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34.apple

「さてと、勉強を始めましょー☆」


 スジェルクはそういうと、私をぴしりと指さした。

 指さすのって失礼なんだって知らないんです?


「はい、まず。とりあえずはキミが知ってるこの世界についてを喋ってみて☆」

「この世界について……。ええと、乙女ゲームの世界とか?」

「乙女ゲーム?」

「……え、違いました?」

「いや、ボクはそういう認識は持ってないカラ。でも、そうか。そうなるのか――」


 スジェルクは若干何かを考えかけたが、すぐに気を取り直したように「続けて」と言う。


「ここは白雪姫の世界で、私はその悪役、継母に転生した……から、死なないように現在奮闘中?」

「白雪姫、ネ」


 スジェルクは笑った。


「それはキミの娘っていう認識で間違っていないよね。あの騒ぎまくってた子」

「間違っていませんけど……さっきまで話が通じていたと思っていたんですけど、違ったんですか?」

「一応アタリをつけて話してはいたヨ。でも確信はなかったかなぁ。だってあの子、そんな名前じゃないはずだし」


 なるほど。妖精たちと会った当初の私の判断は正しかったのか。「白雪姫」というのはあくまで「役柄」ということなのだろう。


「あの子の本当の名前は?」

「さぁ、僕も忘れたなァ。大して重要じゃないし。好きでもない人間の名前を覚えるのって苦痛じゃない?」

「知りませんけど」

「えー冷たぁい☆ まぁいいや。で、ほかの知識は?」


 ほかの知識、と言われても。もともと私はこの世界について疎い。大して情報は持ち合わせていないはずだ。


「それくらい、だと思います」

「うーんと。まず二つ質問があります☆」

「はぁ。私に答えられることですか?」

「この世界では多分キミとあの白雪姫とかいうお姫様以外に答えられない質問です☆」

「はぁ」

「乙女ゲームという存在がボクにはわからないので説明して☆っていうのと、白雪姫とかいうのは彼女のあだ名かな? という質問です☆」

「あぁ、乙女ゲームというものがここにはないのか……」


 まぁ考えてみればそうだろう。今まで見てきた景観から察するにこの世界は中世ヨーロッパのような感じと見て間違いはない。ならば乙女ゲームだのなんだの、機械的に進んだ技術がなくてもおかしくない。というかそのほうが自然だ。先日のルーヴァスの様子を見ても、確か仕事の依頼も伝書鳩のような鳥を使って行っているようだった。つまり携帯電話のようなものもないということで……ならばまず乙女ゲームなどという存在が伝わるわけがない。


「乙女ゲームについては私も全然詳しくないからあれだけど……多分、本みたいなものだといます」

「本?」

「女性向けの恋愛小説で、主人公の名前を好きに変えられたり、主人公の行動を選択肢から選んで、主人公とかその周辺の人間の未来を選択できる小説……みたいな、感じ。だと思い、ます」


 正直私も説明できるほどよくわからなかった。


「まぁ、なんとなく理解できたかも? で、白雪姫とかいうのは彼女のあだ名? キミがそんな風に呼んでるの?」

「ええと……まず、白雪姫の話からすべきかな。白雪姫っていう童話があるんです」

「童話かぁ。んー、そんな童話は聞いたことがないなァ」

「まぁ白雪姫の世界なんだから白雪姫の童話はないのかもしれません」


 私はスジェルクに白雪姫の内容について話した。

 また、この世界自体がそれを原作とした乙女ゲームの中であろうということも。


 それを聞いたスジェルクは苦く笑った。


「うわ、嫌なこと聞いちゃったなァ」

「嫌なこと?」

「まぁね……」


 スジェルクは曖昧に笑う。それから彼は、白雪姫がこの世界における主人公という意識を持っていること、その理由について聞くと、頷いた。


「なるほど? じゃああの子の意味不明な行動にも一応はきちんと理由があったわけか~☆ 自分が一番綺麗とか言ってるのも全く根拠のない話ではない……という設定なわけだネ☆」

「まぁ……確かに顔は可愛いと思いますし」

「そう? ボクはキミの方が好みだけどなァ」

「そういうわからないはずもないお世辞は結構です」

「いやいや、ボクはお世辞なんて言わないよ? 自分に対しても誰に対してもお世辞なんて生まれてこの方一度も使ったことがないシ☆」


 無意味に腹の立つ発言だった。


「まぁ冗談はいいです」

「いや、冗談じゃなくてねェ。だからボクはこう言いたいわけ。顔が良かろうがなんだろうが、全ての男から愛されるなんて無理だよね☆って☆」


 スジェルクを正面から見つめると、彼はニッコリと微笑む。


「キミは少なくとも、ボクから言わせてもらうのなら白雪姫と呼ばれるあのお姫様より、とても魅力的だ。それに頭も回る。妖精が惚れるとしたらキミの方じゃないかな?」

「……彼らが私を好きにならなければ私が死ぬという設定は――」

「知ってる。それは会話で聞いたから。さて、じゃあボクが知っている情報を君に分けてあげまショウ」


 男はそう言うと、白雪姫と「誰か」との会話について話し始めた。



 まず、その会話は人気のない路地裏で行われていたらしい。そう、それは、私が街に出かけた時白雪姫を追いかけて辿り着いた、あの場所だという。


 そこで、白雪姫は全身を黒で固めた何者かと話していたという。声や口調からすると完全に相手は女性だったようだ。

 白雪姫は突然相手に掴みかかってこういったらしい。「時間の流れを早めるとかできないの!?」と。相手はそれを気に留めた様子もなく、「短気な子ねぇ。私がアナタの要望に従ってあげる義理はないわよ」と言った。

 白雪姫は「あんたが私をここに連れてきたんじゃない、ふざけないでよ! こんだけ待ってあげた挙句、まだダメだなんて信じられないわ!!」と金切り声で返し……



「そしたら相手がねぇ、 「白雪姫であるアナタは待てば十中八九妖精たちの心を手に入れられるでしょうけど、継母は大変よ? リンゴの季節までに彼らに惚れてもらえなければ彼ら自身の手によって殺されてしまうのだから」って言っててさ~」

「つまり相手は完璧にこっちの事情を知っている人ってことですね」

「まぁそういうことになるのかな? ボクも彼女に関してはよくわからない。ほとんど接触がないからね☆」


 スジェルクの言葉について考えてみる。


 これには、大きな情報が二つあった。


 まず、私が妖精たちを惚れさせなければならないタイムリミット。リンゴの季節まで、ということはおそらく今年の秋の終わりから冬まで、と考えて間違いはない。今年じゃない可能性もあるけど……まぁ、短い方に考えて悪いことはないだろう。


 そしてもう一つの情報は、白雪姫の話し相手。


 リオリムからの情報を加味して考えるなら――相手はおそらく「死神姫」と呼ばれていた、道化師の対戦相手だ。つまりは、白雪姫側には私のもとに道化師が現れたように、彼女に与するものがいて……単身でこの「遊び」をしているわけではない、ということ。


「……白雪姫って、まだ城にいるんでしょうか」

「ん?」

「よく出かけているところを考えるなら、白雪姫のいない間に城に行って、白雪姫の自室から何か少しでも情報を得られないかと……」

「んー。ボクが見てきてあげよっか?」

「えっ。いいんですか?」

「別にいいヨ。ボクはかなり好き勝手に動けるからネ☆」


 だから暇な時に鼠の姿で城に不法侵入してきてあげる☆とスジェルクは笑った。


「じゃあお願いします」

「うん、お願いされマシタ☆ では、キミの情報とボクのそういう系の情報の話はこれで終わりにして……この世界、この国についての話に移りたいと思います☆ けど」

「けど?」


 スジェルクは首をかしげて、


「もうそろそろ夜も更けるから寝た方がいいんじゃナイ? 時間はあるんだから、この世界についての話は明日にでもしようヨ☆」

「……逃げませんか?」

「逃げないヨ!? なんでそこ疑われてるノ!?」

「いえ、約束を守りそうにない感じの人なので……」

「ひっど!!!!」


 スジェルクは大袈裟に悲しむような素振りを見せたが三秒ほどで立ち直り、指切りをして去っていった。


「……騒がしい人だった……」


 と呟いてから、そういえば床の血痕を拭いていなかったことに気づく。今からでも雑巾を探しに行こうかとも思ったけれど、面倒なので明日にしようと思い直す。


 部屋を照らしている蝋燭の火を吹き消し、ベッドに入って目を閉じる。


 そうして脳裏に浮かんだのは、砕けた鏡の欠片だった。


「……早く、何とかしないと……」


 けれど解決方法など簡単に思いつくわけもなく、悶々と考えているうちに、意識はいつの間にか、闇の中へと落ちていった。











「……Schneewittchen」


 スジェルクは小さく呟いた。


「ただの物語じゃないってことか。絶版ダカラナ……とりあえず、探さないとネ☆」


 やることが山積みだナァ、とため息をつくと、背後から冷淡な声がかけられた。


「何をぶつぶつ一人で呻いている」

「呻いてないヨ☆」


 振り返ったスジェルクはその姿を見て微笑んだ。

 白い髪に水色の瞳をしたその男の耳はスジェルクと同じく尖っていた。


「ね、悪い子じゃないでショ」

「わたしは知らん。ヘルシャーの障りにならねばそれでいい」

「君らしいナァ」

「……シュネーヴィトヒェンがどうした」


 男がスジェルクに訊ねると、スジェルクはふっと笑った。


「……カギになりそうだナァ、って、ネ」

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