最終話
《ねえ、姫、どうして空は青いんだと思う?》
手を伸ばしたら掴めそうな雲。ジリジリと肌を焼く太陽。時折吹く風が、気持ちいい。
ずっと昔に着てたという、母さんの白いワンピース。少し丈が短いけれど、サイズはぴったりだった。
胸まで伸びていた髪はもう、かろうじて肩につくくらいの長さしかない。
ザァン、ザザンと一定のリズムを保って、裸足の足を冷たい波が濡らす。その度に少しずつ砂をさらっていって、くすぐったい。
「姫、なあ、こっち向いて」
「手に持ってるものしまってくれるなら、」
「それは無理」
息を吐くように、小さく笑った。左うしろの方にいる久我には、少し肩が揺れたくらいにしか見えないだろう。
また、空を仰いだ。そこはただただ青くて。その下に広がる海も、やっぱり、青くて。
「ねえ、」
「なんだよ」
「空も、海も、限りないものってなんで、青いのかな」
涙が、枯れないように。遠く、広く、雨が降るみたいに。
空に手を、伸ばした。何かが掴めるような気がした。そこに何かが、あるような気がした。
あのときの答えは、なんだったのだろう。
「うわ、」
伸ばした左の手のひらを久我の手がおおって、こつんとおでこに落ちてきた。右腕があたしの腰をまわって、いつのまにかうしろに立っていた久我に抱き寄せられる。ちょこんと顔を肩にのせて、頬擦りするみたいに寄ってくる。かかる息がくすぐったい。
「なに?」
「かわいくって思わず」
「ばーか」
もうすぐ、夏休みが来る。長い、長い休みが。
「誰がバカだってー?」
「久我しかいないじゃん」
「いったな?」
「え、ちょ、うわあっ」
久我がわざとその場に座り込んで、しっかり腰に回された腕のせいであたしまで尻餅をつく。波はちょうどひいていたけれど、砂浜はびっしょりと濡れていた。
「しんっじらんないっ!」
「へへー」
あたしはちょうど海に向かってまっすぐ体を向けていて、久我は右半身を正面にするみたいに座り込んでいた。文句をいってやろうと久我の顔を見たのに、当然だけど、波がばしゃんと戻ってくる。運悪く今度のは少し大きくて、頭までびっしょりとかぶってしまった。
「やっベー、ちょー気持ちー」
「あほかっ!」
思いっきり怒鳴りつけて、久我の顔を睨んだ。あははと笑って、無駄に楽しそうだ。海の水を少し飲んでしまって、口の中がものすごくしょっぱかった。
ふと、久我の視線が下がった。呆けた顔をしている。視線の先を追って、自分の体を見た。
「――っ、」
「エロ、」
「見んな、バカっ!」
ぐっしょりとかぶってしまった上に、着ていたものが白いワンピース一枚だったため、下着が透けて見えていたのだ。恥ずかしくて恥ずかしくて、腕で隠してみる。それはそれで、自分で示しているみたいで恥ずかしい。
その場から動けなくて、顔を伏せた。久我が立ち上がったのはなんとなくわかったけれど、顔を見ることはできなかった。
びたっと顔に、何か重い、濡れたものを投げられた。
「……久我?」
この上何をするつもりだ、自分で驚くくらいに低い声。むかついて、ずるりと当てられたものを引っつかんだ。
「着ろ」
それは久我がさっきまで着ていた、黒いTシャツだった。恐る恐る久我を見る。「――っ、」上半身に何も着ていない。
「帰んべ。海水、気持ち悪いっしょ」
「……誰のせいだよ」
「え、俺?」
「ありえないっ」
むっと思いながらも、濡れたTシャツを上から着る。濡れているためか、着るのは一苦労だった。
「ほい、」
いつのまにやら久我はさっきまで出してたカメラをすっかり片付けて、重そうなカバンを肩にかける。笑顔と一緒に差し出された手を、しぶしぶ握った。
「風邪ひいたら、許さない」
「大丈夫だって。俺、バカだもん」
「久我の心配はしてないっ」
=END=
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
これは、私が初めて最初から最後まで書いた物語です。何度も手を加え、書き直し、こうしてこの場で公開できるようになりました。
拙い部分はたくさん見える作品ですが、この物語を書けたことは本当に良かったと思っています。
読んだ後そこに何かが残ったり、考えたりしていただければいいなと思います。
本当に、最後までお付き合いいただき、感謝いたします。
ありがとうございました。
冴島岐之