6.apple
「そういえば」
食事を終え、くつろいでいる七人に向かって私が声を掛けると、一斉に七対の視線が突き刺さってきた。視線が痛いとはこういうことを言うのか。
「小人さん達って、炭鉱で働いているんですよね?」
私の発言に、しん、とその場が静まり返った。
……あれ、これ失言ですか。
「…………なに?」
ノアフェスがゆっくりと瞬きをしてから、私に一言、たった一言、そう返してくる。
いやだからそのままの意味で。
「……失礼なんだけど、姫」
カーチェスが言いにくそうに話しかけてくる。
「あ、はい」
「俺たちが何なのか、君は知らないでここにいるの?」
いえ知っています。私を殺す予定の小人さん達ですよね!!
とは流石にいえないので、
「えっと、小人さん達だってことは、知ってます」
というと、七人はそれぞれ何ともいえない表情になった。
え、何?
黙りこくったままの七人に不安になり、
「あの、何か……」
そう話し掛けようとした時、
「貴女の目は節穴ですか? 我々のどこをどう見て小人だなどと言えるんです?」
「……え」
シルヴィスが冷ややかにそう告げてきたので、私は思わずまじまじと彼を見てしまった。
彼に限らず七人全員に共通して言えることだが、彼らは全員浮世離れしたような美しい容姿を持っている。そして、よく見てみると――もう一つだけ、共通点があった。
「耳……」
そう。七人は全員、耳が尖っていたのだ。さながら妖精か何かのように。
カーチェスだけはやや他と比べて短いようにも見えるが、しかし尖っていることに変わりはない。
「妖精みたい……」
私の呟きに、全員が顔を見合わせる。それから、
「何が“みたい”ですか。我々は妖精ですよ。白々しいとぼけ方もいい加減にしてください」
シルヴィスの苛立たしげな答えに、今度は私が瞠目する番だった。
「え……え? …………ええ!?」
ちょっと待て!!
じゃあなに?
これは「白雪姫と七人の小人」でもなく「白雪姫と七人の大人」でもなく、「白雪姫と七人の妖精」だったわけ!?
「う、うそ」
「うそじゃ、ないよ」
眠そうにエルシャスが緩慢に瞬きをしつつ口を開いた。ぬいぐるみの頭に顔を埋めたまま、ゆっくりと教えてくれる。
「ぼくも、みんなも、ちゃんと、妖精」
「えっ? だってみんな炭鉱で働いてて」
「ええと、炭鉱……は知らないけど。みんな、働いてはいるよ」
困ったように微笑んだままそう教えてくれるのはカーチェスだ。
「ご、ごめんなさい、えっと、なんのお仕事をしているんですか?」
「くしゅっ、あもごっ」
喜々として答えようとしたリリツァスの顔面にノアフェスの手のひらが物凄い勢いで叩き付けられた。ばしん!という凄まじい音が彼の顔面から上がり、リリツァスはたまらず悲鳴を上げる。
何あれ痛そう。
唖然とする私を他所に、ノアフェスは無表情にこう言い放つ。
「くしゃみし通しのお前は無理に喋らなくていい喋るな。……俺たちは狩人だ」
ノアフェスの答えにユンファスがひらひらと手を振った。
「そうそう、狩りみたいな感じ~。みんな腕利きだよ~」
え、じゃあタイトルは「白雪姫と七人の狩人」か!? じゃあ何? 白雪姫を殺しに行く狩人は存在しなくて、継母を殺す狩人は七人も用意されているんですか? あんまり用意周到だよ! 酷いよ! 神様えこひいき反対!!
しかも腕利きだよ! 不穏な真似すれば一気に殺しにかかってきてきっと逃げる間もないよね、何でこうも残酷なの!!
どれだけ主人公愛護制度強いのか。悪役に転生したからには死ねと? 酷い、赤髪め、覚えてろ!!
「じゃ、じゃあ……さっきの銃、も……」
恐る恐るシルヴィスの方を見ると、なぜか彼は自慢げに笑って私を見てきた。違う、これ自慢してるんじゃないわ、見下してるんだわ。
「商売道具です」
使い慣れてるんですね! 怖いよ!!
何でよりにもよってこんな怖い役に転生しちゃったかな私。
頭を抱えたくて仕方ない。私が一体何をしたというのか、神様。
とはいえここで悶々としていても仕方ないので、何とか話題を振ることにした。
「えーと……皆さん武器を使われるんですか?」
「そうでなければ対象を仕留められないからな」
ルーヴァスの言葉にややびくんと肩が跳ねた私、悪くない。
その“対象”が私にならないことを祈るばかりだわ……
「何を使われるんですか?」
「わたしはグレフェ。槍だ」
おお、槍ね。あの江戸時代とかに磔にした死刑囚をぶすって殺った奴ね。私は死刑囚じゃないからそんなことされるはずないのになー。なんでこんなに怯えなきゃいけないんだろうなー。
……はぁ。
「ぼくは、斧」
ぬいぐるみの手をふにふにしながらぽつんとそう言ったのはエルシャス。
斧? 斧ってあの、斧……だよね? あの重い奴だよね!? ぬいぐるみを持ってて七人の中で一番小さいこの子が、斧を使うわけ!? 想像つかないよ!!
愕然としていると、リリツァスが手を挙げる。このひとは手を挙げるのが癖なのだろうか?
「俺はレイピアを使います! くしゅん!!」
「れいぴあってなに?」
「細い剣のこと!! しゅ! 斬りつけるよりっ、こう、ぶすって突く方が……は、は……はっくしゅん!!」
あの、説明が妙に生々しいんですけど……
若干青ざめつつぐるりと見回すと、カーチェスと視線が合う。視線が合った途端彼は困ったように俯き、再び私を見るとはにかんだように頬を掻きながら笑った。
「えっと、俺は鎌を使うよ」
鎌? 鎌って……あの、農家とかで稲を刈ったりする時に使う奴? あれってそんな、狩りの道具になるの? なんか他の人より随分と小さいし可愛いかも?
……っていやいやいやいや、小さかろうがなんだろうが武器だよ武器。刃物だよ。感覚おかしくなってるぞ私。
「あ、僕は大剣ねー。ばったばった倒しちゃうよー」
にこにこと笑いながらユンファスが無邪気にそう告げてくる。
大剣って多分、普通に大きな剣のことだろう。見たことはないけれどおおよその想像はつく。そんなものを普通に振り回しているのか、このひとは。
笑顔に他意はないのだろうけど、不穏な言葉とあいまって大変その笑顔が空恐ろしい。
何で綺麗な人って、笑うとすごく怖く感じるんでしょう不思議。
「俺は短刀だ。敵の急所に投げて突き立てる」
そう言ったのはノアフェス。投げるのか。手裏剣みたいなものかな?
あとは、シルヴィスが銃、と。
近距離でも遠距離でも私を殺せるぜ!ってことか。頭が痛い。
ってことはやっぱり私の身の振り方一つで命の行方が決まると見ていいのだろう。まぁ多分、不穏な動き――突然逃げ出すとか――をしたら、即行頭に大きな風穴が開くと考えて間違いはない。
つまるところ、もう逃げる気なんてとうに失せたけど逃げるなということですね。うん、まぁ知ってたけど。