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11.apple

 翌日のことである。


「……シルヴィス、さぼっちゃ、だめ」

「だって何だって私がこんなことをしなきゃならないんですか。ただの居候に何故、」

「あなたも姫の料理を口にしただろう。文句をいわずに手を動かしてくれ」

「……」


 間髪いれずに返されたルーヴァスの叱責に、シルヴィスが口の端を歪めて黙々と木の板を磨き始める。


「何か、ごめんなさい、みなさん……」


 流石に申し訳なくなり私が頭を垂れてそう言うと、ルーヴァスとカーチェスが、


「心配しないでくれ、姫。大した作業ではない」

「そうだよ。あんまり気に負わないで? みんなのベッドも自分たちで作ったわけだしね」


 と口々に言ってくるが、その言葉にいささか驚きを禁じえない。


 この七人分のベッド、全部が手作りだと言うのか。


 散財を避けているのかもしれないが、そんなに大量に作るのなら労力的に考えて買った方が効率的ではないだろうか。


「そ、そうなんですか?」

「そうだよ~。だからあんまり寝心地良くないでしょ? あはは」

「そ、そんなことありません」


 そう。


 今私たちは、私のためのベッドを一から作っている所だった。


 部屋に関しては、私のために地下の倉庫を空けてくれるとのことだった。

 そうなってくると、自然と私が寝る場所の話が浮かんでくるわけで。


 元々は、買いに行こうか、なんていう話もあった。


『ひちっ、お姫様の使うものだもんね!』と、購入の提案をしたのは、リリツァスだ。


 これに賛成したのはカーチェス。


 反対、或いは少なくとも賛成の色を見せなかったのはその他五人である。理由はバラバラだったが、五人はいずれも、あまり町に行くことに対していい顔をしなかった。



「作ればいい話だ」と、ノアフェスが言うと、真っ先に嫌な顔をしたのは当然の如く彼だった。シルヴィス。


「いいではありませんか、床で寝ていただけば」

「シルヴィス、床は酷いよ」

「そうそう、お姫様が腰痛めちゃうかもよー?」

「勝手に痛めていればいいではありませんか。勝手に転がり込んできて寝床を用意して貰っているんです、充分でしょう」

「シルヴィスっ、薄情……っくしゅ!」

「薄情で結構。そんな面倒なものに費やす時間など持ち合わせておりません」

「時間は持て余すものじゃないぞ。作るものだろ。持ち合わせてないなら作れ」

「……」


 ノアフェスの痛恨の突っ込みにさしものシルヴィスも返す言葉をなくしてしまったようだった。


 そうして今に至るわけだけれど。





「エルシャスは、その……力持ちなんですね」


 私がそう言ったのは、ちょっと衝撃的過ぎる場面に立ち会ったからだった。


 私は、ベッドを作る、ということは木材を買ってきてそれを釘か何かで打ち付けて作るのだと思っていた。


 だが当然ながら、彼らは町に行かないようなのでそんな木材が手に入るわけもない。


 とすると倉庫かどこかに木材が仕舞ってあるのだろうか?


 これも否。


 彼らは何と、木材を木から切り出す作業から始めたのである。しかもその木を切る人材としてエルシャスを登用した。


 七人の中で最も背も小さく幼い顔立ちの彼は、恐らく最年少だろう。力仕事など……と思ったが、それは杞憂だったようだ。


 彼は物凄い力で木を斧で叩き切っていたから。


「ぼく……不器用。力加減……できない。だけど……木を切るなら……できる」


 力加減ができないって……あの、それだけの力を持っている人に言われると大変怖いんですけど……


「僕も僕もー。あんま不器用ではないかもだけど、こういうのって思い切りやれるし、力仕事って嫌いじゃないんだよね」


 そう言うのはユンファスだった。彼もまた、エルシャスと同じく木を叩き切っていた。彼は斧ではなく大剣だったが。


 木を切り終わった後も、その木を真ん中で叩ききって適当な大きさの板に切り出している。


 ある意味どちらも意外すぎる人選ではあった。というかこの面子でこの仕事をできるひとがいること自体が意外すぎる。が、どうやら適任らしい。二人とも難なく作業をこなしている。


 残りの妖精は今の所、丸太から切り出された板に(やすり)で磨きを掛けているところだった。


「少々木が細いな。流石に側面の板は一枚板で作れそうだが……表面をどうするかだな」

「木を繋ぎ合わせればいいんだろうけど。ノアフェス、頼める?」

「構わない」

「じゃあノアフェスに繋いで貰おう。……ねぇリリツァス、さっきから死にかけてるけど大丈夫?」

「心配……ひくち! しないでっち、死には……は……は……はぶちっ! しないと思うし」

「……木の粉がまずいんじゃないですか? 彼に鑢は無理ですよ」

「それもそうか……リリツァス、一旦この場から離れるといい」

「でも作業が……ひくち! 滞る……ひくち! かもしれないよ!」

「ご心配なく。先ほどから貴方の作業は全く進んでいませんので、何も事態は変わりません。判ったら家に引っ込んでいてください」

「うー……へっぷっしょい!」


 しょぼん、と肩を落として家に戻っていくリリツァス。


 流石に言い過ぎではないだろうか……とも思ったが、私が口を挟める立場でもない。


「あの……私、やっぱりお手伝いします」

「心配は要らない、姫。我々は慣れている。あなたは引き続き、洗濯物をしていてくれ」

「でも……」

「大丈夫だよ、姫。本当に心配要らないから。ね」

「そうそう! 姫は洗濯物してて~」


 皆から口々にそう言われ、私は仕方なく洗濯物の作業に戻る。


 それにしても、七人分の洗濯物とは意外と大変である。


 とりあえず、シーツ。何故こんな埃だらけのシーツで寝ていられるのかと思えるほど酷い。息を吹きかけただけで白いものが舞い上がる。おかげでリリツァスのように私までくしゃみを連続でし続ける羽目になった。まぁなんとかそれも、シーツを水に叩きつけてやったので終わったのだが。


 それから彼らの上着。


 各々、自分の物は自分でどうにかするとのことだったが、どうやら上着は洗濯を殆どしていないらしい。それが一年に一度、とか言う頻度ならまだ許せるのだが、どうも五年とか六年とか、そういう単位で洗っていないらしかった。見たところ毎日着用しているようなのに、どう考えてもおかしいだろう、それは。


 というわけで、上着のみ、私が洗うことになった。


 そうして洗い出すと、まぁ所々の汚れが目立ってくるわけで、さっきからずっと奮闘しているわけなのだけれど。


「っていうか皆さんの上着、血痕多過ぎなんですけど……狩人だからこんなに怪我するんですか? みなさん体のほうは平気なんですか?」

「あ、心配してくれてるの? 優しー。もう大好き姫ー」


 へらへらと軽薄な言葉を並べたユンファスに代わるように、カーチェスが説明してくれた。


「殆どは、獲物の方の返り血だから。俺たちはあんまり怪我はしてないかな」

「ならいいんですけど」


 血痕は古すぎて、落ちそうにない。石鹸もないので、これ以上洗っても、血痕は落ちないだろう。諦めるしかない。私は溜め息をついて一度、川に上着を叩きつけた。


「お姫様ー、苛々しちゃダメだよ~」

「一度休んだらどうだ、姫。慣れない作業を休まず続けては疲れるだろう」

「我々を働かせてお姫様は一人お休みですか? いい御身分ですね」

「お前はその板の鑢がけを終わらせろ」

「……」


 シルヴィスは頬を引き攣らせて、再び作業に取り組み始めた。


「でも、申し訳ないです……」

「姫。倒れたら、よくない。一旦、やすんで」

「そうだよ。無理は禁物。さ、休んでおいで」


 エルシャスの相も変わらず眠そうな言葉と、カーチェスのはにかみながらの言葉に押され、私は結局、


「では、少しだけ、いいですか?」


 と休みを貰うことになってしまった。






「……疲れた……」

「姫、お疲れ、っち……くしゅん!」

「リリツァスも、すみません。私のせいですよね」

「ううん、いつもくしゃみばっかしてるし…………っは、……気にし……は、は……はくしょん!!」

「あははは……」


 気にしないで、という傍からくしゃみをされて、気にしないでいられる人が果たしているだろうか。


 何となくひねくれた考えをしつつ、私はリリツァスの淹れてくれたハーブティーを口にした。


「……おいしい」

「良かった……くしゅ! それ、ルーヴァスが作ったハーブティーなんだ。ちょっと台所にあったのを貰ってきたの……ひくちっ」

「あったのを貰ってきた……? って……。いや、うん、なんでもないです」


 まさか勝手に拝借してきたのではないだろうな。いや、きっとそんなことはない。台所にあったんだしね。ないはずだ。というかあっては困る。泥棒である、それは。


「あ、ルーヴァスには言ってないけどね、くしゅん」

「聞いてないですよ!!」


 やっぱり盗んできたのか!!


 っていうかそんな恐ろしい物を私に飲ませたのか!! ばれてここから追い出されたらどうしてくれる!!


「でもルーヴァスは鈍いから、気付かないよ。ひくちっ」

「え」


 ……。


 ルーヴァス、…………鈍いのか。


 あまりそんな感じはしないんだけど……乙女ゲームお約束の、ギャップ萌えという奴だろうか。


 ………………イマイチよくわからないが。


「でもばれたら怒られそうですよね」

「うーん、どうだろ? まぁその時はその時じゃない? あ、俺は怒られなかったよ」


 ばれたことあるのか!!


「泥棒ですよ!?」

「そうなんだけど……あんまりルーヴァスがへちゅっ、美味しそうに飲むからさ。ちょっとだけ淹れてみたらすごくおいしくて、二回目にばれたの」

「かなり早い段階でばれてるんじゃないですか! 鈍くないですよねそれ!?」

「でも、ルーヴァス笑って、はちちっ、飲みたいなら好きに飲んでいいよって。へちっ。自分適当に作ったものだから口に合うかわかんないけどねって。へちゅっ」


 ルーヴァス寛大ですね!?


 ……まぁいいや。あまり深くは考えないことにしよう。


 やや頭を痛めつつそう決心した私を他所に、リリツァスは「あ」と声を上げた。何かと彼を見てみると、何故かどことなくきらきらした瞳で私を見つめてくる。


「ねえ姫! これからまた洗濯物しに行くんだよね!」

「え? あ、はい、そのつもりで」

「じゃあ俺もひくちっ洗濯物させて!」


 思わずぽかん、とする。


 突然何を言い出すのか。


「あ、別に気を使わなくても」

「ううん、俺が洗濯したいんだ! ……は……は……はっぷしゅっ。嫌じゃなかったら一緒に洗濯しようよ」


 嫌ではない。別に、嫌がるようなことは、何もない。ただ、何故突然そんなことを言い出したのかが判らない。


「休んでていいんですよ?」

「動いてたいんだ! ひくちっ俺落ち着きがないからさ!」


 自分で言うことか、それは。


「どうせ俺、こんな身体だからみんなの手伝いはできないし。は……は……だから、姫の手伝いしたいなはくしゅーいっ」


 真剣なのかふざけてるのかわからなくなってきた。


「……じゃあお願いしてもいいですか?」

「うん!!」


 リリツァスは――本当に嬉しそうに笑って、頷いたのだった。


「うれひくちっ、しいっちっ、はっくしょん!」


 ……。

 このくしゃみ、どうにかならないんだろうか。








「姫、どうしたの?」

「いや、何かほんとに気になるなって……」


 と言いつつ、私は川の水に上着を浸したまま血痕の辺りをごしごしと擦り合わせる。が、まぁ、やはりというべきか落ちる気配はない。


 そんな私の手元を覗き込んでいたリリツァスは、私の気にしているものに気付いたらしく笑った。


「そんなの気にしなくてもいいのに」

「そりゃ狩人の皆さんは血なんて見慣れているでしょう。でも私はこんなに血のついている衣服なんて見たことないんですから」

「あぁ、そっか。お姫様だもんね。見ないよね、そんなの」


 私の世界では庶民でも見ません。


 とは、流石にいえない。だから「あはは」と笑って誤魔化す。


「そんなに気になる?」

「はい、まぁ……少し」


 と私が言うと、リリツァスは「うーん」と悩み始めた。


「判った、姫、それちょっと貸して?」

「え? あ、はい」


 言われるがままに上着をリリツァスに手渡すと、彼は血痕を見つめた。


「うーん、これ、あの依頼の時のかなぁ。血は割とつけないようにしてたのに」

「これ、リリツァスの上着なんですか?」

「そうだよ。だから他のに比べて、血痕が少ないでしょ?」


 えっ。それってどういう意味ですか……


「まぁ、シルヴィスには適わないけど……。そんなに姫が気になるなら、消そっか」


 と、血痕に指を這わせる。


 何してるんですか? と、聞こうとした瞬間。


「Lia lia,sau qou」


 リリツァスがよく聞き取れない言葉を呟く。その瞬間、彼の手元が淡く光った。


「え?」


 けれどそれも一瞬のこと。


 光は瞬く間に消え、後には――


「あ……血痕がない?」

「よし、上出来っ」


 えへ、とリリツァスは笑って私に上着を手渡してくる。


「凄いでしょー」

「あ、はい?」

「どうして疑問系……」


 しょぼん、と肩を落としつつも洗濯を再開するリリツァス。


「今の、魔法ですか?」

「聖術。妖精が操る術だよ。魔術は悪魔側だからね」


 ……さっぱり意味がわからない。


「ええと、魔法と何が違うんですか?」

「うーん。術式の組み方も構成も全然違うけど……まぁ、人間の君にはよく判らないよね。えっとね、簡単に言うなら、聖術は神様の力を借りて組み上げる術。魔術は……よく知らないけど、多分悪魔が使う術……かな? 俺は使わないからわかんないや」

「妖精は神様の力が借りれるんですか」

「ん? あれ、知らないの?」

「知らないです」

「……姫って……」


 リリツァスは若干驚いたように私を見てきた。


 何? もしかして馬鹿だって言いたいの?


 仕方ないでしょ! この世界に来てまだ三日目なんだから!!


「世間知らずだって言いたいなら、言ったらいいじゃないですか……」

「そっ、そんなこと言ってないよ! 落ち込まないで!!」


 落ち込んでなんていません。ただあの赤髪男に再び憤りを感じただけです……絶対許さない。せめて私が異常な行動をとっているように見えない世界に飛ばしてくれればよかったのに!


「えーっとね? 妖精は、神様寄りなの。だから、神聖な種族として昔は人間に崇められたりとかしてたんだよ」

「そうなんですか?」

「うん。まぁ、もうそんな人はいないけどね」


 時代のせいという奴だろうか。


「じゃあ妖精は天使みたいなものなんですね」

「うーん。似てるけど、ちょっと違う。天使は、神様の……言い方悪いけど、パシリ」


 言い方が悪すぎる。


「妖精は、もう神様と直接的な繋がりはないんだ。ただ神様に作り出されたからその恩恵を少しだけ受け継いでいるってだけ」

「その恩恵が、さっきの……聖術?」

「他にもいっぱいあるよ。本当に知らないの? かなり有名って言うか……お姫様なら、よく知っていると思ってたのに」

「……常識知らずですみませんでした」

「そんなこと言ってないって!!」


 リリツァスはおろおろと手を空で彷徨わせる。


「妖精は天使と違ってすぐに死ぬし! 病気にもかかるし!」

「……?」


 イマイチ今の話との関連性が見出せない。恩恵の話はしていたが、その話を今の流れで持ち出すだろうか? 訳がわからず彼を見上げると、彼は目を泳がせていた。どうもテンパっているらしい。


「リリツァス、冗談ですから。あんまり困らないでください」

「うう、えっと、あの」

「ほら、洗濯、さっさと終わらせちゃいましょう?」

「あ、えと、うん!」


 そうして私たちは、洗濯を再開した。





「なんです、ふざけた顔をして上手く聞き出すものですね、あれも」

「いや、無意識だろう……」

「だよねぇ。そんなに器用じゃないと思うなぁ」

「とりあえず、「知らない」のだろうということは確認できたね」

「うむ、用心するに越したことはないな」

「用心……がんばる……」


 後ろで六人が聞き耳を立てていることにさえ、気付かないまま――

リリツァスの言葉はデタラメですよ!!


第一声がこれで申し訳ありません。


あ、御読了有難う御座いました。


リリツァスの言葉は、音だけで作りました。


意味など追求されませんように!!←


それから。


この後書きの下にアンケートを設置致しました。


参加者の数に設置した僕が一番驚いております。


引き続き皆様のご意見をお待ちしております。


もしご回答いただいた場合……何かが、起こるかも知れません。※




※誠に申し訳ございませんが、作者の活動報告におけるコメント、あるいはメッセージがない場合、対応は致しかねます(回答者がわからないため)。詳しくは作者の活動報告をご覧下さい。


ではでは、今回はこれにて。

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