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44.apple

「ごめんね、私のせいだよね、ほんとにごめんなさい」

『やめてくださいお嬢様。お嬢様のせいではございません』


 鏡の向こうの彼に何度も謝ると、彼は慌てたように手を振って、それから笑いかけた。


『お嬢様とまたお会いすることができた。それだけで私は十分です』


 リオリムの、誠実さがそのまま伝わるような声音に少し泣きそうになりながら、私は「ありがとう」と告げる。


「会いたかった」

『そう言っていただけるだけで、身に余る栄誉でございます、お嬢様』


 ようやくの再会に。


 私たちはその後、ただ言葉もなく微笑み合っていた。






「……雨、ですね」


 翌朝。

 一階で軽い掃除をしながら窓の外を見てそう言うと、エルシャスが私の服の裾を引っ張った。


「どうかしましたか?」

「……つまんない……」


 目をこすりながらそういう彼は――恐らく起きた直後なのだろう。寝癖がついていた。


「エルシャス、寝癖が付いたままですよ」

「んー……」

「エルシャス? ここで寝ちゃダメですよ」


 というか立ちながら寝るとかあり得るのだろうか。いや彼ならやってのけるかも知れない。


 そんなことをつらつらと考えつつエルシャスの目線と自分の目線を合わせるように屈む。


「エルシャス、聞いてますか?」

「んー……」


 これはダメだなぁ、とちょっと困惑する。


「ちょっとここに座っていてくれますか?」


 私はそう言って彼を、いつも皆で食事するテーブルまで連れて行く。イスを引いて彼に座るよう促したが、しかし彼は私の服の裾を握ったまま離そうとしてくれない。


「ええとですね……」

「ひとり、やだ」


 眠たげにそう呟く彼に、私はどうしたものかと首をひねる。


「じゃあ、ちょっとついてきてもらってもいいでしょうか」


 こく、と頷き、エルシャスは私の服の裾を握り直す。


 掃除で使っていた雑巾をひとまず片付けると、私は彼を連れて洗面所に向かった。鏡の前に彼を立たせて、寝癖の付いている部分に水を少しだけ付け、撫で付けていく。

 が、癖毛のせいでかなり直しにくい。


「何この寝癖強い……」

「んむー……」


 私が寝癖と葛藤していると、「ふふっ」と後ろから小さく笑う声が聞こえた。振り返ると、カーチェスが「あぁ、ごめんね」と微笑む。


「おはようございます」

「おはよう。そうしていると、二人は姉弟みたいだね」


 カーチェスの言葉に、私は思わずエルシャスを見た。エルシャスは全く気にした様子もなく目をこすっている。


「若干、想像がつきません……」

「ふふ。でも、君がエルシャスのお姉さんだったら、とてもいいお姉さんになっただろうね」


 カーチェスが微笑ましそうにそういうので、私はそれこそ彼がエルシャスの兄のようだと思った。


 エルシャスの髪と格闘しながら私はそのままそれを彼に告げる。


「それを言うなら、カーチェスの方がお兄さん向きなんじゃないですか?」


 私は、その言葉にてっきり、カーチェスが笑うか、照れるか、どんな反応を示すものだと思っていた。


 けれど違った。


「……あぁ、」


 カーチェスはふと寂しげな表情を見せた。


「そうだね……」


 その目がどこか遠くを見るようなものになったので、何か良くないことを言ってしまっただろうかと一瞬焦ったが、彼はすぐにいつもの笑顔に戻った。


「そしたら君は俺たちの妹かな?」

「えっ。あれ、私もその兄弟枠に含まれるんですか?」

「それは、勿論。そういう話だったでしょう?」


 個人的には死亡回避のために兄弟より恋人――……になるのか? 想像がつかない――の方面を目指したいのだけれども、いかんせん、私自身に彼らへの恋愛感情がないので何とも言えなかった。


 こういう場合、あの白雪姫ならなんというのだろう。


 …………「私はぁ、妹よりぃ、恋人になりたいですぅ」?


 甘ったるい声音まで想像できて、何故か悪寒が走った。


 無理だ。私には到底できそうにない。


 というかストレートすぎないか。


 ちょっと打算的な発言は私には無理そうなので、無難に「皆さんと兄弟だったら楽しそうですよね」とだけ言っておいた。そうしてエルシャスの髪を整えるのを再開し――ようやく寝癖が治ってきたところで。


「なになに? 兄弟ごっこしたいってー?」


 現れたのはユンファスだ。とはいえ背後からの声で判別しているだけなので顔やら何やらは見えないのだけれど。


 目の前の鏡には彼の姿もはっきりと映っているだろうが、昨日あんなことがあったあとだ、どう考えても気まずい。鏡の中ででもなんとなく視線を合わせられる気がしないくて、思わず俯いて「おはようございます」と言うと、カーチェスは首をかしげてまばたきをする。どうしたのかな、といった表情だ。


 まぁそれもそうだろう、彼は何も知らない。


「あれ、姫元気ないね?」


 ユンファスはわかっているのかわかっていないのか、そう言う。


「……まぁ、その、ええと」


 ここはとりあえず、昨日できなかった謝罪をしておくべきだろう。うん。


 そう思って腹を決める。振り返って謝罪をしようとして――固まった。


「は?」


 真っ白お化け。


 ――いや、私の頭がおかしくなったとかそういうことではなく、実際にそれがその、背後にいるのだ。


「な、なん、なに、なにこれ、は?」


 反応に困って私がテンパっていると、「バァ~」と人を小馬鹿にしたようなセリフがその真っ白お化けから飛び出した。


 ――間違いない。


「ユンファス! 何してるんですか!!」

「えー? おばけごっこ?」

「そういうのは十月の末になってからお願いいたします! 早く脱いでください! それシーツですよね!? 床引きずらないでください汚れちゃいますから!!」

「あっはっはーそれが困るのならここまでおいで♪」


 ユンファスは被ったシーツを引きずりながら走り出した。

 ちょっ、誰が洗濯すると思って!


「それ以上はっ、勘弁してください!!」


 ユンファスからシーツを取り返そうと彼を追いかける。彼からシーツを取り上げようとシーツに届きそうになった手は、寸でのところで空を切った。


「ちょっと……!」

「ほらほらー、ここだよ?」

「待ってくださいってば!!」

「……朝っぱらから何をしているんですか貴女方は」


 若干イラついた声音が部屋に響いた途端私は固まった。しかしユンファスはお構いなしの様子で笑いながら「おそようシルヴィス」と皮肉を投げかける。ちなみに恐らくおそようと言われるほど遅い起床ではないと思う。部屋の隅の時計が正しいならば。


「ええ、と……おは、よう、ございます。シルヴィス」


 ビクビクと階段の方へ目をやると、半眼のシルヴィスが私たちふたりを白い目で見ていた。


「おはようございます。それはそうと貴女方は朝から随分と家の中で元気なのですね?」


 シルヴィスは片目を釣り上げて笑顔でそう言い放った。


「えーと……」

「シルヴィスはエルシャスの次に最年少の割に元気ないね? あぁもしかしてもう老化が始まったのかな?」


 ユンファスの煽るようなセリフに私は頭を抱えたくなった。今煽らないで欲しい。私を巻き込んでいるということを考えて欲しい!


 っていうか、


「え、エルシャスの次に最年少!?」


 思わず反応してしまった。


 え、だって、え? シルヴィスだよ? あのシルヴィスが? え? エルシャスの次に最年少なの? まじですか。


 とか考えてからハッとして階段の方へ視線を戻す。


 今はお小言の真っ最中でした。


 慌てて神妙な姿勢になろうとしたけれど、時遅し。


「人が寝ているというのに朝からドタドタと家の中で走りまわないでいただけますか喧しいことこの上ない!!!!」


 外の雨に合わせるように、家の中では特大の雷が落ちました。

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