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32.apple

「明日の早朝に、我々はここを発つつもりだ」


 夕食の後、ルーヴァスは私にそう言った。


「早朝? ええと……朝食は?」

「今日のうちに何か作っておくよ。明日は俺の当番だからね。姫にはちょっと申し訳ないけど……その、早々に俺も今日は寝るつもりだし、あんまり凝ったものは作ってあげられないと思う。ごめんね」


 カーチェスははにかみながら申し訳なさげに私へ謝った。


「いえ、そんな。謝っていただくことじゃないです。私なんかただの居候で……」


 そう言ってから、ふと思う。


 彼らは明日、仕事に行くから今日は早々と寝るつもりだという。

 だが当然、仕事のない私にはその必要がない。ならば、カーチェスに朝食を作らせるよりも、私が作ったほうが良いのではないだろうか――


 そう思い、声を掛けようとしたところではたと気づく。


 ……リオリムがいない。


 リオリムがいないのなら、私にはまともな料理のひとつも作れるはずがない。


 本来ならここで料理をする、と言ったほうが彼らにも好感を持ってもらえるのだろうが、私は口をつぐむしかなかった。


「……姫?」

「え? あ、何でもないです。すいません、急に黙り込んで。……あの、私のことは気にしなくて大丈夫です。ですから、カーチェスも早めに体を休めてくださいね」


 そう言うと、カーチェスは瞬きを繰り返してから再びはにかみ、「あ、……ありがとう」と目を泳がせて言った。


「あ、そうだ。僕、姫に何かお土産でも買ってきてあげようかー?」


 ユンファスがへら、と笑って言ってくる。


「え? どうしてですか?」

「だってここにいても君、やることなさそうだし、つまんないでしょ。なんかあったほうがいいんじゃない?」

「あ……お気遣いありがとうございます。嬉しいんですけど……でも、私はただの居候ですから。どうぞ、気にしないでください。私よりも……みなさんの方がすごく心配なんです。狩りって私はよくわからないんですけど……武器を使うんだから危険なお仕事なんですよね? どうか無事に帰ってきてください」


 私がそう言うと、ユンファスは目を見開いた。しかしすぐに普段の軽妙な雰囲気を取り戻して笑い、「あは、姫ってば優しいよねぇ。ありがとー」と言う。


「では今日はこれにて解散だ。明日の早朝、ルピナスの刻までに出立の用意を各自、済ませておいてくれ」

「はーい」

「了解ひちっ」

「わかった」

「わかったよ」

「うん……」

「解りました」


 各々の言葉が放たれると、完全に解散となった。






「……」


 自室へ戻ると、私はそのままベッドに倒れ込んでどうしようか、とふと考え込む。


 リオリムがいないからといって妖精たちがいない時間を無為に過ごすつもりはさらさらない。できるかぎりこの世界について調べておきたい。


 とはいえ、恐らく書物のたぐいは、この世界の文字がわからない私には読めない。リオリムに教えてもらう予定だったが狂ってしまった。


 ……どうしようか。


 ぼんやりと、部屋の天井を見上げる。


 そういえば道化師はいつもどこにいるのだろうか。あの男ならこの世界についてきっといろいろ知っているだろうに。いや、彼に会うのなら、まず真っ先にリオリムを元に戻して欲しい。唯一私に味方してくれる人を、このまま失ったままなのはごめんだ。


「……」


 意味もなくベッドから身を起こす。視界に広がるのは殺風景なほど何もない部屋の中。


 と、床に視線を落とすと、変色した血痕を見つけた。さきほど私が鏡を割った際に流した血の跡だ。


「……拭いておかないと」


 私はベッドから立ち上がり、雑巾を探しに部屋の扉を開けた。


「ハァイ、コンバンワ☆ あっれ、ボクに興味ある? でも教えてあげな~い、あっは☆」


 扉を閉めた。


 ……い、今のは一体何だ。


「ちょっと、扉開けてヨ? ボクは敵じゃないよ~」


 待て、おかしい。なぜこの家にはわけのわからない奴がこんなに出入りできるんだろうか。


 いや、先日のあのスパイダーとかいう変な男は確か道化師絡みだった。正確には道化師の対戦者絡みの男だった。

 じゃあ今ドアの前にいるのも……


「ほらほらお姫様~? 開けてくれないと歯で齧って齧ってドア食べちゃうよ?」

「って、そんなことできるわけあるかっ!!」


 と言いつつも扉を開けると、意味不明なくらい楽しそうに笑っている男が「コンバンワ☆」と告げてきた。


 ……。


 …………。


「だれ」

「ボクの名前? 知りたい? ボクに興味津々なんだぁ~、嬉しいな~。いやぁ確かにね、ボクも思うんだ、こんなに格好いいのにモテないわけないよねぇ☆」


 どうしようこいつこの上なくうざい。


 耳から流れ込んでくる情報を完全無視して、私は目の前の男に視線を素早く走らせた。


 灰色の髪。真紅の瞳。すらりとした体躯は中性的で、見た目的には長髪も重なって性別の判別が付けにくい。とはいえ明らかに声は男だったのでこれは男なのだろう。

 続いて顔の両サイド。耳は妖精たちと同じく、異様なほど尖っている。つまるところ、この男は――


「……妖精?」


 ぽつんと呟くと、男は瞬きをする。


「んんん? あ、耳? ざんねーんでしたー☆ ボクは妖精じゃありません☆」


 てへっ☆と笑う男に私はげんなりとして言葉を失った。


「あっれなになに? ボクの格好良さに目と心を奪われて結婚したくなっちゃった? あっは、仕方ないなぁ~もう」

「キモい」

「んん? あぁ、スジェルク君格好良くて素敵☆ 愛してるワ☆って? いやぁ~、キミ見る目あるね! ボクもそう思うよ! いい子いい子~」


 男は私の頭に手を伸ばし、撫で撫でしようとしてきたが大変気色が悪かったのでその手は一応払い除けておく。


「あっはツンデレちゃん☆」


 男は楽しそうに笑った。


「……もう一回聞きます。誰ですか?」

「ええ? そんなにボクのことが知りたいの~? 仕方ないなぁ。ボクはねー、世界一格好いい男、その名もスジェルクさ☆」


 あぁなるほど頭がおかしいんだとわかった。


「わかりました。どうもあなたと私には縁がないみたいです。どうぞあの世にお引き取りください」

「あははは、縁が無いわけないじゃない☆ だってボクは、キミの命の恩人なんだからサ☆」


 その言葉に、扉を閉じようとしていた手を止めた。


「……どういう意味ですか?」

「あれ、本気でわかんない? このCOOLな姿を見ても?」


 スジェルクと名乗った男はくるりとその場で一回転してから、にっこりと笑って私を見つめた。


「ボク、白雪姫からキミを守ってあげたんだけどな?」


 ……白雪姫、から?


「……あなたは……だれ、ですか」

「だから☆ 世界一格好」

「そこはいいです、聞きたくないです」

「あ酷い☆」

「質問を変えます、……あなたは白雪姫となんの関わりを持っているんですか?」


 私の問いに、スジェルクは笑ったまますぅっと目を細めた。


「それ、ボクが答えてあげる義理、ないよねぇ?」


 ……答える義理?


「ないですね」

「じゃあ教えてあげない☆」

「でも聞きます」

「あ、すごいメンタルの強さ」


 と感心する男にかなり腹が立ったので、私は男の胸ぐらを掴んで笑って聞いてみた。


「白雪姫となんの関わりがあるんですか?」

「え、怖いかも☆」

「答えてくれれば怖くないので、どうぞ答えてもらえませんか?」

「え、何かホントに悪役っぽい☆」


 その言葉にハッとした。


「あなたも道化師絡みですか」

「んん?」


 私を悪役と呼ぶということは、この世界の「回り方」を知っているということだと見て間違いはないはずだ。だってこの世界の住人なら……まぁまず間違いなく強奪だのなんだのをする白雪姫の方が悪人に見えるだろうから。


「道化師の手下ですか?」

「あ、それは誤解かな☆ 手をどけてネ☆」


 スジェルクは胸ぐらをつかむ私の手に自分の手を添えると、


「ボクははっきり言って誰の味方でもないよ☆」


 と笑う。


「……誰の味方でもない?」

「でも、気が変わったかな☆ キミ、かなり面白い子だし」


 スジェルクはそう言うと私の手を外させて、こう言った。


「ボクは精霊。我侭お姫様に見つかりかけたキミを助けてあげた、灰色の鼠だよ☆」


 と。

さて。


大変面倒なお方が、ようやくお出ましになりました。


スジェルク。


リオリムが側にいない主人公を導くのかどうなのか……


かなり癖の強い人物……っていうかもうこれただのナルシストですね、はぁ。どうしてこうなった。一応もともとはただ単に軽いだけのはずだったのに。……まぁいいや、言っても仕方ないことですね……


彼は攻略対象ではございませんので悪しからず……



はてさて、今回はこの程度でずらかりましょう←え




それでは、これにて失礼いたします。



ではでは以上、正月が恋しい天音でした。

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