1初夏のはじまり
「山から降りてみたら」では全く出番はなかったけど、実はとっても重要な役割だった咲希の物語。
既に完結しているので、見直しながら投稿していきます。よろしくお願いいたします。
窓際から見下ろす桜の緑が色濃くなってきた。
ピンクの並木も良いが、新緑の緑のグラデーションも内側から爆破しながら広がるようで生き生きしていて咲希は好きだ。なんとなく元気になるような気がするから植物って不思議だ。
とはいっても、葉っぱを眺めていてはレポートは進まない。卒論もまだあやふやで形になっていないし、就職だって内定は取れていない。全てが中途半端な状況で落ち着かない。
全く就職口がないわけではない。親や親戚のコネを使えば、職種範囲は限定的だがいくらでもある。でも、それは最終手段だ。
もちろん、しつこく誘われる兄貴の事務所の事務なんて論外だ!24時間監視されるなんてまっぴらごめん!
私は、私は自由が欲しいの!
裏で兄達(実兄+あるふぁ)が何をやっているか、涼風はごまかせても私まで騙されるものですか!
おかげで年齢=彼氏いない歴絶賛更新中だわよ!
どこかで絶対出し抜いてみせるわ!
と、拳を握りしめたところで我に返る。
止めた止めた。調子悪い時に何やってもうまくいかないわよね。咲希はそう呟くと荷物をまとめ席を立つ。とりあえず大学を出ることにした。
どこに行こうかと考えながら歩いていたら、目の前にゼミの担当講師、漆原が歩いている。なんとなく痒くなりそうな名前だが、本人ももさっとして垢抜けない。今どき流行らないダサい黒ぶち眼鏡にボサボサの髪、ふけやら悪臭はないので清潔にはしているんだろう。
時々雑用を手伝うこともあるが、あまり愛想は良くなくほとんど会話はない。必要な指示だけだ。ただ最後に「ありがとうございます」の一言だけははっきりきちんと丁寧に言ってくれる。そこに彼の人柄が表れているようで、また手伝っても良いかという気にはなれる。
女子大だし、回りは皆若い女ばかりだから彼なりに気を遣った結果が現在のスタイルかもしれない。
たいしてハンサムでなくても、それなりに若っぽくイケメン風にしているだけでモテる。身近でイケメンを嫌という程見飽きた咲希からすれば、鼻で笑っちゃうレベルの男がいい気になっている様は滑稽でしかない。
男は顔じゃない!中身よ!
兄達の中身は決して悪い訳ではない。イケメンで賢いと自覚している傲慢さは事実なので置いておいても、妹や身内には甘く優しく全力で守ってくれる。良い兄達だとは思うが、そのやり方が酷い。手段を選ばないそのやり方はえげつない。身内以外には厳しく、敵認定された日には、いっそひとおもいに殺ってくれ!と叫びたくなるくらい惨たらしい目に遭うに違いない。
まぁ全員という訳ではない。すぐ上の常兄は、多分、やらされている感が漂っているから、無言の脅迫に負けて仕方なくだろうか………
それでもやってることに代わりない。
「どうしたんです?機嫌が悪そうですね」
漆原が振り返りながら宣った。
「ドタドタと足音が聞こえています。貴女にしては珍しいと思いまして」
はっと我に返る。今絶対赤面しているに違いない。顔が熱くなるのがわかるし汗まで吹き出しそうだ。
対する漆原はいつもより和やかな雰囲気で咲希が近付くまで待ってくれているようだ。
「すみません。ちょっと嫌なこと思い出してました」
咲希が追い付くとまた一緒に歩き出す。
門を出たところで立ち止まると、門を出ましたね。と宣ったと思ったら、なんとなくいつもと雰囲気が違う。言葉では説明出来ないけど………