白雪姫side.1
「お継母さま? お継母さま! どこにいらっしゃるのですか?」
城の中、狂ったように城内を探し回る少女――“白雪姫”。街を歩けば十人の男が十人とも振り返るような愛らしさ、美しさ。着る服が汚れていようと、その美しさはやはり、光り輝くばかりだ。しかし――
「……アイツ……まさか、逃げやがった?」
およそ可憐な外見からは予想もつかないような汚い言葉遣いが、その美しく赤い――血のように赤い唇から吐き出される。
「ふざけないでよ! あんたは私が眠りについてそれを小人たちが見つけて小人たちに殺されるのよ! 殺される運命のくせに、ただの凡人のくせに、なに逃げてんのよ!!」
可愛らしい顔を歪め、白雪姫は玉座の後ろに向かって行った。そして迷うことなく黒いカーテンを両手で思い切り開き――
「きゃっ……!?」
床に散らばった鏡の破片と、無残にも額しか残っていない壁掛け鏡を見てわなわなと唇を震わせる。
「なに――何してるのよ! 鏡の精は攻略キャラクターなのよ!? 何で鏡を割ってるのよ……!」
と、いきり立った白雪姫が怒りで顔を真っ赤にした時。
「……あーあーあー、女の子がそんな怖い顔したら、可愛くても台無しだよー」
そんな声と共に、鏡の破片に言葉を失った白雪姫の背後に赤髪の男が現れた。男は煙管に唇を寄せ、それから煙をふーっと吐き出す。無論、あの道化師の格好をした男である。その姿は変わらず透けていた。
振り返って赤髪の男を認めた白雪姫は、瞬時に可愛らしい表情を取り繕い、
「あ、あなた……鏡の精さん? 私に真実を教えてくれるの? お継母さまがいないんです! どこか教えていただけませんか……!?」
胸の前で手を握り締め、切実な表情で男を上目遣いに見上げる。
しかしそれに対する男の態度は大変淡白なもので、首をかしげてニマニマと笑い、
「君の継母さんがどこにいるかは知ってるけど、僕は鏡の精じゃないからなー。それには答えてあげられない、ごめんね」
およそまったく謝罪の意が感じられない軽薄な態度を改めることもせず、ゆるりと白雪姫を見つめる。
白雪姫は一瞬男のいい加減な態度に顔を歪めたが、再び可愛らしい表情を繕うと、
「あ、あのじゃあ……あなたは、えっと……もしかして、狩人さん?」
「白雪姫の心臓を狙う狩人はもう白雪姫の頭の中にしか存在しないんだよね。だからそれも外れ~。ちなみに知ってた? 狩人が実在してたら女王様に豚の心臓じゃなくて猪の肺と肝臓を捧げるんだよ。猪さん可哀想ー」
意味が分からない上にやけに不気味なことを淡々と言ってのけ、ひらひらとふざけた様子で手を振って笑う男。その飄然とした様子に苛立ちを頂点に募らせた白雪姫は思い切り怒鳴りつけた。
「なん……何なのよあんた!! 私はね、忙しいのよ! 用が無いなら即刻消えなさい!!」
「あーそうそう忙しいよねごめんねー。僕も忙しいんだけどねー。じゃあ手早く用済ませて消えるねー」
そう言うと男はにっと微笑んで白雪姫に向かって手を突き出した。それに白雪姫は一瞬怯んだが、男はそれ以上近寄る様子もない。かわりのように、何事かをぶつぶつと呟き始める。
「天と地の狭間より、赤き道化師は君の名に、罪と夢を裁かんとす。奏でる音は断罪を、途切れた弦は罰を謳え。我、世界の行く末に、神と人との果てを見る」
彼が唱え終わった途端、空中に妙な文様が空中に浮かび上がり、それは白雪姫の胸の中へと飛び込んでいった。
「きゃ!! な、何するのよ……何したのよ!!」
予想外の事態に混乱に陥った白雪姫は焦ったように問い詰めるが、男はつかみどころのない笑みを浮かべるだけだ。
「内緒~♪ じゃあ頑張ってねー、我侭姫の白雪姫」
男はそう言ってやはり笑いながら、霞のように消えていった。