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13.apple

「――っ……つ、また派手に投げてくれたものですね……。……? 何を呆けているんです」


 ようやくシルヴィスは目覚めると、彼は私を認め――目を細める。


「……何かあったんですか?」

「あっいえ! 別に、何も」


 私が慌てて作り笑いを浮かべて手を振ると、彼は私をじっと見た後、ふいと目をそらした。そうですか、と呟き、台所を見やって顔をしかめる。


「下手の横好きとはまさにこのことですね……。流石に止められなかったのでしょう?」


 恐らくエルシャスのことを言っているのだろう。


「あ、はい。止められない、というかその、何か一緒にいられる雰囲気じゃなかったので……」

「料理となると他に構いませんからね、彼は。まぁこの件については仕方ありません。ところで、皆はどうしています」

「あ、皆さん作業に行かれました。リリツァスは洗濯ですけど」

「そうですか……」


 外を見やるように扉に視線を投げるシルヴィス。


 彼の袖口に擦れたような跡を見つけ、私は思わず


「……あの、大丈夫ですか」


 と訊ねていた。


 それに彼は私を振り返ると、ふっと静かに笑って、俯く。


「心配など無用です。……どうせ目的さえ果たせば枯れる身だ」


 最後の方はとても小さく呟かれた。恐らく独り言だろう。


 彼はやがて、無意識なのかゆっくりと自らの首の辺りに触れた。ちょうど刺青があったところである。今はちょうど髪と襟に隠され、全く見えはしない。


「……はぁ、仕方ありませんね。わたくしも手伝いに行きますか……」


 彼はそう言うと立ち上がり、外へと出ていった。


「……刺青……」

『お嬢様、どうかなさいましたか?』


 小さく潜められた声がポケットから聞こえてきた。それに私は、


「あの刺青、見たことがある気がするの……」


 私の言葉に、リオリムは不思議そうに訊ねてきた。


『刺青、ですか?』


 あぁそうか。ポケットの中に鏡を入れているから、彼には見えていなかったのかもしれない。


「ごめんね。見間違いかも……なんでもない」


 いくら不可抗力で見てしまったとはいえ、もしかしたら彼自身は隠しているものなのかもしれないのに、おいそれと言いふらすような真似はできない。そう考えて私はリオリムにも黙っておくことにした。


 リオリムは私の態度に不審なものを感じ取っているだろう。しかし再び問うようなことはしなかった。


 ……あれは本当に、一体何の印なのだろうか。


 見覚えはある。確かにある。けれど、どこで見たのか、まったくわからない。


『……お嬢様?』


 黙り込んだ私に、リオリムが声をかける。


「何でもないよ。……さてっ、私も死にたくないから逃げよっと」


 そういうと、私はそそくさと外へ出たのだった。





『お嬢様、僭越ながら、そろそろ』

「いや、絶対帰れる。たぶん帰れると思う。だからあともう少し自力で頑張らせて」

『……はい』


 やや困惑顔でリオリムがうなずいた。


 私はそのままあたりを見回す。


 現在の状況。


 おそらく、迷子、というやつだ。


「完璧に私、こっちから来たはず。さっき、この木を見た気がするし」


 そもそもなぜ迷子になったのかというと、まぁ呆れた話なのだけれど。


 干していた洗濯物を地面に落としてしまい、シーツの一枚が土で汚れてしまったのだ。


 リリツァスは聖術でシーツの汚れを消す、といったのだが、私は、私が汚したのだから私が洗うと言い張った。


 そして、シーツを半ばひったくるようにして川で洗った。


 シーツを洗い終わり、ほっとしたとき、たぶん気が緩んだのだろう、シーツから手を放してしまった。


 するとシーツは川を流れていき……それを追いかけているうちに。


 迷ったと。


 無事シーツは捕まえたのだけれど、自分の居場所がどこだかわからないのでは話にならない。


 最初は、リオリムを頼ろうと思った。


 だが、もし万一リオリムを家においてきて迷うようなことがあったら、私は帰れなくなる。


 そう考えると、自力で家を見つけられるようになったおいたほうがいいと思えた。


 それに、今は完璧に無謀、という状況でもないのだ。


 何故かといえば、川があるからである。


 そこらじゅうに生えている木とは違い、川は見たところこの周辺にはこの川一本だけのようだ。十分、目印になる。


 だから川沿いに進んではいるのだが。


「んん……無謀かなぁ」

『ですからお嬢様、私が案内させていただくと』

「待って、もうちょっと」

『ですが……』


 と、リオリムが何か言いかけた時。


「!」


 後ろから、がさっ、と草をかき分けるような音がした。


 思わず背後を振り返ると、見たことのない一人の青年がいる。


 金の髪に、蒼の双眸。全身を覆うような長い外套に身を包んでいるその青年は、私を認め、瞠目した。


「どうして、あなたが、ここに」

「え? えと……失礼ですけど、どちら様ですか?」


 訊ねてから、後悔する。この様子だと彼は私のことを知っているようだ。なのに、「どちら様ですか?」では、私は知らないと主張しているも同然だ。知り合いだったなら不審がられるに決まっている。


 しかし、まずったと慌てる私に対する青年の態度は、予想外にも落ち着いたものだった。


 彼は苦々しい表情を浮かべ、ため息をつく。


「……あなたは、俺を知らないのか」


 それもそうか、と落胆したように言う青年に、まずます私は困惑する。


 一体これは誰なのか。


「ええと、失礼ですけど、どちら様?」


 再度訪ねてみると、彼は胸に手を当て礼をした。優雅な仕草だ。


「無礼をお許しください、リネッカ国の女王殿下。俺はしがない旅人ですよ」

「あ……あぁ、私が女王だから知ってるのか」


 妖精たちも私の顔を見ただけで女王だと判断したし、どうも私の顔は相当有名なようだ。正直複雑な気分だが、どうしようもないことなので不満は胸の内にしまっておいた。


「……ふぅん、そう判断するのか」


 青年は礼から直ると、面白そうに私を見た。


「俺の名前は、クランツ」

「はあ」


 私が適当な相槌を打つと、青年――クランツは眉をひそめた。


「聞き覚えは?」

「ありませんけど」


 と即答してから、後悔する。もしかしたらこの世界の有名な人なのかもしれない。


 と、後悔に後悔を重ねている私を見て、クランツは笑った。


「ま、別に聞き覚えがなくても……というか忘れられても自然なのか。こんな身分じゃあね」


 と、彼は自嘲するように笑ってから、私に訊ねてきた。


「女王様がこんなところで何してるんです?」

「あ、砕けた口調でいいですよ」

「そう? じゃあ遠慮なくお互い普通に話すとしようか。それで? 何してるの? 見たところ供もいないみたいだけど」

「あー……」


 供を雇えるお金はないから一人で娘から逃げてきました、と、言ってよいものだろうか、これは。


 というかそもそも、女王が城から逃げ出す行為自体、あまり褒められたものではない気がする。


「ええと、お散歩中」


 絶対ありえない答えだが、とりあえずそう答えてみた。


 すると、クランツは先ほどよりさらに面白そうに微笑む。


「ふうん? お散歩中ね。女王様が。迷いの森の中を、一人で?」

「あぁ、まぁ、なんというか、そんな感じ」


 どんな感じなのだ、と自分で突っ込みそうになったが、そんな私に、クランツは目を細めた。


「ふうん。変わった人だね、あなたは」

「……」


 これは貶されているのかな!!


 とは言え、彼が言った通り不自然極まりない状況ではあるので、反論もできなかった。


「あなた、見たところ人間でしょ? あなたこそどうして迷いの森の中にいるの?」


 リオリムの話を思い出す。確か迷いの森は妖精は許容しているけれど、人間は拒む。だから、人間は迷うのではなかったか。


 そしてそのために、この森に人はほとんど踏み込まないとも言っていた。


 ならば彼は何故この森にわざわざ踏み込んだのだろうか?


「落し物を、したんだよ。この先に」

「おとしもの?」

「そう。だけど見つかったから、これから帰るところ」


 にっこりと笑って、彼はそういった。


「あなたは? いつ帰るのかな」

「えっと……まぁ、そのうちに」

「供をつけないで歩いているなら、早く帰ったほうがいいんじゃないかい?」


 どうでもいいからさっさと消えてくれないだろうか……


「あぁ……まぁ、そうかも」


 おざなりな返事を返すと、


「送っていこうか?」

「あ、大丈夫。もうしばらく散歩をしてたいから」

「そう? まぁ、君なら大丈夫かな。じゃあ俺はもう行くよ。あなたはよくここに散歩に来るのかい?」

「えーと、あ、うん」

「それなら」


 青年は妖艶に微笑んで、


「またきっと会うだろう、女王。その時を、楽しみにしているよ」


 そういって、迷うことなくずんずんと森の中へと踏み入って去ってしまった。


 ……正直、面倒事はご免なのでもうお目にかかりたくない。


 そもそも彼はいったい何だったのだろう。やけに自分を知らないか確認してきていた。


「有名な人なのかな?」

『そうかもしれませんが……、それよりお嬢様。そろそろ、その……お帰りになられたほうが良いのではないでしょうか?』


 リオリムが困惑したように言う。


 それに私は空を仰いだ。もう結構日が傾いていた。森の中は木に光を遮られ、だんだんと薄暗くなってきていた。


 もうそろそろエルシャスも暴走……もとい、料理と思われる行為を終えている頃だろう。さすがにもう帰らなければ、夕食が作れないかもしれない。


「……はぁ。それもそうか。ていうか、なんかさっきの男で無駄に疲れたし。ごめんリオリム、案内、お願いしてもいい?」

『かしこまりました』


 そうして私は結局、リオリムに案内されながら帰路についた。


 夕食はどんなものを作ることになるんだろ、なんて呑気なことを考えながら。


 だからきっと、忘れていた。


 何故彼が、迷いの森の中を、平気で歩いていたのか、なんて――

アンケートの回答受付を、締め切らせていただきました。

多くのご参加、誠に有難う御座いました。


ここにて、アンケート結果発表をさせて頂きます。



1位;主人公


圧倒的大差で他キャラを引き離し頂点に返り咲いたのは主人公、継母でした。

ほぼ半数の票を集め、この性格が気に入ったとの声が多く寄せられました。


2位;リオリム


主人公の半数ほどの票でしたが、2位となったのは鏡の精、リオリム。

過去が気になる、謙虚な姿勢が好ましいなどの声が寄せられました。


3位;道化師


少々予想外の順位でしたが、3位に輝いたのは彼、道化師でした。

謎めいた雰囲気が気になる、などの声をが寄せられましたが……えー、この方は攻略キャラではありません……すみません。


4位以降のキャラクターは……接戦で同位が多いので、伏せさせて頂きます。



それでは、これにてアンケート結果報告を終了いたします。


たくさんのご参加、誠に有難う御座いました。

特典がお手元に届いていないという方はお手数ですが、筆者にご一報くださいませ。


また、感想回答特典の配布を開始いたしました。

迅速に対応させて頂くつもりですが、もしも何か不備がございましたらご報告いただけると助かります。

感想回答者の4名様、誠に有難う御座いました。


それでは、今回はこれにて失礼させていただきます。


以上、天音神珀でした!

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