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59.apple

珍しく主人公じめじめしてます。

湿度高いのでご注意。

「ようせい、がり?」


 しばしの沈黙の後、唇からこぼれたのは、その物騒な言葉だった。


「なん、ですか、それ」


 私が恐る恐る問いかければ、皆は深刻そうな表情を隠さずうつむいた。しかしルーヴァスはそれでも告げるのだった。


「その名の通りだ。我々妖精は見つけ次第、追い回された挙句捕獲をされ、人間の思うように使われる。嬲り殺しにされることや、(てい)のいい捨て駒にされることも、決して珍しくはない。我々は、人の目に怯えながら生きている。――おそらくこの先も、ずっと」

「奴隷、という、こと、ですか」

「いや。……奴隷、というよりは」


 ルーヴァスが答えようとした時それを遮るように、


「知りませんよ、人間の考えなど。知る気もない」


 と、シルヴィスが苦々しげに吐き捨てた。


 ――ルーヴァスの答えに、私は、言葉が出なかった。


 つまり。


 彼らが私を嫌っていた、もしくは警戒していた理由は。


 性別だとか、身分だとか、そんなものじゃなくて。

 もっと、根本的な。


「……そん、な」


 だって。


 それじゃあ。


 私は。


 私は、どうすれば?


「……皆さん、が」

「……?」

「皆さんが、居場所を失ったのは、人間の、せいですか?」


 ルーヴァスが言っていた。


 この家は、居場所を失ったものが集ってできた場所なのだと。

 だとすれば、その理由は。


「――まぁ、それも大きいよね」


 ユンファスがそう言ったのを耳にして、私は、絶望した。


 性別のせいで仕事の役に立たないから厭われているというのなら、死ぬ気で武術を彼らから学べれば少しはなんとかできたかもしれない。

 あるいは身分の差で彼らが煙たがっているというのなら、私が女王の座を降りれば済んだかもしれない。


 けれど、そもそも私が人間であるからいやだ、というのであれば。


 私には、どうすることも、できるはずが、なく。


「……ごめん、なさい、あの」


 気が動転しているせいか、上手く言葉が出てきてくれない。

 私はもつれる舌を煩わしく思いながら、どこかぼうっとする意識の中で必死に声を出した。


「少し、自室に戻っても、いいですか」













 その後、私だけが自室に戻ることになり、私は部屋に戻るなりベッドに身を投げ出した。


 ――無理だ、と思った。


 私は人間である。彼らが存在そのものを厭うであろう、人間である。

 こればかりは、どうしようもない。


 体が重い。だるい。


 なんだかものすごく、疲れた。


 空腹感など、どこかに行ってしまった。


「……なんだ。結局、無理じゃない……」

『――お嬢様』


 懐からリオリムの声が聞こえた。

 私はそれに、鏡をポケットから出すことなく、「なに」と、声でだけ応答する。


『恐れながら……諦められる必要は、ないのでは……? その……お嬢様自身が、妖精狩りにかかわっていたとは思えません。お嬢様は、姫であり、女王です。人間だとしても、狩りにかかわっているとは、とても……。それに、お嬢様にその記憶はございません。ならば』

「あのさ、」


 私が遮るように話しかけると、リオリムは黙り込む。それに私は上半身だけを起こしてこういった。


「たとえば。誰かから、自分がいじめられたとするでしょ。相当ひどい扱いを受けて、死にそうになったとするじゃない」

『は……、』

「で、ある時、その誰かがこういうわけ。“ごめん、記憶喪失だからいじめた記憶とかないんだ。記憶喪失でいろいろ困ってるしさ、だから仲良くしてくれない?”」


 私のたとえ話にリオリムが返事をすることはない。

 それでもかまわず私は続けた。


「ふざけんなって思うでしょ。私だったら絶対そう思う。今回の話ってさ、結局それと同じだよね。で、私女王だっけ。立場的に偉い女王が直接狩りをするとは思えないけどさ。多分、妖精を狩れって命令を下してるのって、そのあたりなんじゃないのかな。っていうことは、諸悪の根源ってやつ。私は、それに転生したってことに、ならない?」


 乾いた笑いが漏れた。

 何もおかしくない。

 何もおかしくないけれど、口からは勝手に笑いがこぼれる。


 ……もう、どうしたらいいのか、わからなかった。


『それは、』

「私、無理だ」


 私の言葉を拾ったリオリムが、息をのむ気配がした。


「多分最初からさ、無理な話だったんだと思う。もういいよ。……もう、無理だ」


 それは、死を受け入れるということ。

 死の運命に、抵抗を、しないということ。


 その選択に、リオリムがどんな表情をしていたかなど、私が知る由もない。


 私はベッドの上で膝を抱え込み、そのままうずくまって、ほんの少しだけ、泣いた。




 理不尽だって思う。


 どうして私がこんな目に遭わなければならないのか。

 どうして私がこんな思いをしなければならないのか。


 どうして、私だけが。


 でも、だけど。理不尽だと泣き喚いたところで、これ以上、私に何ができるというのだろう。


 彼らと仲良くなればいい、だなんて気安く口にできることではない。

 そりゃあ、カーチェスやリリツァス、エルシャスは、僅かなれど好意を示してくれていると思う。

 でも、ルーヴァスやノアフェス、シルヴィス、ユンファスはどうだったろうか。

 私をこの家に受け入れてくれた時から、彼らは私を警戒していたはずだ。

 私を、厭うていたはずだ。

 逢ったこともないであろう私を、忌んでいたはずだ。


 つまり、そういうこと。


 “どのみち我々とあなたでは相容れぬのだ。……あなたも、早々にここを去ったほうがいい”

 “それが世の習いだろう。あなたを責めるわけではないが、あなたと我々にはどうしても埋めきれぬ溝がある。わかるだろう”


 いつだったか、ルーヴァスが私に告げた言葉。

 それが、すべてだ。


 その場にうずくまった私はただただ先の見えなさと、どうにもならないことへの絶望、そして自分の無力さに打ちひしがれるしかない情けなさに、嗚咽を漏らすばかりだった。



















「……演技とは、思えないよねぇ。やっぱり」


 ユンファスがテーブルに肘をついてそう零した。


「……(はな)から演技だなどと思っておりませんよ。あの娘はそんな器用じゃないでしょう」

「……まぁ、そうだな」


 ノアフェスが小さく首肯を返す。


 七人の間に、沈黙が舞い降りる。重たい雰囲気の中、一つだけ空席となった椅子が、やけに虚しい。


「……これから、どうしよう?」


 カーチェスがそう問えば、誰かがため息をついた。


「ひめ……しんじられない、って顔、してた」

「うん……へちっ。何か……可哀想、だよね」


 それきり、再び沈黙がその場を支配した。


「……今までと、同じに」


 しばらくしてから、ルーヴァスがそう呟いた。六人はルーヴァスを見遣り、それからそれぞれ唇を引き結んだ。


「追討命令も出ていない現状、我々が第一にすべきことは、彼女を糾弾することや、まして報復では断じてない。――生き抜くこと。ただそれだけだ」


 この話はここまでだ、とルーヴァスが席を立つ。


「……研究所のこと……、いわないの……?」


 エルシャスが眠たげに聞くと、ルーヴァスはそれに振り返った。


「今はまだ時期尚早だ。――だが、いずれは話さねばなるまい。狩られる理由も」


 ルーヴァスの返答に、シルヴィスが顔をしかめる。


「ルーヴァス」

「何だろうか」

「貴方、結局何の目的で彼女を引き入れたのです」


 答えを聞かず、シルヴィスは矢継ぎ早にまくし立てた。


「抱え込んだら爆弾にしかならないものを、いくら貴方とてただの情では拾わないでしょう?」

「シルヴィス」


 カーチェスがたしなめるように呼びかけたが、シルヴィスはやめなかった。


「我々が人間にろくな印象がないのを、他ならぬ貴方が知らないわけがない。何故ですか」


 シルヴィスが険しい表情を隠さずにそう告げると、ルーヴァスはいくらかの逡巡の後に小さく返した。


「……。取引の材料になる、と。初日にそう言ったはずだが」

「そりゃあ、いい材料にはなるかもしれません。腐っても女王です、研究所でも貴族でも、売り飛ばせばそれなりの価値はあるのでしょう。ですがリスクが高すぎる。そうまでして背負い込む必要があるとは思えません。大体、誰にあれの身柄を引き渡させるのですか。貴方は宛てがあると言いましたが簡単ではないはず」

「……」


 シルヴィスの論に、ルーヴァスは無言だった。それに構うことなく、シルヴィスは続けた。


「我々を拾った貴方の言うことに、余程のことでなければ、我々も否やはとなえない。今回のこととて何か考えがあるのでしょう。ですが、それは我々の身を危険に冒してまで必要なことだったのですか。本当に? 我々だけで済む問題ではなくなる可能性とて高いのですよ」


 シルヴィスの眼光は鋭く、偽りを許さない色が見て取れた。


 しかしルーヴァスは、ふいと視線を落とすと、


「今のままでは良くない。――それを壊さねば」


 その曖昧な言葉の真意をくみ取れるものなど、いるわけがない。


 ただ、その言葉は、おそらくあの少女のことだけではなく――


「まさか、貴方」


 シルヴィスは瞠目して、ルーヴァスを見つめる。しかしその頃には彼は六人に背を向けており、ただ美しい銀の髪を揺らして二階へと去っていくだけだった。

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