夜の炎
夜の舞踏続編。
わかるようにはしてありますが、やはりもうひとつを見た方が理解していただけると思います。
レオン・カームレイズがその少女と出会ったのは、王族から頼まれた依頼のためであった。
十数年前にあったローズマリー家の襲撃事件で殺された屋敷の主とその妻の、行方不明の娘を、再び探してほしいとの依頼曰く命令は、カームレイズ家に若くして就任したレオンの実力を測るためであったと考えられる。
母はレオンを生んだ時に亡くなったし、父も毎日の仕事疲れで先日ぽっくり逝ってしまった。
「坊ちゃん。若旦那就任、おめでとうございます。」
朝起きた時に執事から告げられたその一言は悲しみに暮れることもなく、いとも事務的な報告だけでで終わった。
「じい。ローズマリー家はどうなっている?」
「まだ報告はあがっていません。
お急ぎでしたら人数をもう少し雇いましょうか。」
「いや。急ぎの案件ではないんだ。
どうせ国王もあきらめている案件だ。
求められているのは、調査書類のほうだろう。」
事件から十年も過ぎているのだ。
もう生存確率なんてゼロに等しいだろう。そう思っていた。
ローズマリー家の令嬢の本名はいまだ知られていない。
この国のお国柄、真名や愛称を他人に知られることは、その人の人生を棒に振るに等しい。
真名を知るのは、両親と夫となった人物だけ。
「真名で縛る」
という言葉がこの国に伝わっているのと同じように、真名を呼ばれたら最後。
酔ったかのように、その人に従ってしまったという事件は後が絶えない。
ただし、名を知らないというのは不便であるため、生まれた時に二つ目の名称をつけられる。
しかし令嬢も真名を知られ、その餌食になってしまったのだろうか。
「ローズマリーの頭首は、国で一二を争う剣技の使い手だったらしいですね。
酒場で知り合った、酒場でも人気であった歌姫の女性と周囲の結婚を反対されながらも結婚。
のちに、ハーヴェストと呼ばれる娘をひとり出産。」
「ハーヴェスト…。」
「この国でその名称と会う人間を探したところ、三人の該当者が出ました。」
「少なくはないか?」
「ええ。珍しい名前ですから。」
手に持った資料をめくり、驚きに目を開くじい。
「どうした?」
「一人、この町にいるようですね。
ほかの二人は二つほど町が離れていますが、町はずれのマネマ孤児院に同名の女性が一人。」
「今度、視察に行くべきか。」
「かしこまりました。」
そういうと、スケジュールを確認し始める。
マネマ孤児院。
昔は多くの支援者がいたが、最近は支援者がいなくなりすたれてきたという。
しかし、最近立て直し始めたとか。
国庫の財政も安定してない今。
新たな支援者が出たのだろうか。
王の耳に入る前に調べる必要があるだろうか。
院長の不正で入手したものであるならば、報告の義務がある。
じいにその事を話してから、もう一度じいから渡された資料を見た。
手元にある資料には、幸せだった頃に書かれたであろうローズマリー家の家族を描いた絵画の模写が載っていた。
ハーヴェスト嬢。
今生きているのならば、社交界の花と謳われていたであろう。
誰もが羨む金糸のような母譲りの美しい髪。
涙膜に覆われて、とろりと光る父譲りの翡翠の目。
母に抱かれて幸せそうに微笑む様に、レオンは少女の運命を呪った。
………………………………………………
「ここがマネマ孤児院。」
馬車で訪れた其処は、見栄えの良い大きな孤児院だった。
さすがは一日に一人の子供が捨てられるという場所だ。
「じい。アポイントはとったのか?」
「はい。十一時に院長となら。」
「ハーヴェストなる人物とは会えないのだろうか。」
期待はしていないが、という言葉は飲み込んだものの会わずに報告書は書けないだろう。
「残念ですが、院長はあまり気のりではないようで許可されませんでした。」
「そうか…。」
「こちらへどうぞ。」
ちょうど孤児院から出てきた少女が頭を下げる。
さらりと垂れる髪に、日の光が当たる。
「…この孤児院の方でしょうか。」
「はい。本日はお越しくださいましてありがとうございます。
レオン・カームレイス様でよろしいでしょうか?」
「ええ、貴女のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
その容姿の美しさにしばし見とれ、我先にと競うわけも無いのに名を聞く。
一瞬悩んだものの、彼女が名を言おうと口を開いた瞬間。
「ハヴィス姉様!」
と孤児院の裏から呼ぶ声がした。
その方向を見ると、黒髪がつんつんと立っている少年がいた。
話を邪魔されたことにむっと腹が立つ。
「カーム。院長先生のお客人よ。今は手が離せないのよ。」
「…誰?」
「カーム!失礼でしょう。あっちへ行っていて。」
「…分かった。」
嫌われているのだろうか。
それともテリトリー意識か?
物凄い顔で睨まれ、走り去る。
「すみません。弟が失礼しました。」
「いえ。元気に育っているようで。」
「そう思ってもらって何よりです。
しかし、まだ孤児院出身のものは身分が低く、就職口もいまだ…。
いえ、こんなこと話している暇はないのでしたね。
継母さんが、院長がお茶を用意して待っているはずです。行きましょう。」
進み始めた彼女についていきながら、名前を聞いてなかったと思いだすのはもう少し後の話。
………………………………………………
「マネマ孤児院院長のテイでございます。」
「王の命で参った。レオン・カームレイズです。」
「こんなお若い方が職務についているなんて、わからない世の中ね。」
「ええ、しかしそこらの大人に負けない働きはしているつもりですよ。」
優しそうな笑みを浮かべながら笑うテイに、亡き母の面影を見る。
母とはこのような優しい笑みを浮かべられるものなのだろうか。
「さて、あなたの要件はハーヴェストの件でしたっけ?」
「はい。ローズマリー家のことはご存知でしょうか。」
「ええ。」
聞くまでもない、あんなに大騒ぎになった事件だ。
ここからローズマリー家は遠いが、時の社交界のうわさになったものだ。
「国王からのお達しで、彼女を探せと命令をいただいたのですが。
この国に在籍するハーヴェストなる人物はこの孤児院にいる女性を含め三人。」
「それで?」
「年齢が合わないんですよ。
この孤児院のハーヴェスト嬢以外の女性は。」
「でも十年以上前の事件でしょう?」
「ハーヴェスト嬢は?」
「面会は拒否したはずですが。」
いきなり固くなる表情に、自分の質問の仕方が間違ったことを知った。
どうにかこの空気を換えようと、話題を変える。
「では、先ほどここへ案内してくださった女性は?」
「ああ、あの子…。
可哀想な子ですよ、五年前に傷だらけで院の前に倒れていたんです。
おおよそ、前の親に虐待されていたのでしょう。」
「五年前?」
「ええ。あなたの話には関係のないものでしょう。」
ふと窓の外を見ると、真っ白いシーツを笑いながら干している先ほどの孤児院の二人だった。
高いところに届かないのか、先ほどカームと呼ばれた少年に手伝ってもらっているのだろう。
レオンがムッとしながらも彼女に見とれているのを知り、テイはため息を吐く。
「あの子がハーヴェストです。
しかし噂のように金髪であり翡翠の目をしていても、五年前じゃあ時期が合いませんよね?」
「それは…。」
「あの子はもううちの子です。
もう関わらないでやってくださいませんか?」
「嫌です。」
…そうですか。
と言ったテイだが、もともとこの答えはわかっていたようだ。
察しが早いようで助かる。
「個人的な事を申します。」
今のレオンは知らなかった。
「一目みて、ローズマリー家云々はどうでもいい。」
それが、彼女の運命を変えた天性の能力であることを。
「ハーヴェスト嬢を本妻に迎えたい。」
今までにも美しい人物はいた。
レオン自身身分もあり、容姿も整っているので言い寄る人間は数多く。
「彼女に伝えておきましょう。私にできることはそれだけですよ。
彼女がこの申し込みを受けなかったとしても、あきらめていただけますか?」
「…はい。」
「確かに聞いたわ。」
ほんの目的は忘れてしまったかのように彼女に魅了され、その日からレオンは苦しむことになる。
これを恋と呼ぶのか、愛と呼ぶのか。
そんなのはどうでもよかった。
時間を増すごとに増えていくもやもやと募る思い。
弟であっても仲良く微笑みあうそのさまを見ていることさえ、今のレオンにはできなかった。
…………………………………………
あの日からハーヴェスト、つまりはマネマ孤児院からの便りはない。
レオン自身もあれから孤児院には訪れていない。
仕事の都合もつかず、国王の謁見もあったために日に日に疲労はたまっていくようだった。
「黒服の男?」
数週間ぶりにマネマ孤児院の話題を聞いた。
忙しさでそれどころでなかったものの、ハーヴェストの名を思い浮かべるだけで心が浮き立った。
「マネマ孤児院に出入りしている黒服の男が孤児院の使用人に資金を渡している?」
「はい。追っ手を遣わしたものの…。」
全滅でした。
そういうじいだが、レオンはありえないと頭を振る。
レオンが雇ったのはここらでも多くの実績を上げている国家的傭兵であるのだ。
「生存者は?」
「たった一人報告者にと逃がした若い新人が一人。」
「話を聞きたい。」
孫危険な黒服の男がマネマ孤児院に出入りしているとなると、危険だ。
しかし…誰とのつながりだ?
こう少しも悩む暇はなくすぐに新人の少年が呼び出される。
すぐに呼ばれてもいいよう、扉の外に待機させていたらしい。
「傭兵団 イエルです。」
イエルと名乗った少年は、まだ10を過ぎただろう年齢か、自分より強者であるはずの先輩がなぶり殺しにされるのを見たのだろう。
体は小刻みに震え、怯えているのが見て取れる。
「じい、茶を。」
「畏まりました。」
椅子をすすめてもなかなか座ろうとしないイエルをそのままに、彼からの報告を聞く。
「先輩が、いったんです。
お前には報告の義務があると…《夜の舞踏》です。」
にわかには信じられなかった。
しかし、怯えきった顔の子の少年がうそを言っているはずはない。
「なぜ、わかった?」
少し声が低くなったのか気付いたのか、少年はピクリと身を震わせる。
しかしこれが義務であるといわんばかりに、こぶしを握り締める。
「模様です。」
暗殺者組織《夜の舞踏》
暗殺者組織では敵味方を判断するために、その組織特有の模様の入ったチャームを身に着けている。
ヒールを履いた女性の足にとげの入った茨が巻き付いている。
それが、その暗殺組織のあかしだった。
「彼の持っていたチャームを先輩が奪い、僕に投げつけました。」
これがその現物ですとじいを経由に渡される。
「どうでしょう。」
「ああ本物だ。」
現物は一度見たことがある。
この国は最近物騒だ。
傭兵組織は国有化されているし、暗殺組織は見ても見ぬふりをしている。
それだけ多くの王侯貴族が活用しているのだ。
「下がってよい。」
そういうと、その少年はお辞儀もせずに扉に逃げ去ってしまう。
もう一度呼び戻そうとする辞意だが、レオンはそれを止める。
「さて、じい。
これは国王に報告すべきと思うか?」
「すべきでないと私は思います。」
「ほう。」
「もしかしたら、孤児院の中に暗殺者として籍を置いているやも知れません。
さすれば高額の寄付金も納得いきます。」
「なるほど…。」
孤児院を存続させるために暗殺者に身を落とす。
可哀想な子供もいるものだ。
院長がそうさせているのだろうか、暗殺者の養成のための寺院を支給する…。
しかし。
そう思って浮かべあげるのは、孤児院から出るときに見えた子供の姿。
いとも楽しげで幸せそうだった。
そんな子が暗殺者に身をやつしているはずがない。
はあとため息を吐き頭を抱え込む。
会いたい。
ハーヴェストに会いたい。
「ハーヴェスト…。」
じいが心配そうな顔をして覗き込む。
「レオン様。」
「マネマ孤児院へアポを取ってくれ。もう一度訪れたい。」
「…かしこまりました。」
じいが乗り気でないのは知っている。
何せ孤児院の娘だ。
彼女は今の生活では不自由ではないだろうか。
もしかして、誰かが暗殺者として働いているのを知っているのだろうか。
さすれば自分が孤児院に寄付を…。
レオンは分かっていなかった。
もい一度会ってしまったことで、今以上に感じる愛情、嫉妬。
手に入れられないのなら…
そう、どんどん壊れていった彼は、もう戻れなくなっていた。
………………………………………………
「今度は何の御用でしょうか?」
無表情にそう問うテイ。
分かっているくせにと不機嫌そうに進められた椅子に座ると、目を伏せた。
「ええええ。わかっておりますとも。
彼女があなたとお話ししたいとお話申し上げました。」
「ハーヴェスト嬢が!?」
「そんな焦らずとも。」
そう言われ顔を赤くするレオン。
がっついてしまったことを恥じたのか。
「でもおひとつだけお聞きください。」
「・・・はい。」
早まる心を抑え、冷静貫徹の表情などいざ見せず、本来ここへ来た目的も忘れ茶をすする。
「あの子に求婚をするものはいざしれず。
ここを訪れた男性はいつもあの子にひかれてしまうのです。」
「私もその一人とおっしゃいますか?」
「それが分からないから言っておるのです。」
テイの話では、その男たちは院を出たところでハーヴェストの魅力から解放されたらしい。
というか、ハーヴェストその人の存在を忘れたという。
現に、求婚したものからの再びの連絡はない。
今日までは。
「だから気になったと、彼女は言っておりました。」
「それは…。」
信じられない話だが、いま彼女を思う人間は自分ただ一人。
「合わせてくださいませんか?二人きりで。」
じいに視線を送り、ドアの前に待機していてもらう。
今日はあいにくの雨模様。
外でシーツを干す彼女の姿はない。
「失礼します。」
その凛とした声に立ちあがって扉の方向へ行く。
「ハーヴェスト嬢、」
「はい。名乗るのは初めてですね。
孤児院出身のハーヴェストです。」
「あなたにお会いしたくて、この場に参りました。」
「はい…。」
返答に困ったらしく、俯く。
そんなハーヴェストを恥じらっていると思ったのか、場を和ませようと話を進める。
「ハーヴェスト嬢、この孤児院での暮らしはいかがでしょう?」
「そうですね、私が一番年上なので孤児院のお手伝いが大変なのですが…ここが好きなんです。」
「手伝いなんて、もうしなくて良いのです。私の元へ来てください。
この孤児院への寄付金、お手伝いの人間全て用意いたしましょう。」
自信ありげにそう言う。
しかしハーヴェストの顔は晴れない。
「どうかいたしましたか?」
「ごめんなさい。
私、あなたの元には嫁げません。」
「…何故?」
「今日は、お帰りください。」
国王に近しい家のレオンに怖気ず、言い切る。
不思議と悔しさは感じなかった。
どうしても欲しいと言う欲求が底なし沼のように襲ってくる。
気づけば強く、肩を握っていた。
「レオン・カームレイズ様!?」
「レオンだ。」
「レオン様、お離し下さい!」
それでもレオン以上に落ち着き払っているハーヴェスト。
それがさらにレオンを燃え上がらせる。
奪うかのようにキスをすると、驚いたかのように目を見開く。
レオンのように快楽に酔った風でなく、普通の女の子のように震えている。
好きでも無い人物に口を奪われる。
そんな行為を自分はしてしまった。
「来ないで下さい!」
そう叫ぶハーヴェスト。
それに対してレオンが感じたのは嬉しさであった。
この愛しき女性の誰にも許すことの無い口を合わせたのだ。
しかし同時に、冷静であるレオンはもうこの子が手に入らなくなったのではないかと悟った。
冷静であるからこそ悟った気持ちが、この先多くの犠牲を払うことになろうとは。
……………………………………………
燃えているのは孤児院。
火消し隊が急いで駆け回る姿が目の端をとらえる。
こんなことになったことは後悔はしていない。
「私はあの人が怖いです」
アポイントもなしに訪れた孤児院の窓の外。
カームと名のった少年に道を阻まれ、そういわれた。
一言一句彼女の言葉であると。
お前へはここへ来るな。
ハーヴェストにそう言われた気がした。
肩を強くつかみ、キスをしたことを忘れ自分が被害者であるかのように深く傷つく。
さぞ今の自分は醜かろう。
目の前にいるカームへ嫉妬を募らせる。
「あんたがどういう奴かなんて聞いていないからわかるけどよ、お貴族様だっていうのは知っている。
お金と権力さえあれば、何人も幸せになれると思うな。」
「…お前はカームだな。」
「ああ。」
「お前は、ハーヴェストのなんだ?」
そう問うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべるカーム。
孤児院出身の下民にここまで腹が立ったのは初めてだ。
どす黒い感情が、レオンの中に渦巻いていく。
「なんだと言っているんだ。」
思った以上に低い声が出る。
少し慄いたのか、一歩下がるが、負けじとにほ歩み出るカーム。
こいつは弟、大きな壁だ。
こいつがいるから、ハーヴェストはここに残りたがる。
そう思っていたにもかかわらず、レオンにとって思ってもいない言葉を口にする。
「ハヴィスは待っていてくれる。
俺が一人前になるのを。
昨日、俺は彼女に告白した。」
絶句だった。
言葉が出ない。
何かがこみ上げて来そうなくらい、頭がクラクラした。
「俺たちは、婚約者だ。
俺のフィアンセに近づくな。」
端正な顔を蒼白にして、自身の負けを悟った。
しかしそれを読み取られる前に言った。
「哀れにもかわいそうな少女を救ってあげようと思ったのですが、残念です。
君があの少女を幸せにしてくれるのなら、しかし…。」
「んだよ。」
「あの子はおそらく、 ローズマリー家の生き残りですよ。
本当に下民が幸せにできるか疑問ですが。」
今度はカームが絶句する番だった。
「彼女の写真を国王の元、調査団の元へ送った。
ほぼ90%確実ですね。
あとは裏付けだけですが、それももうおしまいです。」
「…。」
「最近不審火が多発しています。
お気をつけて。」
だんまりを決め込んで立ち尽くす少年をそのまま、帰りの馬車に乗り込んだ。
孤児院のカーテンの隙間から、ハーヴェストとテイの姿。
何を話しているんだろうか。
空いていることに気づいたのか、隙間さえカーテンで締め切ってしまった事に、もう、彼女との溝は埋められないのだと気づいてしまった。
レオンはその夜。
一人の物乞いを雇い、孤児院に火を放たせた。
孤児院の人間はもちろん、物乞いさえその火事で殺めた。
手に入らぬなら、汚されぬうちに封じてしまおうと…。
………………………
運命とはあるものだ
それを思い知らされたのは、懺悔で教会へ行った帰り。
神に祈りが届いたのだろうか?
目の前にいる金糸の髪の少女。
一人大きく口を開け、カームレイズ邸を見上げている。
半信半疑だった。
しかし、声をかけずにいられなかった。
「ハーヴェスト嬢?」
「!?」
びっくりしてもすぐに体制を立て直す。
その素早さに賞賛しながらも、自分のやったことは忘れ、歓喜に身を震わせる。
懺悔は神に聞き届けられたのだと。
「ああ、驚かせるつもりはなかったのですが、覚えておいででしょうか。
レオン•カームレイズです。」
「…お久しぶりです。」
少し皮肉めいた言い方になってしまったが、ハーヴェストはいつもと変わりはなかった。
「孤児院の火事で…亡くなったかと思っておりました。
もう会えないかと…。」
「もう死んだものには会えません。」
「そうだね。無神経だった。」
悲しそうに目を伏せてみる。
疑いの目で見られているのは何と無くわかったが、一応社交辞令とでも言っておこう。
しかし…それにしても彼女はいつになく飄々としている。
孤児院が、婚約の約束をしたカームが焼死したのに。
そう考えていると、自分と話をし、通りすがりの人間に注目されていることが分かったのか、一礼して去ろうとする。
すんでのところで彼女の肩をつかむ。
振り払われなかったところから、レオンが何をしたかについては気づいてないらしい。
「待って、君は行く当てがあるのかい?
私の屋敷に来ないか。歓迎するよ。」
「気になさらないでください。
私には居場所があるのですから。」
肩にかかっていたては払い落とされ、自分の好意でさえ一瞥して捨てられたかのような錯覚に陥る。
しかし、孤児院以外に居場所?
調査段階ではそんなものはなかった。
いや違う。
報告がなかった。
今までに調査団から報告は上がったか?
「居場所?」
「ほかに何か?」
「居場所というのは…?」
「ちょうど火事の前日あたりに、孤児院を出て居たんです。」
おかしい。
火事の日までは、調査を続行するようにじいに言ってあったはず。
悪い方向にしか思考が回らない。
空白の数年。
ローズマリー家の娘と、ハーヴェストの違い。
孤児院に拾われる前にいた場所…。
「そう、居場所があるのか。」
「ご心配は無用でございます。」
一礼をし、背を向けるハーヴェスト。
品があり、とても下民には見えない。
美しい禁断の果実。
「君は、私が君に婚約を申し込んだことをお忘れか。」
「忘れてはおりません。
しかし、私は平民も平民、孤児院出身でございます。
お戯れはほどほどにしたほうがよいかと思います。」
「戯れねぇ。」
「なんでしょう。」
どう彼女の居場所を壊してやるか。
今の彼女は、脆い。
墓穴を掘ってしまったことさえ気づいていない。
「…なんでしょう?」
「十年とちょっと前に断絶したローズマリー家。
聞いたことはないかい?」
途端に目の色が変わる。
すぐに隠したようだが、見逃さない。
「…ああ、亡き現王弟陛下のお家様でしょうか。」
「よく知っておられる。」
じっと見つめ合ったのは一瞬。
この一瞬こそが欲しかったもの。
少し恐れを残し、そして二人は別々に歩き出した。
レオンはいともおかしげに、そして愛おしく肩を掴んだ両手を見つめた。
「追え。」
逃げるように去るハーヴェスト。
早く組織に帰らなくてはと言う思いが、彼女を盲目にする。
今度は逃がさない。
後ろに待機しているレオンの近衛兵。
この国の精鋭の中の精鋭。
今の彼女はこの二人の存在に気づけまい。
神は自分にあの少女を手に入れよと望んだのだ。
……………………………
王のもとへ訪れる。
待っていたとばかりの大きな手を広げ、レオンを迎え入れる。
お人好しの王。
優秀な大臣がついていなければ何もできない。
この案件だってそうだ。
「待っていたよ、レオン君。」
「お久しぶりです。王よ。」
「いつもの報告係りではなく君が来たことに関して、僕は問うた方が良いのかね。」
探るような目つきでレオンを見る。
「ハーヴェスト嬢の居場所を発見しました。」
なんの抑揚もなしにそう告げると、さぞ面白そうにそうか、と言う。
「あの襲撃事件からどう生き残ったのか、それは神のみぞ知るです。
ハーヴェスト嬢は最近まで孤児院の方へいらっしゃいました。」
後方に控えている兵士にハーヴェストの写真と分厚い資料を渡す。
これは火事の後に書いた、実質ハーヴェストが生き残っているのを知ってから書いたものだ。
すぐに王の手に渡る。
とくに王の姿に似た写真を取って来たのだ。
信ぴょう性を疑うまでもないほどに。
「これは……。」
「私が状況を考え経過をまとめた資料です。
お読み下さい。」
この資料を読んだところで、本物かと疑う王を信じさせるには至らないだろう。
しかし。
「夜の舞踏に攫われたハーヴェスト嬢。
ご存知ですよね。
あの組織は暗殺対象の家の子供をさらい、暗殺者に育て上げることを。」
「ふむ。」
「ハーヴェスト嬢が五年前に孤児院の玄関先に立っていた、暗殺任務でひどい傷をおった彼女はそのまま、孤児院で保護されることとなった。」
「この孤児院とは、マネマ孤児院か?」
「ええ。最近火事で消失した例の。
孤児院に入ってからも暗殺業は続けられました。孤児院の経営不信を知ったからです。
しかし報酬をそのままハーヴェストが持って行けば怪しまれる。」
次の写真を見ていただけますかと促し。
「この黒服に寄付金として届けさせたのです。」
この黒服にチャームがついていたことが証だと言う。
「夜の舞踏には、それは良いものではなかった。ハーヴェストは優秀な暗殺者。
時期を迎え孤児院を出たのを確認し、マネマ孤児院に火をはなった。」
王の中でもカチリとピースがはまったようだ。
それが嘘だとも知らずに。
「救い出しましょう。王よ。」
「よくやったな、レオン・カームレイズ。」
「それが仕事ですから。」
家族思いである王はすぐさま王国の騎士軍を暗殺組織に使わす。
根本から間違っていることも知らず。
「これが終わったら、ほうびをつかわそう。
何が良いか?」
「よろしいのですか?」
口がニンマリとゆがんでしまいそうになる。
ここまでうまくいくとは。
「私は…ハーヴェスト嬢が欲しいです。」
「何?」
「あの方を一目見た時から、好きになってしまいました。
あの方を我が妻にしたい。」
そう言うと大口をあけて笑う王。
「いいだろういいだろう。
自身を救った騎士様に惚れてしまわぬはずがない。」
政略結婚なんて当たり前のこの国のこと。
王に近しい側近の願いは聞き届けられぬはずがない。
そしてまたしても、ハーヴェストの居場所は火の手に落ちるのだ。
泣きながら手を伸ばす彼女を慰め、壊れてしまった心を癒す。
ここがお前の居場所だよ。
日が怖いと泣き止まぬその人を、今日も胸にだくのだ。
ありがとうございました。