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ムーン・インターネット  作者: ちな ていた
3/15

化学実験にむかう気球船にて

 

 気球船は、やがて朝になる月光色の夜空のなか、ゆうゆうと飛行している。

 船本体よりも三倍以上もの体積をふくらませた気球は、ダイアモンド・ロープで、船縁の欄干とつながつていた。

 ダイアモンド・ロープは、暁月夜の青白いひかりに照らされて、煌めいていた。眼下の、発光塗装されたグロースシュタットのモダン・ビルディングと囁きあうように。

 もしかしたら、希望を語りあつているのかもしれない…続く、どこまでも続く、この生命力、わたしは死神に気に入られた旅人…

 薔薇猫が、上空1,000メートルの結晶粒子のごとき、暁月夜の風を吸いこむと、粘りつくような睡魔は拐われていつた。

「いつもの朝。大事な日」そう心のなかで、ことばをとなえた。

 双眼をゆつくりひらくと、金色の瞳が灯りひかつた。

 薔薇猫は、地上を見下ろした。

 家族の邸宅は、はるか眼下に、掌の尺でみえている。靄めく獨逸風居城の佇まいは、しかし、蒼暗い半島のうえで屹立していた。

 目を転ずる。

 視線のさきには、グロースシュタットへ架かる細長い石橋があり、並列灯が、車道や歩道を照らしている。

 一台の自動車が、石橋上を走りぬけていた。

 あれはきつと食料配達車だろう、と薔薇猫はおもつた。

 そこでグロースシュタット中心地に建てられたムーン・クロック・タワーをみた。

 時計塔先端に蔵されているプロジェクターが、月内部世界の天空をつらぬくようにサイバー・グリーン・ライトを投映しており、デジタル・3D・スクリプトが回転している。

 時刻は、777年 4月2日 5:00、だつた。

 薔薇猫は「やはり」と安堵した。というのも日頃の起床時間はAM5:00であり、天蓋付きの寝台から身を起こして、装飾窓におさまるグロースシュタットを呆然とみることが、朝の習慣だつた。

 そしてあちらも、モーニング・ルーティーンに逸れることなく、食料配達車をファサード(仏:façade)の噴水近くに駐車させて、バック・ドアをひらいたヒューマノイドが、料理長に食材箱を手わたした。これがデリバリー・ヒューマノイドの行為規則のひとつである。

 遠景の短線のようにみえる食料配達車、この四月二日という薔薇猫にとつて特別日でも、いつもと変わらず白虎邸宅に食材配達したのだ。

 『ガコン』と機械音が、飛行中の強風のため、篭つてきこえた。

 音源をみてみると、閉じられている昇降機の扉がひらいて、父親の白虎と、一体のヒューマノイドが、船体の屋上へ出てきた。

「どうやら、ムーン・トレイン(英:Moon Train)に異常が起こつたらしい。ニュースをみてほしい。」

 と、まぶたを瞬かせながら、白虎は乞うた。裸眼を掠めすぎゆく風は、煩わしい。

 薔薇猫は左手首のムーン・ウォッチをみた。

 視線を感知したムーン・ウォッチが、3Dウィンドウを現前させた。

 他人行儀な冷たいヒューマノイド・ヴォイス(英:Humanoid Voice)がながれだす。

「四月二日深夜。何者かによつて、ムーン・トレインの線路が破壊されていたことが、分かりました。第一発見者のハンドル・ヒューマノイドが、グロースシュタットから幻想大陸へ架かるムーン・ブリッジ(英:Moon Bridge)を滑走していた時、架橋の中心点から黒煙が昇つているのを発見。ハンドル・ヒューマノイドは双眼鏡機能で、黒煙の火元をアナライズしてみると、爆破による線路の歪曲をみとめたもよう。すぐさま、滑走中のムーン・トレインを緊急停車し、通報。のちにポリス・ヒューマノイドが駆けつけ、現場検証。その報告によると、犯行者を、不詳のヒューマノイド・グループと仮定したもよう。ムーン・ポリスは、ふたつの理由を提示しております。ひとつは、生身の『月光市民』では、そもそも現場に到達することができず、また落命の危険度が極めて高いこと。もうひとつは、ヒューマノイドならば犯行計画が失敗したとしても、首謀者が命を落とすことがないこと。したがつて、ムーン・ポリスは、事件として調査しつづけてゆくもよう。」

 ニュースの音量を小さくした薔薇猫。

 白髭を躁として弄りながら、父の白虎は、眉間に皺寄せていた。

 不吉な影が、日常の外枠を嘲笑つているようだつた。

 悪徳な千里眼が、未来における悲劇の途切れ線と、過去における日常の実線を見比べているようだつた。いつの日か、喜劇と悲劇は結びあわされる!その合一点を千里眼は、嬉々として待つていた。無垢な生命が、地獄に堕ちてゆくその瞬間を!

 白虎は、娘が、その忌々しい運命線上をのらりくらりと辿つていると予見していた。

「T原子力発電の科学会見は、重要だ。思煩いたくないが、しかしまるで不吉の予兆のようなこの事件を、眼の端に据えることなどできますまい。ローズよ、最愛なる我が娘よ。わたしはそなたの心身が気がかりでしかたない。ただでさえ、MSG・メンバーであるから、その精神的重荷たるや幾ばくか!頼む、ローズよ。なにか悪いことが起こりそうだなと感づいたのならば、すぐに逃げるのだぞ!」

 白虎の目下には、涙袋が『ぷくり』と脹れており、炭がかつていた。

 ふと昔の思い出が、閃光する。

 とある子猫の頃、気球船の屋上に行くときはいつも、父が、「いいか、おまえはまだ小さいから、ひとりで屋上に行つてはいけない。もしおまえが、屋上からなにかの拍子で落ちてしまつたら、お父さんは哀しいからな。お父さんを哀しませないでくれ」と、いくども諭された。そのときの父の貌には涙袋は無かつた。

 だからこうして、その老年と苦労の証が、彫刻されている父の貌をみるにつけ、早く成熟して、巣立つていかなければならないと、つよく思つた。

 薔薇猫は、にこやかに笑つて、

「父さん、大丈夫だわ。たとえ何かあつたとしても、わたしはただ一匹じゃないの。わたしだけがMSG・メンバーじゃないから。禿鷲くんも白兎ちゃんも居る。三匹だけで心細いとおもつているかもしれないけど、わたしはね、父さん。この三匹とともにあらゆる困難を切りぬけてきたの。ムーン・インターネットにアクセスするあらゆる『月光市民』から毎日、研究にかかわる膨大な質問と、批判が寄せられてくるわ。それに応答することは、大変なことよ。でもね、かれらは見落としていた問題点を気づかせてくれる。それはMSGにとつても、そして月内部世界に住む『月光市民』にとつても有益なことなの。『月光市民』はひとつの運命共同体のなかにいる。だからむやみやたらに、批判にならない愚痴や文句をぶつけてくる『月光市民』は、とても少ないのよ。つまりわたしが言いたいことわね、父さん。父さんが気遣うほど、わたしは苦しんではいないわ。だから大丈夫よ。」

 白虎はそれでもなお、愛慕の情からくる苦痛の顔を、浮かべていた。

 告白してしまえば、この過保護ともいえる父親のふるまいが、嫌だつた。どこか縛られているようにおもえた。T鉱物研究室にいるときも、グロースシュタットを散歩しているときも、ひとりで熟考しているときも、どこかしらそれはまるで、空間の亀裂から覗かれている気がした。そして、父親のこうした視線への嫌悪を自覚すると、その自覚によつて、意外な性格的冷淡に気づかされてしまい、憂鬱になつた。

「薔薇猫さま、モーニング・トレーニング後の、蛋白質を摂取なさいましたか?」

 突如として、ヒューマノイドが、親愛と自己嫌悪がうずまく沈痛な雰囲気を、打破した。

 薔薇猫は、これを幸いとして看過しなかつた。ヒューマノイドの情緒推察能力には、それが行為として結晶化するとき、いつも驚かされる。

 透きとおるような『愛』『憂鬱』『劣等感』などの知的感情は、肉体的直感である『快』『不快』に結びついている。だから不可解に悩む。計画的製造されているらしい『ヒューマノイドの肉体』が、どうしてここまで、われわれの感情を察知して、対処することができるのかを?

 かの女は、ヒューマノイドの眼をのぞいた。ただ黒檀のような『黒の瞳』と『茶の虹彩』が放射しているだけだつた。そこに答えは無かつた。

 感覚への疑は、薔薇猫の脳内の『熟考部屋』へ、すぐに納められることになつた。答の知識は、ただちに掴むことができないからである。

 ヒューマノイドが携えるシルバー・トレイ上には、プロテインと牛乳がミックスされたもの、つまりシェイカーと炭酸水の泡立つペットボトルが置かれていた。

 薔薇猫の躰は、まだハード・トレーニングの火照りがゆらめいていた。

 気球船にはトレーニング・ルームが設備されている。ある時、薔薇猫が、躰を鍛えるために父親に乞うたのだ。かれはこれを喜んでききいれた。子猫の頃から、我欲をまつたく現さない、子猫らしくない子猫であつた薔薇猫が、自らの欲を訴えた。それが白虎には嬉しかつた。

 『パカ』っとシェイカーの赤蓋を回し取ると、仄かで甘美な匂いに誘われて、プロテイン・ミルクに口付けた。まだパウダー・プロテインが半融解であつたから、嚥下の力に逆らつて、粉の塊が塞きとめられた。かの女は咽びないた。

 なおも呑みつづける薔薇猫は、耳中で飲料の嚥下音がひびくなか、ムーン・ウォッチから小音で流れるニュースを聴いていた。

「…続きまして、サイバー・プログラマーの総頭数が四月二日現在において、百頭にまで増員されたことが、ムーン・ホスピタルより報告されました。近年、ムーン・インターネット上に存在するプログラマーは、90パーセント以上、サイバー・プログラマーが独占しており、『サイバー・プログラマーの犯罪可能性』が問題視されております。このことについて、ムーン・ホスピタル経営者である黒羊院長はつぎのように弁護しております。」

 覇気のない疲れきつた音声が電波した。

「ムーン・ホスピタルに常駐している、サイバー・プログラマーたちは、『職業的合意』によつて、インターネット・スペースを構築しております。大多数の『月光市民』のみなさんが懸念されております、『サイバー・プログラマーの犯罪』については、厳密にわたしが監視しております。仮に、ムーン・インターネットのシステム・プログラムで、不明の障害が起こつたとき、つぎのふたつの可能性のうちいずれかでしょう。ひとつは、サイバー・プログラマーたちの単純なスクリプト・ミス。これについては、かれらも『神』あるいは『神の子』ではありません。わたしたちとおなじように受肉しております。故に、『どうぶつ的に誤る』ことは十分に想定できます。もちろん、失敗は失敗ですから、早急に対処させております。もうひとつは、意図的にムーン・インターネットを破壊する存在者です。この場合、もちろん月光市民が疑わしいですから、サイバー・プログラマーたちが第一容疑されるのも仕方ありません。しかしすでに述べたように、サイバー・プログラマーはムーン・ホスピタルに常駐しており、かれらの体調管理、かれらのサイバー・アクション・レコード、それらはわたしが監視しております。監視しているかぎりにおいて、サイバー・プログラマーは、犯罪行為しておりません。したがつて現時点において、『サイバー・プログラマーの犯罪可能性』について、世論が嫌疑するほどでない。こう考えております。」

 プロテイン・ミルクの甘い余韻は、郷愁的だつた。完飲したシェイカーをシルバー・トレイに戻して、次に、炭酸水にくちづけた。

 『シュワシュワ』とひろがる酸の棘が、ここちよい刺激となつて、食道の淫らな真皮を興奮させた。円筒蓋をペットボトルの口元で回し閉めて、メイド・ヒューマノイドを直視する。

 薔薇猫の要求を、生理的理解したかのように、メイド・ヒューマノイドは、ムーン・ウォッチからビッグ・ウィンドウを現前させた。

 グロースシュタットの街中心地にそびえ建つ、ムーン・クロック・タワーのすぐ側に、ムーン・ホスピタルは構えている。院長が『患者の療養を精鋭的に目的化』したため、ムーン・ホスピタルの外装また内装は、自然色で装飾されていた。四角柱のシンプル・デザインで建てられたムーン・ホスピタル。その真中は天空を貫くようにして吹き通されている。だから俯瞰して見下ろした時、ちょうど四角いドーナツのような建築構造である。そして、ドーナツの穴を、滝のような水流が落ちており、ムーン・ホスピタル構内から流下する瀑布を眺めれば、それは美しい。

 ムーン・インターネット上で「仮病を演じてもいいから、一度見にいくべし」と伝播しているほどである。薔薇猫も、ムーン・ホスピタルのデザインを美しいと見惚れていた。

 かの女は、炭酸水のペットボトルをシルバー・トレイ上に戻すと、何事かを思案しているようであつた。

 ふと目が合つた。白虎は言う。

 「止どまることない時間の流れ。それは残酷だよ。ローズもみたことあるだろう?黒羊を。」

 『こくり』とうべなう薔薇猫。

 気球船の屋上の床は、朝露ですこしばかり濡れており、だから光の反射できらめいていた。噴水面でたたえる太陽の光に似ていた。

 『ガコン』とエレベーターの作動音が鈍くひびいて、薔薇猫は、気球船内にいるだれかの利用が分かつた。『ウィーン』とひびいて、エレベーターは降りてゆく。

「初代のMSG・メンバーで協働するまえから、黒羊とは親交があつてね。まだムーン・インターネットが完成するまえの昔話さ。四十年ほど遡るかもしれない。『幻想大陸』にまだ『月光市民』が住居していた頃、いやその頃はまだ『月光市民』だなんて共同体意識も成熟していなかつたのか…」

 現在に至るまでに、ここ『月内部世界』では、壮絶な種族間闘争が『幻想大陸』で繰りひろげられた。

 『月の歴史』は三段階によつて、説明されうる。

 一段階目は、『肉体的闘争』。これは名状どおりに、異なる種族における肉弾戦である。これによつて、食物連鎖のピラミッドが建てられるわけである。上層は『肉食どうぶつ』、中間層は『雑食どうぶつ』、下層は『草食どうぶつ』で成立した。

 二段階目は、『権力的闘争』。これは『立法』『司法』『行政』という社会行為的構造を組みたてるための、合理的討議の闘争であつた。これによつて、効率的統治体制を築くための優れたアイデアを提言する者は、種族階級の所属にかかわりなく、出世することができるようになつた。この歴史的段階において、『種族』は所属概念として、その意義を弱めてゆく。これに変わり、『職業』がその意義を強めていつた。

 三段階目は、『創造的闘争』。これは現在の『月内部世界の歴史的段階』である。社会行為的構造、その実行責任は、生身の『どうぶつ』が担うのでなく、かわりに科学的成果である『ヒューマノイド』が背負うことになつた。これによつて、『どうぶつ』は余暇が与えられ、たとえば『建設機械』や『インターネットに繋がるイデアライザー』など、社会的価値ある科学的創造をなす者は、名誉の拍手を浴びるようになつた。なかでも、この歴史段階そのものを拓いたとされる、白猫工学者は、死後なおも畏敬されつづけている。この歴史段階では、『職業』は所属概念として、その意義を弱め、限りなく透明で普遍的所属概念『月光市民』が、『どうぶつ』の間で意識されるようになつた。

 薔薇猫は、この歴史的発展過程を、サイバー・スクールの『歴史』の講義で学んだ。

 白虎が、ノスタルジアから戻つてくると、我に帰つた。

「すまない。話を進めよう。ローズがこれから世紀の発表をする舞台。その化学実験棟は丘上にそびえているだろ?そこから医療用薬品、工業用薬品などを輸送する港町が、眼下に眺められるはずだ。父さんたちは、其処に居た。もちろん黒羊も其処に居た、ママの白猫も其処に居た。青春時代を、パパもママも黒羊も、其処で、科学的問題に取りくんだ。」

 薔薇猫は、父の言葉に、付加するように問うた。

「前世代、つまり初代のMSG・メンバーだつたんでしょ?ママもパパも、そして黒羊院長も。年配の『月光市民』はグロースシュタットでわたしと遭うたびに、恭しく挨拶してくれるわ。世間話になると、かならずママの話題になるの。「あなたの母親はすばらしい科学者だ」つてね。」

 白虎はことばを詰まらせているようだつた。貌は困惑でゆがんでいた。

「母さんを亡くなくしたことは、あまりにも不幸だつた。過労で死んでしまうのも当然だよ。将来の『月光市民』のために、寝食を顧みることなく、研究に勤しんでいたからね。」

 どこか遠くをみていた。白虎の視線は、心地よい春風を押しのけるように、どこかを見ようとしていた。

 薔薇猫は、父の視線を追うようにして、其処をみた。

 月の海域を隔てて、グロースシュタットと幻想大陸に架かるムーン・ブリッジ、そのライトが、薄明の暁月夜のなかを、星々のように点滅している。そのためか、ムーンブリッジ越しに聳える化学実験棟は、ぼんやりと投影されていた。

 竹林の小高い山頂から、微かに化学実験棟の屋上を、突出している巨大結晶体が、ムーンブリッジからのライトを吸収しているようだつた。

 薔薇猫は四月二日という月光の夜空を見透かそうと、其処の一点を凝視した。

 実験棟の屋上から、こちらから隠すようにして隔てられた山々の彼岸を見下ろせば、化学薬品輸出用の港町がみえるのだろう。

 ふと、おもつた。でもわたしが、こちらから想像してみてる港町と、パパが見ているイメージのなかの港町は、異なるのだろう。パパが見ているのは、懐かしき昔の港町。わたしが見ているのは、『生活臭』が漂わない、なんとも無機質な港町。ハイ・テクノロジカル・シップの積載室に、モダン・ビルのための夜光塗料のドラム缶を積む、アルバイト・ヒューマノイド。化学実験棟付近の生産工場から出発する2tトラック。パパはこんな景色を、見ているのではない。

「水力発電所の開発だけでなく、U原子力発電の開発。膨大な時間と、知的努力を、前世代のMSGは注いできた。そして初代のMSG・メンバーは、次世代のMSG・メンバーへと体制変化して、あらたな問題を解決せむとした。そしてまさしく今日…」

 理性を敬う科学者としての嘗てのプライドが、感涙を蔑んだために、白虎は赤らんだ双眸を隠した。感性と理性のクレバスが、まるで暗黒の奈落のようであつた。

「今日、あらたな問題も解かれて、『月光市民』の未来的生存が確約される。ローズたちの研究成果によつて」

 エレベーターの接近音が爆として来た。

『ガコン』と到着音がすると、数体のヒューマノイドが、薔薇猫のもとへ駆けつける。

「ローズさま。ローズさまの身体がお冷えになります。どうか、入船して体温の維持をなさつてください。14:00より大事な会見が控えておりますので」

 ヒューマノイドの左腕には、ソフト・タオルが掛けられており、薔薇猫はそれを、エロティックなピンクの肉球の猫手で、取つた。白虎の眼ざしはやわらかで、猫背にそつと触れて、エレベーターまで導いた。

 月内部世界の天蓋に根づいている『ひまわり』の花びらが、ひらひらと淡く舞散つていた。

 祝福の光が、薄明の夜空にみちていた。 


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