88.apple
『……お嬢様』
リオリムの声が聞こえて、私は我に返った。
「……なに?」
『お顔の色がすぐれません。一度……休まれては』
「風邪は、それなりに、よくなったから」
『ですが』
「私、鴉を追いかけてくる」
私の言葉に、リオリムは息を呑んだ。
そして、焦ったような声音で、
『いけません、そのような危険なことは』
「どうして? 鴉は私の敵じゃないはず」
『それでも、いけません。軽率に外へ出て、良いことはないはずです。他の妖精に見つかったらどうされるおつもりですか』
「だけど、このままじゃ鴉に誤解されたままになる」
鴉は、私の私兵。
そしてその鴉がここへ来たということは、恐らく、私を探してのこと。
シルヴィスを攻撃したのも、私を捕えているものと勘違いしたから。
それなら、私が説得すればいいことだ。
白雪姫から逃げているから、その間だけはここにいさせてくれと。
皆からは何もされていないと。
鴉は、渋るかもしれないし、もしかしたら無理に連れ帰ろうとするかもしれない――当然、彼らの第一の目的は私の身の安全であり、ある意味私の命令は二の次だと考えられるからだ――。
けれど、私が説得しなければ、皆は攻撃され続けるのだろう。
そんなことを、見逃してたまるか。
私には、私なりにできることがあるはずだ。
この迷いの森に、どうやって鴉が侵入したのかはわからない。
けれどそれは非常に難しいことのはずで、森の中にいる限り、白雪姫と鉢合わせる可能性は非常に低いとみていいだろう。
それなら、私が行くほかない。
攻撃されたのがさっきだというのなら、まだ鴉は森の中にいるかもしれないのだから。
「とにかく、行く」
『いけません、お考え直し下さい』
私はリオリムの言葉を聞こうとしなかった。
そして、まだふらつくのにも構わず、自室の扉を開き、階段を昇って行く。
「……姫?」
再びリビングに姿を見せた私に、ユンファスは顔をしかめた。
「どうしたの。休んでてって、さっき」
「鴉のところへ行きます」
私がそう言うと、しかし間髪入れずにルーヴァスが短く切り捨てた。
「駄目だ」
しかし、私は言い募る。
「鴉の人たちを説得できれば、皆さんに危害は及ばないはずです。それができるのは、この家では私だけです」
「あなたにはできない」
ルーヴァスは険しい顔でそういう。しかしそこで、
「なあ、何でだよ。説得してもらえば、ひとまずこの状態は落ち着くだろ……」
と、聞き慣れない声が響いた。
見れば、先ほどシルヴィスの傍にいた見知らぬ男性がこちらを見ている。
その耳は尖っていて――当然、人間ではないのだろう。
「……あなたは?」
私が訊ねると、彼は複雑な面持ちで自己紹介をしてくれた。
「俺はキリティア。シルヴィスの精霊だ」
「シルヴィスの……」
スジェルク以外にも一応、精霊がいたらしい。……今までどこにいたのだろう。
「あの……、キリティアさんは、鴉の顔を見たんですか?」
「キリティアでいい。俺は、見てない。シルヴィスも、多分見てないだろ?」
「……え、え。顔は、隠している、ようでした。布で口元を覆って……ただ、耳は、尖っていなかったので……人間、でしょう」
「全身黒い服で、戦い方も異常で、とても太刀打ちできそうになかった。フードを深くかぶってて……、それを炎で払った時、何故かすぐに逃げて行ったんだけどよ。とにか
く、あんなのは普通じゃない。化け物だ」
「……」
シルヴィスは、少しだけ目を逸らした。そして、
「わたくしだけなら、死んでいた、でしょう」
と、ぽつんと呟く。
「……。なぁ。そんな危ない奴だぞ、説得してもらえばいいじゃないかよ」
キリティアがルーヴァスにそう言うも、ルーヴァスは頑なに拒んだ。
「駄目だ」
「何でだよ」
「姫を鴉には会わせられない」
「だから、何でだよ!」
「鴉を信用できないからだ」
「なあ、おかしいだろ! この中で唯一鴉が害にならないのは姫だけだ、それをなんで会わせたがらないんだよ。危険なのは俺たちじゃないかよ!」
「姫も危険な可能性があるといっている!」
珍しく、ルーヴァスが声を荒らげたと思うと、シルヴィスが「ルーヴァス」と彼を呼んだ。
「貴方、やはり鴉と、面識があるのですね」
「……」
「どういうことだ。なんでルーヴァスが鴉と面識がある?」
それまで沈黙していたノアフェスが不思議そうに首を傾げる。すると、
「ううん……それは、おかしくないんじゃない?」
カーチェスが口を開く。
「だって、俺たちの生業なら、鴉はそう遠くない」
生業……?
生業、って仕事のこと、ということで間違いないのだろうか?
「確かに遠くはないけどさ。基本的に外へ出るわけじゃない僕たちが鴉と接触する機会はそうそうないでしょ?」
いぶかしげなユンファスの声。
それにルーヴァスは答えない。
「……ルーヴァスは、何を……知っているんですか? 鴉のこと……よく、知っているんですか?」
「……よく知っているわけではない」
「でも、」
「あなたには、話したくない」
ぴしゃりと。
ルーヴァスが、告げた。
その取り付く島もない様子に、私は二の句が継げなくなる。
ルーヴァスの表情は、――まるで能面を張り付けたかのようだった。
「……すまないが、わたしは外を見てくる」
「待てよ!」
キリティアが止めようとするも、ルーヴァスは聞かなかった。
ばさ、と私たちとルーヴァスの間に、一羽の鳥が舞い込んでくる。
「!」
それは、見覚えのある、白い大きな鳥。
いつだったか、手紙を寄越した愛想のない鳥で。
その鳥が、私たちの目の前で人の姿になる。
白髪に水色の双眸を持った青年は、鋭くこちらを睨み、
「ヘルシャーの邪魔をするなら、切り裂くぞ」
そう言って、自身の手のひらに水の渦を出現させる。
「なに……」
その間に、ルーヴァスは外へと出て行ってしまう。
「ルーヴァス、待ってください!」
けれど、追おうにも白い髪の男が邪魔をして追いかけられない。
「ルーヴァス!」
私やみんなの呼びかけに、ルーヴァスが振り向くことは、なかった。
あああ危なかった!
連日投稿ができないところでした。
……こほん。
えー、さて、それでは昨日の続きを、どうぞ。
※こちらは本編とは一切関係がございません。
ご了承の上、お読みくださいますようお願い申し上げます。
主人公;……なんか……のぼせそう……
リオリム;お嬢様、どうかお気を確かに
主人公;こんな長時間……風呂を彷徨うって……何が骨休めなの……?
ノアフェス;……。骨休め? 何のことだ
主人公;! あ、ああー、いや、お風呂って休憩~みたいなイメージがあるじゃないですか
ノアフェス;ああ、そうだな! 俺も風呂は好きだ。一番風呂が特に好きだ
主人公;そ、そうですねー……
ノアフェス;だが、お前が一番風呂で早死にするかもしれぬというから、最近はリリツァスを一番風呂に入らせている
リリツァス;え!? そ、そんなの聞いてないよ!? 俺死ぬの!? へちっ
ノアフェス;いや、大丈夫だ。くしゃみをしている奴は早死にしないらしい
主人公;いや、無茶苦茶なでたらめにも程がありますよそれ……
リリツァス;なーんだ、くしゃみにも良い所あるんだね! へちっ
主人公;えぇぇ……
シルヴィス;無駄口を叩かないでくれますか。……あれは……
カーチェス;……なんか、岩においてあるね
主人公;何ですか?
エルシャス;……まるくて、しろい
ノアフェス;……! これは!
リリツァス;ノアフェス知ってるの?
ノアフェス;これは温泉まんじゅうだ!! ま、まさかこんなところでこんなものに出会えるとはな……誰の計らいか知らないが、これは粋だ
カーチェス;ま、まんじゅ……? 何かよくわからないけど、変なものは食べたら
ノアフェス;ぱくっ
主人公;ええええええええええええええええええええええ
シルヴィス;ちょっと、妙なモノを勝手に食べないでください!
ノアフェス;もぐもぐ
ルーヴァス;もぐもぐ、ではない、早く出しなさ……
ノアフェス;ごくん
リオリム;この流れでごく普通に咀嚼して飲み込むのですか……!?
ノアフェス;うむ、美味い
主人公;いや、いやいやいや。美味いじゃなくて
カーチェス;ノアフェス、どこかおかしなところはない?
ノアフェス;うむ、ないぞ
エルシャス;だいじょうぶ?
ノアフェス;うむ、問題ない
主人公;……ほんとに……?
ノアフェス;うむ、問題な……
主人公;?
ノアフェス;……(突如、風呂の中に沈む
主人公;いやあぁああああああああああああああなになになに何事!? ノアフェス大丈夫ですか!?
カーチェス;ノアフェス!? ……ど、どこにも見当たらない……!?
主人公;そ、そんなことがあるはず
道化師;誘惑に負けちゃだめだよ~
主人公;道化師!?
ルーヴァス;やはりあなたの仕業か……!
道化師;そんな悪者みたいに言わないでよ~。これも粋な計らいってやつだよ♪ 誘惑に負けず、最後まで辿り着いた人は、ご褒美がありま~す。じゃ、頑張ってね!(消える
主人公;嘘でしょ……ノアフェスどこ行ったんですか……
シルヴィス;……死んだんですかね
主人公;まんじゅうのせいで……こんな……
リオリム;……とにかく、先へ進みましょう
主人公;ノアフェスは!?
リオリム;道化師の様子から見るに、もう手遅れでしょう。先へ進むべきと考えます
主人公;……そんな……こんなことって……
シルヴィス;いいえ、その考えは一理あります。とにかく阿呆は放っておいて、先へ進むべきです
主人公;……ええぇ……
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続く