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ありもしない追憶

作者: アズ

 過去に戻りたい。


 ずっと願っている。現状から救ってくれる救世主などいない。自分でどうにかしなければならない。それにもっと早く気づけたら、こうなることはなかったのかもしれない。

 毎日、同じことの繰り返しだ。作り笑顔が張り付いてしまった。頭を下げることも機械的。家は寝る場所。自由時間など皆無に等しい。自分の時間はもてない。もてたとしても、何をやっていいのかわからない。趣味なんて、あったかな。

 無味乾燥な日々。これがずっとずっと続いていく。自分は器用じゃないから、この場を離れたとしても、やっていけるかどうかわからない。今に不満があっても、これ以上悪くなる可能性を秘めているなら、ここに留まる事を選ぶ。その選択すら、間違っているのかもしれない。


「そこの人」


 呼び止められた。最初は自分以外の誰かに言っているものだと思ったが、服の特徴を言われ、そこでどうやら自分のようだと気づいた。


「何か」

「とても疲れているようですね」


 知らない人にも見抜けるほどひどい顔をしているらしい。前に休んだのはいつだったか。思い出せないくらい遠い昔のように思える。睡眠はとっているはずなのだが。


「そして現状に不満がある顔」


 そう言うと、ひとつの小瓶を差し出してきた。思わず受け取ってしまったが、これは何だろう。


「願いを叶える水です。強く思いながら飲んでください」


 ……新手の霊感商法だろうか。馬鹿馬鹿しい。こんなくだらないものに飛びつくほど疲れてはいない。突っ返そうと思い前を見ると、誰もいなかった。

 人ごみに紛れて消えてしまったようだ。残された小瓶を、なぜか捨てる気になれないまま、家路を急いだ。




 過去をやり直したい。


 叶うことのない願いを抱えて今日も外に出る、つもりだった。

 吐き気と頭痛に襲われて目が覚めた。ひとしきりトイレのお世話になった後、熱を測ってみるとかなり高かった。これでは外に出るわけにいかない。電話で休むと連絡し、布団にもぐる。枕元には昨日もらった小瓶が置いてあった。


「願いを叶える水です」


 言葉が頭の中で反響する。自分が願うとすればただひとつだけだ。

 一気に水を飲み干す。

 しかし何も起きなかった。やはりただのくだらない戯言だったのだ。少しだけ、本当に少しだけ落胆し、寝ることにした。




 目を覚ますと天井が見えた。

 実家の天井だ。五年ほど前にリフォームをしたから、今はこの天井ではないけれど。

 身体は動かない。首を回すとどうやらベッドの上にいるようだった。上から父と母が覗いてくる。ふたりともずいぶん若い。

 何か話しかけてくるが、うまく聞き取れない。外国の言葉のようだ。

 わからないよ。

 そう言葉に出そうとしても「あー」とか「うー」とか言葉にならないうめき声しか出ない。それなのに父と母は嬉しそうだ。




 場面が切り替わる。

 両親は共働きだったため、自分は保育所に預けられていた。そこで自分は人気者だった。運動もお遊戯も歌もお絵かきもそれなりにできていて、よく褒められていた。男女区別なく仲良くしていたし、喧嘩だって負けたことはなかった。毎日が楽しく、輝いていた。


「じゅんばんにあそぼうよ」


 その一言でみんなは納得する。本当に自分は中心にいた。

 ふと、木の下でひとりで遊んでいる子を見つける。当時は遊びに夢中で気づかなかった。一人では寂しいだろう。走ってそこに行く。


「いっしょにあそぼう」


 その子は少し驚いた顔をして、ありがとう、と笑った。




 また、場面が飛ぶ。

 今回は小学生のようだ。小学校でもそれなりに人気はあった。でも、ここで自分は躓いた。浅く広く付き合う主義だった自分は、中学生に上がるころには一人になってしまっていた。嫌われているわけではない。こちらから行くと受け入れてもらえる。ただ、「いつも」のメンバーの中に自分が入らないだけだ。それがどうしようもなく寂しくて、孤独だった。

 今後のことを思って悲しくなっていると誰かに話しかけられた。


「今日は学校終わったら俺んちな!」


 こんな誘いは受けたことがなかった。少しだけ驚いていると変な顔をされた。


「わかった」


 なぜかこの子のことも家の位置も知っている自分がいた。

 自分の中では先ほどのことだが、保育所時代に話しかけた子だ。自分が遊びに誘ってから一緒にいるようになった、らしい。自分にはない記憶。こんな関係を築けたかもしれない、もしもの世界。一人じゃない。寂しい思いをしなくていい。とても安心した。




 今度は中学生になっていた。

 自分は受験生だった。もちろん一緒だったあの子は、自分が行った高校よりもレベルの高いところに行くらしい。離れ離れになるのが嫌で、必死に勉強していた。勉強なんて大嫌いだったのに、ここでの自分の成績は、かなりいいもののようだった。習ったことを覚えていないのに、すらすらと解ける。これなら一緒の高校に行けるだろう。でも、油断はならない。毎日遅くまで図書室にこもって、課題をこなしていった。

 いつからか、あの子も一緒になって勉強するようになった。いつの間にか身長もこされていて、保育所の頃の小ささは残っていなかった。




 高校の合格発表の日。

 二人とも受かっていた。抱き合って喜んだ。これからも二人で一緒に切磋琢磨して高校生活も充実したものになるんだな、と嬉しく思った。

 自分たちはいつも一緒にいたけれども、ただそれだけで、友人という関係のままだった。異性として気になってきたのはいつからだろうか。そんな気持ちを、彼は気づいてくれているだろうか。今の心地よい関係を壊すことが怖くて、自分は、私は、何も言えなかった。


 高校の卒業式。

 彼とは違う大学に通うことになった。私は県外へ。彼は地元の大学へ。でもそれだけじゃ私たち二人の関係は崩れない。ずっと一緒の幼馴染。これからもそれだけだと思っていた。

 私の想いを知ってか知らずか、帰り道に告白された。


「ずっと好きだった。離れたくない。これからも、ずっと俺と一緒にいてくれ」

「……うん!」


 とても嬉しい。これからは、恋人として、一緒にいられるんだ。

 大学生活も頑張れそうだ。長期休暇しか会えないかもしれないけれど、頻繁に会いすぎるよりはいいのかもしれない。いつも一緒にいたから離れる期間があったっていい。彼の魅力を再確認する期間になるだろうし。特に不安は抱かなかった。

 時間はゆっくりと、しかし確実に、過ぎていく。何も問題はなく。ただただ優しく甘く。




 そして。

 大学を卒業すると同時にプロポーズをされた。今すぐにとはいかないけれど、あと数年したら結婚しよう、と。とても嬉しい。こんなこと、体験できるとは思わなかったから。

 あれ、保育所からずっと一緒だったのに、なんでこんな体験できないと思ったんだろう。いつかこうなるだろうという予感はあったはずなのに、なぜ諦めていたのだろう。よくわからない。




 子供が生まれた。

 私たちは父と母になった。夫婦間の中の良さは変わらず、むしろ、子供ができたことによって、絆がより一層強固なものになった気がする。

 このころから私は焦り始めた。何がそうさせるのかわからない。でも何かあったような。この幸せが壊れてしまうような、予感。

 振り払って彼と子供を見る。こんなに幸せなのに、何を考えているのだろう。



 もうすぐ誕生日。

 当日は彼が料理を作ってくれるらしい。一人暮らしをしたことがないのに、どのくらい作れるのだろうか。いろんな意味で楽しみだ。子供も大きくなって、自分も手伝うと張り切っている。さてどうなることやら。




 目が覚めた。

 最後の場面は誕生日。そういえば今日も、今日がその日で。現実の年齢に追いついたから、幸せな日々が終わったのかもしれない。

 隣には誰もいない。空虚なんて言葉では表せないほどに、心の中に何もなくて、これが絶望なのかもしれないと、冷静に分析する自分がいた。

 ただの夢だったのか、水の効力なのか。どちらでもいい。自分には何も残っていない。

 熱は下がっていないようでとにかく寒い。このまま、このまま医者にも行かず、食べ物も飲み物も取らずに、誰に看取られることもなく、消えてしまいたい。

 泣いたって何も変わらないのに。涙が止まらない。一人がこんなに苦しいなんて。あの水がもう一度欲しい。今度は夢から目覚めないように。幸せを離さないように。ありもしない過去にしがみつく。こんなことしたって意味はないのに。


 いつのまにか寝ていたようだ。

 台所から何か音がする。自分は一人暮らしなのに。泥棒だろうか。働かない頭を使おうとして、冷たいことに気付いた。氷枕。誰がこんなこと。

 台所から誰かがひょっこりと顔をのぞかせる。同僚だ。あまり話したことないけれど。


「大丈夫ですか? おかゆ作っておきましたけど、食べられますか?」

「どうして……」

「正義のヒーローですからね」


 そう言って笑う。


 なんとか座って、出されたものを食べた。その間に聞いた話によると、自分は三日間も眠っていたらしい。無断欠勤を不審に思った会社が同僚を派遣したようだ。今住んでいるのは会社の寮だから簡単に侵入できたらしい。


「あなたと話したいなーって思いつつもなかなか接点が持てなかったものですから。今回の作戦に立候補してみました」


 面白い人だった。そしてどこか見覚えがあるような気もする。


「覚えてませんか? 保育所、一緒だったんですよ。俺はすぐわかりました。変わっていませんもん」


 ここで気づく。夢の中の。幼馴染の。少しだけ、太っているが、よく見ると彼だった。


「いつも中心にいる憧れでした。高校から別になってしまいましたけど。ここに入って一緒になって、近づきたいと思いつつ今日まで」

「あの、ありがとう」

「俺が勝手にやったことですから」


 にこにこと、夢の中のように笑う。これは夢の続きだろうか、それとも。


「大丈夫そうになるまでここにいますね。熱出すと心細いでしょうし、と言いつつ俺がいたいだけなんですけどね」


 とりあえず嫌われてはいないらしい。雑談はしたことないのに。自分は仕事しか見えていなくて、周りのことにろくに気が回っていないのに。なぜこう構ってくれているのか。 

 夢のこともあって、とても安心していた。風邪もすぐよくなり、三日ほどでまた出社できるようになった。その代わりに彼にうつしてしまったのだが。


 もちろんお見舞いに行ったり家事をしに行ったりで、私たちは急速に仲良くなった。好意を持っているのは私だけかもしれない。でも、今後はどうなるかわからない。

 夢のような未来を築くのは、きっと、今からでも遅くはないのだろう。

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