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91.apple

「……なに、これ」


 ぽつりと私が呟くも、それより大きな反応をしたのはノアフェスだった。


「……和語だ。何故、ここに和語で訳した本がある?」

「いや、ノアフェスが知らないなら誰もわからないでしょ……」

「ヘルシャーの私物だ。貴様らの与り知らぬは当然のこと」


 ラクエスがそう答えた。


「え、何でルーヴァスがノアフェスの国の言葉で訳した本を持ってるの。ノアフェスにあげようとしたとか?」

「いや、人間の薬の本など渡されても俺が困る」

「そりゃあそうです。この家でその本を使うとしたら姫しかいません」

「ええと……、ラクエスは、何か知っている?」

「知らぬ。知っていたとて貴様らには答えん。いずれにせよそれは貴様らのものではない。元あった場所へ返せ」

「……」


 ラクエスの言葉は、刺々しさが目立つも、まあ間違ってはいない。これはルーヴァスの私物だ。私たちが勝手にどうこうしていいものではないだろう。


 でも、あまりにも不自然だ。妖精の家であるはずなのに、人間の薬の本があるのだろう。しかも、わざわざ日本語──ノアフェスの言を借りるのなら和語──に訳してある。まるでこれは──


 私に使ってくれと、言わんばかりじゃ、ないか。


 いや、いくらなんでもそれは早計か。そもそも、この本は私の判らない場所にあったのだ。私に使えるようにというのなら、分かりやすい場所にあるはずだ。だが、そうではなかった。さっきのラクエスの怒鳴り声から察するに、普段開けないような場所にあったのだろう。それなら私のためとは考えにくい。もしかしたらノアフェスの国の人間が、カーチェスが来るより前、ここに滞在していた可能性もある。それはルーヴァスしかわからないことだ。


 ……なんだか考えすぎて頭がズキズキしてきた。思い出せば、一応私、病人なのだった。薬の本を持ち出す羽目になったのも、元を正せば私の体調不良から始まったことだ。


 ひとまず、元あった場所に戻すのが筋だろう。


 その本、戻しましょう、と私が言おうとした時だった。


「あ、風邪薬ってここにあるよ!」


 リリツァスがぱらぱらとページをめくって声をあげた。


「これと……、あとこれと、これは森で採れる気がする。へくちっ」

「──おい貴様」


 ラクエスが思い切り目を見開いて本を読むリリツァスの顔を覗きこんだ。


 何あれ死ぬほど怖いんですけど怨霊か何かですかあなた。ホラーだよいやホラーよりひどいわ私怖いの無理なんだけど。


「う、うわぁぁあああああああああああああ怒らないでよラクエス! 姫の風邪を治したいだけなんだよ!」


 案の定、リリツァスも真っ青になって叫ぶ。

 いや、そりゃそうですよね。あれなら私も叫ぶ。


「ならば自腹を切って薬の本を買って来い! ヘルシャーのものを勝手に使うな!!」

「だ、だけどそれじゃ遅いんだ、もしかしたら姫が死んじゃうかもしれないんだよ。それに、効くかどうか保証はないけど、シルヴィスにも薬を使うわけだし」

「別に使っていただかなくても結構ですけど……」

「なーに言ってんのシルヴィス。そこはありがたく受け取っておきなよ。何せ、仲間たちからの温かーい心遣いなんだから、ねぇ?」

「貴方さえいなければそうも思えたかもしれませんね」


 棘のあるシルヴィスの言葉に、エルシャスがぬいぐるみを彼の頬に擦りつけて、


「けんか、だめ」


 それに、シルヴィスは迷惑そうにそれを見た後、


「これは喧嘩ではありません。頭のネジが飛んだ男に、わたくしの率直な意見を述べているだけです」


 そう言って深く息を吐き、少し顔をしかめて脇腹の傷口を押さえた。


 いつも通りの毒舌さが滑らかになってはきたものの、やはり傷の痛みはほとんど変わっていないらしい。悲惨な量の血があふれ出すような様子はないが、あの表情を見るに、傷口も塞がっていないのだろう。しかしあまりそれを前面に出さない辺り、これは彼なりの意地か何かか──。元々誰かを頼るような気質には見えないし、もしかしたら心配を必要以上にかけたくないのだろうか。ひととしてどうなのかというくらい最低なことをぽんぽんと口にする割に、何だかんだひとを気遣う一面があるのを私は知っている。まったく、難儀な質だな、と思わざるを得ない。


「とりあえず」


 私が声をかけると、カーチェスが私のもとに歩み寄ってきて、私の肩に手を添えた。自分の顔色が悪いのは容易に想像できるのだが、倒れるとでも思われるほどだったのだろうか。


「その本はやっぱり、戻しましょう。ルーヴァスのものを勝手に使うのは、やっぱり駄目ですし。大丈夫ですよ。少し寝ていれば、私は治りますから。私より、シルヴィスの」

「何を言っているんですか。わたくしは妖精です。例え治りが遅くとも、今死んでいない時点で、これ以上傷を負わなければ死ぬことはありません。ですが貴女は違うでしょう」

「いや、ただの風邪ですし、栄養不足でも不衛生な場所で寝ているわけでもないので、すぐに治ると思います」

「でも姫、顔色が悪いよ」

「そんなに酷い顔をしています?」

「紙みたいに真っ白だよ……、そんな状態で放ってはおけない」


 そこまでか。基本的に病人という存在に免疫のない彼らだから、普通の人間からしたらそこまでではないのかもしれないが、紙のように白いとまで言われて、「元気ですよ!」とは言えない。ただの心理的な負担が体調に出ただけだろうに、ずいぶんと大袈裟に表出してくれたものだ。参ったな。


「でも、放っておけば」

「姫、俺たちが頑張って薬を作るから!」

「いや、その、気持ちはありがたいんですけど……」


 むしろ、ほんとに失礼で申し訳ないのだけど、毒を食わされる気しかしない。平常時でも嫌だが、こんな調子の時にそんなものを口に突っ込まれたら、冗談抜きで死ぬんじゃなかろうか。不味すぎて。


「要はあれだろ? 薬作ればいいんだろ?」


 ここで死ぬのかなぁ、とぼんやり考えているとキリティアがそう言った。


「え?」

「薬用酒なら、まぁ家にあるものと森に生えてる薬草で作れると思うぜ?」

「本当!?」

「ああ。つっても、俺が知ってる知識はあんま多くないけどよ。なぁ、ラクエス?」


 キリティアがラクエスに話を振ると、ラクエスは非常に嫌そうな顔でキリティアを睨んだ。


「……。何が言いたい」

「ルーヴァス抜いたらお前が一番薬についても詳しいんじゃね?」

「……」

「協力してくれよ」

「何故、わたしが? わたしはその女にも妖精にも興味がない。ヘルシャーに命じられていないのなら貴様らに従う義理もない。加えてシルヴィスはともかく女はただの風邪だ。この家にいれば不衛生で死ぬこともない。協力する理由が一つとして見当たらんな」

「よーしお前想像してみろ? こいつ放っておきますー、風邪から病気になりましたー、もう手遅れで治せませんー、はい死にました」


 なんていう想像をするのこの精霊。


「そしたらルーヴァス多分、怒るだろ? 怒らなくても絶対苦しむよな?」

「……」


 ラクエスが死ぬほど不快そうな表情になる。


「そういうことだから協力してくれよ。そのついでに薬草酒をシルヴィスにも分けてくれりゃいいからさ」


 キリティアは「ちょっと」のジェスチャーをしてみせる。すると横から、


「別に、わたくしはいりませんが」


 とシルヴィスが口を挟む。


「お前さぁ、変な意地張らないで飲んどけよ」

「やかましい」

「あーあーそういう所だからな!? ひとの好意を踏みつけにするって良くないんだぜ」

「死になさい」

「そうだな、死ね」

「おいお前まで! 何でだよ! 俺何も変なこと言ってないぜ!?」

「うるさいんですよ」

「全くだな」

「おおおおい! なあノアフェス!」

「……。む?」

「お前は俺の仲間だよな!? 俺は普通のことを言ってるよな!?」

「……すまん、ぼっとしていた」

「こんな時にぼーっとしてんなよ!」


 ……。


 いや、このひとたちの近くにいると頭痛が酷くなりそうなんですけど。


 私が音を立てないように椅子をずらしてシルヴィスから少し距離を置こうとした瞬間、むぎゅ、と後ろから誰かが抱き付いてきた。


「ひゃっ」


 抱き付いてきた人物を振り返ると、ふわふわした緑色の髪が頬をくすぐる。


「え、エルシャス?」

「おもいだした……ぼく、きいたことあるの」

「な、なんですか?」

「……“かぜ”って、うつるの」

「……はい、まぁ人間なら……?」

「うつったら、なおるんでしょ?」


 ……んん?


「ぼく……、姫とそいねするから、うつして」

「んんっ?」


 おい待て、何を言い出した。何を言い出したんだこの子。


 頭の中が真っ白になった私の頬に、今度は茶色いものが押し付けられた。クマのぬいぐるみだ。


「このこにうつしても、だいじょうぶ」

「いや、あの」

「……ねよ」

「待って。待って、エルシャス」


 カーチェスが慌てたようにエルシャスの両肩を掴んで、私から引き離す。ほんの少し赤らんだ頬は、……また、照れているのだろうか。


「あのね? 姫は女の子なの。わかるよね?」

「うん」

「それでね、女の子はその……、軽々しく男性と一緒に寝ないものなんだよ」

「……なんで?」

「えっ」


 カーチェスの顔が、先ほどまでとは比べ物にならないほど赤くなる。


「いや、それは……、」


 いや、照れないでくださいよ。照れるほどの話じゃないよ。


 私が説明しようとしたとき、今度はユンファスが口を挟んできた。


「えーなになに? エルシャスと姫が一緒に寝るなら、僕も一緒に寝ていいよねー?」

「だだだダメだよユンファスへちちっ、姫が、は、はしたないって怒られちゃうよ!」

「大丈夫大丈夫、ここの住人の誰も、このことを口外しなければ済む話だしね? ちょっと寝るくらいさぁ、」


 にこやかに告げたユンファスの頭から、ガンッと鈍い音がした。


「いっ……何すんのさシルヴィ、」


 ス、と後ろを振り返ったユンファスは凍り付いた。


「……」


 彼の頭に叩き付けられたのは、槍の石突きで。


 その持ち主は、うっすらと、微笑んでいた。


「……あ」


 ユンファスが、不自然な笑顔のまま硬直する。いやむしろ、その場の全員が凍り付いていた。


「……。誰が、姫と、寝ようと?」


 薄ら寒い微笑で全員を見渡しているのは、いつも冷静なはずの、ルーヴァスだった。

 お久しぶりです天音です。

 不調とスランプ続きでしたが、何とか気力が浮上したので久々の更新となりました。お待たせして申し訳ございません。

 いやあもう新年度なんですねぇ早いなぁはっはっは。


 ……やる気はありましたよ、やる気はね。


 そうそう、おしらせを幾つか。


 まず、ままてんですが、初めて二次創作小説を頂きました。

 こちら↓です。

https://ncode.syosetu.com/n4247eq/


 僕の誕生日ということで書いてくださったとのことでした。非常にうれしかったののと読んでいて楽しかったので、もしよろしければ皆さまもお楽しみいただければと。あ、シルヴィスがお好きな方は必見です。


 ちなみに、こちらを頂いて浮かれた僕は、筆者の方に頼み込んで、上記作品の二次創作を書きおろさせていただきました。シルヴィス・ユンファス・リオリム視点での作品となります。今までしっかりと彼らの視点で執筆したものを公開したことがなかったので、色々と印象が変わるかもしれませんね。作品は二次創作の形をとっておりますが、キャラクターの葛藤は本編と同じですので、もしよろしければお楽しみくださいませ。


 さて、もう一つお知らせがございまして。こちらはまだ詳しい時期が未定なのですが。


 ままてんの短編集、設定集、今年の年賀状(WEB版、紙媒体版両方)をダウンロード販売させていただくことになりました。わーいぱちぱち。


 内容ですが……

 短編は、妖精・リオリム視点での本編内・外におけるお話と、ままてん開幕の前日譚を収録。

 設定集は本編を書きおろすにあたって現在決めてある主人公・妖精・リオリムの設定を、ネタバレにならない範囲で収録。キャラクターのラフ画も収録予定。

 年賀状のイラストは、WEBで公開したカーチェスのものと、紙媒体で受け取った方のみご存知のイラストを両方、高画質の状態でダウンロードできるようにいたしました。

 ちなみに以下はサンプルとなります(ダウンロード時のファイル形式はPDFとなります)。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 現在かなりわちゃわちゃしておりますが、きちんとまとまり次第、またこちらでお知らせしております。

 値段は多分300~500円くらい……? その辺りはイラストの枚数次第になりますかね。


 もしもよろしければお手に取っていただければ幸いです。


 さて、お知らせはそんな感じですね。


 今年度、それなりに多忙になるのでどこまでできるかわかりませんが、ひとまずやれるだけやってみます。はい。


 ではでは、本日はこれで。


 以上、地獄の新年度に白目を剥いている天音でした~!


















 あ、お気づきの方はお気づきだと思いますが、


 ダウンロード販売は嘘ですよ。


 てへ。

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