83.apple
「…………」
六人は、鍋の中を覗きこんだまま先ほどから一言も発しない。
しばらくして、ようやくノアフェスが口を開いた。
「これ、は……人間が体内に取り込んで、無事でいられる物質なのか……?」
ぼこぼこ、と音を立てて泡を噴きながら、鍋の中で灰色のどろりとしたものが渦巻いている。
「……念のため、泥や灰は除外していますが……どう、なのでしょうか」
「……俺にも、ちょっと……よく、わからない、かな……」
全員が微妙な顔で鍋を覗きこんだまま、何も言えなくなる。
およそこんな色の食べ物は、見たことがない。
「やっぱり、枯れ葉も抜いとくべきだったかな……ひちゅっ」
「でも、薬草の枯れ葉だよねー? なんか、西の方ではそういう乾燥させたものも薬として使うって、さっきリリツァス言ってたじゃない」
「う、うん、それは、そうなんだけど……でも、枯れてるわけだし……ひちっ」
「ですが、紅茶も同じようなものでしょう。紅茶が大丈夫なら薬草も同じなのでは?」
「そ、……そうかなぁ……」
リリツァスは困惑を隠せない様子で返答する。
「……あじみ、する?」
「でも薬って、病気の人間が飲んだりするものなんだって、本にあったよ。そうじゃないと、逆に健康なひとは病気になるとか体調を崩すとか、書いてあったと思う」
「じゃあ……これ、どうするの?」
「う、うーん……」
こんなものを少女の口に入れていいものなのかどうなのか、全員が混乱していた。しかし、考え続けていてもらちが明かない。
「色的にさぁ、もうちょっと明るいほうがいいんじゃない? さっきの骨、もうちょっと入れてみたら?」
「骨か。少し待っていろ」
そういう問題ではないだろう、と突っ込む妖精はいなかった。あいにくここで突っ込めるであろう唯一の妖精は今、ここにいない。
ノアフェスはユンファスの提案を受けて、いそいそと何かの骨を砕き始めた。
「西の方の国で、他には何を入れてるんだっけ?」
「石膏……とか、入れてるって読んだことある! へちっ」
「石膏なんぞそうそう手には入らないぞ。手に入れているうちにあいつが死ぬかもしれん」
「ですね。それは諦めた方がいいのではありませんか」
「というかそれこそ食べ物じゃないよねぇ。体に悪いんじゃないの? 本当に石膏?」
「んん……そう聞かれたら自信がなくなってきたよ……へくちっ」
ごりごりと骨を砕く音を聞きながら、皆でああでもないこうでもないと議論を重ねるものの、鍋の中の地獄絵図に変化はない。それどころか、煮詰めすぎて水分が失われてきたのか、さらにどろどろとしてきていた。
「まぁ今のところは、食べることが可能なものを使ってはいるけどねぇ……、見た目的に、これ大丈夫なの?」
「でも、俺が舐めた薬は苦かったし、どろどろしてたよ! 方向的には間違ってないと思う! へちゅっ」
「なんでそんなの……なめたの……?」
「気になったんだもん! なんかカラメルみたいな色してて、美味しいのかなぁって」
薬は見た目とか形状とか方向性とかそういうものではないと、残念なことに誰にもわからない。
何せ、薬という存在がまず身近ではないのだ。妖精にとって、薬は未知の領域だった。怪我をした部位に塗るという軟膏なら何となく理解できるものの、体の中の話をされても理解し得ないのが正直なところだった。
「骨を砕いたぞ」
「思ったより白くないね。……こんなもの、本当に薬になるのかな……?」
「信じればなんとかなる」
「そうなの……?」
「あぁ。信じよう。これがあいつを救ってくれると」
ノアフェスはそういうと「いざ!」と、思いきったように勢いよく、鍋のなかに骨の粉を突っ込んだ。そしてそのまま、お玉で鍋の中をかき回す。
「……まっずそう」
ぽつりとユンファスが呟いた。
「……やっぱり、姫に渡すのは、やめた方がいいんじゃ……」
「良薬口に苦しという。これはきっと、病を乗り越えるために必要な試練という奴だ」
「まぁ確かに、何事も交換条件だよね。治りたいなら不味さも我慢、それが嫌なら死ねってことか……人間って大変だねぇ」
「えぇ、人間に生まれなくて正解でした」
「ほんとだね……病にもならないし」
「傷もすぐに癒えるしな」
各々は自身が妖精である幸せを噛み締めながら、正体不明の物体を眺める。
「そろそろいいか」
「ねぇ、本当に姫に渡すの……?」
「ひめ、かわいそう……」
「病を得てしまったんだ、仕方ない。俺たちは少しでも早くあいつが治るよう、これを完成させ、あいつに飲ませるしかできないんだ」
「せめて飲みやすくしない……?」
「飲みやすく。ふむ、たとえば?」
「……こなに、するの、どう?」
エルシャスが提案すると全員が彼を指差し、
「それですね」
「なら粉砕するのはエルシャスの仕事だねぇ」
ユンファスからの突然の指名に、エルシャスは予想外だったのか、ぱちくりと目を瞬かせた。
「……ぼく?」
「あぁ。そこは、力において右に出るもののないお前に一任する他ないな」
「ぼく、ひめの……役に、たてるの?」
「そうだ。薬があっても飲めなくては意味がないからな。お前が、姫も飲めるようにするんだ。大事な仕事だぞ。必ず、完遂しろ」
「……!」
エルシャスは、それまでの浮かない表情から一転、ぱぁっと顔を輝かせて拳を握った。
「ぼく……、がんばる! ひめの、役に立つ!」
「あぁ、しっかり頼む」
エルシャスの、少しはしゃいでいるかのような声音に、皆が微笑ましげな様子になる。しかしすぐにきりりと表情を引き締めると、
「そうと決まれば、これをまず乾燥させなければいけないね」
「そこは聖術でぱぱっと済ませちゃえばいいんじゃないの。ちょっとした火を焚いてさ、鍋の中をゆっくり乾かしていけばいいんでしょ? それなら一瞬じゃない。はい、聖術得意な人、挙ー手」
誰も手を挙げなかった。
「誰か挙げたらどうなのそこはさぁ!」
「で、でも、ひちっ、俺は、やめた方がいいと思うんだ。仮にも姫の口に入るものにくしゃみできないもん」
「貴方、くしゃみのせいで本当に役立たずですね」
「そんなこと言わないでよぉおおおお」
「そういうシルヴィスはどうなの」
「無理ですね。残念ながら、わたくしはそこまで聖術の扱いが得意ではありませんから。下手すればその薬と呼んでいいのかわからない物体ごと灰にします」
「人のこと言えないくらい自分も役立たずじゃない」
「は、そういう貴方も挙手しないではありませんか」
「僕は聖術使えないんだよ。まともに使い方を習ったことないし。派手に燃やすのならまだ可能性はあるけど」
「ぼくも……つかいかた、ほとんど、しらない……」
「ごめんね、俺も使い方はほとんど習ったことがないんだ。小さな炎ならともかく、早々と乾燥させられるほどの炎で、なおかつ燃やさないくらいの手加減は、できないと思う……」
「俺も無理だ。業火で確実に無と化す」
全員が黙り込む。
「……。揃いも揃って全員役立たずということか?」
ノアフェスがぽつんと呟くが、虚しいことに反対意見はなかった。
「この家で一番聖術の扱いが上手いのってルーヴァスでしょ? へちゅっ」
「それもそうだね。それならルーヴァスに頼む?」
カーチェスがそう提案すると、意外にも否定的な意見を口にしたのはユンファスだった。
「いやー、何かさぁ、何やるにもルーヴァスの指示を仰ぐしかないのって情けなくない? これくらいは、自分達で何とかして、ルーヴァスも姫も驚かせたくない? どこで薬なんか手にいれてきたの、って言わせてみたくない?」
畳み掛けるように訴えたユンファスに、
「ユンファスに一票」
ノアフェスがそう言って頷くと、「まぁ、たしかに」と皆が頷く。そして、
「じゃあどうしよう? へちっ」
「それはもう、地道に炎を焚いて何とか乾かしていくしかないんじゃないかな」
「ええ……本気で?」
「他に何かあるなら言ってはどうですか。ないでしょうけど」
「こんなところでまで喧嘩売る必要なくない? なくない?」
ユンファスがそう言うと、ぼそっとリリツァスが、
「ひっちゅ、いつも喧嘩売ってるのってユンファスじゃ」
「んー? 何か言ったー?」
テーブルに生けられた花を数本持ち上げ、ユンファスはにっこりと笑ってリリツァスを見やる。
「なんでもないですひちちっ!」
「……。ぼく、やってみる……」
おもむろにエルシャスがそう呟くと、全員不安そうな顔になった。
「あれ、習ったことないんだよね?」
「うん……」
「ん? 聖術の使い方はわかるの?」
「わかんない……」
「……え、それでやるの?」
「だめ?」
「…………。うん、ダメじゃない?」
ユンファスがそう言えば、エルシャスはしょんぼりと肩を落とす。すると、
「いや、例えば別のもので実験してみるならいいんじゃないか」
と、ノアフェスが言い出した。そして、薪を持ってきてエルシャスに突きつける。
「こいつに火をつけてみろ」
エルシャスは薪を受けとると、じーっと見つめ始めた。そして手をかざし、
「Julie ron varie」
瞬間、ほんの微かに薪の中央に火が上がった……が、一秒と保たずに消えてしまう。
「……ありゃー」
「……もういっかい。もういっかい、がんばる!」
エルシャスは少しだけ悔しげに眉をひそめ、静かに息を吸い込んだ。
「Julie ron varie」
すると今度は、先程より少し大きな、小指の指先ほどの炎が薪の中央に現れる。しかしやはり、五秒と保たない。
「……」
エルシャスは悲しそうにくしゃりと顔を歪ませた。
「……なんで」
「仕方がありませんよ。聖術は一朝一夕で身に付くものではありません。むしろ火が出ただけでも充分なほどです」
シルヴィスはそう言い、自身の手のひらを見つめた。そして、おもむろに薪に手をかざし、
「Leiha ruche noil」
ぼっと低い音をあげて、薪の中央に親指ほどの小さな炎が現れる。
「……調節はこの程度しかできませんね。これ以上強くすると、どうなるかわかりませんし」
「俺も、やって……や……、へぶしっ!!」
リリツァスのくしゃみは、ものの見事にシュッとシルヴィスの炎を吹き消した。
「……」
「えっ、あっ、ごめん! ごめんなさい!! こ、こここ殺さないでお願いしますほんとごめんなさい」
「……。いいえ? まだ何も申し上げておりませんから、怯える必要なんてありませんよ」
「え、ごめんなさいごめんなさいごめんごめんって無理無理無理無理無理無理怖い怖い怖い怖いうわぁああああああああ」
「……あなたは、」
水を少しだけ口にして再び眠りに落ちた少女の隣で、椅子に座ったままルーヴァスがぽつりと呟く。そして、そっと手を伸ばして少女の頭を撫でようとして……、ぎゅっと拳を握る。
言いかけていた言葉を飲み込み、ルーヴァスは微笑んだ。
「皆が、あなたのために頑張っている。あなたに元気になって欲しいと、皆がそう思っているから。だから……」
少女が少しだけ身動ぎをする。
それに、ルーヴァスがそっと目を細める。幸せそうに、しかしどこかしら悲しさを滲ませながら。
「早く……、良くなってくれ」
少女の額に乗せられた氷嚢が少しだけ落ちかかったのを、ルーヴァスが優しい手つきで直す。
そして椅子から立ち上がると、静かに部屋を出た。
三か月以上空けて、本当にお久しぶりでございます天音です。
いやぁ、はっはっは。
……ええ、笑っても逆立ちしてもごまかせる数字じゃないですね。3か月以上。馬鹿かと。
本当に申し訳ありません。
Twitterをご覧になっていた方は……ご存じなのでしょうか。実はままてんの執筆にすごい勢いでスランプが来ていて、まさかのレビュー特典執筆すらままならず特典もつい最近送付させていただいたところでした。
……何やってんだよ天音、と。
いやでもですね、色々別の妄想ははかどってですね、ははは。
Twitterでは一足先に公表させていただいておりましたが、実はこんな企画を考えております。
じゃん。
読者さま参加型小説。
はい、これです。
意味が分からないですね、すみません。きちんと説明します殺さないで。
ええまぁ、簡単にぶっちゃけてしまいますと、読者の方々からキャラクターを募りますよ、っていうことなのですが。
小説の名前は、キツネツキ――君と臨む最後の戦線――です。
以下、世界観を少し。
時は西暦30××年。
人間の文明は進歩し続け、その科学の力により、神の力を失った世界を掌握し尽くすに至った。
社は取り壊され、森は切り開かれ、神々やアヤカシは、徐々に棲む場所を失っていく。
やがてあるひとつの山が切り開かれようかというとき、ひとつの事件が起きる。アヤカシが人間を襲い、喰い殺したのである。
これをきっかけに人間とアヤカシの間に溝ができ、戦に至った。そして、これに神々が加わり、人間は劣勢に追い詰められた。
警察や軍では討伐が追い付かなくなり、民間に傭兵が生まれ、戦火はますます広がることとなる。
ここに立ち上がったのが、妖怪討伐組織「キツネツキ」。キツネツキは妖怪だけでなく秩序を乱すものを、神、アヤカシ、人間を問わずに罰する組織とされる。
神は言った。「これは我々神とアヤカシどもの最後の戦なのだ」と。
キツネツキの長、キサラギは戦を終わらせることを決意。
キツネツキは果たして、この戦を終結させることができるのか。
こんな感じでございます。はい。
詳細は、
http://amanemihaku.wixsite.com/zeroproject
に記載しておりますので、もしもご興味のある方がいらっしゃったら、ぜひぜひ奮ってご応募くださいませ。
当方の不備でTwitterでの投稿仕様が変わっていますが、現在既に多くの方に魅力的なキャラクター達をご応募いただいております。
文だけでも良し、絵だけでも良し、どっちもあっても良し。
皆さまの好きなキャラクターを、一度見たら忘れられないキャラクターをお待ちしております。
と、宣伝を終えたところで。
さて、皆さま気づかれましたでしょうか。
実はですね。
主人公の紹介イラストが公開、並びにカーチェスの紹介イラストが更新されました!
はい、以前よりはマシになりましたかね!
まぁ、改善の余地しかありませんけどね!
そんなわけで、もしも「仕方ねぇな、見てやんよ」という方がいらっしゃれば登場人物紹介のページをちらっと覗いてやってくだされば。
さてさて、本編の話でも少し。
まぁスランプ続きで死ぬほどかけなかったのですが、最近ようやく執筆を再開し、今回のあんな感じに至りました。
今回は聖術の詠唱が二名出てきましたね。
ちなみに、シルヴィスの詠唱は「レイハ・ルーチェ・ノイル」、エルシャスの方は「ユリー・ロン・ヴァリエ」です。
音のみを意識して作っているので、意味を求めたらだめです。駄目です。
まぁそんなこんなで出来上がった83.apple、少しはお楽しみいただけたでしょうか。
まだまだ主人公の元に地獄が訪れていませんが、現在丁寧に妖精たちが地獄を錬成中ですので、もうしばらくしたら阿鼻叫喚ですかね。どうなるんでしょう。僕は知らない。
さて、まとまらない後書きでしたが、今回はこれにて。
ではでは以上、家具屋を覗くのが楽しかった天音でした!
……瓶にガラスのカレット詰めると何か雰囲気出ますね。あ、何でもないですすみません。




