表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/110

58.apple

 結局その後、私たちは武具の点検や修理、銃弾の補充を終えた後に帰路に着いた。


 何となくシルヴィスやカーチェスの言葉からわかってはいたが、あの男はクファルス、というらしい。

 話に出ていた“サファニア”という人物があの店に顔を出すことはなく、今回私がその人物について知ることはなかった。


「……で、」


 ルーヴァスが、全員を見回した。その表情に特に驚愕や困惑はないが、他の面子は違う。


「姫が記憶喪失、というのは、本当の話だろうか」


 ――現在。


 一階のリビングのテーブルを、私を含めた全員で囲んでいる、という状況である。


 帰ったら夕食かと思っていた私は甘かった。どうやら記憶喪失の言葉は相当インパクトが大きかったらしい。

 ……緊迫感の欠片もないが、お腹がすいてしまった。

 

 しかし夕食を作ろうかと申し出た私に、YESの返事はなかった。

 あれよあれよという間に全員が一階に集まり、一同が顔を突き合わせたところで、微妙な雰囲気となった。


「一応、そう、みたいです」


 私がそう答えれば、「……いちおう?」とエルシャスが首をかしげる。珍しく眠っていない。


「どうなっているんだか、さっぱりわからないのですけれど」


 いや、わかってはいるのだけれど、答えられない上に、


「とりあえず、自分のこともほとんどわからない状況で」


 何せ自分のことじゃないので。


「でもクレアという名前だということはクファルスからお聞きしました」

「……」


 全員が黙りこんだ。


「……あの……」


 何で微妙な雰囲気になっているのかをお聞きしてもいいですか、と声をかけようとしたとき、ユンファスから声が上がった。


「姫ってさ、この家であんまりいい扱い受けてないじゃん?」

「え、あ、そうですね。そうかもしれません」

「いや、そうかもしれませんって……明らかに良い待遇は受けてないでしょ」

「でも、置いてもらっているだけでも幸せだと思うので」

「……。女王らしくないんだよねぇ、ほんと」


 調子狂うよなぁ、とユンファスは苦笑いを見せた。頭を掻く彼は明らかに困惑しているのであろう。


「あぁ……ええと、へちっ。何か、姫は理不尽だって、思わなかったの?」

「理不尽……、いや、もう少し打ち解けられたら、とは思いましたけど。でも、大体が赤の他人が突然飛び込んできて、さぁ私を信頼してくれという方がどう考えても無理があります」

「そ、そうだ……けど、へちゅっ」


 リリツァスも予想外だったのか言葉数が少ない。


 皆が口を開きあぐねる中、ルーヴァスはあまり動揺した様子を見せることなく、私に問いかけてきた。


「……つかぬ事を聞く。あなたは、どこまで覚えているのだろうか?」

「と、言いますと」

「女王であることが分からない、ということはかなり大部分の記憶を失っているものだと考えられるが。……それ以外に、記憶は?」

「……? ありません」

「まるで、何も?」

「はい」

「……そうか」


 私の返事を聞くと、彼は思案顔になって何事かを考え始める。


「……断片、みたいなモノはあるんじゃないか?」


 ノアフェスが相変わらずの無表情で私に訊ねてくるが、その瞳はどこか鋭い光を放っていた。


「断片……ええと、記憶の、ですか」

「あぁ。……たまに、ふっと浮かんだりしないか?」

「いえ……」


 私が首を振ると、ノアフェスは目を伏せてしまった。


「あのさー……」


 ユンファスが緩やかに唇を開き、私をまっすぐに見据えた。


「そしたら、ひとつ疑問なんだけど。……君、何でこの森に来たの?」

「え……?」

「この世界の常識を、記憶喪失によって失って、何もわからない。これはまぁ、受け入れられるけど。だとしたら、何でこの森に来たの? 普通、森とか迷いそうで嫌じゃない? 街に行こうとか、そういう考えは、何で出てこなかったの? あと、この森が迷いの森だって、何でわかったの?」


 ユンファスがもっともな質問をしてきた。


 これは……どう言ったものか。


 彼の質問はまったくその通りなのだけれど……迷いの森について知ったのは、あの赤い道化師がぺらぺらと喋くってくれたからだ。その道化師の存在がどういったものなのか私はまったく知らないわけだが、それをそのままに話してしまってもいいのだろうか?


 ……とはいえ、彼を抜きに話を進めるのは、頭の悪い私にはあまりできそうにない。


 ……もうこの際、赤い道化師を不審者に仕立て上げてしまおう。


「ええと、ですね……まず、私が目を覚ましたら、玉座に座ってました」

「うんうん。女王だしね」

「それで、女の子がいきなり私のことをおかあさま、と呼んできたんです」

「あー……我儘なお姫様かな?」

「その通りです」


 私はそのまま、私が別の世界から意識だけ飛ばされた、という部分と、鏡の精、つまりリオリムの存在を伏せてほぼ事実を彼らに話した。白雪姫が私に眼を剥いて喚いた直後にいきなりしおらしくなったりしたことや、赤い道化師が迷いの森に行ったら白雪姫から逃れられるチャンスがあるよ、と言ったことも。

 無論、惚れさせたら大丈夫、なんてことまでは言わなかったが。


 その話を聞いた妖精たちは、何とも微妙な顔つきになった。

 まぁ、わからないでもない。自分で話していても、なんて突拍子のない話なんだと思わざるを得ない出来事なのだから。


 ただ、これがほぼ事実だというのだから仕方がない。


「赤い服の道化師って……え、そんなものがあのお城に入り込んでんの」

「いえ、私もなんだかよく知らないんですけど。もしかして家臣とかでしょうか?」

「家臣がそんなナメた口、女王様に利かないでしょ。どう考えてもただの不審者じゃん。こわー」


 なるほどたしかにそうだ。

 まぁ、どう考えても家臣でないのはわかってる。そもそも多分、この世界の人間じゃない。というか人間ですらじゃないんじゃないだろうか、あれは。

 もしもまかり間違ってあれが家臣だとしたら、私は一言、どこぞの有名な女王様の言葉をお借りしたい。

 つまり、「こやつの首をはねよ!」と。


「不審者が平気で女王の前に現れることができる警備の薄い城……王家はもはや終わりですねぇ」


 シルヴィスがため息をついた。


「まぁ、貧乏ですし……」


 私がつぶやくと、隣の席のエルシャスがクイクイと私の袖を引っ張ってきた。


「貧乏……つらい?」


 どういう意図で聞いているのだ、それは。


 正直なところを言うのなら、もともとの生活は貧乏でも裕福でもなく普通だったので、あまり想像できません。


 とはいえ、それをそのまま口にすることはできないので、私は苦笑した。


「うーん……貧乏な生活の記憶すらなくて。正直、よくわからないです。でも貧乏は働いたらどうにかなる気がしますけど、娘の方の頭、じゃなくて性格は、私にはどうすることもできないので。今は皆さんにご迷惑をおかけしながらですけど、生活できていますし……一番つらいのは、貧乏なことより、娘にいつ殺されるかわからない恐怖が続いていることでしょうか」


 これは本当だ。

 大体普通の女子高生をやってきた私が、なぜこんなことになったのか。いまだに納得できないっていうか多分一生納得できるわけがない。


「……姫、」


 ルーヴァスが再び口を開く。


「はい」

「まず。大前提として、あなたにこの話はしておこうと思う」

「……?」


 私が首をかしげると、彼は一瞬言い淀んだ後、こう告げた。





「我々妖精は、あなた方人間に、“妖精狩り”と称して何人もが残忍な手口で狩られている」





「……え」


 ――瞬時に言われた意味が分からず、私は茫然とするばかりだった。

「皆さん、まだ起きていらっしゃるんですか」


 7人が全員振り向いた。


「あなたこそ、このような時間に、どうした? 眠れなかっただろうか」

「あ、ちょっと目を覚ましてしまっただけなんですけど……」

「僕たちの声で起こしちゃったとか? ごめんね?」

「そんなことないです。謝らないでください。……というか、皆さんは一体何を?」

「あぁ、仕事の関係でね。少し面倒なお話で……」


(……)


「お仕事でしたか。そしたら私邪魔ですよね。すぐに部屋に戻ったほうが」

「もう俺も仕事の話疲れたー! ひちちっ」

「じゃあ、明日にしようか」

「……さくせん……わすれた……」

「……お前はもう少しきちんと話を聞いておいた方がいいぞ」


(……)


「やはり、明日に回すか」

「ま、厳密には今日だけどねー」

「む、もう日付が変わってたか」

「なーんか僕、目が冴えちゃったー。暫く眠れなさそうだなー」

「ならばミルクティーでもいれるか。眠りやすくなるだろう」

「あ、いいね。どうせなら姫も飲んでいったら」

「え、いいんですか」


(……)


「あぁ、構わない。ただ、わたしのブレンドだから美味とは限らないのだが」

「飲んでみたいです!」

「わかった。あなた方はどうする」

「せっかくですから、わたくしは一杯頂きたいですね」

「……俺はいらん。紅茶は苦手だ。牛乳だけ温めたものがほしい」

「少し時間がかかるが、いいだろうか?」

「わかった。ならばホットミルクも作るとしよう」

「俺は、ミルクティーを貰おうかな?」

「ぼく……ホットミルク……飲む……」

「あ、俺も! 俺もちょうだい! ミルクティーの方! へちちっ」

「わかった、今淹れてこよう。少し待っていてくれ」

「あ、じゃあお手伝いしますね」

「すまないな」


(……)


(…………)


(………………。)














 ひとのシアワセを、妬んだことがあります。


 ひとのフシアワセを、嘲笑ったことがあります。


 いろんなひとがシアワセなのに、どうして自分だけが泣くのだろうかと、恨んだことがあります。


 そんな醜さを、数えきれないほど自分で隠して、数えきれないほど自己嫌悪にさいなまれて、世界で一番自分が嫌いになりました。



 あの子は嫌い。だってあの子は可愛いから。――そうやって誰かをうらやむ自分が。


 あの子はいいな。だってあの子は何でもできるから。――そうやって諦めてしまう自分が。


 あの子になりたいなぁ。だってあの子は、愛されてるから。――そうやって、逃げようとする自分が。



 何より浅はかで、愚かで、むなしくて。


 そして誰より、惨めでした。





 どうしたら私はキレイなひとになれますか。


 どうしたら私は愛してもらえますか。


 どうしたら私は自分を好きになれますか。


 どうしたら私は、




 しあわせに、なれるのでしょうか。















 そんな日は一生来ないのだと、





 あなたが、嘲笑った。

























「神様は貴女を愛さない」



 連載決定。



















と、いうわけで。


神様は貴女を愛さない、連載を決定いたしました。


こちらはままてんに沿って、ままてんで描かれていない部分を本編と同時進行で進めて描いていくサイドストーリーになります。


連載までもう少しお時間をいただきますが、ゆるゆるとお待ちいただければ幸いです。





そして発表はこれだけではありません。


続けて、別タイトル二作品の連載を予定しております。













「……ふざっけんな!!」


 眼の色を変えていきり立った私に、その場にいた全員の視線が痛いほど刺さった。


「あなたたちにはわからない、絶対わからない!! 穏やかで平等で争いとは無縁の神様たちなんかには絶対にわからない!! わかってほしいとも思わない、救ってほしいとも思わない、だってあなたたちには所詮他人事だもの!! 馬鹿だから? 才能がないから? だから私が悪い? あぁそうです、私が悪いんです誰も信じられない私が一番悪いんです!! そんなの私が一番よくわかってるんだよ! だったら放っておけばいいじゃない、何で構うの、何で近づくの!? 独りで可哀想だから? 寂しがってるんじゃないかって? だから助けてあげようと思ったの? でも一番助けてほしい時に神様は一度も助けてなんかくれなかった、私のことなんか気にもしなかったんでしょう!? だって私はごまんといる人間のただの一人だもの、そりゃあどうでもいいよね!! なのにその癖して今さら今度は私に薄っぺらい同情を押し付けようっていうの!? 本当に不愉快! 馬鹿で滑稽な人間が独りよがりに嘆いてるだけにしか見えないんなら、そんな神様なんか私は知らない、私はいらない、私は何もいらない!! だって、」

「おい、落ち着け」


 彼が私を止めようとする。

 けれど私はそれを無視して、憤りのままに吐き出した。


「神様なんか、この世界にはいないんだもの!!」


 その言葉を放った途端。


 私の世界から、かみさまが、消えた。









 あなたは優しい。

 あなたたちはみんな優しい。


 だけど私はそのやさしさが、とても、とても、つらかった。







――これは人の温もりを知らない都会の少女と、人を愛する七人の優しい神様の物語。








『ここふる』、今秋より、連載予定。

























「何かさぁ、怖いよねぇ」


 ひそひそと囁かれた聞き慣れた言葉に、私はそっとため息をついた。









 身長、165センチ。

 アクセサリーの一つも付けない、寡黙、細めのメガネ。

 黒い髪を可愛げもなく黒いゴムで一本にまとめた、洒落っ気のない女子高生。


 こういう出で立ちだと、大抵こう言われるのだ。


「なんか怖そう」、と。













「すごい。どうしてこうなったのかわからない」


 思わず真顔でそういうが、他は妙な口論で忙しい。


「アゲート、おまえ随分と彼女に引っ付きますね。羨ましい、目障りです、離れなさい」

「いやだ」

「アゲート、俺もあんまり気分が良くないよ。それに初対面から突然抱き付かれて彼女も困ってるでしょ」

「……俺が彼女から離れたら君たちが彼女に引っ付くんだろ」

「そうですが、何か問題でも?」

「君がやっているんだから、俺が少し抱きしめたって罰は当たらないと思うな」

「……三人とも、落ち着きなさい」


 わいわいとイケメン四人が妙な言い合いで白熱していると、お茶を入れてくれたらしいさっきのイケメンさんが戻ってきた。

 手にあるのは湯気が立っているマグカップ六つが乗った盆。


「おいこらお前ら、そいつが困ってんだろ。やめてやれ」

「レッドタイガーアイ。こんなところで点数稼ぎは感心しませんね。あなたとて、彼女を抱きしめられるとなったら即抱きしめるでしょう」

「そりゃそうだがな」


 うん、抱きしめ魔かな?


 なに、欧米のひと? 挨拶の一環ですけど何かみたいな、そういう感じなの?


 ならなんで私の家に欧米の人がいるの?


 差し出されたお茶をありがたく受け取って啜る。


「それで、ご用件は?」


 とりあえずそう聞いてみると、5人は一様に顔を見合わせた。









 あなたには価値がある。

 あなたには意味がある。


 だから。




 必ず、生きろ。






 宝玉に愛された、不器用な少女の物語。










『コミュ障っ娘の非日常』



来冬、連載予定。


















以上、三タイトルを開始いたします。


連載までは時間がありますが、今しばらく、お待ちくださいませ。













































 という、エイプリルフールネタでした。


 意味不明だったという方。貴方は正しいです。意味が分かるようには書いていませんでした。申し訳ない。

 一番最初の「神様は貴女を愛さない」に関しては、個人的にあんな話を書いてみようかと思い立つまではよかったが書いてみたら続きを想像して予想以上に鬱状態に陥りそうでやめた、という経緯で生まれたお話です。何あれ怖い。


 でも、普通に人を憎んだり、羨んだり、愛されたがったり、そういう本当に“普通”で、ありふれた主人公を一度でいいから書いてみたいなぁ、とふと思います。

 なんだかんだで、ひとって綺麗なだけじゃないし、汚い部分の方が多いでしょうし、傷つくことも傷つけられることもたくさんあって。きっとその後にたくさん泣いて、落ち込んで。そういうときってきっと「何で自分だけが」って思って、そういう思いほど誰かに打ち明けられなかったりするもので。


 なんだかそう言った不安定な、だけど当たり前に生きる人間の姿って、不格好だけど、美しいなぁ、なんて、たまに思ったりするわけです。


 まぁ先ほどの話はともかく、ままてんでは世界が普通じゃないですけれども、そういった中でも、そんな「普通」がちょっとでも描ければなぁ、と執筆しております。


 なんだかこれから先、かなりえぐい話になりそうですが、よろしければゆるゆるとおつきあい頂ければ幸いです。


 一つの「真実」にたどり着いたままてんは、大きく、緩やかに、しかし確実にその色を変えていきます。


 どうぞ、孤軍奮闘――リオリムがいる時点でそうでもない――している主人公を見守ってやってくださいませ。















 さて、もう一つご報告が。

 いえ、こちらが本題ですね。


 アンケート特典の配布を終了いたしました。


 もしお手元に届いていないという方は、気兼ねなく当方の活動報告・メッセージにてお伝えいただければ幸いです。





 追記;


 新年度ということもあり、4月からやや面倒なことになるのが目に見えておりまして、おそらく更新は遅くなるかと思われます。

 なにとぞご容赦頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。



 それでは今回はこれにて。



 以上、アンケート特典のボリュームにおののく天音でした……もうほんとすみません……今度からもう少し控えます……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ