79.apple
「……で、どこだと思う?」
部屋に戻った私が一番最初にしたことは、ポケットの中の手鏡を取り出して、リオリムにこの国がどこを元にしているか、聞いてみることだった。
「はっきり言って幸せの象徴が豚でお金のジェスチャーが下品な国って全然思いつかないんだよね……。まぁ、フソウは多分日本を元にしているんじゃないかなって思うんだけど」
「お嬢様のご推察通り、フソウはまず間違いなく日本でしょう。日本の別称として、中国に伝わる神木、“扶桑”がありますから」
「え、そうなの」
「はい。ですから、ノアフェスというあの妖精の出身はほぼ日本とみて間違いないかと思います」
「ふむふむ」
「そして肝心のこの国ですが……おそらく、ドイツではないかと、推察しております」
「……ドイツ?」
首を傾げた私に、リオリムは一つずつ教えてくれる。
まず、ドイツには豚を幸せの象徴とする風潮があること。それから確かにお金のジェスチャーは下品な意味合いを持つこと。他にも、妖精を示す言葉はエルフェであることや、小人はツヴェルクと呼ばれること、それから。
「そもそも“白雪姫”とは、ドイツの作家、グリムが書いたグリム童話の一つです。それらから推察するに、恐らくドイツではないかと」
ドイツ。ドイツか。
確かに中国とか韓国とかアメリカとかではないだろうなと思っていたけれど、ドイツだったのか。それじゃあ日常的に全然関わりがないし、確かにまったくもって予想不可能だった。
「ドイツの生活習慣とか倫理観とかさっぱりわからないけど、大丈夫かなぁ……今更だけど」
「お嬢様は充分、ここに順応されておいでですよ。それに、ドイツを元にしたにしても、恐らく使われている言葉からして、このゲームは日本で制作されたもの。あまり露骨な違いまでは作りこまれていないのではないでしょうか。人々の衣装もあまり史実を元にしている様子はありません」
「あぁ、確かにそうかも」
よくよく考えてみれば、普通に日本語が通じているのだった。まぁ書き言葉に関してはさっぱりだったけれど。加えてルーヴァスたちの衣装もびっくりするくらい統一感がない。キャラクターの見栄えを一番に考えて作られたのだろう。……いいのか、それで。
しかしそれにしても。
「リオリムの知識凄いね……」
私が感嘆の言葉を漏らすと、
「いいえ、さほどのことではございません。知る機会があっただけのことです。……ですが、お嬢様のお褒めにあずかり、嬉しく思います」
と、リオリムはふわりと微笑んだ。
……本当にこのひとのスペックってどうなってるんだろう。凄い博識だし料理もできるし凄まじく優しいし、私がこんな風に扱ってていいのか疑問に思うくらいだ。
「……どうやったらリオリムみたいな大人になれるのかとっても気になる……」
「は……、私のような大人、ですか?」
「そうだよ。頭良いし綺麗だし性格いいし料理もできるし。リオリムって絶対モテるよね」
「……。そういうことには、あいにく、興味がなかったもので……よくわかりませんが。きっとお嬢様が思われるほど、私はできた男ではありませんよ」
「いや、絶対人間ができてる」
「そのようなことは……」
リオリムは少し困惑したように微笑む。
「しかし、お嬢様は今のままで充分素敵な女性です。……私のようになど、ならなくてよろしいのですよ」
「いや、全然素敵じゃないよ。素敵のすの字もないくらい悲惨だよ。顔も良く言って平々凡々だし運動神経最悪だし、性格も悪いほうだと思うし、……まともな大人になれるのか不安になってきた。まぁ大人になることへの不安よりも明日の命の不安の方が強いけど」
私が冗談めかしてそう笑うと、リオリムは悲しそうな顔をした。
「……ごめんね、リオリムにそんな顔をさせたいわけじゃなかったんだけど……」
「……お嬢様は絶対に生き残るんです。私はそう信じています。ですから。……ですからどうぞ、そのようなことを仰らないでください」
リオリムは切実な声音でそう告げてきた。
……前にも考えたことがある。
彼は、どうして私に尽くしてくれるのだろうか、と。
私の記憶にある限り、彼と私に、面識はなかった。この世界であったのが初めてのはずだ。
けれど彼は私にとてもよくしてくれる。……それにはきっと理由があるのだと思う。
彼は恋をしたことがある様子だった。そういうことには疎いから教えられるようなものではない、と言っていたけれど。
そして、もしも記憶違いでなければ、「そのひとのこと以外考えられなくなるものですよ、かなしいほどに」とそう言っていた気がする。
……リオリムには、想い人がいるのだろう。
そして……もしかしたら。もしかしたら、私を護ることを条件に――つまり、道化師がこのゲームに勝てることを条件に――何かしらの対価を道化師から与えられるのかもしれない。それはもしかしたら、なりふり構っていられないくらい大好きな、その人のためなのかもしれない。
だって、そうとでも考えなければ、初対面の私に尽くしてくれる理由が思いつかない。
……もし。
もしこの推察が少しでも正解に近いなら――私は、私自身のためだけでなく、彼のためにも、この賭けには負けられないのだ。
……勝たなければ。
何としてでも。
「……お嬢様?」
「え……、なに? ごめん、ぼっとしてた」
私が聞き返すと「お疲れですか?」と心配そうにリオリムが聞いてくれる。
「ううん、疲れてないよ。大丈夫。それで、えっと、なに?」
「以前、お嬢様にお伝えできなかったことを、今ならお伝えできるかと思いまして」
「伝えられなかったこと……?」
そんなものの心当たりがなく、私が首を傾げると、リオリムは微笑んだ。
「以前大蜘蛛に――蛛に邪魔をされた話がありましたね。あの時のお話を、しようかと」
今となってはあまり必要はないでしょうが、とリオリムが言うのに、私は血の気が引くのを感じた。
それは。
それはあの蛛に邪魔をされ、鏡を割られた、あの時の話か。
「ま、待って! それを話したらダメって蛛が」
「そのことでしたら、恐らく問題ございません。大事な部分はすでに、お嬢様がご存知ですので」
「……私が?」
リオリムは穏やかな笑みを浮かべたまま口を開き、話し始めた。
以前、リオリムが私に問いかけた問い。
「小人とは、何か?」。
私は、その字通りにその意味を受け取り、小人は小さいひとのことを指す、と答えた気がする。
けれどリオリムは、そうではないと言ったのだ。
小人には意味がある。つまり。
「中世ヨーロッパにおいて「小人」とはすなわち、小人症を持つ人々を示し、蔑称として使用された言葉です。そこから転じてか、「小人」は様々な意味を持つ言葉に変わった。ある時は小人症の人々、ある時は市井では生きていけぬ訳ありの者、ある時は後ろ暗い人殺しの、暗殺者の呼び名――」
とある「白雪姫」では、「七人のならず者」とされているともいう。
「あの時お嬢様にそのお話ができなかったのは、妖精との確執について鏡である私からはお答えできないからでしょう」
「答えられない?」
「私は鏡。お嬢様の言葉に真実をお伝え申し上げるのが役目――そして、鏡は本来、主人の問いかけの外にある出来事は映さぬもの。私の余計な言葉がお嬢様に情報を与え、白雪姫側との均衡が崩れてしまうことを、危惧しての措置でしょう。私はお嬢様に、物語に大きく関わることの真実は伝えて差し上げられないのです。お嬢様は、限られた情報の中で、最大限それらを活用し、現状を推察していかなければなりません」
――つまり、小人そのものに、人間と妖精の確執へのヒントが元々あったのだ。だからリオリムには頼らず、自力で真実を見つけろ、と。
……まぁ私は無知でバカだからまったくもってヒントにはなりえなかったわけだが。
っていうか。
「……普通の人間、そんなヒントでわかるわけないでしょ……」
げんなりして私が呟くと、リオリムは困ったように微笑する。
「ですが、結果的に今回のことの真実は妖精側から得ることができました。……自身だけで抱え込むのでなく、妖精たちに相談し、知恵を借りるのも一つの手です。……お嬢様。お嬢様は決して一人ではありません。それに、お嬢様はそのお人柄で、妖精たちとも信頼関係を少しずつ結ばれておいでです。……何も、お一人で背負い込まれる必要はありません。ね?」
私は頷いた。
頷くほかなかった。
リオリムの言うことはその通りだと思う。
リオリム以外のひとたちに頼ることも大事だ。そして今、少しずつそれができてきていると思う。
でも。
「……」
先ほどの助言に妖精だけが上がって、リオリムの名前が入らなかったのは。
どうしてなんだろう、と私は視線を伏せた。
その理由をリオリムに問うことは、何故だかできなかった。
今回短かったですね。
3500字ちょっと。凄い短さ。でも内容はかなり濃いめだったかな?
リアルの方の忙しさがすさまじかったので、まったくもって執筆が進んでおりませんでした……ええ、別に遊んでいたわけ……では……な……
あ、アンケートについてですが、そろそろ締め切ろうかなと考えております。
前回よりも多い人数の方々にご参加いただいて、狂喜乱舞しております。
そして結果が凄まじいことになっておりまして、そのあたりも楽しみにしていただければと。
加えて、今回のアンケート特典は少々今までにないボリュームになることが予想されておりますので……どうぞ、お覚悟を……
まだ参加していない、今からでもご参加いただける、という神様のような方はどうぞ、この下にあるアンケート第5弾からご回答の方をよろしくお願いいたします。
そうそう。近々凄まじく短いお話を投稿する予定ですので……えぇ、ご要望の厚かった、白雪姫視点をね、更新させていただく予定ですので。非常に、非常ーに短いのですが、少しお待ち頂きますよう。
それでは、今宵はこのあたりで。
以上、ルーヴァスイメージのペンダントが出来上がってちょっと満足の天音でした。
Simple is best.




