3.apple
「……あの、鏡さん」
『はい、お嬢様』
私がポケットの中の鏡に話し掛けると、小さな返答が返ってくる。
「……なんか、あの。……すっごい違和感があるんだよね」
『……わたしも、少々、その……私の勘違いでなければ……これは、おかしい、ですね』
鏡さんは私の言葉に同意を示した。
「……何で……」
疑問を問おうとした時だった。
『しっ! お嬢様、寝ているフリを、早く!』
鏡さんが急に焦ったような声を出すので、私は慌てて目を閉じた。
それから程なくして、ぱたぱたと廊下から複数の靴音が聞こえてきた。
今の状況。
小人にベッドに寝かしつけられ、そのまま放置、という状況です。
そう、私は今現在「小人」のベッドに寝かしつけられている筈。
なのに、どうして……
「失礼する」
「どうせまだ寝こけているんです、律儀に挨拶などする必要はありませんよ」
そんな問答と共に、扉の開く音が聞こえた。
複数の……小人にしてはかなり重めの足音が近づいてくる。
……違和感しかない。絶対おかしい。
「……ひくちっ。……やっぱり、まだ眠ってるね」
「よっぽど疲れていたんじゃないかな」
「やー、女の子ってまともに見たのは初めてだなー。へー、可愛いんだね」
「どこがですか。こんなもの、厄介の種です」
「……おい、シルヴィス。それは仕舞え」
は? ……仕舞え? 何の話……
「何故です? これで簡単に話がつきます」
「いやいやいやそれはやめよう。さすがに家の中でそれはダメだって」
「つまり外で的にしろと言うことですか?」
……まと?
「シルヴィス、収めろ。……しかし一向に目を覚まさんな」
「だからこれで片をつけようといっているんですよ。簡単です。ここに一発ぶち込めば万事解決です」
と言う言葉と共に、額の真ん中に何かひやりと冷たいものが触れ……
……え?
なん……なに、なにこれ。え、ぶち込むって……的にするって、あの、まさか、えっと……
「シルヴィス、あなたは銃が試したいだけだろう」
やっぱり銃か!!
私が内心冷汗を流しまくっている間にも、小人たちの会話は続く。
「別にいいでしょう。大体何故こんな女をわざわざ我々が助けてやらねばならないんです? 面倒なだけだ」
「あなたの気持ちはわかるつもりだ。だが彼女自身に罪は無いだろう」
「貴方は「似たもの同士」だからそう言うんでしょう? わたくしはどんな立場であれ彼らは全部憎いんですよ」
……?
って、額に銃を突きつけられたまま寝たふりなんかできるかッ!!
「……うーん……」
私は今しがた起きたばかりですといわんばかりに緩慢に目を開いてみた。
そして。
「あっ、起きた!」
そのまま、硬直した。
…………いや、予想はしてました。
何かおかしいなって。何かおかしいなって思ってた!!
どう考えても私を抱き上げてたのって一人だけだったし、私が寝かしつけられたベッドも私の身長に普通に合ってたし、足音も小人って感じの音じゃなかったしね!! おかしいなって思ってましたよ!!
でも、これじゃシナリオ狂うじゃない!? シナリオというかもはや題名からぶち壊し!!
「あれ、目が覚めた?」
「えっ、あの……えっと……」
端的に言いましょう。
小人じゃありませんでした。
……七人全員、普通に大人でした!!
いやおかしいよね!?
白雪姫に出てくるのって小人だよね? 「白雪姫と七人の大人」じゃ、「だから何?」だよ、意味わかんないよ!!
もしかして間違えた? 小人じゃなくて普通の大人の家に来ちゃったの私?
だったら他を当たらないとコレまずいんじゃ……いやでも鏡さんがここだって教えてくれてたし、どうなってるの。
しかし全員無駄にイケメンですねなんか腹立つな!! 乙女ゲーム補正とかそういう奴ですか!! それとも私が全然違う家に迷い込んだだけですか!!
「あぁ、安心して欲しい。我々はあなたに危害を加えようと思っているわけではない」
銀の髪に紫の双眸を持つ青年が私に話し掛けてきた。笑みとまではいかずとも柔和な表情で話しかけくれる彼は恐らく、家の前にいた時にフェミニストと私が称した人ではなかろうか。声が同じ気がする。確かに彼自身からは明確な敵意は感じられなかった。
……でもですよ。額に銃を突きつけられているこの状況下でその言葉は普通に信用できると思いますか。
私がゆっくりと視線を銀髪の青年から横にそらすと、私の額に銃を突きつけている青年――紺色の髪に金の双眸の青年が目に映る。
視線が合うと、青年は形容しがたいほど美しく微笑んだ。しかしこの状況では逆に背筋が凍るような笑顔でしかない。
何故人の頭に銃を突き付けたこの状況下で、笑うんですか……
私の顔が盛大に引き攣っているのを見てとった銀髪の青年は、再び紺の髪の青年をたしなめた。
「……シルヴィス。銃を仕舞いなさい」
「……ふふ。起きているなら覚悟くらいできてるんでしょう?」
「シルヴィス、やめよう。それはやめよう。ね……?」
「そうだよ、ひくち! 可哀想だよ! ひくちっ」
「このベッド、ルーヴァスのだしねー。血でびしょ濡れになったらルーヴァスが可哀想だよね」
庇う理由がそれですか?
他の小人たちの言葉に、紺の髪の青年は銃を突きつけたまま微笑んで、私にこう言った。
「それで? コーネリアの貧乏くじを引いたお姫様がこんな辺鄙な場所に何の御用でしょう?」
……。
…………。
記憶喪失のふりをしても意味がない!!