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4.apple

 そうだよ、よくよく考えればって考えなくても、身元ばれてるなら記憶喪失の振りしようが何だろうが強制送還されるに決まってるじゃない。それじゃあここに置いてもらえない!


 え、あの……か、鏡さんこれどうすべきなの……って鏡の存在ばらしちゃダメって言われてるし聞けないんだよ!!


 考えろ私。ここはどう言えば良いんだろう?


 そうだ、と、とりあえず同情を誘おう。えーっと……


「……帰る場所がっ、ないんですっ!!」


 思いついたものをそのまま口に出してみると。


 ……その場に沈黙が舞い降りた。


 ややあって後。


「……言いたいことは、それだけでしょうか?」


 紺色の髪の青年が綺麗に微笑んだまま首を傾げてそう訊ねてきた。


 いやいやいやそこは同情しようよ!!


 っていうかあの、事実彼らが「小人」の役回りだというのなら、もうほんとに、この人を惚れさせるとか無理すぎて笑えてくるんですけど。何この無理ゲー聞いてない。あのふざけた男は「簡単だよね!」とか言ってたのに。全然簡単じゃない。


「わ、私っ。……こ、殺されそうに、なっているんです!」


 そう言うと。


「……殺されそうに、なっている?」


 それまで会話に参加していなかった黒髪に赤い目の青年が反応した。ほとんど無表情と言っていいだろうが、反応を示したということは何かしらの期待をしてもいいのだろうか。


 しかしよく見てみると彼だけではなく、全員の様子が一変していた。


 その場に再び沈黙が落ちる。しかし今回のそれは先ほどのものとは違い、別の緊張感に満ちたものだった。

 少ししてから、金髪の青年が首を傾けて、 


「……っていうことは、追われてるのー?」


 飄々と、笑ったまま私に問うてくる。しかしその眼はまったく笑っていない。私の発言が引っかかっているとみてほぼ間違いはないだろうが、なんとなく居心地が悪いのはなぜだろう。


 何にせよ追われているというのは事実であるはずなので、それに頷くと今度はその場の全員が顔をしかめた。


 それから少しして、


「……匿ってあげようよ」


 白髪に赤の双眸を持つ青年がそう言った。気遣わしげに私を見る眼差しは柔らかく、どこか温かい。本当に心から心配してくれているようだ。嘘はついていないが、この他人の良心に付け入るような計画、私の良心が悲鳴を上げそう。本当にごめんなさい。


「……ぼくも、……賛成……」


 私が心の中で大葛藤を繰り広げていると、眠たげな様子の、それまで全く会話に参加していなかった若草色の髪に青の双眸の少年がそう言う。


 あれ、気づかなかったけれどこの子は小人なのかな? 身長は私と同じくらいに思えるのだけど。


「……そうだね。俺も、助けてあげたいかな。……っくち!」


 そう言うのは、浅紫の髪に紺の双眸を持つ青年だ。……多分、彼だろう。敬語野郎……紺の髪の青年に「頭の中身が一年中花粉だらけのお花畑」と評されていたのは。くしゃみをしているからほぼ間違いないと思う。


「……わたしは元よりそのつもりだが――」


 銀髪の青年はそう言ってから、私をじっと見る。私が首を傾げると、彼は何故かふわりと目元を緩めた。それは安心していい、と暗に伝えるような微笑だった。


 ……どうして、そんなに優しげに笑うのだろう?


 私が戸惑うのを知ってか知らずか、彼はすぐに元のきりりとした表情に戻ると、拳銃を未だに突きつけている紺の髪の青年を見た。


「――なんです? わたくしにそれを問うのですか?」

「……厭うのはわからんでもない。だがお前は引きずりすぎじゃないか」


 黒髪の青年が静かにそう言うと、紺の髪の青年は顔をしかめる。そしてどこか自嘲気味に笑った。


「ならば赦せと? 二度と戻らないのが判っていて? あはは、貴方たちは本当に容易く人を信じることができるのですね」


 青年はそう言うと、渇いた笑い声を上げる。

 それに銀髪の青年は目を細めた。


「……信じろ、とは言わない。あなたは特にやるせないだろう。だが、“先ほどの件”からすれば、一概に悪い話とも言えないのは、あなたもわかるのではないか?」

「……」


 紺の髪の青年は視線を落としてしばらく何も言わなかった。長い睫毛が瞳に色濃い影を落とす。金の瞳が翳りを帯びて、琥珀色の光を孕む。

 彼はいくらか口を閉ざしていたが、しかしやがてため息を着くと、拳銃を仕舞った。


「――まぁ、いいでしょう。彼女を見ていて、「その気」は今の所ないと考えても間違ってはいないでしょうし。ならばその馬鹿げたお遊びに付き合って差し上げても構いません。何より、ルーヴァス。……貴方の言うことですから」


 青年はルーヴァスと呼んだ銀髪の青年を見つめてそう告げた。銀髪の青年は、それにそっと頷く。


 ……先ほどから判るような判らないような、微妙なお話が彼らの中で進んでいく。当の私を置き去りにして。


 私が会話に介入してもいいものかどうかと思案していると、


「ただし」


 紺の髪の青年は改めて私の方へと向き直り、酷薄に笑った。


「ただ置くというのも筋違いな話です。我々が稼ぐ金で食べていくと言うのなら、それ相応の働きはしていただきます」


 …………。え、どういうこと?


 私が瞬きを繰り返していると、白髪の青年が少し呆れを含んだ調子で、


「シルヴィス……女の子一人くらい……」


 窘めるような声音だったが、紺の髪の青年は、どこ吹く風だった。まったく意に介した様子もなく、淡々と続ける。


「女だろうが男だろうが老人だろうが子供だろうが。財を食い潰すことに変わりはありません。ならばせいぜい働いてもらうというのが筋でしょう? ただ飯喰らいを呑気に置けるほど、我々も裕福ではないんですから」

「それはそうかもしれないが……」


 つまるところ、何かしろと。ギブアンドテイクって奴ですね。


 ……ええと。何をすれば良いんだろう。


「君さ、何か特技とかは、なーい?」


 金髪の青年が少しわくわくとした表情で聞いてくる。何をそこまで期待されているのかわからないが、どうしたものか。


「えっと……」


 特技って……例えば、


「……ええと、料理と、掃除…………すいません、何もありません」


 料理も掃除も特技と言うほどできるわけじゃないし、そう考えると特技とか何もない。というかそもそも掃除が特技ってなんですか。我ながら理解不能すぎる発言である。


 しかし七人はそれに妙に反応した。


「え……料理と、掃除?」


 え? 何かおかしなこと言った?


 しかし私が問う間もなく、紺の髪の青年は頷き、


「実に結構。それでしたらこの家の掃除をして下さい。あと、洗濯くらいはできるでしょう。……まぁつまり、家事全般をこなせということですが。できますか?」

「あ、はい。多分大丈夫です……けど、料理はそんなにレパートリーがなくて」

「でしょうね。別にそれは気にしなくて結構です。料理は当番制ですので、その日が回ってくるまでは料理はせずとも構いません。ですが、我々が「仕事」で料理ができない日は当番でなくとも当番の人間の代わりに料理を担当してください」

「あ、それなら多分大丈夫です」


 というか大丈夫じゃなくても大丈夫と言わなければ死ぬので言います。大丈夫です。

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