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78.apple

「……記憶が、ない?」


 ノアフェスの口から飛び出してきた予想外の告白に、私は思わず反芻してしまった。


 ……それって。


「え……あの」

「俺もお前と同じ状況、ということだな。この家に来るまでの記憶が、俺にはほとんどない。まったくないわけじゃないが……あるのは、人間から逃げ続けた記憶くらいだ」

「……」


 開いた口が塞がらない。

 というか、これ良くないことを聞いたんじゃないだろうか。


「あの、嫌なことだったら、すみません……」

「? 何がだ?」

「いや、記憶喪失とか聞かれたくなかったかなって」

「いや、特に困らん。記憶がないだけだ」


 いやいや、“だけ”じゃないよ! 大ごとだよソレ!

 私は記憶喪失じゃないからわからないけど、絶対不安なこととかあるよね!?


 しかし私の心配をよそに、ノアフェスは無表情で告げる。


「ルーヴァスに会ったのは、俺がこの森に倒れていたからだ。そこをルーヴァスに拾われた。俺がルーヴァスと似ているのは、恐らく当時のあいつに影響を受けたからだろうな。それまではろくろく言葉も出てこなかった。……ルーヴァスには感謝している」

「……」


 確かに寡黙なひとだとは思っていたが、よもやそんな事情があろうとは思わなかった。


「でも、その服……多分、この国のものじゃありませんよね」

「ああ。これは恐らく、遥か東の島、フソウのものだ」


 フソウ。

 日本、だと思っていたが、どうも違うらしい。これもゲームの仕様なのか何なのか。


「そこでは質の良い金が良くとれるらしい。黄金の島とも言われるほどだそうだ。カーチェスがそんなことを言っていた」

「黄金の島って……凄いですね……」

「本当かどうかは俺もよくわからないんだけどね。何でも島の民は凄く優しいらしいけど、侵略しようとすると暴風が起こって、島に船を近づけさせないんだって。凄い伝説だよね」


 ……。そんな話を、どこかで聞いたことがある。


 確かそれ、日本史の……鎌倉時代の頃の話じゃなかっただろうか。


 どこかの国が日本に攻め込もうとしたとき、海は嵐になって、その国の船は撤退するほかなかった。それが続いたものだから、日本は神に愛された国で、その風を神風だとひとは言った……とか、そんなことを高校の授業で習った気がする。


 ……フソウ、という響きもなんだか日本語のように聞こえる。それに何より。


 ノアフェスが前に持っていた小瓶。あれに確か、昆布と漢字で書いていなかったか。


 そうだ、明らかに漢字はここの国の文字じゃない。


 フソウはもしかしたら、日本かもしれない。


 ……それなら。


 それならこの世界は、私のいた世界に近いのではないか。


 この国は、私の世界で言うとどの国に近いんだろう?


「……姫?」

「……え? あ、はい。何でしょうか」

「ノアフェスが、姫ならフソウを知ってたんじゃないかって。へちゅっ」

「え?」

「お前、前に箸が使えると言っていただろう」 


 ノアフェスはそう言いながら、ちょいちょい、と箸でものをつまむ仕草を見せてくる。


「記憶喪失だから今はわからんかもしれんが、もしかしたらフソウの使者とでも王城であったことがあるのやもしれんな」

「いや、全然記憶にないです」

「……そうか……」


 ノアフェスはちょっと落ち込んだ様子で俯いた。無表情だがわかる。多分、しょげた。


「その国が気になるんですか?」

「俺はどうもフソウのものが性に合うらしいからな。もしかしたら生まれ故郷やもしれん」

「なるほど」

「だが、あいつは……」


 ノアフェスの声音に、苦々しいものが混じった。しかしそのまま黙り込んでしまう。


「……ノアフェス?」

「いや……なんでもない。大したことじゃない。そういえば、カーチェスはなんでフソウに詳しいんだ?」

「俺は詳しいわけじゃないよ。本で読んだことがあるだけで」

「あ、俺もその国の話聞いたことあるよ! コンブ、とかいうぐにゃぐにゃしたのを食べる不思議な国なんでしょ? へちっ」

「昆布だと!!」


 ノアフェスがすさまじい勢いで反応する。


「昆布はいいぞ、大変いい」

「え、急になに!? ひちっ」

「あと煎餅も美味い。絶品だ」

「え、え? センベー……? 何それ軍艦? へちゅっ」


 どういうことなの。


「しかしカーチェスもリリツァスもそういうこと、良く知っているんですね」

「俺は本で読んだだけだよ」


 カーチェスがはにかみながらそういうと、リリツァスも頷く。


「俺も! いつか行ってみたいな~って思いながら読んでたの、覚えてるよ。へちっ」


 二人とも随分と物知りらしい。


「俺も、いつか行ってみたい」


 ノアフェスはぽつんと呟いた。


「……だがそれは、難しいんだろうな」


 その声に悲壮感はなかったが、どこか寂しげだった。








 ルーヴァスが自室で書面を読んでいると、ノックの後に扉が開く。姿を現したのはシルヴィスである。


「安静にしろと言われていたのではなかったのですか。またあの説教魔に説教されますよ」


 その言葉に、ルーヴァスは「説教魔……?」と瞳を瞬かせた。やがてある人物に思い至り、なるほど、と小さく笑う。どうもあの、照れやすい白髪の青年のことを指しているようだ。


「その時は、大人しく説教されることにしよう。……それで、何かあっただろうか」

「何か、ではありませんよ。良かったんですか?」


 シルヴィスがそう聞くと、ルーヴァスは書面を机の引き出しにしまった。それから立ち上がってシルヴィスに部屋へ入るよう促し、部屋の中央のテーブルに着くよう勧める。

 シルヴィスはしばらく無言でいたが、やがてため息をつくと、勧められたとおりに椅子に座った。それを見たルーヴァスは棚からやかんを取り出し、何事かを小さく呟く。途端に、やかんの中に水が湧き上がって、見る見るうちに湯となる。


「あなたはあまり好きな茶がないのだったか」

「特にこだわりはありませんが」

「そうか」


 ルーヴァスはティーポットを用意すると、棚から選んだ茶葉を3匙ほど中に落とした。そのままやかんの湯を注ぎ、ティーカップを用意して、シルヴィスの向かいの席に座る。


「それで、あなたの聞きたいことは、姫の件か?」

「貴方が何をしたいのかがさっぱりわからないのですよ。どこまで彼女に教えて、どこまでを秘匿すればいいのか」

「一つ聞きたいのだが、シルヴィス。あなたは姫の記憶喪失について、どう考えている?」


 ルーヴァスの問いに、シルヴィスは少し思考を巡らせるように沈黙した。それから唇を開き、


「そこそこは、信用できるかもしれません」

「なるほど」

「単身で武器も持たずにここへ乗り込んでくるのははっきり言えば狂気の沙汰です。隣国に逃げたかったとしても、この迷いの森をわざわざ通る必要はなかった。そして、彼女は“(はね)”を持っている様子がない。ここへ着いたのは奇跡的な確率か、彼女の言う“道化師”とやらの差し金でしょう」

「……」


 ルーヴァスは何も言わずに、話を聞いていた。


「ただ、彼女の周りが全く読めませんし、そもそも今の彼女はどういう状況なんですか? ここの所、そういう目的で街へは行っていないので女王がどういう扱いになっているのかがよくわかりません」

「今のところ、彼女は“また”お忍びでどこかに消えたことになっている」

「……。そういえば、そういうひとでしたね。忘れていました」


 シルヴィスが呆れたように(かぶり)を振る。それを見てルーヴァスは微笑んだ。それは寂しげな微笑だった。


「その情報操作はやはり……」

「“鴉”だ。間違いないだろう」


 ティーカップに紅茶を注ぐルーヴァスを見ながら、シルヴィスは口を開く。


「……。鴉と敵対することを考えると、非常に頭が痛い。何せあのサファニアでさえ一切の情報を掴めていないようですから。一体どんな人間なのやら……」

「あなたが言う通り、鴉が相当厄介なことは間違いない。……できることなら、接触しない方が賢明だろう」

「ですが、鴉は彼女直属の軍。貴方が彼女に鴉について教えなかったのは、どういう意味合いですか? たとえば彼女が鴉と接触したところで、彼女自身に不利益はないはず。先ほどの理由だけではないのでしょう?」


 シルヴィスの意見に、湯気の立つティーカップを差し出しながらルーヴァスは少しだけ顔をゆがめた。


「鴉は信用できない。……彼女を預けることも、絶対にできない」

「なぜそうまで? 貴方、鴉と対峙したことでも?」

「……」


 ルーヴァスは答えない。それにシルヴィスがため息をついた。


「まぁ貴方の事情に首を突っ込むつもりはありませんが……。せめて、どこまで情報を開示すべきなのかは教えて頂きたいものです」

「今以上のことは、まだ言わない方が賢明だろう」

「それはもちろん、妖精についてどうこう言う気はありませんよ。記憶をなくした彼女がどうであれ、ヒトは移ろいやすいもの。過干渉は避けるべきですから」


 暗に裏切りの可能性を示唆するもの言いに、ティーカップを持ち上げてルーヴァスは微笑む。


「だが、あなたも姫のことは憎からず思っているだろう?」


 紫紺の双眸と金の瞳が互いを捕える。


 ――この妖精は持っている事情が事情だから、人間と親しくなるということに抵抗を感じている。だが、それでも。


 それでも、あの少女と関わって、変わったところはある。


 ルーヴァスの指摘に、シルヴィスはふいと視線を逸らした。そしてティーカップを手に取り、紅茶を呑む。


「人間にしては、というところです。それを言うのなら貴方の方でしょう。貴方は始めから彼女にやたらと気を遣っていた。その割にあまり関わってはいないようですけれど」


 シルヴィスの言葉に、ルーヴァスは再びその瞳に寂しげな色を滲ませた。しかし、ふっとその色をやわらげると、


「わたしはここに辿り着くものを拒まない」

「……。本当にそれだけなら、……」


 シルヴィスは何かを言いかけたが、しかし口をつぐんだ。それからルーヴァスを見て、


「……痛みますか?」


 そう訊ねた。


 ルーヴァスの全身にはあちこちに包帯が巻かれている。それは無論、朝のあの傷のためだ。


 だが、それはほぼ塞がっている。痛みは少しあるものの、案じられるようなものではない。


 そしてシルヴィスが訊ねているのも、そんな傷のことではなかった。


 どうあっても治りはしない傷がルーヴァスにあるのを、ここの住人は全員知っている。あの人間の少女以外は。


 そして恐らく、それらは今も酷い痛みを訴えているはずだった。


 しかしルーヴァスは緩やかな笑みを崩さずに首を振った。


「この程度、問題はない。――慣れている」


 そんなわけはない。そんなはずはない。


 比べ物にならずとも、それと同じ傷をシルヴィスも持っているのだからわかる。その傷は自分たち妖精を戒めるものだ。慣れられるような痛みではない。


 神が与える痛みだ。


 堕ちるな、と。


「……よせばいいものを。そのうち、確実に砕けますよ。……我々にも任せればいい。一言命じれば、ここの六人は必ず仕留める」

「わたしがそれを望むと思うのか?」


 ルーヴァスの問いに、シルヴィスは唇を噛んだ。それにやはりルーヴァスは笑った。


「あなたはあなたの悲願を果たしなさい」


 ルーヴァスは自身の後ろに視線を向け、


「……この傷はわたし一人で背負えば、それで十分だ」 


 右手で左の肩を掴み、彼はそういう。

 そして背後の窓を見遣ると目を細め、


「今日の夕日は随分と、美しいな」


 ルーヴァスのその言葉に何が込められているのか。


 シルヴィスには、わからなかった。

あれぇー? 今月最後って前回言ってなかったっけ~?


はい天音ですおはこんばんちは。


本格的に忙しくなる前に書き終えたので、予約投稿してみました。

詐欺のつもりではなかったんです、えぇ……


この流れなら、次回辺り久々にリオリムが出てくる……かな?

どうでしょう。まだちょっとわかりませんが。

今のところ、彼が一番謎について教えてくれるはずなので……


そうそう、続々とアンケートの方が集まってきております。

ありがたい限りです、ありがとうございます。

しかしあれですね。票が入らないのはわかっていますが、人気投票にクファルスとサファニアを入れておくべきでした。念のため。

ほぼ人物像が分かっていないので皆さま票は入れにくいと思うのですが、うかつでした……次回は気を付けます。


そういえば、ここの所一番感動したことを綴ってもいいですか。

もうほぼ完全に諦めていたようなものなのですが、アンケート第1弾から第5弾までの連続回答者。

……いらっしゃったんですよ。

5回連続で回答されている神様がいらっしゃいました!!

え、第一弾っていつでしたかね?

多分2014年の7月中旬くらいだと思うのですが。

……相当初期からの読者様ですね!?


いやー……ここ最近一番の感動でした。

ままてんを書いていてよかったです。

これからも、読者数は多くなくとも、読者様に長く付き合っていただける小説にしていきたいです。

頑張ります。


ちなみに次回のこのイベント(アンケート連続回答者への特典配布)はアンケート第6弾~第10弾までの連続回答者となりますので、今しばらくお待ち下さいますよう。


あ、全然関係ないのですが、元旦の年賀イラストは皆さまご覧いただけましたでしょうか。

皆様誰だかわかっていないような気がするので、一応ここに明記しておきますね。

あれが、ルーヴァスになります。

まぁ耳が羽になっていたり背中にいらんものがぱたぱたついてるのでそれは省いて。

ルーヴァスは、あんな感じの容姿です。

服装は少し違う気もしますが。

お気に召していただけなら幸いです。

来年の年賀イラストは誰になりますかねー……

今のところイラストに出ていないのはシルヴィス・カーチェスだけなのですが。

いっそのこと二人とも……それはFAYが死ぬか。底辺絵師ですしね。


ではでは今回はこのあたりで。


以上、寒い寒い天音でした。


……指先も足先も冷たい(泣

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