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2.apple

「…………ここか」


 私は、こじんまりとした割と可愛らしい家の前で立ち止まった。精霊の指示を受けながら歩きつづけること約二十分。ようやく小人の家に辿り着いた。


 小人の家は小人が住んでいる割にかなり大きかった。

 その家の前で、私はふと思ったことを鏡に聞いてみた。


「あの、鏡さん、ちょっといいですか」

『はい、何でございましょうか、お嬢様。――言い忘れておりましたが、わたしに敬語など使われずとも大丈夫ですよ。どうぞ自然な話し方でお話しいただければ』

「え……いいんですか」

『はい、お嬢様さえ良ければ、そのようにしていただけるとわたしも光栄な限りです』

「じゃあ……うん。自然体でいきます」

『はい』


 私が敬語を使わないことにすると、何故だか鏡の精は少し嬉しそうにうなずいた。


「それで、あの。最初から不自然にも好感度MAXになる白雪姫はともかく、私がこの家入って勝手にお掃除とか始めたら、普通に不法侵入者だよね」

『……たしかにそうですね』

「じゃあ家に入るべきじゃないよね。でも、家の前にずっと突っ立ってるのも不審だよね?」


 私だったら一発で通報するもの。

 しかも突っ立っているだけじゃなくて「あの、惚れてもらえませんか?」とかもう明らかに頭おかしいよ。不審者とかそういう勢いどころじゃないよ。


「……どうすべきだと思う?」


 私が質問すると、鏡の精は少し考え込んだのち、首を傾げた。


『……家の前で行き倒れのフリ、はいかがでしょう』

「行き倒れ?」

『奇跡的にここまではたどり着いた。しかしもう迷いの森を歩く気力が無い、死にかけ……といった演技で、相手の同情心を誘う、とか。幸い、彼らは情深い性格をしているようです。恐らくお嬢様を助けてくれることでしょう』


 ……なるほど。


「……でも、行き倒れが回復したらすぐに家を追い出されない? 追い出さないで~って泣きついても不自然だよね……。そもそも、なんで行き倒れになったのかっていう疑問もあるけど」

『そうですね……ではこうなったらもう、記憶喪失のフリです。行き倒れに加えて記憶喪失なら、絶対同情を誘えます。恐らく記憶喪失が回復するまで置いてくれるでしょう。やってみる価値はあるのではないでしょうか』


 なるほど、それならいける気がする。

 小人たちには申し訳ないけど、しばらくそれで住まわせてもらおう。

 ……何か親切心につけ込むようで物凄く良心の痛くなる計画だけど。


『さぁ、家の壁に寄りかかって。小人たちがそろそろ帰ってきます――あぁ、そうです。一つだけ、お嬢様にお願いがございます』

「お願い?」

『はい。わたしの存在は、誰にも伏せておいて欲しいのです』


 ……なんで、そんなことを?


「ええと、誰にも話さなければいいの?」

『はい。白雪姫は勿論、小人や王子に会ってもです。できれば鏡の存在も悟られないようにしてください。……魔法の鏡だと知れればお嬢様は「魔女」と呼ばれ弾圧される可能性もございます。この世界はお嬢様のいた世界と同じように、魔法が一般的ではないようですから』


 な、なるほど。


 私は「わかった」と頷き、家の壁に寄りかかって目を閉じた。


 小人って初めて見るけど、どんな感じなんだろ。

 まぁ、この世界の元が乙女ゲームだとかあの赤毛の道化師が言ってたから、恐らく容姿は整っているんだろう。多分、私の容姿が惨めになるくらいには。


 ……それにしても、はぁ。

 元の世界には、戻れないのか。


 無事白雪姫から逃げおおせたら戻れるとかないのだろうか。

 本当にこれで一生このおかしな世界で生きていかなきゃいけないのだろうか。

 もし本当に戻れないなら、受験勉強なんかしないで、美味しいものとかもっと食べておけばよかったなぁ……


 そんなことをつらつらと考えている時だった。


「そもそもああいうケチくさい依頼人の依頼なんか受けなければ良かったんですよ。お陰で無駄足になったも同然じゃありませんか」


 なにやら不機嫌そうな声が聞こえてきた。


 ……まさか小人たち?


 随分大人びた声だけど……


「でも、本来なら俺たちに対する依頼自体少ないしさ……頼んでくれたのを感謝すべきなんじゃ……ひくちっ」

「……申し訳ない。わたしのせいだな」

「ち、違うよ! へちゅっ、ルーヴァスを責めてるんじゃないよ!? へちちっ」

「一体貴方はいつまで花粉症をやっているんです? 一年中頭の中が花粉だらけのお花畑になっているんじゃないでしょうね」

「あ、花粉症を侮っちゃダメなんだからね! ひくち! ほんと辛いんだから! ひくち!」

「うんうんそうだよねー。はいお花あげる」

「待て、それは」

「わぁ綺麗、ありが……へっくしょん! は、は……待って花粉出さないでへっくしょーい!!」

「やかましい人ですね……」

「こらユンファス、やめてあげないとダメだよ。リリツァスが可哀想でしょう」

「だってこんな面白いおもちゃ」

「俺おもちゃじゃないからぁあああへちぢっ」

「――強く生きろ」

「……ぐぅ……もう……おなかいっぱい……」

「ほら、エルシャス起きて。あともう少しで家だから。ね」

「んん……」

「おい、起きろ」


 ……なんて緊迫感の無い会話。いや別にここで妙な緊張感を持ってこられても困るんだけれども。


「……あれ? 家の前に、誰かいる……」


 うわぁ気付かれた! いや気付かれる為にここにいるんだけど。


 私は目を閉じたまま彼らの会話に耳を傾ける。


「……確かに、誰かいる。人間か?」


 草を踏む音が段々と近づいてくる。身がこわばるのを感じたが、極力動かないように努めた。


「ずいぶんと酷い身なりの女性ですね。物乞いか何かでしょうか?」


 うぉおおおい!! ちょっと!! その発想は酷いよ!!


「……物乞いのためにこの森に入るものはいないだろう。どこかの国の逃亡者と考えるのが妥当ではないか?」


 逃亡者なのは合ってるんだけど、なんかその言い方だと私が犯罪者みたいなんですが……

 犯罪者はどう考えても私じゃなくて白雪姫です。


「……ねむぅい」

「君はもう少し会話に参加しようねー。で、どうするのこの子?」

「面倒そうだから捨て置きましょうよ。そのうち熊が掃除にきてくれます」


 嘘それ食われるってことじゃない! こんなところで死ねと!? どこが慈悲深いの!? ちょっと鏡さん! ヘルプミー! この際信用できないけど赤髪のあの男でもいいよ、誰かこの小人たちを止めてくれ!


「待て。面倒事を運んできたかどうかはまだ判らないだろう。介抱くらいはした方が良いのではないだろうか?」


 面倒事は運んできました本当にすみません。でもお願いだから介抱して! 慈悲を!


「貴方は人が良すぎるんです。いいですか? 今回の依頼主から渡された報酬金はこれっぽっちしかないんですよ。判ってます? そこの所判っててその発言なんですか? 現実見えてます?」


 ジャラジャラとお金が乱暴に振り回されるような音が聞こえる。お金を乱暴に扱うからお金が入ってこないんじゃないんですか? お金は大事にしないと……


「だが、相手は女性だ。あまりに無下ではないか」


 フェミニスト? そんな人って本当に実在するんだ。さすがは乙女ゲーム。世界が違いますね。

 少しばかり熱心に言い募るその声は真剣そのもの。私のいた世界では絶対にありえないだろう。こんな親切な人なんて。


 すごいなぁ、と呑気に私が感心しているのを他所に、今度は打って変わって北風の如く冷たい声が耳朶(じだ)を打った。


「知りませんよ。こんな森に足を踏み入れる方が愚かなんです。大方行き倒れでしょう? ならそのまま放っておけば良いんですよ。あぁもう空腹すぎて腹と背がくっついてしまいそうです。さっさと夕食にいたしましょう」


 情に厚いって何だっけ。


「……でも本当に可哀想だよ。こんなに服もボロボロだし、多分凄く森の中で迷ったんじゃないかな」


 そうそう可哀想だよ森では迷ってないけどね!


 というか敬語野郎、滅茶苦茶薄情。他の人は確かに割合情に厚そうだけど、こいつも小人だというなら口説くのは無理だよ……いやでも十中八九小人だよ……いきなり初っ端から詰んだよ……


「……んんー? あれぇ……、ぼく、なんかこのひと、見たことがあるー……」


 ……え?


 幼い声の言葉に、しんとその場が静まり返った。

 やがて、


「……確かにわたくしも……どこかで……」

「そうだね、何か俺も見たことある気がする……」

「わたしも見覚えがあるな」

「俺も、ひくちっ、ある気が、ひくちっ、する、っち!」

「俺にもある。確か街の方で……」

「……あー、僕判った気がする! ねぇ、この子あの人だよ。コーネリアから嫁いできた貧乏くじ引いたお姫様!」


 びんぼ…………なんだって?


「あぁ! あの新聞にも載ってた不幸なお姫様ですか」


 え、いやちょっと待っ……


「なるほど。あの我侭娘の母親になって苦労するだろうと言われていた姫君か」


 あの……。


「そもそも政略結婚とはいえ年齢差が可哀想だったよね。ほぼ親子みたいな人と結婚させられてさ」


 ………………。


「っていうことは、夫と娘から逃げてきたのかな?」


 ……………………。


「いや、王の方は死んでた筈だ。今は確か女王と我侭姫しかいないと聞いたことがあるぞ。おそらく没落するのではという噂を聞いたな。路頭に迷うだろう、とも」


 ……なに? 私そんなひどい役柄に転生しちゃったわけ?


 貧乏で? 我侭娘がいて? もう死んでるけどロリコンのおっさんと結婚させられて? 没落寸前で? 路頭に迷うのほぼ確定の女王様?


 ……いいところ一つもないじゃない!?


 今更ながら赤髪の男にふつふつと怒りが湧いてくる。


 あいつめ。次会ったらただじゃおかないんだから。


 物理攻撃が効かないなら精神面でめっためたに傷つけてやる……っ。


「どうするの……? ぼくも……おなか……すいた……」

「貧乏女なら尚のこと助ける必要は無いでしょう。食事にいたしましょう」


 やめて! その発想ほんとにやめて!! 貧乏なの否定しないし個人的に面倒事にかかわりたくないというその気持ちはわからないでもないけどほんと今だけは勘弁して!!


「待て、シルヴィス。あなたは薄情すぎるだろう」


 ああ! 小人の誰だかわからないですけど、ほんとに感謝します! 思いっきり全力で面倒事持ち込んできたけど助けてください!


「そうだよー。女の子なんだし、可哀想じゃない。これがむさい男とかだったら僕も熊にあげていいと思うけど、僕もルーヴァスに賛成ー。それに、女王なら……ねぇ」


 …………あの……。もう一度確認したい。ほんとにこいつら、情深いのか?


「……とりあえず、朝起きたら知らぬうちに家の前が血まみれと言うのはあまりに寝覚めが悪い」


 それは言わずもがな私の肉片と言うことですね! っていうかいっそ肉片すら残ってないと言う状況ですね!!


 ……私は寝覚めが悪いじゃすまないんですけど!! 


「それはそうかもしれませんけど、貧乏女ですよ? 介抱しても何の得にもならないではないですか。血まみれになっていたら水で洗い流せば済む話です。大丈夫ですよ、雨が降ればいずれは消え失せます」


 お前には情と言うものがないのかッ!!


 大体洗い流せば済むって何だ。血ですよ血。家の前にべったり血がついててもあなた平気なんですか! 怖くないんですか!! 私は怖いよ!! 普通の神経してたら怖いはずでしょ!! 怖くなくても気持ち悪いよね!?


「まぁいいじゃない。ルーヴァスの言うとおりにしようよ」

「貴方が口を挟むと心底苛立つ」

「大丈夫、それはお互い様~」


 何やら喧嘩のような雰囲気が漂い始めた頃、ぱんっと一つ、手を打つ音が響いた。


「状況は見えないが、何にせよ助けよう。このまま捨て置くなど、わたしにはできない」

「貴方らしいと言えばらしいですが……はぁ。……わたくしはそんな女、知りませんからね」


 …………え……折れた、のか? 敬語の小人。


 ちょっと待って、じゃあ……生き延びれる可能性が出てきた……って、こと? そういう風に受け取ってもいいんですか?


 …………普通に死ぬ気がするけど、とりあえずここまで来たからには後には引けないだろう。


 とりあえず、死なない為に全力で当たって砕けろ、だ…………!!


 ……死ぬとしか思えないけど!!


 お父さんお母さん、顔も知らない七人を惚れさせるために色々馬鹿なことをするであろうろくでもない娘を、どうかお許しください……













 むかしむかし、あるところに姫がいました。

 黒檀の髪、血のように赤い唇、そして雪のように透き通った白い肌。少女は白雪姫、と呼ばれ、さらに美しく育っていきました。


 しかしそれを、面白くないと思う者がいました。

 女王である、白雪姫の継母です。


 継母は日に日に美しくなる白雪姫を疎ましく思いながら、毎日、真実を語る鏡に問い続けました。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」


 鏡は毎日答え続けました。


「女王さま、それはあなたです」


 鏡がそう答えるうちは、白雪姫は平和でした。


 しかしある日、継母がいつものように訊ねたときのこと。


「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」


 鏡は、ついにこう答えてしまったのです。


「女王さま、あなたは確かに美しい。けれど黒檀の髪で、血のような唇の、雪の肌を持つ少女こそが、この世で一番美しい」


 継母はすぐにそれが白雪姫だとわかりました。そして狩人に命じたのです。


「白雪姫を殺しておいで。その証拠に、白雪姫の肝臓を持ち帰りなさい」


 しかし狩人は哀れな美しい少女を、殺すことができませんでした。狩人は白雪姫に逃げるように言い、猪からとった肝臓を継母に嘘をついて、白雪姫の肝臓として渡しました。


 継母はそれに満足しましたが、鏡には全てがわかります。再び継母が「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」と問うと、白雪姫が生きているとわかってしまいました。


 継母は、自分の手で白雪姫を殺そうと決めました。


 しかし、白雪姫を庇うものたちに邪魔をされて、結局白雪姫を殺すことができませんでした。


 その後、継母は死んでしまったと言います。


 誰かに殺されたのか、自害したのか、良心の呵責に耐えかねたのか。


 誰にもわかりませんでした。


 そして白雪姫は、愛した隣国の王子といつまでも幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。






 ……けれど。



 真実は、誰も知らない。

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