぎり秘密裏に任務を遂行してゆきたい。全員、すでに通知されているとおもう。月光市民は、今、危機的状況にぶつかつている。T鉱物強奪事件により、われわれのまえに、ふたたび大問題が立ちはだかつたからだ。というのは皆が知つているとおり、U原子力発電では、ひとつめに供給限界であること、ふたつめに有害放射線による将来的生存危機、このふたつの問題がある。われわれはこの問題にたいして、『T原子力発電』が、解決の鍵であると結論づけた。しかし!実験成功直後、事件が勃発したわけである。事件の経緯説明は、月面防衛司令官の狛犬くんに一任しよう。」
背筋をのばして坐る、この『狛犬』は、MSGの二匹を清々しくみていた。
「初めまして。生活空間全域の最高防衛司令官です。狛犬と申します。」
狛犬の口元がやわらかにゆるみ、白い犬歯からのぞける真紅の舌が、官能的であつた。
「それでは、早速説明させていただきます。七百七十七年、四月二日、T分子衝突会見の閉会直前、分子衝突実験室の一面壁である巨大硝子窓を爆破して、多数のミリタリー・ヒューマノイドが侵入しました。まもなくして、実験室近辺のT鉱物保管庫よりセキュリティー・ドアの暗号解除、侵入。約四十キロのT鉱物を強奪し、爆破した硝子窓の穴から逃走。ミリタリー・ヒューマノイドはその後に、アタック・ヘリコプターでグロースシュタットを目指したのですが、どういうわけか、グロースシュタットと月内部大陸を連結するムーン・ブリッジ付近で墜落。T鉱物は、ミリタリー・ヒューマノイドもろとも散壊したようです。ムーン・ポリスは、ミリタリー・ヒューマノイドを分析。その結果、遠隔操作による犯行と判明。しかし、誰が容疑者であるのか?については不明なままです。われわれは三つに絞りました。ひとつは月光市民、ひとつは地球人、さいごに他惑星生命体。あらゆる月光市民のムーン・インターネットの検索履歴、またモニタリング・カメラによるかれらの動向、供述内容、それらすべては整合的であるとして、ゆえに月光市民による犯行でないと判断しました。地球人については、月面基地から地球を監視、これもとくにおかしな動きはなく、地球人の犯行でないと判断。他の生命体については調査しようがなかつたです。」
給仕服をまとうウェイター・ヒューマノイドは、新規客のそばに立止まる。
「ご注文はいかがでしょうか?」
と注文受けると、狛犬は、シルバー・テーブル上のコーヒー・グラスを指さして
「あれと同じモノで」
と注文し、白虎は、左頬の白毛をつまみながら
「わたしは水でかまわない。」
とこたえた。
「追加注文で、わたしはストロベリー・ミルクください。」
と白兎が挙手して注文すると、禿鷲と白虎と狛犬は、『きょろり』と白兎を一瞥した。
白兎の両耳が、両目を隠して、かの女は恥ずかしく目伏せた。
「承知しました」
ウェイター・ヒューマノイドはひるがえり、キッチンへもどりゆく。
するとフード・コートの出入口から、『宇宙船整備服』をまとつた薔薇猫が入つてきた。かの女は、すでに車座の、仲間と父と防衛長官にかるい会釈をして、白兎のとなりに坐つた。
禿鷲は白虎をみた。
「狛犬長官の説明をさらに付けくわえるなら、不正な電波アクセスは確認できませんでした。つまり衛星外界からの犯行でないかもしれない、ということです。また、ヒューマノイドのオートマティック・アクションでもない。ミリタリー・ヒューマノイドには意図的操作された痕跡がありましたから。」
「そうか…ここでひとまず要約しよう…つまりミリタリー・ヒューマノイドの操作者が特定できず、且つ、エネルギー・システムの問題を即解決しなければならない。」
白虎は、天井の円筒照明を見上げたあとに、MSG・メンバーを見直した。
「再度、月面基地へ出発し、地球人の動向ならびに他惑星の観察、そしてT鉱物再調達してきてくれ。なお、この遠征では、マス・コミュニケーションに就職している大猿にも同伴してもらう。このT鉱物採掘遠征は、某事件のこともあつて衆目があつまるだろう。だから報道義務があるかもしれないからな。」
白虎は一呼吸おいて、まずは白兎をみた。
「第一任務はT鉱物採掘、第二任務は惑星監視である。第一任務は白兎主導として、」
白虎はつぎに、禿鷲をみた。
「第二任務はプログラマーである禿鷲主導として任務遂行してほしい。」
禿鷲はそれにこたえる。
「了解。現時点において、ただちにT原子力発電体制を再起動せなければなりません。白虎大統領の指令にしたがい、われわれMSGは、月面に再遠征します。」
シルバー・トレイ上には、アイス・コーヒー・グラス、ウォーター・グラス、ストロベリー・ミルク・グラスが在り、めいめいの注文者へ配られた。
コースターからグラスを掲げた白虎が、
「ひとまず、ここは宴会場ではなく、宇宙船港のフード・コートであるが、諸君らが任務遂行できるようねがつて…」
と、餞けのことばを告げると、MSG・メンバーは白虎大統領にあやかつて、
「乾杯!」
全員のグラスが一カ所につどい、『カチャン』と玲瓏な音色が、フード・コートにひろがつた。